ムケチン作戦~闇
日没直後の空はまだ明るいが、この世界には
人工の光はもはや無い。
光はただ失われていくばかりで、
どんよりと暗闇がのしかかってくる印象だ
ヨッシーとサトシは、急かされるように
残りの鉄条網を張った。
「ほらっ、ヨッシー君、ご覧なさい!
俺達は、社務所と神楽殿と裏の森を、
鉄条網でグルリと取り囲んだんだ。
ひと時の安全地帯が出来上がったぜ」
「凄いっすね、矢之板さん!
こんな短時間でよくできましたね」
ヨッシーとサトシは、
二人して社務所の屋根の上に居た。
鉄条網の内側にある倉庫から見つけた梯子を、
同じく鉄条網の内側の軒下に掛けている。
眼下には、神楽殿にバッテリー照明を
設置しているウメさんの姿が見える。
さらに、2匹の犬が、鉄条網の外側で
神社内を思い思いに駆け回っている
サトシが自信満々に言った
「鉄条網ってのは、本当に強くてね。
使ってるのは有刺鉄線ではないが、
それでも人型を足止めするには
とても効果的だ。
ここからだと、
君の持っているアウトローで、
人型を狙い撃つことも出来るだろう」
そう、ヨッシーは、アウトローと呼ばれる
レバーアクションライフルを持っていた。
それは、本革製のライフルホルスターに入れて
背負っている
ヨッシーは、薄暗くなった周囲を見渡した
2棟の建物と裏の森を使って
自分達をグルリと囲んでいる鉄条網は、
神楽殿の正面だけはあえて張っていない
そこはつまり”迎撃ポイント”だ
そして、裏の森に張っている鉄条網には、
倉庫で見つけた沢山の鈴を付けている
「大丈夫、大丈夫、完璧だ。
森から出て来た人型は、鈴の音が
知らせてくれる。
神楽殿の正面では、ウメさんが近距離で迎撃。
俺は、この社務所の屋根の上から
遠距離で狙撃....
それに、頼もしい矢之板さんも居てくれるし、
犬太郎と、犬次郎だって居る。
チームブラボーは、大丈夫だ!」
ちなみに、
4台あるバッテリー照明のうちの1台は、
この社務所の屋根の上に設置する予定だ。
今、ヨッシーの隣では、サトシがその作業を
行っている最中だ
サトシは、照明を取り付けながら言った
「屋根の上の照明は、裏の森に向けるからね。
残り3台は、ウメさんが神楽殿の正面向きに
取り付けている。
これで、真っ暗闇を恐れることは無くなる」
そして、続けてボソリと呟いたのだ
「.....こういう山の中での暗闇ってのはね、
本当に、恐ろしいものなんだ」
ヨッシーは、隣のサトシのほうを向いた
灰色の作業着を着て
髪を短くスポーツ刈りにした、
かつての性犯罪者....連続強姦魔....
出会ってからずっと、どこか飄々とした言動だ
ヨッシーは、彼に対して正直、
掴みどころのない人間だと感じていた
(本当のあなたは一体、どういう人なんだ?
聞いた話では、
単身でリバーサイド同盟の地に
流れ着いたという事だけど.....
地獄の外界をたった一人で
生き延びていたんだ、
どんな体験をしてきたんだろう)
真剣な表情で
屋根の天辺に照明を取り付けるサトシと、
その横顔を密かに見つめるヨッシー
すると、ふいに下からウメさんの声がした
「2人とも、これからもまだまだ長いわよ。
休憩して、何か食べたら?」
ヨッシーはハッとした
「あ、そういえば!
ヤキタコの弁当、ウメさんの分は
矢之板さんにあげてもいいんだった!
ちょっと、今から持ってきますね」
・・・・・・・・・・・
空はまだ真っ暗ではないが、
バッテリー照明が周囲を照らしている。
人工的な光には、どこか安心感がある
二人は、社務所の屋根の天辺に並んで
腰かけている
ヤキタコの”スタミナ弁当”を開けると、
そこには
肉の痕跡を残した白飯と野菜があった
サトシが歓声を上げる
「おおっ、美味そうな肉がこんもりと!
まるでスタミナ弁当だな
...ってアレ?
ヨッシー君、君の弁当、
肉が全く入ってないじゃないか」
サトシの言葉に、ヨッシーは俯きながら答えた
「いえ、最初は入ってたんですけどね。
実は、犬太郎と犬次郎を
甘やかしすぎてしまいました....
要は、あの犬二匹に
肉は全部あげちゃったんですよ」
胡麻毛と白毛の二匹が、
こちらをじっと見上げている。
ヨッシーは、こすからい鋭い目を
犬たちに向けて言った
「おいっ、もうお前達の分は無いぞ!
あんだけ食べてもまだ足りないってのか」
すると、ヨッシーの弁当の白飯の部分に、
ふいに、新しい肉たちが出現した
サトシが、自分の弁当の肉を半分、
ヨッシーに恵んだのだった
「ええっ、いいんすか?
マジっすか?
ほんま、あざっす!」
こちらに向けて
箸を持った手を突き出しているサトシ
その顔は、とても優しげに微笑んでいる
(本当のあなたは一体、どういう人なんだ?)
羨ましそうに社務所の屋根を見上げる
犬太郎と犬次郎....
そして、ウメさんも二人を密かに見つめていた
今のチームブラボーは、最強のメンバーだった。
それは、ウメさんの『戦闘力』に
サトシの『サバイバル能力』
さらに、自分では自覚していなかったが
ヨッシー自身の能力も相当に高かったのだ