拳銃
人型は水を嫌うという話だが
やはり、小さな沢程度ではなんの足止めにも
ならないみたいだ。
清流が海にそそぐ沢をバシャバシャと渡り、
ついに人型は取水場のフェンスの
すぐ側にまで迫っていた
ヨッシーは、矢をセットした長い鉄製の筒を
構えていた。
そして、ここに来て
はじめて人型の顔をしっかりと見た
艶のある泥人形....それが第一印象だった
こちらに噛みつこうと口を大きく開けている
丸く落ち窪んだ眼窩の中には、かろうじて
眼球の残骸とわかるものが収められているが、
それは単にそこにあるというだけに思える。
顔の中心部にあるかすかな盛り上がりは
かつて鼻だったものだろう。
顔の両側には、耳らしきものの残骸も
見受けられる
見た感じでは、
視覚と嗅覚ともに働いているとは思えない。
皮膚の状態からして触覚があるとも
思えない。
聴覚に関しては不明....
(一体、どうやって俺達の存在を
察知しているんだろ?)
腐敗臭による吐き気を抑えながら
ヨッシーは思った
不思議と心は落ち着いている....
眼前の危機に対して、彼の本能は
立ち向かうことを選んだのだろう。
そして、それは、隣のジジイの
氷のような冷静さの影響が大きい
ふいに、フェンスの金網の隙間から、
ジジイの槍の一撃が繰り出された
矢じりのような銛の先端が、
人型のベストに入り込んでいく。
警官だったであろうその人型のベストは
防刃だと思われるが、
経年劣化によって機能は失われたと見える
結局、槍は人型の胴体を突き抜けた
ジジイは、槍を繰り出した姿勢のまま
踏ん張っている。
しかし、人型は槍を胴体に突き刺したまま
ジリジリとこちらににじり寄ってきた。
どんどんと槍が体内に入っていっているのだが、
まったく気にしていない様子だ
ガシャンッ!!
ついに、人型はフェンスにぶつかった
ジジイが言った
「ヨッシー、金網の隙間から
奴の頭部を狙って撃つんだよ!」
ヨッシーもやるべきことは分かっていた。
金網ごしに槍に突き刺されていて、さらに
ジジイが踏ん張ってくれているおかげで
人型は左右には行けない....チャンスだ!
(頭部に向けろ、頭部を破壊するんだ)
ヨッシーの持つ長い鉄の筒には、
強力なバネと矢が仕込まれていて
手元には発射トリガーがある
ヨッシーは、片膝をついて鉄筒を斜め上に
向けた。
顎の下から頭部を射抜く魂胆だ
金網の隙間から通した鉄筒の先端が、
人型の顎の下の部分にうまく当たった
人型は、両手でフェンスの金網を掴んでいる。
すごい握力だ、
金網の形がどんどんと変形していく
”早くトリガーを引くんだ”
バシュンッ!!!
強力なバネによって、
銛を束ねたような重たい矢が発射された。
そして、斜め上に放たれた矢は、
人型の顔面をごっそりと剥ぎ取っていった
しかし、しばしの間の後、ジジイの声が言った
「クソ、脳は無事みたいだぜ、
まだ動いてやがる。
ヨッシー、もう一本で確実に仕留めろ!」
ヨッシーは、空の鉄筒を投げ捨て、
地面から矢がセットされたもう一本を拾った
人型の顔面はおぞましいことになっている
どうやら、
発射直前に人型が頭部を動かしたか、
もしくは最初から狙いが外れていたらしい
ヨッシーは動揺した
「クソ、俺は何てことをしたんだ!
俺は、何てことを...」
いくら、人型だからと言っても元は人間だ...
こんなこと、許されるのか?
しかし、ジジイがヨッシーを一喝した
「これでいいんだよヨッシー!
これは処理なんだ、
相手は生きている人間じゃねえ、
淡々と処理するんだよ!」
人型の顔面は、縦斜めに大きく裂けていた
下顎は喪失していて、半分に割れて
斜め上に大きくズレた上顎が剥き出しに
なっている。
緩くカーブした歯並びは綺麗で、
生前は健康な人物だったのだろう。
片目は大きく抉れていて、錆色の体液が
ボトボトと流れ落ちている
腐敗臭もさらにきつくなり、
頭がクラクラするほどだ
しかし、人型はまったく意に介する様子は
見せず、掴まれた金網が
引きちぎられそうなほどに変形している
「これで最後だ、食らえ!!」
ヨッシーは叫ぶと、
まさに最後の2本目の鉄筒を、
人型の裂けた顔面から斜め上に突き刺した
今度こそは、ちゃんと脳まで到達する!!!
そして、トリガーを引いたのだった
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最初に発射した矢は、
取水場から10メートルほど離れた砂利浜に
突き刺さっていた。
最後の矢は、人型の頭部を貫いた状態で
途中で止まっていた
ジジイが、左手の義手で2本の矢を回収した
洗ってから再利用しなければならないからだ
そして、ヨッシーは倒れた人型を観察して
気が付いた。
鼻をつまみながら、ヨッシーは言った
「おい、ジジイ、
この肩に巻き付いているのって、
拳銃を吊り下げるための
ランヤードじゃねえのか?」
ジジイは、義手で仰向けに倒れている人型を
ひっくり返した
....ビンゴだった
人型の肩に半ばめり込むようにそれはあった
ジジイが、3本指の義手でそれを取り出す。
そして言った
「スミスアンドウェッソンの
38スペシャル、チーフリボルバーだ」
黒いリボルバーには錆一つなかった
「警官は、普段は予備の弾は
持たないと聞いたが、
事態が事態だっただけに、特別に予備弾を
持っているかもしれねえ」
やがて、腰に付けたボロボロの
ポシェットの中に
プラスチックケースに入った予備弾を見つけた
鼻をつまみながらヨッシーが言った
「倒したゾンビからアイテム入手って、まるで
ゲームみたいだな」




