表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

 いないって、どういうこと? と、アレイナは首を傾げました。

 泉のほとり。朝の光が(こずえ)の葉をきらきらと輝かせています。


 あれから数日。

 ユーリは村長の家での逗留(とうりゅう)を認められたらしく、子どもたちに読み書きを教えるかたわら、島の住人になってもよい、と言われたそうです。


 漂流者(ひょうりゅうしゃ)が(よほどの荒くれでなければ)村に居つくのは珍しいことではありません。アレイナはおっとりと笑いました。


 花の(かんばせ)

 ユーリは、アレイナほどのうつくしい少女を見たことがありません。人ではないからだろうか……と考えつつ、彼女と話すと不思議と心が落ち着きます。あんなにも焦って、誰ともわからない“伴侶”を見つけて国に帰らねば、と躍起(やっき)になっていたのが嘘のようです。


「君に、ふれられたらいいのにな」

(!)


 どきん、と、()ねたような気がして、アレイナは胸の辺りを押さえました。

 どきどきどき、と困ったことに治りません。

 青年は、切なそうに少女へと手を伸ばしました。すべらかな(ほお)の辺りです。


 まるで、ふれているかのようにユーリの手がぴたり、と止まりました。鳥のさえずりも一瞬、止まります。二人はしばらく見つめあっていました。


「また来るね。僕のお姫様」


 にっこりと笑ったユーリは、朝陽(あさひ)に溶けるほど嬉しそうな顔をしていました。




   *   *




 大きな国の王子がルクレナ島に流れ着いた、という知らせは、やがて領主の耳にも届きました。

 領主はすぐに、忙しい仕事に()()をつけて海を渡り、ユーリに会いに来ました。ちょうど村長の家で、子どもたちを集めて字を教えていたときのことです。


「すまないが、一緒に来ていただきたいところがあるのです。おう……いえ、“先生”」


「はぁ」


 子どもたちは、きょとん、としていました。

 領主様は、ルクレナ島にたまにしかお見えになりませんが、村長だってぺこぺこする偉い方です。みな、興味津々(きょうみしんしん)で二人を(なが)めています。


 ユーリは苦笑しました。

 村の住人には身分を伏せてほしい、と願ったユーリの気持ちを、もう少しで台無しにしかねないような慌てっぷりです。


「じゃあ、今日はここまでね」


 やさしく(さと)すユーリ先生は人気者です。

 子どもたちは、しぶしぶと帰っていきました。






 領主は、ゆったりと落ち着いた風情(ふぜい)の青年を村長の家から連れ出しました。


「お待ちください、領主殿。どちらへ?」


 怪訝(けげん)そうに(たず)ねるユーリ。

 領主は、道すがらお話します、と急いで馬車に青年を乗せてしまいます。

 お伴の御者(ぎょしゃ)には、さっと目配(めくば)せして、慣れた声音(こわね)で命じました。


「出してくれ。別荘まで」




   *   *




 じつは、領主には娘が一人いました。

 ですが十五歳になったある日、原因不明の眠りについてしまったのです。

 眠っている間、時が止まったように娘は姿をとどめました。その娘に会ってみてほしい、と言うのです。


「僕は、医者じゃないんですが――」


「わかっています。ですが、娘が生まれたときに不思議な占者が現れました。『成長してからただ一人、定められた伴侶にふれられるまで、この娘は眠りにつくだろう』と」


「! 待って、その占者とは」


 問いかける青年の声が途中で切れました。

 前をゆく領主が、ばさっと布のカーテンをひらきます。

 幾重にもかさねられた透ける薄布の向こう側で、清潔に整えられた寝台に一人のお姫様が眠っていました。

 閉じられた瞳が何色かはわかりません。しかし、波打つ金の髪と面影が「彼女」を思わせます。ユーリにとって大切な、大切なまぼろしの少女。水辺の姫君に。


 そっと娘の頭をなでた領主は、ささやくように言いました。


「アレイナ、と申します。ユーリ殿」







 ──────


 それから。

 領主の見守るなか、ユーリは生身のアレイナにふれました。

 あのとき、ふれられなかった彼女の左頬です。氷ほどではありませんが、ひんやりとして柔らかく、その冷たさにどきり、としました。けれども。


「うう、ん……」


 長く優美なまつげがぴくり、と動いてうっすらと瞳が開きます。

 (あかつき)の、紫色。きれいなバラ色がかった夢のような色合い。間違いありません。あの子です。

 ユーリは、なぜか(たま)らなく泣きたくなって、のどをきゅっと詰まらせながら、ちいさく呼びかけました。


「おはよう、僕のお姫様。……“アレイナ”というんだね、君の名前。知りたかったんだ。よかった、会えて」


「ユー……リ? どうして。わたし」


 みるみるうちに、頬が赤みを取り戻して行きます。止まっていた時が再び流れ出すのが、目に見えるようでした。「アレイナ……!」と、青年の後ろで領主が感極まった声をあげます。

 


 ずっと眠っていたお姫様が目覚めた、という喜びごとに、村中大にぎわいとなりました。すぐに宴が始まり、お祭りのよう。

 何人かの村娘は失恋を味わいましたが、こればっかりは仕方のないことです。


 島の者があらかた酔いつぶれて寝入ったころ。アレイナとユーリは、領主の別荘のバルコニーで夜空を眺めていました。語っても語っても、話はつきません。



 アレイナにとって、水辺にしかいられなかった間の記憶は、しっかりと残っています。

 アレイナに予言をあたえた占者は、ユーリの国の占い師と同じなのでしょうか。


 どうして二人を結びつけようとしたのでしょう。――あるいは、本当にそうなる定めだったのか。


 二人にはわからないことばかりでしたが、きっと、それはまた別のお話。


 二人はしばらく、仲むつまじく常夏のルクレナ島で暮らし、やがて、ユーリの生まれた国へと旅だったそうです……。





 〈おしまい〉

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こちらの作品、「湖の精と歌長」の別の世界線の物語かなと思いながら拝読いたしました。そしてそのあとに、「とある大陸奇譚」のシリーズではないことに驚愕。いやしかし、ご先祖様の物語の可能性もワンチ…
[良い点] ……名前……(絶句)。 あ、すみませんそこじゃありませんね。 きらきらおだやか、透明な空気感が美しい。汐の音さまの淡彩イラストが脳裏に再現されました。 お伽話の眠り姫(いばら姫)が大好き…
[良い点] 美しい! お話の全体に流れる旋律が、あまりにも美しくも優しい! そして「探し物」というワードの、新たな切り口を見せられました! 感動です( ;∀;)ノ [一言] 水辺をおおう、動物たちの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ