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居酒屋の酔っぱらいに語り掛けたら

私は、酒が好きだし、外で飲むのも結構好き。

しかし、中々時間が取れないせいか、めったやたらと出掛けることが出来ない昨今。

それだから、たまに時間が取れて居酒屋などに行くと、元気一杯に飲んでしまう。

そんなこんなで、久しぶりにそういう機会に恵まれた。


ところで、飲みに行くと、出会い系になってしまう場所があります。

それが「トイレ」。

実は、そこは、人生における、本音の、エリアなんですね。


いい加減出来上がってきて「ちょっとWC」と席を立ち、おトイレに出向く。これでトイレがガラ空きだったらドラマは始まらない。「先客」が用を足しているところに遭遇するのがポイント。その先客が酔っ払っていることも大切。すなわち、両者とも酔っ払っているのが好ましい。したたかに酔っていればなお結構。


その日は、そのようなチャンスに恵まれた。


そのお店には小用に一つ、大用にひとつの小さなトイレがあって、私がノックして入ると、既に先客がまさに用を足しているその最中であった。

「あ、すみません…。」

「ん?お、ち、ちょっと待っててぇんね!」

おっさん、かなりまわっている。何しろ、用を足しながら上半身は前後左右にグラングラン大揺れしているのだもの。

「…よっとぉ、ヘィお待ち、お客さん、悪ぃね…」

席をのけるおっさん。

空いた「立ち位置」に私が向かい、おっさんは洗面台へと移動。

その後、用を済ませた私が「回れ右」すると、かのおっさん、まだ洗面台に向かっていた。手を荒う作業は何処へやら、「がぶんっ!ごぶんっ!」と水道水を飲んでいる。

その飲みっぷりがまたすごい。殆ど「頭を洗っている」のではないかと思うくらいに顔を突っ込んで水を御飲みになっていらっしゃった。その間、暫く脇で「ぼーっ」とこれまたゆらゆら揺れながら「順番待ち」する私。


水飲みが一息ついたのか、顔を上げたおっさん、今度は鏡に向かって自らの顔をまんじりと眺め始めた。髭が気になりだしたようだ。手を頬に当てて感触を確認している。でも、身体は揺れている。

「んー、…ま、いっかぁ♪」


非常に上機嫌である。これだけ上機嫌な人に遭遇すると、私は一言声を掛けたくなってしまう。それが人情というものだ。自分も酔ってたし。

「飲んでますかー?」

「おうよ!」

「お仕事お疲れ様でした」

「ほんとにお疲れだ~♪」

「お給料、いっぱい貰わないとやってられませんよね~」

「そうそう!そうっなんだよっなぇ~!!」


壊れてるから意気投合、無敵なものは無い。

「おう、社会人何年目になるのかわかんないけど、オレよりかは青二才だよな、給料もチョビチョビだろ?…何処の席だい?おれんとこへ来いや、一杯ご馳走してやるべ!」


え!なんと! なんか、嬉しい♪


「えぇ~?いいんですかぁ?」(とりあえず、遠慮フレーズ)

「いいからいいから…♪」

自分の手を洗うのもそぞろに、おっさんについていく私。ついでに、私と一緒に飲みに来た友人もご同行。


移動してみると、そこには酔っ払い2号がいた。

この2号、1号に負けじ劣らずエンジン全開である。


「うぉー!いらっしゃいっ!ここに座りなよ、同志!」

「お邪魔します、先輩!」

「お邪魔されるぞ、後輩!」


酔っ払い同士は、意味が通じなくとも心で渡り合えるところが素敵。

「ここにとっておきのお酒があるんだ、お前らにはもったいないが、これも縁だ、じゃんじゃん飲んでくれていいぞ!」


テーブルの上に「ホッピー」が置いてあった。


このホッピー、焼酎に混ぜると擬似麦酒が出来てしまうという優れものである(説明するまでもないか)。大グラス三杯飲んでも、居酒屋プライスで1000円にも満たない高パフォーマンス。とっておきのホッピーなのね。


このオッサン酔っ払いタッグは強烈だった。

特に1号は箔があるらしく、会話のそこここに格言や四字熟語が登場するのだ。


「この間の辞令は正に『青天の霹靂』だったよ」

「あんな要求出されてしまったもんだから、『四面楚歌』になっちまった」

「そういうトラブルに巻きこまれてしまったら『暗中模索』だね」


とまぁ、こんな感じ。聞こえようによっちゃぁ嫌味になるが、何しろその場は上機嫌連中ばかり。(お~お~、無理しちゃってぇ!)程度に皆がいなしているのだから寛容です。


ところが、そこはヘヴィな酔っ払い1号、ちょっとノッてくると、妙な言動に出る。


「正に『臥薪嘗胆』の気持ちだね」


そういうフレーズが出てきたその時、一人のウェイトレスが通りかかった。彼女の言葉遣いは「ぃらったいませー!」と言うとこからして、中国ナイズされていることが誰の耳からも明らかである。その彼女に1号は語りかけてしまった。


「な!ねーちゃんっ!、臥薪嘗胆だよな、臥薪嘗胆っ!キミなら分かるはずだよねっ。

いい言葉を持っている国だよね、臥薪嘗胆!」


当然、そのウェイトレスは答えに窮する、「?」という表情を浮かべながら、通り過ぎてしまった。1号は、彼女から何かしらの言葉が返ってくることを期待していたに違いない。黙ってやり過ごされてしまったことが、どうしても気に入らない様子だ。


そこから先は何かの追加オーダーを出す度に、その彼女を呼ぶようになってしまったのである。


「お~い!、臥薪嘗胆ちゃん!、タン塩!」


臥薪嘗胆ちゃんは、最初のうちは無視を決め込もうとしていたようだが、どうやら店のマスターに「いいから、いいから、対応しなさい」とでも言われたのだろう、こちらのオーダーにしぶしぶ応えるようになった。


ところで、私たちの隣のテーブルには全く知らないグループが座っていた(1号も2号もつい数分前までは、私の知らない人だった筈なんだけど)が、このグループも、1号のノリに感化されてしまったようで、彼らも彼女のことを「臥薪嘗胆ちゃん」と声を掛けるようになってしまった。そしてこの「呼びかけ」は、あっという間に店内に伝播してしまい、そこここから妙な声が飛び交うようになってしまった。


「おーい!臥薪嘗胆!、ポテトサラダね!」

「臥薪嘗胆ちゃーん、煮込みまだかぁ!?」

「臥薪嘗胆ちゃん、おかわり!」


こうなってくると呼びかけはエスカレートしてきて、段々略称で呼びかけるようになってくる。


「氷がまだ来ないぞ!嘗胆!」

「嘗ちゃ~ん!お代わり!」


ほんの些細なことをきっかけに「臥薪嘗胆」というニックネームになった彼女、とうとう終いには「しょうちゃん」になってしまった。

店中からその可愛らしいニックネームで呼びかけられるようになってしまった彼女、確か胸のバッチには「アイ」とか書いてあったと思うが、そのような根拠不明の名前より「しょうちゃん」の方がグッとくる。



ところで、居酒屋で酔っ払いに店側がやってはいけないことがある。

一番恐ろしいのが、頼んだ品が中々やってこないと言う失態。これがお酒のオーダーともなると、酔っ払いは強烈に怒る。

調理した品が来るのに時間がかかるのは、調理時間を考慮に入れることで、多少許せるものがあるが、「ただ注ぐだけ」の酒が10分近くもこないとなると、えらいことになる。当然、お店の人もそういうことは熟知しているようで、このような状況になると必ず「お詫び」が入る。それが特に大酔っ払いを相手にするとなると、言葉だけでは収まりが付かない。「お詫びの一品」と言うものが必要になる。


このお店は、そこんところ良く分かっていたようで、遅くなってしまったお詫びにと、アナザー1本をつけてくれた。

1号も2号も(我々も)ご満悦である。

「それじゃ、先輩、お注ぎ致します!」

「お、悪ぃね!」

注ぐときにビンのラベルは上向きに。

注ぎ終わったらビンをくりっと一捻りして周りに零さないように注意する。

どんなに酔っていても、崩してはいけないマナーというものがある。そこんところをかっちりと行うことで、信頼関係は強固なものになる。(ホントだよ)


このお詫びの一本を持ってきたのは、かの「嘗ちゃん」ではなくて、若手の好青年であった。その応対振りにいたく喜んだ1号、再び四字熟語を彼に当てはめる行動に出たのだが、


「お!キミ、分かっているじゃないか、よぅし、キミをこれから「福利厚生」と呼ぶことにするぞ!」

それは四字熟語なのか。


しかし、それはそれでいいのかもしれない。酔っていた私には、もはやそんなことはどうでもよく、店内では1号の言動が妙な注目を集めるようになってしまっていたからだ。

どうやら二人目の名前が決定したことに、店内はにわかに活気付いた。

「そうか、彼は『福利厚生』と呼ぶことになったのか」

ということで、彼は「厚生くん」と呼ばれ、「厚ちゃん」になってしまった。



1号と2号との飲み会は更に深くなってきた。


「全く最近のヤツはなっちゃいねぇよな」

きた。

十八番の若い者いぢめ欠席裁判だ。

1号「この間なんかよ、○○をやってもらおうと頼もうとしたら、全然理解できないんだよな。」

2号「そりゃしょうがないよね、知らないんだろうから…」

1号「いや、知ってるさ、オレ、この間教えたもん、これだから困っちゃうんだ、正に…正に…」

ここで1号、考慮時間に入った。何とかそこに格言を絡めて発言したいんだよね、きっと。

…が、出てこない。

そこに2号、止めときゃいいのにフォローを出す。

2号「そうそう、『猫の耳に小判』だよねっ!」

ちょと違う。


1号「お前、それを言うなら、『猫の額に…』…?、…、ん~…」

1号さん、出だしで躓いた。

間が持たないと、周りが白けてしまう。それを恐れたのか、格言・諺に苦手と思われる2号さんが無理やり知恵を捻り出した。

2号「それはきっと『スズメの涙』のことかな?」

そっちじゃない。


私はちょっとはらはらしたが、そこで1号、何とか制限時間いっぱいで次の一手を打った。

「『馬の耳に小判』!そうだ、これに違いない、ちょっとピンとこないがそういうことだ!」

そういうことか。


1号「まてよ、あんちゃん、君は根本的に間違えている。ここは馬ではなくて猫ではないか?」

2号「そうだ、『猫に小判』だ」

どうやら話が元に戻りそうな気配になったが、私の友人が大きくドリフト。


友人「『猫にこんばんわ』。」


…。


1号「なんじゃ?そりゃ?」

友人「何を言ってもムダである。」

1号「おー!そうか。まぁ飲め!…(どぼどぼ)…最初の話を思い出したぞ、そうだ、ウチの社員のできねぇヤツの事を言っていたんだっけ!そうか、そういうやつを『猫にこんばんわ』と言えばいいのだな。」

友人「はい。」

2号「そういや『犬も歩けば猫も歩く』ってのもありますな。」



2号「非常に混みあっているさま。」


…。


2号「『一匹羊』!」



2号「粋がっているけど小心者のこと」


(どきどき)


1号「お!イケるね♪」


やはり酔っ払いは事ほど然様にノリがいい。

1号さん、非常にご機嫌になって下さった。

「今日は中々旨い酒を飲むことが出来た、俺は気持ちいいな、あんちゃんらと飲めて良かったよ、また飲もうぞ」

「こちらこそ宜しくお願いいたします」

「じゃ、俺らはこの辺で引き上げるからよ、足りない分は自前で払ってくれ」

マン札一枚ゲット。


…実は、その後の事は、よく覚えていない。

最終的にお会計がいくらになって、得をしたのか損をしたのかも分からない。

なにしろ、おっさんたちに再び会えるのかどうかも分からない。

電話番号は教えてもらったのだけど、割り箸の入っている紙に走り書きして、それをゴミと勘違いして何処かに捨ててしまったみたいだし。。


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