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ペットな話

 最近、ふと自分の周りを見渡してみると、存外ペットを飼っている人が多いことに気がついた。その種類はネコやらイヌやら様々ではあるが、ヒアリングの結果、ごくごく一般的なところではお犬様が多いということが判明。



 その友人が犬を飼うということは、およそ想像だにしていなかった。或る日、世間話をしていたら「あ、そうそう、俺、犬、買ったんだ」と切り出してきて、こちらは暫しリアクションを忘れてしまった。

 加えて、その時既に、彼は「犬ワールド」に精通していたのだから、なおビックリ。凡そ私のイメージの中ではペットの世界とは無縁なヤツだと常日頃から思っていたあいつ。

それが、一度犬の話になったら「やれこの種類の犬は臭いがきつい」とか「この種類は結構声が大きい」とか、毛足の良し悪し、食のバリエーション、獣医との付き合い方など、立派な「専門家」になってしまっていた。

彼をそこまでかき立てたものは一体何なんだろう?


 とにかく、彼は或る日を境にお犬様とともに暮らし始めた。お犬様のためにお犬様用のおもちゃを買ってきたり、お犬様用の餌を色々と物色したり、お犬様の予防接種に出かけたりと、彼の中でのタイムテーブルは過密さを増したようだ。それでも彼は、お犬様と暮らす中で「自分の正しい生活リズム」を構築することが出来たと喜んでいる節がある。ペットの及ぼす効果というものは、単に飼うというだけでなく生活全般に影響力を持つようですね。

「犬についてそんなに詳しくなるなんて、すごいよ。よく勉強したねー。」

と彼に言ったら、ネットなどで情報検索画面を見ていると自然にそうなるもんだそうだ。そもそも検索画面に行くこと自体が、かなりポジだと思うが、何にせよ誰でもペットワールドに足を突っ込むと、それなりの博識を有するようになるらしい。ふぅん。


 ところで私は、ペットとは無縁である。嫌いというわけではない、むしろ好きな方だ。

でも、賃貸住宅生活のマイ住宅事情では、ペットが許される環境というのはなかったのである。

実家で生活していた頃はと言えば、両親からの「いずれ先に他界してしまうのだから、そうなった時に悲しむのはいやだ」という理由で、飼うことは禁じられていた。

私はペットが欲しかった。でも、そんなわけで無縁にならざるを得なかったのである。

しかし、全くペットと無縁と言うわけではない。かなり子供の頃の話であるが、実はそんな実家でも生き物を飼っていたことがある。それを「ペット」と呼んでよいのかどうかは不明だが…。


例えば「ニワトリ」。

「コッコ、コッコ」と鳴きながらハコベをついばむ姿はひょうきんだ。でもペットと呼ぶには無理があるか…ある日の晩に鳥鍋が出てきて、次の日、庭に出たら当のニワトリがいなくなっていた。

…やっぱ訂正、あれは「飼育」だな。


「文鳥」や「ジュウシマツ」ってのもあった。けど、どうだろう?父が、どこからか持ってきて飼っていたのである。結構私は、この鳥たちを気に入っておりました。毎朝卵チェックしたり、ケージに指を突っ込んだりして遊んでいたもん。ニワトリと違って、さすがに彼等を食べるということはなかった。しかし、天敵は人間だけとは限らない。

実は、ヘビに彼らは食されてしまった。私の実家は藪に隣接していることもあって、ヘビがやたらと登場するのである。


 ある日の朝、籠を覗いたら小鳥は一匹もいなくて、その代わりに大きな太ったヘビが籠の中でとぐろっていた記憶がある(まして卵なんざ、ありやしない)。正直、その光景を見た時は戦慄を覚えた。なんたって、籠の中にはヘビだけである。まるで、ヘビを飼っているような図である。それ以来、不意の来訪者がやってくるリスクから、この手の生き物は飼わないことにしたのであった。もとより、ヘビは大嫌いになった私である。


 そこで今度は、金魚を飼う事にした。最初は生命力が強いと言うことでコイを買ってきて、庭に池を設けて飼っていたのであるが、ある日、やっぱりヘビがやってきた。池の中で泳いでいるのである。ヘビが。これにも戦慄が走った。


 仕方が無いので水槽を買ってきて、家の中で小さな金魚を飼うことにした。リュウキン・デメキン・シブキン等を飼った。連中は声こそ出さないが、それはそれ、やはりなんとも味わいのある絵であったかと思う。

できれば動物が欲しいと思っていたが、ないものねだり。学校の帰り道に「捨て犬」とかに遭遇することはしょっちゅうだったが、拾って持ってくるわけにもいかず畑や藪の中に段ボール箱を設置して、隠れて飼ってみようかと試みたこともあった。

捨て犬達はきまって「がたがた」震えていたものだった。柴犬混種の捨て犬が多かった。私達は菓子屋で購入したおやつ類を犬に与え、ミルクなどをこれまたその辺から拾ってきた「洗面器」に注いで、「これを飲んでしっかり休むんだよ!明日また来るからねっ!」とか言いながらその場を立ち去った。その翌日の放課後、友達連中と連れ立って件のゴミ捨て場に行って見ると、昨日の犬はどこかにいなくなってしまっていた。。

そんなもんであった。



ペットブームな私の周りには、妙な話題も盛りだくさんである。


家庭内でペットを飼うことは決定したものの、奥様はネコ、娘さんはイヌという家族会議での衝突になって、旦那の折衷案でウサギになった例(何故うさぎ)。


手乗りのピーちゃん(鳥に「ピーちゃん」と名づけるベタさ加減もすごい)が、窓を開けたら「ピー」と鳴きながら旅に出てしまって帰ってこないという例。


九官鳥のキューちゃん(こやつも高確率のネーミングだな)は、やっと「ホーホケキョ♪」を覚えたんだが、キューちゃん逃げてしまい、帰ってこず、しかし自宅付近に潜伏しているらしく、年間を通して何処からか「ホーホケキョ♪」が聞こえてくる件。


ネコを飼い始めたのだのだが、ある日いなくなってしまい、よくよく探したら近所の家に住みついてしまったという事実。


そういや、友人がハムスターを2~3匹購入したので見に行った事があった。ケージの中でうごめいているハムハムを見ながら、「かわいいねぇ」、「でも狭くて、かわいそうだねぇ」などと言いたい放題に喋った。私達が帰宅した後、その飼い主は私達の会話を聞いていたのかどうかわからないけど、その日、ハムスターを庭に放してやったらしい。狭いところでは可愛そうだと、広いところに出してあげて「のんびり、のびのび。」とストレス解消・運動沢山、ということを目論んだようだ。

夕方のこと、庭に放したハムスターを「回収」しようとしたら全然見つからず、とうとうその日は探すのを断念したのだそうだ。

翌朝、玄関先には凍死しているハムスターが数匹いたそうな。

悲しい出来事です。


こういう話題を反芻してみたら、何のことはない「逃げられる」というのが、ペットを飼うことで伴う最大のリスクであり、飼い始めたからといって、いつも自分の手元にいるとは限らないようである。


飼うなら心してかからないといけないということねー。


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