シングルモルトのウィスキーを飲んだ頃
一頃、シングルモルト・ウィスキーにはまっていた頃がある。
それは若気の至りだったのかも知れない。が、何でも一等賞モノは素晴らしいので、それを経験しないのはもったいないという発想があった。
それまでの私が愛飲していたのは、チューハイだった。サワーね。
この区別がつかないほどお酒に対してはいい加減なものだった。「飲む」と言う行為そのものに大人を感じていたので、酔うとかは全く別次元で考えていた。
今にして思えば実に不思議な理由でアルコールを捉えていたのだ。
それがある日、とある友人が「味わう」という醍醐味について熱く語ったのである。
私は耳を傾けた。
「お酒は人類最強の薬であり、最悪の事態を招く毒でもある。だから上手に付き合えた者だけが酒を自分のモノにすることが出来るんだ。溺れても構わない。でも、その時は溺れてしまうというリスクを充分に反芻して挑まなければいけないよね。「味わう」ということは更にその上のステージにあるんだ。美味い酒は本当に凄い力を持っているよ。どうせお金を出して身体に沁みこませるのだから、そのステージで酒を飲まないともったいないと思わないかい?」
「なるほどね。で、どんなお酒を楽しむのがいいのかな?」
「ウィスキーを試してご覧よ。いい店があるからこれから行こう。」
そんなこんなで、お店に足を運んだ我々。時刻にして深夜11時頃のことだったと思う。
時計を気にしている私に友人が言う。
「終電なんか気にしていちゃ、折角のチャンスを捧に振ってしまうこともあるんだ。今日、とても美味い酒が入ってきたという連絡があったんだよ。」
そうか、そういうものかと思いながらお店の中へ。
ちょっとシャレたバーテンさんが出迎えてくれた。
「あ、いらっしゃい!もう来ないかと思っていましたよ」
「いやいや、例のモノを試すには絶好の陽気だし、明日になったらなくなってしまっているかもしれないからね」
「ボトル一本だけですからね・・・でもまだ半分は残っていますよ」
「じゃ、早速いただくことにしようかな」
「お連れさんもそれでよろしいですか?」
お連れさんとは、私のことである。
問答無用でストレートのショットグラスに注がれて「それ」はやってきた。私は心の中で「水割り」などと呟いていたが、それを口にしたら冷めた視線を浴びてしまいそうなので、素直に流れに乗ることにしたのである。味わうと言う事はストレートのことを指しているらしい。
香りを嗅いでみた。上手く説明できないが、物凄く「琥珀」である。
一口含む。
凄い。
苦味と甘みと暦年の重さが一気に口の中に広がって、飲み込んだ後にクッキー系の香りが鼻を逆流し、顔の内側から体温を上昇させるような演出が施されてきた。
「如何です?」
「うん、悪くないね」
友人は淡々と語る。
「これも一緒にお試しになりますか?」
バーテンさんは、葉巻を一本ずつ取り出して、友人と私に差し向けてきた。
煙をくゆらせ、再びもう一口。
酔うというよりも、トリップである。それが悪くないんだ。絶妙なバランスだった。
「お連れさん、如何です?」
「いや、これ、凄いです。上手く表現できないけれど、とても美味しい・・・」
「ありがとうございます、スプリングバンクの77年です」
銘柄を教えて貰ったが、『だからどーした』程度にしか頭が回らない私。「そぅなんですか~」と答えるのが精一杯だった。
「あ、『美味しい』と言う言葉は安売りしちゃ駄目だよ、バーテンさんがつけ上がっちゃうからね」
茶目っ気たっぷりに友人は語る。
「そう、この味にあと何が足りないかを考えてお互いに成長しましょうよ、お連れさん、どうですか?」
味についてどうこう言えるような状況ではない私にとって、唯一感じた感想を加えた。
「この味を楽しむにはもう少し、環境が欲しい」
「・・・と、申しますと?」
「ま、どうでもいいことなんですが・・・」
「そんな事仰らずに、何なりと」
「いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
「・・・Jimi Hendrix とか。」
「・・・あ!失礼致しました」
良い味を楽しむ時には、それにふさわしい楽曲を耳にも響かせること。
当時の私が出来た、精一杯の主張がそれだった。
しかし、そのリクエストに友人もバーテンさんも私に一目置くようになってくれた。
味についてはさっぱりな私だったが、妙に一矢報いることが出来たみたいで、何となしに嬉しくなったりしたっけね。
で、始発が走るまでそのお店にお世話になり、家に着いたら、何のことはない、二日酔いになっていた。
なぁんだ、味わっても溺れちゃったじゃ~ん。