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フレグランスと私

** 大人になったら、「自分の香り」を持とう。 **


 とあるマンガの一節だが、このフレーズは自分の中で結構染み込むものがあった。中学生の頃、このフレーズに出会い、

「よし、僕も自分のテーマ・フレグランスを持つことにしよう!」

と、勇んで化粧品屋さんに足を向けたのだ。


 ところが…それまで化粧品屋さんに足を向けるなんてことはなかった私。

あの化粧品売り場の独特の雰囲気、「いらっしゃいませ」とは言うものの、他を寄せ付けようとしない雰囲気に、びびるものを感じてしまった。

 カウンターには綺麗にキめているお姉さんが、何やらノートに「書き物」をしている。


自動扉の近くまでやってきた私は、ガラス越しにそのお姉さんの姿が視界に入るや否や、途端に店内に入る勇気を失ってしまって、そのままお店の前を通り過ぎてしまった。

…店の前を通り過ぎ、意味もなく前進すること数十歩。

「オレ、何やってんだろ?しっかりお店に行かなくちゃ!」

と、自分に活を入れて引き返す。

 再び入り口付近にやってきたが、とにかくドキドキするだけでその「結界」の中に足を踏み入れることが出来ない。まるでドア付近に護符が貼られているみたいだ(私除けの)。と、中の店員さんがおもむろに顔を上げ、私と目が合ってしまった。

「ドキイッ!」…どうしよう…

すると、店員さんは何も無かったかのように、またぞろノートに目線を移してしまった。

なんたって、こちとら五分刈りの中学生だ。そりゃ、化粧品レディーとは距離がアリすぎる。


 こうして完璧にタイミングを逸してしまった私は、結局、大手ドラッグストアの化粧品売り場に方向転換せざるを得なくなっちまった。


・・・


 大手ドラッグストアに到着です。ここにはいろんなものが雑多にあるだけに、何の苦も無く入り口から"するりっ"と入れる。

別に買う目的は無いのに、意味も無く薬品やらキッチン用品の棚を見ながら歩く私。歩きながら「化粧品コーナー」の場所を視界の端に確認する。


(そうか、あそこか)


だれもそのコーナーにいないタイミングを見計らって「さっ」と行き、

男性化粧品の棚から「ささっ」と適当なものを引き抜いて、

「さささっ」とレジに走った。

(レジにも誰も並んでいない、今がチャンスだ!)

私の思考回路は、とにかく誰かに見つかる前に一品をゲットする任務にまい進していたのである。


・・・今思えば、ヘンな話だ。ベツに万引きするわけでもなく、イケナイものを買うわけでもない。しかし、自分の中ではイケナイことをしているという気持ちでいっぱいになってたんだ。

あれは、一体、何だったんだろ?


 買って来てしまったのは「MG5」だった。買ってしまうまで自分が何を選んでいたのかさっぱりだったが、家に帰ってきて「ちゃんと」見てみると、「MG5」と書いてある。プラ容器…ってか、何故にMG5?


(まあよい)ぱしゃっ!…つけてみる


床屋臭い


これ違う。





そこで、気持ちを新たに、第2弾を翌日実施することに。

初回と全く同じ手法で(をい)、作戦を遂行した。

今度買って来て「しまった」のは「ブラバス」だった。しかも、純コロンではなくて、アフター・シェービング・ローションだった。ちゃんと商品を確認しないで購入するからこういうことになる。


いよいよ自分が"や"になってきてしまったが、買ってきてしまったものは仕方ない。髭もまだ生えていない時期にもかかわらず、"ぴたぴた"と頬につけてみる。香りは…悪くない。


(ま、いっか)…と思っていたら、数分後、つけた部分が真っ赤になってきた。

そう、化粧品かぶれです。


こんなの恥ずかしくて誰にも言えない。

一生懸命に洗面所で顔を荒い、オロナイン軟膏を塗りたくった。

私の香りは、一気にオロナインに変貌を遂げた。


薬局の香り


以来、現在に至るまで、顔につける化粧品は『化粧水』以外は受け付けていない。


***


フレグランスに対しての渇望は1~2度失敗したからといって、おいそれと萎えてしまうものではない。それが化粧品の魔力でもある。別にとり憑かれたわけでもないが、損失を取り返そうとする気持ちがむくむくと湧いてきた化粧品ビギナー、中学時代の私なんだね。


2回連続して失敗すると、3回目はちゃんとしないといけない(ってか、もう止めればいいのに)。

雑誌などを見ると、タクティクスとか、アラミス辺りが素敵らしいと一人で流行る。私はその雑誌に掲載されている画像をしっかりと頭にインプットし、「同じ画の商品」を"正しく"ゲットしてこようと決意した。


かの失敗からお小遣いが底をついてしまったので、3度目のトライアルはその翌月に決定した。

加えて、2度のミスを犯したお店は避けて、あえて遠出をして別のお店を選択。


『店内に入ったら、10秒だ。10秒でカタをつける!』


小市民の私には、とにかく隠密裏に事を済ませる必要があった。

自転車をお店の脇につけ、何食わぬ風を装い、しかし歩調は速めに店内に入り、メンズの棚に目を走らせる。

「いらっしゃいませ」

店員さんが声をかけるが(いいから、僕には声をかけないでくれ)と心で叫び、ひたすら目を走らせる。


・・・ない!


TもAもない!

やばい! これは想定外だった。


さっさと店を出て、さぁどうしようかと思案した。

やはりちゃんとした化粧品はちゃんとしたお店でなければ置いていないということか。

(・・・後でわかったことだが、この3度目に訪れた化粧品屋さんは資生堂の専門店だった)


私は、化粧品を買おうと決めて最初に足を運んだ「あのお店」を思い出した。

綺麗なお姉さんがキめている「あのお店」。

(やはり、あそこに行かなければならないのか!)

再び試練である。

どうして化粧品売り場というところには、緊張感の無い店員さんがいないのだろう?

そういう人だったら、何もこんなに寿命を縮めなくても済むのに・・・。


仕方ない。

私は満を持して、最初のあのお店に足を運ぶことにした。


***


相変わらず、敷居の高い化粧品屋さんだ(と、自分で勝手に決め付けている)。

店の前の自動扉についたら、迷いが生じてしまうから、とにかくイッキに行くことがポイントだ。

緊張するよりも早くに事を済ませてしまえば、緊張しないで済むに違いない。もはや私の思考回路はめちゃくちゃである。

店に着くと、さっさとドアの中に身体をねじ込んだ。店員さんが「いらっしゃいませ」と呼びかけたが「いらっしゃいませ」の「いらっ・・」くらいの部分で、畳み掛けて言ってみた。

「アラミスはありますか?」。


「アラミスはおとり寄せになりますが・・・」


ぬわにっ!?

オトリヨセ!?


これまた想定外の切り返しだった。

うろたえた。

専門店なのに、置いていないですと!?

ってことは、ここで、注文をして、後日、もう一度、このお店に、足を、運ばなければ「いけない」というのか?!

それは無理な注文というものだ。仕方ない、2番目候補のタクティクスにしよう。

「なら、タクティクスはありますか?」

「それでしたら、こちらに・・・。テスターでお試しになりますか?」


テスター?なんだ?テスターって・・・。

さては専門用語の攻撃に入ってきたのだなっ。くそう、迎撃できるコマはこちらには持ち合わせていないぜ。半ばパニックになってしまった私には、

「い、いえ、結構です。それ、下さい」と言うのが精一杯だった。

「3000円になります。」


さすが、正当な化粧品は正しく高額だ。(と、当時の私は本気で思った)



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