デルタ・ワン河川の鎮圧
小鬼どもめ!
それはデルタ・ワン河川で従軍する全ての将兵がもつ恨み節。底が透けて見える死の川は緩やかな流れで砲艦達の河川艦隊を、そして後方に展開するヘリコプターを搭載した河川機動艦隊を運ぶ。鋼の筒は左右に振り分けられ、両岸どちらからの襲撃にも対応できるよう、砲員は蒸される暑さの中、叩けば響く薄い装甲に囲われた中で、扇風機の稼働音とたかる蝿の羽音を聞きながら汗を流す。
目を振ったところで広く深い森の先は見えず、光は樹海の天蓋に遮ぎられ夜だけがそこにある。獣の夜だ、ケダモノは夜から立ちあがる。溜まった瘴気が吹き込むような、風が死んでいた。
「地上班より支援要請!」
息を殺した河川艦隊に熱が入り、砲口から火を、榴弾が吐かれ、細枝を引き裂きながら突き破り遅延信管が爆ぜた。森の深淵に昇る巻き上げられた土砂と黒煙。熱が風を起こす。眠っていた時計が針を回し、応急処置に溶接されたスリッドアーマーが軋む。力んだ船体が震えた、そしてそれは機械だけではない。
剥き出しの銃架から防楯付き重機関銃を撃っていたフルフェイスの鉄兜、防弾服で固めた兵士が、恐怖か反動かわからないもので身を揺さぶられていたとき、後ろへ吹き飛び川へ落ちた。鉄製の防楯が貫通し、防弾服を切り裂き上半身に遅れて下半身がデッキを血溜まりで染める。
「くそっ!対戦車ライフルか!?」
貫かれた大穴は赤く熱されてはおらず、寧ろ逆に冷たく霜が急速に根を張っている。魔法だ。
「マジックアイテム持ちだ!」
赤、青、色取り取りの光が森から伸びる。それは炎であり氷であり雷、バラバラと飛んできては砲艦を叩き、あるものは弾くがあるものは装甲に喰い込み内爆する。
森の小鬼ども、森海の非文明種族の癖に人間を殺す時には分捕った銃やマジックアイテムを使い、文明的な戦争をする蛮族だ。奴らは木に目を刻み、木から全てを見る妖術を使うと言われている。どこにでも先回りし、人間の行動を正確に予知するからだ。人間の答えは、森を焼き払うこと。ナパームが投じられ、森を焼く。パチパチと水を飲んだ木が割れる音が燃料と生きたまま焼かれる臭いに混じる。神秘は、化学の怪物で焼き尽くせる。黒、赤、橙、うねる超高温の竜が森を舐め、貪欲にあらゆる、あらゆるものを飲み込み崩れた炭と灰を排泄する。
川からはのぞけぬ緑の地獄、その深淵では今なお地上部隊が10mと視界のない銃撃戦を繰り広げているだろう。泥から軍靴を引き抜き、引き鉄の前に蹴り飛ばし銃床で頭蓋を叩き割る死闘。無線機から漏れるは、砲弾の炸裂、敵味方の混じる叫び声、断続的な銃声、至近で手榴弾を投げ、投げ返され、RPGを構え打ち込み無反動砲が連れて来られる。戦場では兵器と共生し、兵器が相棒である。泥が詰まろう、銃身が溶け落ちよう、飛び交う鉛玉と魔法が死を招く。
森の蛮族は抗う。人ではない身でありながら人だと主張しているがゆえに、人間とは決して相入れることはない。亜種人類ではある、だが人間ではなく何故、人が社会に異物を好んで混ぜる必要がある?
人である、の主張は彼らが領有を持つとして国の半分に当たる土地を切り取る為の口実なのだ。
透き通る川底を魚人が泳ぐ。手榴弾が投げ込まれ、爆圧が内蔵をミキサーにかけドロドロに口から吐かせたが強靭な皮膚で耐えたものは砲艦に飛び移り、フロッグマンから奪ったスピアライフルを撃つ。醜い魚顔どもを地獄に蹴り落とす為、兵士らは銃だけでなく自らの四肢を使うことも躊躇わない。
首のない巨大な口にはヤスリのような歯が並び、迷彩服の顔を削ぎ千切った。吹き出す血と剝きだす眼球や歯、露出した筋肉から赤く流しながらも、兵士はナイフで延髄を切断する。
蛮族の村を焼き、死体は山に纏め、本気で絶滅させる、その意思で作戦が実行された背景には、環境団体が政府を無視して進入し、脳を開かれ凄惨な状態で川を下り人間の領域に帰ってきた事件である。人が殺されるのは初めてではなく、下流域でさえ積極的に人が拉致される。
砲艦から火炎の息吹が伸びる。闇の中で蠢く人ならざるものが肌を肺を焼かれる匂いを風が運ぶ。砲艦にはスピアライフルの銛弾で縫いつけられた兵士が魚人の死体に埋まる。川を流れる死体を砲艦が潰し、赤く、赤く、赤く。
森の夜から複眼の鴉が飛び、それは普通の鴉であるわけがなく、人肉を好む人喰いであり蛮族と同じ。機関銃弾と炎が大気諸共に鴉を焼く。だが何人かは喰いつかれ、生きたまま皮を剥がれ、川に落とされては魚人に四肢を捥がれた。蛮族の残虐な使い魔共は、その武器は爪や牙であることがほとんどだが人の肉や皮は、外骨格や鋼で編まれた筋繊維とは違う。
顎紐ごと裂かれたヘルメットの中には髪の残る皮と僅かな脳漿。獣との戦いはより凄惨になるものであり、現代では最後進国でも、またはマフィアやカルテルの抗争でもそうは見ない残酷が塗りたくられる。
だが人なのだ、人は勝ち残ってきた、獣と戦い臓腑を撒き散らしても生き残ってきた。恐怖が顎門を開き今まさに心臓を喰らおうとしていても、理性が体を卸し喉奥から脳を撃ち抜く。死体の群れが砲艦を揺さぶり、舷側を流れる血がとめどない。
無情である、悲劇である、血を流すことが誰からも求められるというのは、死ねと言われるのは。
だが兵士はこの地で立った、蛮族の怪物はやってきた、であればもはや打ち倒すほかなく、打ち倒せぬものは骸を流す。
攻撃ヘリコがタービンジェットと巨大なメインローターをバタバタがなりながら、スタブウィングのロケットポッドから火を吐き続けた。
ヒュッ、ヒュッ、バン、バンバン。
空中騎兵は自在に飛び、どんなに速い地上の生き物よりも速く、獲物を追いかけまわす。機首下のガトリングがくるくると餌を探す鷹のように首を回しては、地上に鉄の雨を降らした。最新の熱感知装置は森を透過する。木の葉に隠れてもその熱は見えているのだ。幾らかの大型ヘリコは、腹からバラバラと、くるくる回る地雷を種蒔きし川への接近を防ぐ防御線を作る。森の天蓋はすでに、燃えた黒い炭と灰になっていた。凶暴な獣のノーズアートは威嚇に牙だらけの口を開く。蛮族を押しのける猟犬、空の守護者にして敵の死神。その大鎌の一振りは大きく、数多の蛮族を切り払うに充分。
嵐が小舟を掴み、箱の中身を触手を伸ばす。兵士は叫び、敵を倒す、敵は叫び、兵士を倒す。ここに英雄はおらず、しかして世界はいつも落ちるべき場所に落ち安定する。奴らは生きられん。共存できないのなら、これを殺さなければならぬ。祈り欠かさぬものが月に満ちた夜に狼になるように、人間と獣は共存できぬ。我らは選ばねばならぬ。
炎に包まれた砲艦の影から、獣が起き上がる。だが獣は聖なる炎に身を焼かれる。獣の腕には、兵士と同じ刺青“五つの星と樹”が彫られている。蛮族の尖兵は皆、五つの星と樹が刻まれている。ゆえに、決して許せないのだ。村々を焼き払う、一人と残さず殺し直す。再殺こそが最大の聖務と首飾りに誓い、兵士は聖戦士でもある。
呪われた骨、呪われた血は炎によってのみ清められ、死者の谷に還してやれるのだ。狼の谷には死者が入る。獅子の谷には名誉が入る。
川を登る河川艦隊の砲艦は数を減らしながら、デルタ・ワンに棲息する蛮族を駆逐した。長い戦いの夜に、目を逸らさぬと決めた戦いが脚を踏み込ませた。深すぎる沼も、高すぎる避けえぬ氷山も知っていて、我々は戦いを選び、そして勝利するのだ。




