巨人の盾の戦い
腐った大地には晴れることのない黒い雲が太陽を覆い、灰色の雪が降り積もる干上がった海はかつての海底を剥き出し、今や地上の山脈となった山々は白く染まる。大地深くまで侵食された星を歩くのは人の死後と、人ではない人型だ。
濃硫酸の雨が滴る外殻に、センサーを隠す分厚い防弾レンズが冷たく見つめる戦場は自然であり、日常であり、であれば呼吸と食事と変わらない時間ということのものである。
分厚い岩盤下の施設は、幾万もの時の中で崩落し、多くの機能を失いながらもなおまだ稼働を続けていた。自己診断システムが立ち上がり、最早風化し白い砂と一体化した骨だったもの以外には煤しかない空間に次々と証明が灯る。
カチ、カチ、と異音を発しながらモニターに緑のデジタル文字が見る人間もいないのに表示され、眠りにつく機械人形達の目覚ましを起動した。
〈対抗勢力の活動再開を確認。防衛チャート441に従い当該前線基地より攻撃部隊を移動〉
しかし、
〈前線基地エコーは地層運動により消滅。チャート441を破棄、チャート501に変更要求〉
刃こぼれした鎧、警戒色のマスケット、脱水された肉を動かすのは何か、信義である。死したろう、果てたろう、しかし!しかし!しかし!たかが一度、たかが千度死したから倒れて星に眠る英雄がいるであろうか。
否!否!否!
英雄は土を剥がし、死を背負いあげ、再度浮上するのである!
錆びた槍が刺せるであろうか、片脚の馬がいかほど走れようか、腐った火薬がどれほど燃えるであろうか、しかしそれはここにあり誰もが使い方を知っている、であれば、英雄であれば、勇者であれば、不利格上に相手を置く要素にすぎぬ!
馬蹄を進めよ、馬車を泥からあげよ、銃に弾を込めよ、剣を鞘を走らせよ、いざ進まん、我らが果てるにたる場所、巨人の盾砕かんが為に。
汚れた大地も雪化粧が死を隠す。死には良い日ぞ、死に損ないの勇者英雄共、死のう、死のう、死のう、箒星の魔女に頼らぬ我ら星の子にして星の記憶、さあ進め、血の記憶の兄弟戦士、我ら死しても死なず、我らを殺して見せよ鉄人形、新たな祝福の子よ。
鉄人形共よ、死後の再就職も過酷ぞ覚悟されたし。
肉の腐るピカピカ戦列歩兵を粒子ビームが薙ぎ払い、銃剣が鋼のロボット兵の外骨格を刺し貫きパワードスーツを剥ぎ取られる。戦利品、名誉、わけはわからないがなんか高級で凄いヤツは戦果ぞ。連隊旗の旗振りが走れば家紋の指物を背負った鎧武者も走る、走れ、並べ、戻るな、進め、血の乾いた肉は殴られしかし絞られるだけ死に絞られた身が今更何を噴きだそうというか。
突撃喇叭が鳴れば騎兵隊が機関銃を曳くなど至極当然であるし、ロボット兵が丸太程もある砲か銃か迷うものを振り回しているのもまた風が吹けばタンブルが転がるマカロニウェスタンの常識。
蓄えられた髭が骨から剥がれる肉ごと落ちそうになるのを防ぎながら、カウボーイはホルスターから八丁めのリボルバーを抜いている側で、侍は上半身が丸っと消えたゲルマン人からドライゼ銃を前借りする。
鉛が飛べば鉄の合金に粒子ビームにレールガン。なるほど混沌、だがそれに変わりはなくあるものなのである。
ゴミ広いにやってきた海産物の烏賊野郎の頭か胴をぶん殴り、巨人の盾の占領を目的としない目的の戦いは銃弾とレーザー、死んだ腕とロボットアームの殴りあい。
千年、万年、戦っているのなら更に一千年先の敵とも戦おう!何を不思議に思う、何が疑問か、剣を振る指、引き金にかける指、何が違おうか!
否、違わぬ、それは同じなのである!!
チカチカとセンサーを光らせる機械に人間だったものが群がり、これを引き倒し、一太刀で無理ならば十を斬りつけこれを倒す。
雪原になった巨人の盾の上では古く、新しく、過ぎ去ったこれからと同じ戦いに銃剣が、アサルトライフルが、対戦車ミサイルが、戦闘機が飛び交っては旧時代の火が燃え上がる。
人間の形をした怪物は雪を踏みしめ、群がり戦う。マスケットを撃つものも、戦車を操るものも、パワードスーツを着たものも皆同じく。
ロボット兵は片腕で人間の頭を鷲掴め、握りつぶせるだけの巨腕怪力だが、人間を遥かに超える存在が組む徒党であるが、誰も彼も立ち止まらない。
進むのだ、踏み潰すのだ、あれは敵だ、これも敵だ、ならば何故まだ立っている!?
イジャイジャアララライ!
イジャイジャアララライ!
イジャイジャアララライ!
星箒の魔女が飛ぶ、大空の魔女が飛ぶ、だが我らに魔法は不要、我らが魔法、我らが武器、魔法とは不要で生きられるもの、今まで不要であった機能を今日付ける必要を感じず!
我らただ起き上がり、我らただ歩く!
装甲された樽を重ねて手足をつけた雪達磨の如きロボット兵と古今東西近遠未来の骸の兵士がぶつかり合う。
柔肌であれば、鋼鉄に叶う道理がありましょうや?
勇者にはあるのである!勇者であればレーザーも曲げるし、鉛玉の千や万は当たらず、素手で板金鎧を引き千切り、燃える戦闘機が頭蓋を直撃しぶちまけようとも、寸手で敵を打ち倒せるのが勇者である!
つまり!
死ねば!勇者一人で戦艦を沈め!そして!勇者は死なぬ!死んでも起き上がる!つまりは無敵なのである!運命力の賜物とは物語の書き換え、そこに不当も無理無茶不可能は存在しない!ただ!敵も英雄なのである!死ぬ時は死ぬ!潔くあれ!!
イジャイジャアララライ!
二度では足りぬ、四度では多い、三度祈れ、あとは死んでから考えられよ!
全長5m、熱い熱気と冷たい思考は決して、そう決して矛盾するものではない。花の騎兵隊が折れた、切れた、脚が足らないハラワタがこぼれかけの馬の腹、腐った目玉をうっかり落とした馬の腹を黄金に輝くブーツで蹴りながら、興奮の最高潮にあろうとも、ランスの先端にまでは熱は伝わらずそれはやはり冷たくあり続け、鉄人形タロス、あるいはゴレムと言われるもののセンサーを正確に貫く。
マスケットの戦列が仲間を盾に歩み、斉射のその瞬間を早撃ちせず、矢弾にレーザーが雨と降り注ごうと、焦れて一挙に決めんと突撃する熱さはない。
タロス、あるいはゴレムは矢張り強敵であり、勝ち戦に乗じて蹂躙のごとく、積もる煤を吹くがごとく、蹴れば飛ぶ路肩の石のごとくがいかないのである。
巨人の盾に複雑に掘られた堅穴は塹壕よりも前時代のシステム。モーフウィングの戦闘機がソッピーズスナイプと空中戦を演じている下で、死せる象兵が背中の砲をザンブーラキしタロス、あるいはゴレムのハルバード隊を戦斧諸共踏み潰す。
正統な目的がありましょうや?
タロス、あるいはゴレムが守護する巨人の盾への侵攻に何か意味がありましょうや。
ない、そんなものはない!
断言しよう、ないのである!!
F35が有機戦闘機にミサイルを撃ち込み翼を叩き折られ地上で爆発するも、レオパルド3が120mmでは到底不可能な貫徹力で球状戦車を爆散させ巨重兵器に蹴り飛ばされるも、臼砲艦が人力で山登りし鉄鎖を揺らしながら砲弾を撃つ直後に衛星から鉄塊を直撃されるも、全ては!
何か意味があるのか!?
ない!ないのである!!
しからば何故起き上がりたもうた、しからば何故二度死ぬ、三度死ぬ、幾度死ぬ。
望まれているからである!
勇者とは!
英雄とは!
すなわち求められる者であるがゆえに!
「列島の兄弟よ前へ!大陸に遅れをとるな、我らが子、我らが未来!過去を蹂躙して見せよ、亡霊を振り払え!今こそが至高と証明して見せられよ!」
占領した塹壕からは家を背中に挿し指物に振る侍が飛び出そうとしかし、近代死神の鎌である機関砲が地表を刈り取り哀れ体は上と下、臓腑を巻き倒れたり。
「千切れちょる!わはは!これは豪快!これ、誰か儂の歯を探しておくれ。あれがないとどうも、合いが悪い」
旧大戦時代の菱形戦車Mk.Ⅹがノロノロと塹壕のレーザー鉄条網を乗り越え、ボイラー鋼を切り刻まれ、機関砲弾が装甲の内で跳ね回り、車内を血みどろという血はないがあちこちに転がる別れた自分を拾いながら進む。唸るエンジンは精霊に祝福され、いまだ命を繋ぎ止めている、止まりはしない、『彼女』もまた英雄であるがゆえに。
日が昇り、日が傾き、日が沈む。夜の影長く腕を伸ばし、勇者を、英雄を掴み始めた時刻、「やめだやめだ、夜がくる」とさっさと帰りの準備が始まり戦は畳まれ始める。
無くした手足脳味噌目玉を探し、タロス、あるいはゴレムと物々交換したり嗜好品をお裾分けし今日という日を祝福する。
「帰るぞ」
「おー」
がっしゃ、がっしゃ、傾いた鎧甲冑を正し、見送りに手を振ってチヌークヘリコプターに乗り込む下馬騎士や、サリッサをヘリコに結んだファランクス、レギオンの兵士達。
今日が終わる、戦いが終わる。
明日は始まる、戦いが始まる。




