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第三次ダンライオ要塞攻防戦

雨季の泥濘が虫柱を建たせる灼熱に、泥と血、銀弾と魔弾が数限りなく飛び交い、ダンライオの湿地に沈む第三次ダンライオ要塞攻防戦は、数日に渡る豪雨で冠水する河川を渡る、シュークリム将軍率いる王国河川軍第五モニター艦隊による、ダンライオ要塞に対する砲撃から始まる。


旗艦“鉄槌の報復号”が、ジャッキアップした巨頭の、三つの砲塔から五〇センチ砲の砲口をそれぞれ回し、数十の魔術的、冶金学的に重ね合わせられた対要塞徹甲弾が、数百の雷を束ねてもなお勝てないであろう咆哮で撃ち出され、放物を描き、魔軍第六軍が根拠とする、そして王国から奪われたダンライオ要塞に張られた数十の多重障壁を纏めて割り、鋼鉄の天蓋と鉄筋ベトンの要塞陣地に降り注いだ。


「おぉ、見られよ!我らが雷、我らが鋼鉄の鉄拳を!!」


キングダムガード総指揮、ダンライオ攻略軍ジョエル・スタッドフォートは陣幕の中から遠見の式を飛ばし、冠水した泥の川を震撼させ、単艦で一個軍団にも等しいと言われるモニター艦隊の猛火力がダンライオ要塞のベトン防御された観測陣地を一撃で爆砕する光景に満足を示した。


既に、幾度となく決行された総攻撃がことごとく撃退された中での巨砲による要塞砲撃は、前線から離れた後方から、泥濘の中に沈む最前衛の突撃連隊にいたるまでなんら変わることなく、士気の益々の奮起を風で運んだ。


しかして悪魔は産声をあげ、死神が大鎌を振るい、冠水する河川の底を覗ける、土砂混じりの瀑布の柱が戦慄と共に立ち昇った。


ダンライオ要塞に魔軍が、魔界中からかき集め据えた巨砲群、バルダ砲、ムアコック砲、スプルー砲、キュルケ砲の四門の砲撃は、キングダムガードの波状総攻撃を幾度となく阻む死神以上の災厄であった。


河川艦隊主力艦の一隻、“栄光と炎号”が一撃で弾薬庫を誘爆させ轟沈するのと、ダンライオ要塞堡塁を連結する塹壕線の破壊に突撃連隊が歓喜するのはほぼ同時刻のことであった。






(略)






要塞陣地から撃ち降ろされる狙撃砲の魔導爆発による旋風、風琴砲の切り裂き鉄風の猛冷の中でも戦列歩兵は丘を駆け上がる、命令され、実行する義務がある。しかし、


「勇者達は何をやっておる」


ダンライオ要塞防塁の丘に、伏せたまま動かない複数の連隊の不甲斐なさに痺れを切らせた指揮官らは伝書竜を飛ばし、要塞から対抗で飛ばす石化鳥と爪と牙の激しい空中戦を制し、地上へと下ったがしかし、連隊は動かず、ベリルに着剣された銀林は輝きを見せなかった。


うつ伏せのまま、伏せたまま、顔を泥に沈め、息ができていなくても動かぬ。


指揮官以下幕僚らは双眼鏡を見て、驚愕し、戦慄し、そしてようやっと気づく、それは既に全滅し骸になった後の兵士達の姿であるのだと。


身を半ばまで泥に沈め、顔を沈め、呼吸が不可能であっても動くことなく漂うそれは、防塁に取り付くことさえも叶わず事切れた勇者の蛮勇の代償の形である。


「死んでおるのか。全員、あの全てが、勇者達が」


いかな鉄量、いかな人命、いかな兵器を投じてなおダンライオの魔軍を駆逐することは叶わず、屍を山と積み上げ続け、増水し河川軍艦隊の通行を可能としていた川もまた、何隻もの轟沈艦のマストによって平底の底を擦り始めていた。


ダンライオ要塞は、勇者達の血肉を塗り固めるたびに、勇者の魂を食らい簒奪するごとに、その壁をより強固にしていくようであった。


外郭を一つ攻略するごとに、一個軍が摩耗しきってしまうだけの消耗戦は、増水した濁流、身を切り刻む死の川に夥しい数の遺体を流させ、不幸な幸いなことにも、冠水していたおかげで死体は残らず、死体処理によって攻略中止とはいかなかった。


腐った巨人の足跡のような、腐敗と死、虫と瘴気が蔓延する、疫病の神々が集るがごとき戦場が醸成され、キングダムガードは虫に己を食われながら、魔軍の魔銃“ベリアルM815”の現実鎧を容易く貫通してくる魔光と塹壕で、砲台で、激烈な精神性で魔軍と肉薄し、一進一退を繰り返す。


まるでより多くの血を求めるように、また、挽肉機にかけられる肉であることもわからずに、新しい師団が増援にやってくる。


激戦区に心躍らせた若い兵士達の顔は汚れを知らず、古参兵と泥の中で生き残れる者はかくも少なく、王国式空気銃“ベリル1099”を抱いて、泥の戦場を掻き分け、そして倒れていった。






(略)






ダンライオ要塞周辺に霧が漂うのは珍しいことではない。川の霧に乗じた、幽霊騎兵の逆襲部隊が足なく、音なくダンライオ要塞から出陣し、攻囲部隊に対して襲撃を繰り返し、キングダム銃士隊の猛烈な祝福咒式銀弾で打ち砕かれる、あるいは陣を蹂躙され軍服の背をランス、あるいはサーベルで切り裂かれるのは、よくある局地戦の一幕であった。


だがこの日、霧の中を進むのは幽鬼の類いなどではなく、霧を透かした巨重は、あまりにも大きく、あまりにも異質であり、兵卒の口からは「城が動いた」と漏れるほどであった。


王立科学研究院が復活させたそれは、記憶の中に住んでいた、血の記憶を逆行する事で発見された巨重、まさしく陸に棲む戦艦であった。動力炉は死んでいるが、代わりに一〇台の聖堂戦車に巨体を引かれ、泥の地へと現われ出でたのだ。







(略)






鉄塊である、ただ硬く、ただ防ぎ、ただ止まらぬだけの巨重の鉄塊ごときではあるが、それこそが風を捻じ曲げ、死神の鎌をへし折り、防塁、塹壕線を裂き、対砲爆処理済み拠点である火点を沈黙させた。


車体には何十という鏡が起立され、太陽神の目も細めさせられるだろう白光の束が要塞を、魔族を区別なく焼いた。白光が撫でた土嚢は焼成された硝子の如く輝き、砲台正面のボール状防盾は溶けた飴細工と変形し、真っ赤に流れ落ちた。


巨重は、攻略戦に際して動くことは叶わず、それは教会の聖堂戦車がダンライオ要塞の火砲群の猛火をとても受け止めきれないからであるが、巨重は、白光の光届けられるあらゆる範囲の全てを焼き尽くした。


その光や凄まじく、ベリル1099の銀弾に対して完璧な防弾性を発揮してきた銃眼を一撃で溶融、貫徹し、射手達であるゴブリン供の肉と骨の半分を蒸発させていた。






(略)






ダンライオ要塞から魔軍猛将ドルカン直卒の決死部隊が出陣、浸透し、狙いが巨重にあることは明白であり、十重二十重の方陣が巨重を囲っていたが、決死隊は蹄のない脚で騎馬突撃の幻聴を轟き引き、そして突き破る。


鎧の全てを捨て去り、ただ一撃を送り込むだけの一本の槍であれ、と浸透する決死隊には、ケンタウロス、デュラハン、マンティコア、ザウルス、最精鋭であることは間違いない強兵の全てを注ぎ込まれた編成である。


夜に発生した、全戦線へのアンデッドによる撹乱攻撃とそれを支援する残存要塞砲による砲撃によって、キングダム側は対応を一手誤り、方陣を次々と貫かれていく。


ドルカンの決死隊は錐の如く、硬く結束した方陣を貫き、切り裂き、踏み潰した。ベリルの銀弾が、どれ程の弾幕を形成し、臼砲の炸裂弾が直上から降り注ぎ、野戦砲の実体弾が大地を跳ねながら身を衝撃しようとも、巨重を守るべく敷かれた方陣、戦列が崩され、もっとも頑強である筈の方陣中央の砲陣地が、砲を捨て逃げ出す始末であった。


決死隊は、崩壊する連隊方陣を追撃し破滅させることはなく、ただひたすらに、動くこともままならない巨重を目指して突撃を繰り返した。


突撃、突撃、突撃、休息を知らず、落伍者を捨て、ただひたすらに、盲目的に、正面の戦列を踏み潰し、踏み潰し、乗り越え、前へ、戦友の屍も盾に、二人が死ねば一人を送れるのであれば、一人の為に二人が生きた盾となり、奴らは進み続けた。







(略)







下馬した近衛騎士団が、不動の城壁と化し巨重の前に、魔軍決死隊の前に、難攻不落を築きあげた。


魔女に祝福された黄金の対砲爆銃鎧の長槍兵は、いかな弾幕を物ともせずに戦列の盾となり、近接戦となれば銀の刃が前列から後列までを串刺す精鋭。


硝煙燻り、虫と臓腑血肉が泥に混じる醜悪な大地にしかし、近衛騎士団の黄金鎧が雲の切れ間から差し込む陽に輝く様は神々しく、敵味方の視線を集めたる。


最後の砦にして、希望であり、潰走するキングダムガードらがしかし固唾を飲み振り返ってしまう、キングダム最強の、最精鋭で最新の装備と強靭な心を、歴代の血筋と規律によって完成された近衛騎士団の面々が戦旗を泥の地に立てた。


翻るは銃を噛み砕く獅子。


ドルカンの決死隊騎兵の足踏み、荒れた息で首を振り、呼吸を整え、三度息を吸ったときには落ち着きを取り戻していた。既にその数は突入当初の十分の一に足らず、生きては帰れぬだろう。だが、だが奴らは突撃を始めた。


緩やかに走り始め、最大加速へと達した時には鎧が擦る密集を作り、最後の飛び越えるべき近衛隊へと、突撃するのだ。


近衛騎士団は正面から受け止める……かに見えた。大地震撼の群れが眼前に迫る中、


「左右に開け!」


近衛騎士隊長の命令が、近衛騎士団を二つに割った、奥から出でたのは不動の巨重。


巨重の、光の目が輝き、視線の先あらゆる万物を焼き切って、焼き払い、熱線が割れた。魔軍を光が拒絶し、風に揺られる布のように捻じ曲がる。


ザウルスシャーマン達が命を捨てて張った障壁が、巨重の目を拡散し、防ぎ、守護してみせたのだ。ザウルスシャーマンの障壁に当たる光は捻じ曲げられ、術者達の魂さえも焼かれたが、しかし歪められた光は無秩序に大地を引き裂き、蒸発させ、ガラスの大地と輝くか焼け焦がすのみ、倒れたシャーマンを踏み越え決死騎兵隊の猛迫歩み出る。ドルカンの雄叫びが、吠える。






(略)






鏡の限界を超えた時、それは割れ、変形し、蒸発したそれからは光が失われ、沈黙した。


戦場から獰猛な哮りが消え、熱に歪む大気の中、焼け焦げた肌の魔軍決死隊が燻る体を揺らし走り、走り、走り……しかし届くことはなかった。


野戦砲の砲列が、巨重と、左右に開いた近衛騎士団の影から鈍色に輝く砲口を見せていた。付近にはいまだに退避していない騎馬がおり、この砲が騎馬砲兵であり、近衛騎士団と巨重が稼いだ時で布陣を完了し、それには既に初弾の獣が砲身の内で、その時を待ち続けていた。


雷は昇り、キャニスター弾の水平射撃が、曳火の散弾塊が、鎧も、肉も、障壁も区別なく引き裂き、覆う猛煙の晴れた時には、立っている者は誰一人としていなかった。


魔軍はこの一撃の失敗により、巨重完全破壊の術を失い、夥しい屍を築かされた第三次ダンライオ要塞攻防戦は、修復された巨重の熱線照射と攻囲で締め上げるキングダムガード諸兄の圧力により、魔軍根拠地部隊の首と背骨が折れたことによって、終結した。

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