決戦前
そもそも、この赤い本に載っている職種をフランさんが全て覚えているのだろうか。仕事を紹介するのが仕事だから、半数以上を覚えておく必要があるのだろうなとは思う。
昨日のうちに職業を紹介してくれなかったということは、私に適性がなかったのか、急ぎではないから後回しにしたのか――。
パラパラとページを捲っていると、「造形士」という職業に目に入った。
己を注いで作り上げる職業と書かれている。精神と気力で渾身の作品を作るとは書いてあるものの、何を作るか書いてない。流石にここに書けないようなものを作るといったことはないだろうけど、怖い。この本もしかして、職業を紹介するつもりで作ったものじゃなくて他の目的があるなんてオチないよね。
適性がある人が触ったら勝手に職業案内士になっているとか……流石にそんなことないか。それだったら、昨日のうちにフランさんに無理やりでも本を触らせられているだろうし。
「そういえばさ、ダリウスさんが今度家に帰るって言ってたけど」
ウィルの声が少し奥から聞こえた。
ダリウス兄ちゃん――私の兄で騎士として働くために今は寮で暮らしている。そのため、家に帰ってくることはあまりない。フワフワしている雰囲気でとても優しく、騎士としてしっかり働けるのか不安に思ってしまう。ウィルから何本も剣を作り直しているという話を多々聞くので、なかなか荒々しいことをやっているらしい。ウィル曰く、騎士の人たちの中で一番鍛冶屋に来るとのこと。私はこうして数日鍛冶屋に入り浸っているが、運が悪いのか鍛冶屋で兄ちゃんに遭遇したことはない。
「兄ちゃん帰ってこれるって言ってたの?」
「なんか落ち着いたから少し帰れるって言ってたよ。なんかお土産があるって」
「ふーん」
兄ちゃんが帰ってくるのは何年ぶりだろうか。最近顔を合わせることも少なかったけれど、ウィルの話を聞く限りでは元気にしているはずだ。騎士になるつもりはないけれど、参考程度に職業の話も聞いておいたほうがいいかもしれない。
「ダリウスさん帰ってきている時、家に行ってもいい?」
「うん、兄ちゃん喜ぶと思うよ」
「わかった。帰ってきたときに鍛冶屋に呼びに来て欲しい。その頃にはダリウスさんの剣も出来ていると思うから一緒に持っていく」
ウィルの顔はやる気に満ちているように見える。恐らく、兄ちゃんの剣を作る手伝いをしたのだろう。自分の未来のために進んでいるウィルが尊敬できるし、私も少しでも前に進まなければ行けない気がする。
いや、進まないとこのままでは無職のまま家から追い出されてしまう。
「お兄ちゃんに認められるといいね」
「そうだ……な。まずはそこから始めようと思っている」
兄ちゃんに認めてもらえれば、大口のお客を捕まえられるということだろう。騎士の人の中で一番剣を折っているのであれば間違いない。
「ウィルが頑張っているから私も頑張る。今からフランさんのところに行ってくるね」
「あぁ。いってらっしゃい」
昨日の様子だと、フランさんとは一筋縄ではいかないような気がしてくる。やる気を入れ直しながら、鍛冶屋を出る。
「ウィル……お前……」
扉を閉めるときに親方の声が聞こえた。