ボロボロさん3
「私は……ぬいぐるみに全てを賭けるつもりは……ありません。私にとってぬいぐるみは娯楽ですし、私の人生と言い切れるようなものでもないです。ただ、私が持っている能力を提示して可能な仕事を教えてもらうことはできませんか?」
「求めていた答えじゃないけど……まぁ仕事を探しに来た以上、その答えが普通だよね」
フランさんは左に置いている本に左手を掛けて真ん中あたりのページを捲った。
「一応聞くけど、何か得意とか秀でている自信があることとかある?」
「得意というならば、裁縫はそこそこ得意だと思っています」
「でも、それを職業にしたくないからここに来たんだよね。裁縫するような仕事って家具を作ったり、服を作ったりするものはあると思うんだけど」
「……」
出来ることがあるけど、やりたくないというのは私のわがままだ。本来であれば、似ている職業をやりつつ、ぬいぐるみを作ればいい。それくらいわかっているけど、何かぼんやりと違うことがやりたいと思っている。
「運動神経はいいの?」
「人並だと思います。騎士として勤めている兄と小さな時は走り回っていたので、体力は少しだけ自信があります」
「それは頼もしいことだね。他は何か得意なことは?」
小さな頃は少し歳の離れた兄と野を駆け回り、泥だらけになって家に帰っていた。少し離れた草原に遊びに行って怒られることもあった。兄は武に尽力するようになり、私はぬいぐるみを作るようになった。なかなか家に帰ってくることもないので顔を合わせることも最近はほぼない。歩む道は違うが、兄の事は尊敬している。だからと言って兄を追うような道は私にはない。
「――ハル、凄いよね」兄は木登りしている時に私に言った。
「お兄ちゃんはこんなに早く木に登れるし、ハルが凄いわけないよ」
兄に追いつきたくて、へとへとになりながらやっと木に登っただけなのに兄に褒められた。登った枝も地上から二メートルくらいの高さだ。そんなに高いわけでもない。
「ハルには分かりにくい木の枝に登って隠れていたのにすぐ見つけちゃったじゃないか」
「お兄ちゃんがいるところはすぐわかるよ」
「ハルは、探し物が得意なんだね」
そう、その時に兄は言っていた。
「前、兄に言われたことですが、私は探し物が得意らしいです。空気というか匂いというか、なんとなくわかるんですが、役に立つかというと微妙なところですよね」
「そんなの生かせる仕事あるかな……迷子の犬を探すような仕事ないよ。こっちでも少し考えてみるから、明日もおいで」
フランさんから「仕事のしおり」という薄い冊子をもらう。誰でも配布している冊子のようだ。白黒で印刷されていて、紙も少しだけ安っぽい気がする。
本当はフランさんが持っている赤い本が少し欲しかったが、本の表紙の装丁もよかったし、中の紙も今持っている冊子よりもずいぶんよかったので高い本に違いない。本を押し付けられて、働いてもいないのに高い借金をする羽目にならずに済んでよかった、と思うべきかもしれない。
何もなく、手ぶらで帰るよりはマシかと、冊子を握りしめて家路を目指した。
2019/08/20 文章を修正しました。修正するほど、主人公が残念な人になっている気がします。