職さがし1
国のために働け事件(かっこいい言い方が思いつかないので、そのまま言うしかない)が起こった次の日、私は外に出た。紙とにらめっこしていても何も変わらない。
木製の扉を開け、石畳に足をつける。町並みとしてはそこそこ統一感のあるいつもの景色。露天商に近い形で肉や野菜を売りさばき、商人が両手に持った装飾品を勧めてくる。
私のどんよりした気持ちと相反するようにいつもの光景が視界に入る。
――今、こうして働いている人達には昨日の紙切れは関係ない事だ。商人は既に、人々のため、国のために働いているのだ。私は彼らがどのような恩恵を受けるのか全く知らないが、心なしかいつもよりも町に活気があるような気がする。
私たちは国のために働いているが、お前は国の役に立たないことをやるつもりなのか? そう、誰かに言われてしまいそうで、少し体が縮む気がした。自分の足元に視線が落ちる。
石畳の上を足取り重く、のろのろと進んだ。露天商の通りを抜け、角を曲がる。頭上にぶら下がっている木の看板を見つめ、店が間違っていないことを確かめる。
看板の中央には工具が描かれ、その周りを火が渦巻くような模様が描かれている。
鍛治なんて無骨な男の仕事だと思っていたのだが、この店の店主はデザインなども凝っているものを作ることがある。ただ、私が作ってもらったことがあるのは針ぐらいしかない。機会があれば何か他のものを作ってもらいたいが、鉄製のクマでも作ってもらえばいいだろうか?
「いらっしゃ――どうした?」
店番をしていたウィルが声を掛けてくる。
店の中は少しだけ外よりも暑い気がする。カウンターの奥の仄暗い場所からチリチリと飛び散っている火花がわずかに見える。奥では親方達が工具を打ち直しているようだ。
「また、針を折ったのか? いや、どちらかというと心が折れた顔をしているな。ここは鍛冶屋だけど、お前を叩き直す――ところじゃないぞ?」
私が返事をする前に、こちらの様子を気にしながらいそいそと声を掛けてくる。このまま黙っているとウィルがお母さんみたいに世話を焼いてくれる気がした。仕事もあるだろうに、鉄と私の世話を同時にやらせるのは流石にまずい。
「昨日の国からの紙見た?」
「あぁ。資格を取ったら保障するってやつだよな。俺、資格を取るつもりでいるんだが、ハルカ、まさか――」
ウィルは私の顔色を伺い、視線をスっと逸らした。少し長めの前髪から視線が下に向いているのは分かるのだが、彼が何を言おうとしているのかまでは分からない。手を止めて、下を向いている。
ほんの二、三秒なのだろうが、時間が長く感じる。
私は店のカウンターから身を乗り出しウィルの一つに束ねた髪を引っ張った。
オシャレにも興味がなく、無造作に結んでいる髪だが、そこそこ艶もいい。私の手から逃げて行こうとする。こんなに髪の毛が綺麗だったら、髪の毛を売れば――いかんいかん。気づくと思考がおかしな方向に行こうとする。
「あだだだだ」
「そこで話を区切らないでよ。気になるでしょ」
「え……だって――――お前、祈祷師になるんじゃないの?」
何を言い出すかと思えば祈祷師だと。私の近くにそのような職に就いている人はいないし、祈祷師の方には申し訳ないけれど、今思いだすレベルの仕事だ。何か祈るような仕事だと思う。私の微妙な知識にもほぼ含まれていないくらい無縁の職業だ。そもそも鍛治見習いになろうとしているウィルには全く関係ない仕事だと思うのだけど。
「なんか、国の保証が一番手厚い職らしい。疑問の声も多々あって、今世間を賑わせつつある職らしいよ」
流石お店に出ているだけあり、情報が回ってくるのが早い。私が家にこもっている間に世間は変わりつつあったらしい。
2019/08/20 文章をラノベっぽく修正しました。