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藤原千方伝・坂東の風  作者: 青木 航
成年編 第一章
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九拾八 天命 1

 上野介・藤原尚範ふじわらのひさのりを追放した将門だったが、翌日は、国衙を囲ませたまま動かず、国司舘に籠ってしまった。


 晴れ晴れとした気持で下野に軍を進め、下野守を追放し、秀郷も降って来た。この上野に於いても、既に受領は追放し印鎰いんやくも手中にしている。後は国衙を開かせ、追い払う者と従う者を選別すれば良いだけである。

 立て籠もっているとは言っても、指揮官も居ない烏合うごうの衆。力攻ちからぜめすれば、すぐにも決着は着く。気抜けする程あっさりとことは運んでいるのだ。

 切羽せっぱ詰まって謀叛に踏み切った後は、何も考えずに済んだ。必死に、ただ前を向いて駆けていた。だが、坂東占領の見通しも見えて来た今、ふいに、将門の心に何とも言えない不安感が沸き上がって来たのだ。

 振り切ったはずの『謀叛人』と言う言葉の響きが、やはり、心に重く伸し掛かって来る。謀叛の道を突き進んでいる現実とは乖離かいりした心の叫びが奥深いところで渦巻いており、時々顔を出す。

『麿はそんな人間では無い! 』

と突然叫び出したくなる。

『一時坂東を支配し、誰もが喜ぶまつりことをこの坂東の地で行い、みやこみかどに、そのような政が出来ることをお見せしたい。そして、もとの全てがそのように成ることをお願いしたいと思う』

 それは、ただの願いであり、朝廷が理解を示すなどと言うことが起こり得ないことは、その言葉が口から出終わった瞬間には、既に悟っていた。

 しかし、その心の重さに耐え切れなくなってしまったら、従っている者達を裏切ることになり、見放されてしまうことだろう。もはや、引き返す道は無い。心を強く持たねばならないのだ。

『大陸では、唐皇室とは無縁の耶律阿保機やりつあぼきという男が、己の力ひとつで契丹きったんと言う国をおこし、皇帝と成ったと言う。麿は皇孫である。坂東くらい治めて何が悪い。良き政を行えば良いのだ。そして坂東の者達が喜ぶなら、恥じることなど何も無い。豊かな坂東を作り上げさえすれば、後の世の者達は、もはや『謀叛人』などとは呼ぶまい』

 そう気持ちを立て直した将門だったが、気になる相手、心の中で無視出来ない存在が有った。

 旧主・藤原忠平である。忠平が自分を買っていてくれていたことは分かっていた。申し訳無いと言う想いが正直在有った。

 将門は忠平宛ての書状をしたためた。前半には言い訳めいた、謀叛に至る事情をしるすも、締め括りとして、

「伏して家系を思い巡らせてみまするに、この将門はまぎれも無く,桓武天皇の五代の孫に当たり、この為、例え永久に日本の半分を領有したとしても、あながちその天運が自分に無いとは言えますまい」

と居直り、忠平への決別を宣言する。

 将門は、将平との縁で帯同していた僧・円恵を呼び、忠平宛ての書状を清書させた。将平の学問の師のひとりだが、小さな寺の住職で、決して高位の僧では無い。下総に於いては達筆として名が通っている僧だが、元はみやこで官職に就いていたらしい。しかし円恵自身は、決して嘗ての身分や過去を明かすことは無い。余程のことが有って、官職を捨て仏門に入り、色々有った末、坂東くんだりまで流れて来たのであろう。

 将門は常陸に於いて幹部を任命するに当たり、円恵を相談役に迎えようとした。しかし、

「その任に値する者では無い」

と、将平を通じて辞退したい旨、申し出て来たのだ。

「このふみに付いて、貴僧はいかが思われる? 」

 将門が円恵に尋ねた。

「拙僧は、ただ書写したのみ。お舘様に何か申し上げる立場には御座いません」

「そうか」

とだけ将門は言った。覚悟を以て書いたもの。仮に円恵に意見されたとしても、変えるつもりは無かった。

 忠平に宛てたふみを書くことに寄り、将門は拘りを完全に捨て去り、漸く本当の意味で心の整理を付けることが出来たのかも知れない。

 但し、この手紙が忠平の許に届いたのは、それからひと月ほど後のことである。監視の目を掻い潜り、何とか京に潜入出来たとしても、謀叛人から時の権力者の頂点に位置する太政大臣への手紙がそう簡単に届く訳は無い。使いの者は、殺されたか捕らわれたかしたのではないか。


 夕刻になり、興世王と玄茂が将門の許を訪れた。

「お舘様。常陸以来、慌ただしく、そのいとまも御座いませんでしたが、もはや、本気でお舘様に刃向かって来る者も見当たりませぬ。近くに八幡宮が御座いますゆえ、主な者を従えて、一度、戦勝祈願に参ってはいかがで御座いましょうか? 」

 玄茂が言った。

「そうであるな。では、明日参ろう」

 将門自身も、最終的な覚悟が出来た以上、神仏に祈願し、士気を更に高めることが必要と思った。


 国衙の囲みは文屋好立ふんやのよしたつに任せ、翌日、主立った者達を従え、将門は八幡宮を訪れた。

 大きな神社では無い。手配してあったのか、宮司が出迎え、うやうやしく挨拶する。本殿に通され、宮司がおはらいをし、祝詞のりとを上げた後、ひとりの巫女みこが現れ、手に鈴を持ち、楽太鼓がくだいこに合わせて踊り始めた。

 巫女はドン シャンシャンシャン ドン シャンシャンシャンと規則的なリズムに合わせて踊っている。将門は、最前列正面に胡坐あぐらを掻き、少々退屈げにそれを眺めていた。何か想いにふけり始めたのか、目は開いているものの巫女の姿が、将門の意識から遠退き始めていた。

 そんな時、突然鈴の音が止まった。

 気付いた将門が見上げると、鈴を持った右手を挙げたまま動きを止めた巫女が、将門を見下ろしている。

「無礼な」 

 そう思ったが、とがめるのも大人げ無いかと思いながら、巫女の目を見返す。その眼が普通では無い。将門に視線を投げながらも、焦点は遥か彼方かなたに結ばれている。突然大声を出した。

「吾は八幡大菩薩の使いなり。火雷からい天神をして蔭子おんし・平将門に天命を授ける。もとの新しきおうとなるべし」

 それだけ言うと巫女は、全身が痙攣したかの如く伸びあがり、そして倒れた。そこここから、

「お~! 」

と言う声が上がる。

 将門はいぶかしげな顔をして興世王を見た。

「なんじゃ? 今のは」

「見た通り、聞いた通り。天命に御座います」

 興奮気味に興世王が答える。

「八幡大菩薩が、菅原道真すがわらのみちざね候の霊魂を通して、お舘様に、新しきみかどと成るべきこと命じられたのです。ゆめゆめ、お疑い召されるな」 

 そう付け加えたのは、玄茂である。

「皆、もそっと下がれ! 」

 そう言うと玄茂は、膝行しっこう一間いっけんほど後ずさりし、それに連れて他の者達も慌てて下がる。将門が向き直って皆と対面する。

「麿が新しきみかどに…… ? 」

 そう言いながら、将門が皆を見回す。

数多あまたの臣に代わりまして、新しきみかどの誕生を寿ことほぎ、幾久いくひさしい弥栄いやさかをお祈り申し上げます。

 是にて、我等を始め小者に至る迄、何の憂いも無く、新皇しんのう様の新しき世作りの為、命懸けで働くこと出来まする。お目出度う御座います」

 そう言うと、玄茂は床に着くほど低頭した。

「お目出度う御座います! 」

 他の者達も揃って唱和し頭を下げる。

『そうか。皆の心にも、謀叛人の三文字は、とげとなって突き刺さっていたのか』

と将門は思った。


 国司舘に戻った将門は、翌十九日に本気で国衙を開かせ、接収する旨宣言した。

 そんな将門を、将平が訪ねた。

「申し上げたき儀が有って参上しました」

 将平の用件は分かっていた。

みかどくらいと言うものは力ずくで争い取るべきものではありません。昔から今に至るまで、天下を自ら治め、整えた君主も、祖先からその皇基こうきや帝業を受け継いだ帝王も、すべて是、天が与えた処であって、ほかから軽々しく図り議することがどうして出来ましょうか。そのようなことをすれば、きっと後世に人々のそしりを招くに違いありません。ぜひ思いとどまり下さい」

「争い取るのでは無い。天命が降ったのじゃ」

「しからば、なぜ八幡大菩薩が、道真候の霊魂を通じて命じなされたのか? 」

「そのほうに申すのも釈迦に説法のようじゃが、八幡神は誉田別命ほんだわけのみこと、即ち応神おうじん天皇の神霊であり、欽明きんめい天皇の世に初めて宇佐うさの地に示顕じげんした皇祖神である。また、道真候の霊魂を通じたのは、今の朝廷は藤原北家に牛耳られており、その罠に嵌って無念の生涯を閉じられた候を天が哀れみ、神とされたからじゃ。蔭子おんしたるこの将門に、道真候に代わって藤原北家を倒せとの御託宣じゃ」

「道真候を神としてまつったのは、祟りを恐れたみやこの公家達で御座いますぞ。つまり、藤原北家そのものが、道真候を神として祀ったのです。八幡神とはなんら関わり御座いません」

「だが、火雷天神が、今や庶民の崇敬を集めていることは間違い無い。その無念を晴らして欲しいという願望も強いものがある」

「全く筋が通りませぬ。誰が、そのような…… 」

 八幡神を利用しようとした例としては、の悪名高き弓削道鏡ゆげのどうきょうがおるのですぞ、と言いたかったが、それを言ったら将門を本気で怒らせてしまうと思い、やめた。

「将平。麿はこれ以上、そのほうと議論するつもりは無い。どうせ、口では言い負かされるであろうからな。だが、そのほうが何と言おうと、今の考えを変えるつもりは無いのだ」

 その時、いつも将門の側に控えているが、普段口出しをすることは無い小姓こしょう伊和員経いわのかずつねが口を開いた。

「お舘様、口出しお許し下さい。あやまちを、あるじと争って迄もいさめる臣がおれば、その主君は不義を犯すことは無いと言います。世に

『天命に逆らえばたちまち災厄が降り、帝王に叛逆すれば即座に刑罰がその身に加えられる』

と言い習わしております。どうか新天皇、将平様の諫言に心をお留めになって、よくよく思案を巡らされて御裁断をお下し下さいませ」

員経かずつね、間違えるな。

『天命に逆らう』のでは無く、天命に従うのだ。なぜ、麿を『新天皇』と呼びながら、

『帝王に叛逆すれば即座に刑罰がその身に加えられる』

などと申す。天命に因り、反逆では無くなったのだ。麿は桓武天皇五代の蔭子おんしとして帝業を継ぐ。 …… 将平、員経、そのほう達が案ずる気持ちは分かる。だが、もはや、進むべき道は決まっておるのじゃ」

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