九拾七 権威 2
興世王と将平との会話に付いては、他の者は殆ど意味が分かっていない。
男大迹王とは、この時より四百五十年ほど前に大王と成り、後に継体天皇と謚された帝のことである。日本書紀が完成したのは西暦七百二十年であるから、天慶二年(九百三十九年)から二百十九年前であり、男大迹王が即位したのは、更にそれを遡ること、二百数十年前のことである。
男大迹王は、応神天皇五世の子孫と称し、五世紀末の越前(現・福井県)もしくは、近江(現・滋賀県)を統治していた。
西暦五百六年に武烈天皇が後嗣を定めずして崩御した為、大連・大伴金村、物部麁鹿火、大臣・巨勢男人らが協議した。
まず、丹波国に居た仲哀天皇の五世の孫である倭彦王を抜擢したが、迎えの兵士を見て恐れを成して、山の中に隠れて行方不明となってしまった。
そこで、次に越前に居た、応神天皇の五世の孫の男大迹王にお迎えを出したと書紀は言う。
そして、翌年五十八歳にして河内国(現・大阪市)樟葉宮に於いて即位し、武烈天皇の姉(妹との説もある)に当たる手白香皇女を皇后とした。
しかし、大倭に都を移すことが出来たのは、実に即位十九年後の五百二十六年に至ってである。
後嗣が途絶えたとは言っても、それ以前の大王の血を引く二世、三世、四世も含めて一人も居ないなどと言うことが考えられるだろうか?
普通に考えれば、大和朝廷とは別の勢力が越前(現・福井県)もしくは近江(現・滋賀県)から河内国(現・大阪市)にまで進出し、二十年近い対峙期間を経て、ついに、大和を制圧するに至ったと考える方が、無理が無いように思える。
男大迹王の勢力が強大であった為、大和側は人質として手白香皇女を送ることにより休戦に持ち込んだのではないか?
ところが、人質として送られた手白香皇女を妻とすることに寄って、河内国に在りながら、大和朝廷の正当な大王であると名乗りを挙げてしまった。
そうとでも考えないと分からないことが多い。
そして、倭彦王の逸話こそ、男大迹王の皇位継承を正当化する為に挿入されたものであると私は考える。
倭彦王を『五世』とすることが尤も重要だった。倭彦王を挟むことに寄って、『五世』という違和感を薄め、人物比較にすり替えたのだ。
また、この時代の大王には、祭司的な要素が強かった訳で、男系相続が確立されていた訳では無い。
跡を継ぐべき者が居なかったと言うが、百歩譲って、武烈天皇の兄弟、従弟、再従兄弟まで辿っても誰も居なかったとしても、少なくとも武烈天皇の姉又は妹に当たる手白香皇女は居た訳である。手白香皇女を女帝として戴くことも出来たはずだ。それがなぜ、越前もしくは近江辺りの豪族を訪ねて『大王になって欲しい』と頼まなければならないのか。
実のところ、この時代の大和は豪族連合であり、必ずしも血筋に拘って後嗣を決めていた訳では無く、有力豪族の中から次の大王を選んでいたという見方も有る。
そういう前提で考えれば、有力な豪族に次期大王就任を依頼しても可笑しくは無いのだが、記紀編纂に当たり、萬世一系を演出する必要が有って矛盾の多い話となってしまったのだろう。
大陸の易姓革命であれば、当然、新たな国号を定める処である。しかし、男大迹王は、国名も制度も変えず、そのまま引き継いだ。最終的に大和に入ったのが、戦闘による勝利では無く、長年の調略に寄り、大和側有力者達の支持を得ることに成功した上でのことであったからであろう。それが、体制を継ぐと読める『継体』という謚になったのではないだろうか。
実際、この間の記述については、日本書紀と古事記では大きく食い違う部分が多く有るなど、辻褄合わせに苦労し、結果多くの差異、矛盾を残してしまったのではないかと思える。
例えば、継体天皇の没年齢は『古事記』では約四十歳だが、『日本書紀』に従うと約八十歳の長寿であったことになる。
また、五百三十一年に、皇子の勾大兄皇子(安閑天皇)に譲位し、その即位と同日に崩御したとされる。
更に、『日本書紀』では、百済本記を引用し、天皇及び太子と皇子が同時に亡くなったとし、政変で継体以下が殺害された可能性(辛亥の変説)を示唆している。しかし、これでは安閑天皇自体が存在しなくなってしまうなど、そのまま読めない矛盾が多く存在するのだ。
『日本書紀』の編纂責任者は舎人親王であるが、その下で実権を握り、実務を指揮していたのは、藤原不比等である。
各氏族の伝承を統合し、万世一系の朝廷の権威を確立して、律令制の下、中央集権化を図り、その体制内で実権を掌握し続けて行く。その為に不比等は娘を皇子の妻として送り込む。
以後、延々と繰り返される藤原氏の氏族としての基本戦略は、正に、不比等に寄って定められていたのである。
しかし、後嗣が絶えて、王権が他の氏族に移ったと言うのは、不比等に取って甚だ不都合な真実であったのであろう。
男大迹王は応神天皇五世の孫を名乗っており、手白香皇女を后としたので、それは良いとしても、五世と言うのでは、余りに遠過ぎる。
『もっと近い後継者が居たのではないか? 』 と言う疑問が当然沸き上がって来ることが予想される。
男大迹王でなければならなかった必然性を演出する必要が有ったのだ。
もつと皇統に近い後継者は居なかったと言い切る一方、『五世』と言う皇統からの遠さに対する抵抗感を薄める為に、同じ五世である倭彦王なる人物を登場させ、この人を臆病者にする。それに比べて男大迹王は立派な人物であったとすることに寄って、先に述べた通り、皇統からの距離と言う判断基準を薄め、人物の比較と言う判断基準に置き換えたのだ。
そもそも男大迹王が、本当に応神天皇五世の子孫であったかどうかも怪しいものだが、そう名乗っていたから辻褄を合わせる必要が有ったのだろう。
男大迹王のことを知識として知っていたのは、興世王と将平のみだから、他の者達に取っては、良く分からない話であり、皆、大したこととは感じていなかった。
「三郎兄、あの興世王という男、何を考えているか分かっておるのか? 」
皆が散ってから、将平が将頼に言った。
「何と無くはな。だが、実際にどのようにしてやろうとしているかは、分からん」
「あの男は、小次郎兄を帝にしようと企んでいるのですぞ」
「かも知れぬが、良いではないか。今のままでは、どこまで行っても謀叛人の身。謀叛人では無く、新しき世を作る為に戦うのだと、兄上にも心の底から思って貰いたい。その方が兄上の為にも良い。念の為、皆の顔を見たが、異を唱えそうな者は居なかったぞ」
「皆どう言うことなのか良く分かっていないだけです。謀叛の上に、もうひとつの朝敵と言う罪を重ねることになるのですぞ! この国に於いてそれが何を意味することなのか、三郎兄も分かっておらぬ」
「我等を罪人と見る朝廷に、今更義理立てしてみても始まらん。それよりも、この先どう上手くやって行くか、その方が大事だ」
これ以上話しても無駄と思った将平は、踵を返して将頼の前を離れた。
将平と将頼が話している頃、興世王は玄茂を誘って話していた。
「玄茂殿とはこれから親しく交わり、力を合わせて行かねばなりませぬな」
「はい。お舘様のお力になる為には、麿もそうしたいと思うておりました」
「命は、戦ばかりでなく、政の面でも、これからお舘の片腕となって頂かなければならぬ方。期待しておりますぞ」
「いや、麿など、ついこの間従ったばかりなのに副将という大役を頂き、ご恩に報いる為には、命懸けで働かねばなるまいと己に言い聞かせております」
「命の器量と人柄を見込んでのことで御座ろう。また、決断の時を得てとも言えまするな。国衙に逃げ込んだ後では、お舘もそうは考えられなかったと思う。決断の時というものは大事で御座るな」
「いや、始めのうちは玄明めの所業に寄り国衙内で肩身が狭くなり、腹立たしい思いをしておりました。
しかし、或る時、娘を人買いに渡すところに出くわしてしまいましてな。もちろん長年官吏をやっていれば、そんなことが、いたる所で行われていることは存じておりました。ですが、その場を目の前にしたのは初めてで、さすがに,隠し米を家探しする気にもなれず、そのまま戻りました。
戻ると、国守の維幾ばかりで無く、国司でも無い息子の為憲までもが一緒になって詰る始末。
その時、初めて考え申した。本当に玄明のやっていることは悪行なのかと。ひょっとしたら、受領達のやっていることの方が悪行で、長年、己はその手先となって働いて来ただけではないか。なぜか急にそう思ったのです。暫く欝々としておりましたが、三千の大軍がいともあっさりと打ち破られ、泣き顔かと思われるような表情で馬にしがみ付き逃げる維幾を見た時、憂さが晴れるような心地になり申した。
玄明の為、一歩も引かずに一国の国府軍に立ち向かって来るお舘に、感謝と畏敬の念が沸いて来たのです。身の回りに居た郎党にのみ、別行動を取るがその時は着いて参れと駆けながら声を掛け、城門から逸れた後、お舘に従うことを打ち明けました。声を掛けた者は皆着いて来てくれました」
「成る程。賢明なご判断で御座ったな。…… ところで、ひとつ相談が御座る」
「何で御座るか? 」
「例え坂東を占領し力を示したとしても、朝廷がお舘を許すことは有りますまい」
聞いた玄茂は驚いた。
「何と、以前常陸で申されたことと違うではないか」
と少し気色ばんだ。
「坂東だけ変えようとしても無理だ。何も変えることは出来ぬ。朝廷を倒さねば何も変わらぬ」
「恐ろしいことを申されるな」
「我等は既に謀叛人と成ってしまっているのをお忘れか? 謀叛とは即ち朝廷を倒すことでは御座らぬのか。中途半端な謀叛など有り得ぬ。中途半端ならやらぬ方が良い」
将門を謀叛に踏み切らせた張本人がそう言う。玄茂は暫く腕組みをして考え込んでいた。
そして急に、
「ふふふふ」
と笑った。
「起きてしまったことを悔やむのは女々しいことですな。麿も一旦お舘に従うと決めた以上、命も名も捨てる覚悟はしたつもりでおった。それを今、何に怯えたのであろうか。どうせ従うなら、そのお方を帝にすると言うことは、男としてこれ以上大きな夢は無い。どうせ、大掾にも成れぬ身であった。この年になって大きな夢を見てみるのも悪く無いかも知れませぬな。一度は国守も務めてみたいものだ」
「お分かり頂けたか。さすが玄茂殿。ですが、夢では御座らぬ。麿は確かな絵図を描いておる。望みが国守など、小さい小さい。玄茂殿には、参議どころか、大納言にも右大臣にも成って頂かなければならぬ。そのおつもりでおられよ」
玄茂は苦笑いをした。
「麿はそのような器では無い。ただ、お舘を帝にするということについては体中の血が沸き上がるような思いが致す」
「頼もしい限り」
と満足げに頷いた興世王だが、直ぐに憂鬱そうな顔を作る。
「他の方々を説得する自身は有るが、問題はお舘ご自身だ。こうなった後でも、お舘には帝を崇拝するお気持ちは強く、旧主の忠平を憚るお気持ちも強い。であるから、朝廷に取って代わるなど、到底受け入れて頂けぬであろう…… いかがしたものであろうのう…… 」
「ふ~ん。お舘のお気持ちは分かる。だが、こうなった以上やる処までやらねば、唯の謀叛人として野に朽ち果てるのみ。確かにお舘の仰るような綺麗事で終わらせることは到底無理だ。…… だが、我等が何を申してもお舘のお心を変えることは難しかろう。天の声でもあれば別だが」
「ふ~ん天の声。それじゃ! それで御座るよ玄茂殿。帝の権威に勝るものは神しか無い。古今の書物を紐解いても、偉大な為政者が生まれる時には、必ず天の啓示が有る。ま、作られた物語ではあろうがな、説得力は有る」
「お舘を謀れと? 」
「お舘の為じゃ。決して私欲からでは無い…… それしか無かろう」
大きく息をして、玄茂が頷く。
「それしか無いようで御座るな。分かり申した。段取りは麿が致そう。お任せ頂けるか? 」
「元より。お願い致す」




