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藤原千方伝・坂東の風  作者: 青木 航
成年編 第一章
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九拾六 権威 1

 十二月十一日に下野に入った将門だが、その日の内に下野守らを追放し、翌日には秀郷が降ったことに因り、後顧こうこうれいが無くなったと見て、郎党のひとりに二百ほどの兵を付けて国衙に残し、同月十五日には早くも上野に向けて進発した。

 上野の国衙は固く門を閉ざして抵抗した。

 門を開くよう呼び掛けても応じず、国守くにのかみが留守なので、無断で開門することは出来無い。国守が帰り次第報告すると繰り返すのみである。

「ふざけたことを抜かしおって、門を打ち破りますか? それとも火を掛けてあぶり出しますか? 」

 この日は、玄明が将門の近くに侍していた。

「まあ待て。朝廷から謀叛人と呼ばれようと、麿は坂東を支配しようとしているのだ。まつりごとを行う者が無体なことをしては、民の信頼を得ることは出来ぬ。国衙を囲み、もし居れば逃さぬようにして、上野介・藤原尚範ふじわらのひさのりの居場所を探れ」

 聞き込みをし探したところ、尚範は、国衙にはおらず、国司舘に居た。そして舘に籠り門を閉ざして抵抗した。塀を乗り越えて侵入した将門の兵達が、尚範を引き摺り出して来る。

悪足掻わるあがきをしたものだな。舘に籠っていれば、麿が諦めるとでも思うたか? 」

 引き据えられた尚範に向かって、将門が言う。

「謀叛人に従ういわれは無い。このようなことして、いずれ誅されよう」

 将門を睨んで尚範が言った。藤原冬嗣ふじわらのふゆつぐ曾孫ひまごであり、一方で、この後、瀬戸内で反乱を起こした、藤原純友ふじわらのすみともの伯父でもある。

「殺してしまいましょうか? 」

 舘に乗り込んで尚範を引き摺り出して来た玄明が言った。

「いや、無用な殺生はせぬ。国衙に引き立てて行き、門を開くよう命じさせよう」

「断る! 」

「なんだと! 」

 玄明が尚範の襟を掴んで締め上げる。

「やめよ! 玄明。直ちに追放する」

「しかし、こ奴、密かに国衙に戻り、抵抗するかも知れませんぞ。やはり殺してしまった方が…… 」

 多治経明たぢのつねあきがそう進言した。

印鎰いんやくはどこに有る。国衙の中か? それも白を切るなら、皆の申す通り、今後の見せしめとして殺す。ここで甘い顔を見せれば、武蔵守・貞連さだつらも図に乗ってあらがって来るであろうからな。無駄な時を費やす訳には行かぬのだ」

 将門が尚範を脅しながら問い詰めていた時、

「有りました。印鎰いんやくが御座いましたぞ」

と家探しをしていた郎党が、印鎰いんやくを手に飛び出して来た。

「すんでのところで命拾いしたな」

と尚範に言った後、将門は、

「逃さぬように兵を付けて、信濃の国府近くまで護送せよ。一旦陣を敷き、明日、国衙を開かせることにする」 

と三郎・将頼に命じた。


 その日の夕刻。

『策をる』  

として、将門はひとりで国司舘の奥に籠った。

「お舘の前で、皆の意見がまちまちと言うのは良く無い。時も無駄にすることになる。互いに意見を交わし合って、なるべく、一致した意見をお舘に進言出来るようにして置いた方が良いと思うが、いかがで御座ろうかな? 」

 興世王が将頼に提案し、将頼も同意した為、会合が持たれることになった。この会合に将頼は興世王の提案に寄り、弟の大葦原おおあしわらの四郎・将平まさひらを同席させることにした。

 四郎・将平は、武よりも文を好み、幼い頃より僧や学者の許に通って学問をし、将門の兄弟の中では最も博学であった。その為、将門も敢えて将とはせず、軍議には参加させていなかったが、仲は良く、四郎の話を聞くことが好きであった。

 将門は、日頃、将平から色々と話を聞き、歴史に付いても或る程度の知識は持っていた。自ら書籍を開いたり師に付いて学んだりすることは無く、専ら四郎からの耳学問ではあるのだが、坂東のつわものの中では、それでも物識ものしりの部類に入る。

 中でも、将門が最も興味を示したのは、二十年ほど前、律令制の師とも言うべき、あの大唐帝国が滅びた後、耶律阿保機やりつあぼきという男が自らの国を建て、国号を契丹きったんとし、契丹国皇帝と成ったという話だ。

 永遠の大国と思われていた大唐が滅びていたということ自体知らなかった将門に取って、それは衝撃であったし、唐王室とは全く関係の無い一部族長が多くの部族を纏め、次々と周りの勢力を従えて、ついには皇帝と成ったという話は、更に大きな衝撃であった。この国ではおよそ考えられない出来事である。

 将平に寄れば、大陸ではそれは当たり前のことなのだと言う。易姓革命えきせいかくめいと言って、天は己に成り代わって王朝に地上を治めさせるが、その王朝が徳を失った時、天がその王朝に見切りを付け、次の王朝が生まれると言う。

『天命をあらためる』 

 即ち革命である。

 天子が自ら位を譲るのを禅譲ぜんじょう。武力によって追放することを放伐ほうばつと言うのだそうだ。

「と言うことは、万世一系ばんせいっけいで続いていると言われる、この国の皇室は、嘗て徳を失ったことは一度も無く、神代かみよから途切れること無く続いているということなのか? 」

と、その時、将門は思った。

「いや、これはくにの話で、そのまま我が国に当て嵌まることではありません」

 真剣な表情で尋ねる将門に、その時、将平は笑って答えた。将平という男、学問好きではあるが、それを現実の問題との関わり合いの中で考えるという思考回路を持っていない。尊皇そんのうこころざしは厚く、現状に疑問を持つことは余り無い。

 将門は、この時から歴史に興味を持ち、将平に色々と聞くようになった。

 その話を頼将まさよりから聞いた興世王が、

「将平殿も是非同席して貰いたいもので御座るな」

と将頼に言ったことから、三郎・将頼が、四郎・将平も同席させることとしたのだ。

「麿はいくさのことは分からぬゆえ、それは、お舘様やお歴々の、されることを見守るより他に無い。しかし、ひとつの国を制すれば政を行わなければならぬ。それがふたつみっつと増え、やがて坂東全体となれば、それを纏めることも必要と成る。

 大きな方向はお舘様がお決めになるであろうが、それに基づいた細かな決まり事などは我等が決めて行かねばならぬことになる。いくさに勝つことが、まず何よりも大事ではあるが、その後のことも考えて置かねばならぬと思うがいかがで御座るかな? 」

 最初に興世王がそう口火を切った。

いくさに関しては、兄上の下知げじに従って、命を懸けて戦うのみだ。それで間違いは無い。しかし、一国のまつりごととなると、分かっているのは、興世王殿と常陸掾を努められていた玄茂殿くらいかのう」

 将頼が言った。

「確かに、いくさに関しては、互いに競い合って引けを取らぬ覚悟は有るが、細々としたことは苦手じゃな。一郷くらいなら何とか成るが、国となるとそうも行かぬであろうしな」

 多治経明たぢのつねあきが将頼に同調する。

「どうであろう。興世王殿と玄茂殿に叩き台とも言うべきものを作って貰い。それを元に我等が話し合い、纏まったものを兄上に進言すると言うことではどうかな。いくさ以外のことで、兄上に余りご負担を掛けとうない」

「それで良う御座ろう」

と皆同意する。

「興世王殿、玄茂殿。お引き受け願えますかな」

 興世王は、嬉しさを隠して、

「うっ、ほん」

とひとつ咳払いをした後、

いくさでは全く役に立たぬこの身、そのようなことでお役に立てるのであれば、喜んでお引き受け致す。玄茂殿、お力をお貸し下され」

と玄茂に水を向ける。

「麿などは微力では御座るが、興世王殿のご指導のもと、力を尽くしましょう」

 玄茂も引き受けた。

「だがひとつ問題が御座る。大きな問題じゃ…… 」

 興世王が急に渋い顔を作って、手をあごに当てて考える仕種しぐさを見せた。

「何で御座るか? 」

 将頼が尋ねる。

「いや、ご承知の通り、国とは、かみすけじょうさかんの四官に寄って統治される。親王任国しんのうにんこくに在っては、介が事実上の国守になる。だが、それぞれの権限と言うものは朝廷から与えられたものである。朝廷の権威が後ろに有ってこその国司の権威・権限じゃ」

「無位・無官の兄者が任じたのでは権威が無いと申されるのか? 」

 将頼が興世王に鋭い視線を向けた。他の者達もいぶかしげに興世王を見る。

「いや、お怒り召さるな。お舘をそしるつもりなど毛頭無い。話は逆で、麿が申し上げたきは、お舘様に権威を持って頂く必要が有るのではないかと言うことで御座る」

「兄上は、誰よりもこの坂東のことを思っており、民のことを考えておる。その上、誰よりも強い。皆がしたえば、権威などそのうち自然と生まれて来る」

「申される通りかも知れませぬが、それには時が掛かります。権威が有れば、それだけで刃向はむかう者の数を減らすことが出来まする」

「聞こう」

「国司は除目じもくに寄って任じられ、その除目を行うことが出来るのは朝廷のみ、とは万人の知る処で御座る。面と向かって口にせぬまでも、お舘に寄って任じられた国司は、正式な国司では無いと、心の底で思うつわものや民も少なくは無いと思いまする。それが、やがてほころびびを生む元ともなりかねません。そして何より、恐らくは、お舘の心の奥底に尚もひっ掛かっているであろう謀叛人という負い目を、麿は取り除いて差し上げたいので御座るよ。

 お舘は民達を新しき世に導く輝かしい星でなければなりませぬ。言わば、世直し大明神とも言うべき存在として在らねばなりません。そう成ってこそ、全ての者が敬い、恐れ、従うと言うもので御座る」

「で、どうしようと言うのかな。何か策が御座るのか? 」

いささか…… 仔細に付いてはお任せ頂けぬであろうか」

 ひと渡り、他の者達の顔を見回してから将頼は、

「分かり申した」

と言った。

「お待ちを」

と声を上げたのは将平であった。

「興世王殿。何をなさるおつもりか、今少しお聞かせ願えませぬか」

 将平の顔を見た興世王がニヤリと笑った。

男大迹王をほどのおおきみに成って頂こうと思うております。男大迹王もお舘様も、同じ五世の皇孫に御座いますれば」

「その時とは違う。その時には後嗣こうしが絶えていた」

「左様でしょうか? 五世の男大迹王より皇位に近い方がひとりも居なかったなど、およそ考えられません。今の世で例えるなら、五世のお舘様は何番目の皇位継承権をお持ちと思われますかな? …… 五世ともなると、失礼ながら、数えられぬほど下です。五世の男大迹王の他に位を継ぐ者が誰も居ない、と言うのは不自然とは思いませぬか。書紀に書かれたことは、後の者達に寄って都合良く書き換えられたもので御座ろう」

「麿は反対じゃ」

「これは意外で御座ったな。易姓革命や契丹皇帝の話をお舘様にされた将平殿であれば、誰よりもお分かり頂けるだろうと思うておりましたが」

「それとこれとは別だ」

「まあ良い、四郎。後で話そう」

 将頼が割って入った。

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