九拾 将門と維幾
六月の初旬、首尾良く将門への召喚状を手にした貞盛は坂東に帰った。まずは、上総介を解任されたとは言え、まだそれなりの勢力を維持していると思われる伯父・良兼を訪ねるつもりでいた。しかし、入って来たのは、良兼は病に倒れ、郎党達の多くが良兼を見限って離反しているという噂だった。そして、常陸から上総に入ろうとする頃、良兼死去との報に接した。
仕方無く石田に戻り、嘗て、父・国香が世話をした郷長などを頼ってあちこちと潜伏先を変えながら策を練っていた貞盛だが、段々と身の置き処が無くなって来た。
十月、陸奥守を拝した、遠縁に当たる平維扶が赴任途中、下野の国府に滞在しているとの情報を得て、密かに維扶を訪ねた。
一旦、陸奥に逃れて策を練ろうと思ったのだ。維扶は同行を承諾してくれた。これに従って陸奥に入ろうとしたが、このことは将門の知る処となっていた。
郎党を率いて、将門は貞盛を追撃する。陸奥守の赴任に同行しているのだから、東山道を駆ければすぐに追い着ける。直前に気付き、貞盛は慌てて山中に身を隠した。
追い着いた将門は、維扶を問い詰める。確かな報せが有って追って来たのだ。維扶のいい加減な言い訳で納得したりはしない。
「それほど疑うなら、陸奥まで付いて来るが良い。我等は急ぐゆえ、付いて来るも、探すも、好きなようにされよ」
そう言い捨てると、維扶はさっさと出発してしまった。
その様子を木陰から見ていた貞盛だが、
「遠くには行っておらぬ。辺りを探せ! 」
との将門の声を聞いた途端、無我夢中で山奥を目指して、転げながら、這いずりながら我を忘れて逃げた。
将門にも見付からず、山中で行き先を見失うことも無く、その上、運良く野盗に襲われることも無く、十一月に入って貞盛は再び常陸に戻ることが出来た。
貞盛は、常陸介・藤原維幾を訪ねることにした。
維幾の妻は高望の娘で、維幾は貞盛に取って義理の叔父に当たる。
しかし、その維幾は、天慶二年に常陸介として着任して来たばかりで、姻戚とは言っても貞盛に面識は無かった。
だが、行く宛てを失った貞盛がいつまで坂東の地を彷徨っていることは、非常に危険なことであった。
日に日に勢力を増している将門の目がどこに光っているか分からないのだ。国府と対立関係にある土豪達が貞盛をとらえ、それを手土産にして将門に近付こうとするかも知れない。
立場上、伯父達と共に将門と対立関係となった後でも、貞盛と将門の間には信頼関係が有った。
貞盛は、将門と連絡を取りながら和解の道を探っていた。しかし、高望王の木像と将門の父・良将の木像を並べて掲げ戦ったことが将門の怒りを買い、貞盛は将門から執拗に追い回される身になってしまったのだ。坂東に居る限り、どこに居ても油断はならなかった。
貞盛には一抹の不安は有ったが、維幾は貞盛を歓迎してくれた。将門への召喚状を示すと、むしろ目を輝かせ協力を約束してくれた。話を聞いてみると、将門が藤原玄明というお尋ね者を匿っており、何度、引き渡すよう要求しても、そのような者、当家には居ないと抗弁し、引き渡しに応じないのだと言う。
維幾は、常陸介の面子に掛けて、力尽くでも玄明を捕らえようと腹を決め、兵を徴集している処だった。
維幾は、早速、召喚状を将門に送った。だが将門は、下総の住人である将門に、常陸介を通じて召喚状が送られるなど奇怪千万、『偽物に違い無い』と突き返して来た。添え状には、
「貞盛朝臣宛て朝廷より下されしもの」
と書いておいたにも関わらず、将門は突き返して来たのだ。
「おのれ! なめおって」
維幾は、将門からの返書を引き破った。
「常陸介が兵を募っておるとのことです」
郎党からの報告を受け、将門は思案していた。事が思いの外大きくなって来てしまっている。常陸介には将門の舘を捜索する権限は無いから、飽く迄、玄明など居ないと押し通せば済むくらいに当初は考えていた。
また、仮に下総守に維幾が依頼したとしても、下総守には、自分と対立するほどの度胸は無いと読んでいた。だが、維幾自身が兵を集めこの舘を襲おうとしていると言うのだ。しかも、それに貞盛が一枚噛んでいる。
「どう為さる? 黙っていればやられまするぞ」
興世王が言った。
「しかしな。維幾め、本気で国境を超えて、この下総に攻め込むつもりかのう」
「出来ましょうな。お舘は、朝廷からの召喚状を突き返されました。貞盛の要請により、朝命に従わせる為出兵したと申し開き出来ますからな」
「ふ~ん」
と溜息を突いた将門だったが、
「分かった。兵を集めよう」
と気持ちを切り替えた。だが、まだ本気で常陸介と戦おうとは思っていない。兵を集めて威圧を加えれば何とか成るのではないかと思っていた。
将門が兵を集めるのは早い。まず、居候は興世王と玄明ばかりでは無いのだ。
将門の武名が高まると共に、逸れ者や浮浪人達が集まって来ており、郎党に加え、その数は百に近い。その為に将門は対屋と郎党長屋風の建物を別に建てたほどだ。声を掛ければ直にも飛んで来る土豪の数も増えていた。将門は、極力、民人を狩り出したくは無かったのだが、将門が兵を集めていると聞くと、勝手に集まって来る。総数はあっと言う間に千に達した。
「少し脅してやれば、維幾め、交渉に応じるであろう」
鎧を着け終わり、兵達の待つ庭に向かおうとする将門が、興世王に言った。
「交渉? 卒爾ながら、何を交渉されるおつもりか? 玄明を引き渡す代わりに貞盛とやらを引き渡してくれとでも? 」
「馬鹿なことを申されるな。玄明は断じて渡さん」
「左様で …… 」
『左様であれば、もはや戦うしかないではないか』
興世王は、そこまで口にはしなかった。
当初将門は、玄明を連れて行くつもりは無かった。
しかし、
「玄明を渡さぬということであれば、居ないという前提で維幾を抑え込んだとしても、後に居ることが分かれば、話は元に戻ってしまいまするぞ。こうなった以上、玄明はお舘の身内、以後手出し無用と強気に出た方が、後々宜しいのでは? 」
興世王がそう進言した。
「成る程。どうも、脅しだけで済ますのは無理のようじゃな。常陸介、少し痛めつけてやらずばならぬか。それに、許せぬのは貞盛じゃ。ついでに、貞盛も捕らえるぞ」
「それでこそお舘。麿も同行して、お舘のお手並み拝見させて頂きまするぞ」
既に常陸の国府には三千に上る兵が集められていた。主力は二百人の健児と維幾の郎党達。
健児は既述のように、
『郡司の子弟と百姓のうち武芸の鍛錬を積み弓馬に秀でた者を選抜する』
となっている。
そして、貞観八年(八百六十六年)十一月の勅を以て、
『その選任に意を用い、良く試練を行なって一人を以て百人に当り得る強力な兵士となすべきこと』
が国司に命じられている。
『一人を以て百人に当り得る強力な兵士」』
とは大袈裟な表現だが、農民相手なら可能かも知れない。また、盗賊とて本格的な軍事訓練を受けている者などは少ない。そういう意味で、国軍を廃止する代わりに少数精鋭の軍事組織を作ることを目指したのだろう。
だが、時代が下るに連れて綻びが出て来る。
郡司の子弟等は健児の役に就くことを嫌うようになり、身代わりを出すようになる。その身代わりが郎党であるならまだしも、時には、武術の心得など無い下働きの者であったり、農民であったりもする。
こんな連中に、いきなり本格的な軍事訓練など無理なので、当然、訓練もおざなりになり、健児も、もはや張り子の虎でしか無くなってしまっているのだ。
次に、土豪達。国府の命とあれば集まって来るものの、普段国府との間に税の徴収を巡って諍いを起こしている者も多い。士気が高いとは言えないのだ。後の三千の兵の殆どは徴発された農民である。




