六拾七 危うき勝利と虚しさと 1
駆け出して間も無く、蝦夷装束の三~四十人ほどの者達が郎党姿の少数の者達を襲っている光景が遠目に入って来た。
「声を上げろ! 」
そう言った古能代が、
「うお~! 」
と声を上げると、従っている者達も一斉に声を上げた。
少しでも早くこちらに気付かせて、味方には勇気を、敵には恐怖心を持たせる為だ。
気付いた敵はすぐに逃走に掛る。しかし、それは逃げるというより、包囲軍を狐支紀の立て籠もる山から引き離す為だろう。
『いったい何者なのだろうか? 』
と古能代は思った。
「古能代様。忝い」
近付いた時、舘から来た郎党を束ねる者が言った。
「いや、背後の敵に気付かせてくれて礼を申す」
続けて古能代は、三の隊の頭の方を振り返り、
「そのまま追ってくれ! 」
と指示した。三の隊は敵を追って駆け出して行く。
「三人やられました。他に傷を負った者もおるようです」
「忠頼殿に報告されよ。吾は六郎様の許に参る」
「申し訳無い。お待ち頂くようお伝えしたのですが…… 」
古能代は少し離れた所で戦っていた千方一行の許に向かった。
朝鳥の他、夜叉丸、秋天丸も千方の傍に集まって来ていた。
「おお、古能代、手間を掛けて済まぬのう」
と朝鳥が馬を寄せて来た。
「六郎様にお怪我は? 」
「いや、大事無い」
そう言って千方は乗馬しようとしたが、体が痛むのか少しもたついた。
「取り敢えず御無事のようじゃ」
乗馬にもたついた千方の方を横目で見てそう言った後、朝鳥はふっと溜息を突いた。
「夜叉丸! その傷は? 」
夜叉丸の左腕から血が出ているのを見て、古能代が鋭く言った。
「いえ、大したことは有りません。ちょっと矢が掠っただけです」
「馬からすぐ降りろ! 」
そう怒鳴って自らも馬から飛び降りた古能代が夜叉丸に駆け寄り、馬から引き摺り降ろした。
「何するんじゃ! 」
夜叉丸は面喰って少し抵抗したが、古能代は構わず抑え付け、自分の袖を蕨手刀で裂き、夜叉丸の左腕の肩近くをきつく縛った。
そして、傷口に口を付け吸っては、吸い出した血を、何度も唾と一緒に吐き捨てる。
「毒か? 」
朝鳥が言った。
「奴等は鏃に毒を塗っています」
古能代は、革袋に入った水を掛けて、夜叉丸の傷口を洗い、自分の口も漱いだ。
その時、狐支紀が立て籠もり、忠頼が包囲する山の方が騒がしくなった。
千方らに同行して来た都留儀の郎党達と敵の戦いが始まる少し前のことである。
忠頼は士気を高める為、兵達の間を廻っていた。
「良いか! 気を緩めるでないぞ。敵が出て来ぬとこちらが思い込んだ時こそが敵に取っての好機となる。もし吾が狐支紀であったなら、それを見逃さぬ。
油断している敵の不意を突き混乱させれば勝機も見出せるものだ。例えそれが出来なくとも逃げる機会を得られる。それが戦略というものだ。戦は数のみで勝敗が決まるものでは無い。くれぐれも油断するな。分ったか? 」
一団にそう声を掛けては、また別の一団にそう繰り返し、忠頼は兵達の間を忙しく動き廻っている。
兵達はいずれも、
「はっ! 」
と力強く返事を返すが、心の奥底までそう簡単に切り替わるものでは無い。
「忠頼様の言われたこと、肝に命じ、気を引き締めろ! 」
と末端の指揮を執る者も繰り返すが、忠頼の姿が遠退いた時、兵の一人がこう言った。
「出入口はひとつしか無いのですから、出て来れば間違い無く、栗の毬のようになりましょう」
「ま、そうだな。しかし、他から出て来ぬとも限らぬ。…… とは言っても、要所要所に見張りを置いて、それなりの人数を配置してあるから、堤を越えて舟で堀を渡ろうとしても、渡る前に討ち取れる。
実際に狐支紀が討って出て来ることを心配されていると言うより、忠頼様としては、我等の気が緩むのを案じておられるだけだ。気の入った返事をして、我等の気が緩んでおらぬことをお見せすれば良い」
「そういうことですな。それにしても、狐支紀の奴、破れかぶれになって討って出て来てくれぬものかな。そうすれば、栗の毬にして、さっさと引き揚げられるのにな」
「狐支紀もそこまで愚かではないわ」
「それなら、我等が一旦引き揚げた振りをして奴等を誘い出し、出て来た処を襲うとか、何か策をお考えにならぬのかのう? 」
「こら、汝は忠頼様に策が無いと申しておるのか! 」
「いえ、飛んでもねえ。どうかご内聞に…… 」
「汝が狐支紀なら、我等が引き揚げたという報せを受けて、疑いもせずのこのこと出て来るか? 」
「いえ、出て来ぬでしょう。放って置ける訳もありませんから…… まずは罠と思うでしょう」
「所詮、汝達の考えはその程度のものじゃ。頭は使わんで良いから気を入れろ! 」
「へい! 分りました」
古能代は考えていた。
『狐支紀は裏切った村を襲った。動機は恨みだと言う。恨みであれば、村を焼き尽くすとか村長を徹底的に探し出して殺そうとするはずだ。それなのに、ひと当たり荒らし回った後、さっと引き揚げている。恨みから襲ったにしてはあっさりし過ぎては居まいか? もちろん、安倍の兵が出張って来れば数的に敵わないから、本隊が到着する前に引き揚げたと言うのは極めて理に適っている。
そして、一直線にこの山に逃げ込んだ。包囲されることは分っていたはずだ。そして、一旦包囲されれば、安倍が途中で諦めて引き揚げることは考えられない。外から援軍が来ぬ限り、いずれは捕えられるか殺される。それとも、冬まで持ち堪えれば完全包囲は難しくなると踏んで、そこで勝負を掛けるつもりなのだろうか?
ひょっとすると、始めから安倍を誘い出す為にあの村を襲ったのではないか? そう考えれば、恨みにしては、余りにあっさりと引き揚げたことの説明は付く。
しかし、この山に逃げ込んだ後、どうしようと言うのか? 逃げ込んだのは五十人ほどだが、中に更にどれくらいの兵が居るのか? それは忠頼に聞いてみなければならないが、余りに多ければ食糧が持たない。とすると、他に策がなければならないはずだ。外からの援軍? それなら、もう来ていなければおかしい。或いは、来るはずの援軍が来なかったのか? とすれば、計算が狂った狐支紀は、今相当に焦っているはずだ。出て来るのか来ないのか? やはり、只いたずらに籠っているだけと考えるのは間違いだろう。何か有るに違いない』
「いかがで御座るか? 」
戻って来た忠頼が言った。
「いや、特に動きは無い」
「檄を飛ばして参りましたが、長引けば気の緩みを抑えることは難しくなりましょう」
「中にはどれ程の兵がおりますかな? 」
「二百まではおりますまい。何か考えでもお有りか? 義兄上」
「考えが少し甘かったかも知れぬ」
古能代は少し顔を歪めた。
「一度、無理攻めを仕掛けてみてはと思っておった」
「無理攻め? 」
「と言っても様子を見るだけ…… 木を切って、丸太を組んで、筏を作り、堀を渡りましょう。当然、敵は堤の上から射掛けて来るでしょう。こちらも作業を進める者達の両側に射手を配して応戦する。それで、有る程度、敵の勢力を計れる。……
ただ、どうしても上から射る方が有利。ある程度の犠牲を覚悟しなければなりません。宜しいか? 」
「どうせやるなら、様子を見るなどと言わず、そのまま押し切りましょう。犠牲は仕方が無い。それよりも、このままぐずぐずしていたら、安倍に反感を持つ者達に侮られる。その方が恐い」
「ふ~ん」
と言って考え込むように古能代が腕組みをした。
「渡ることは出来ても、堤を登ろうとすれば、敵は、岩や丸太を落として来るのは目に見えている。犠牲が大き過ぎるのでは? 」
「ならば、櫓を組みましょう。堤よりも高い櫓を組んで、堤の上に居る敵を片っ端から射殺してしまえば、こちらの被害は少なくなります。櫓は森の中で組んで、運んで来て一気に建てる」
「忠頼殿がその覚悟なら、一気に決着を着けますか。しかし、大仕事になりますぞ。…… で作業に投入する人数はどれほど必要か? それと、作業が終わらぬうちに狐支紀が討って出て来た場合の手配と手順も決めて置かねばなるまい」
「いかにも。…… では……」
と、その時、後方の見張りに付いていた郎党の一人が、馬を飛ばして駆けこんで来た。
郎党はそのまま二人の身近まで乗馬のまま走り込んで来るので、兵達は慌てて道を避ける。手綱を思い切り引き絞った為、馬は前足立ちになるが、郎党は振り落とされもせず飛び降りて、素早く片膝と右の拳を地に突いた。
周りにいた兵の一人が馬を抑える。
「申し上げます。後方の山裾の辺りで争いが起きております。その装束から判断する限り、遠目では、お舘から来た者達を狐支紀の部下が襲っているように思えます」
「なに! 」
古能代は、襲われているのが千方達だと咄嗟に判断した。
「忠頼殿、吾が参る。五十ほど連れて行く。事情は分らぬが、騒ぎに合わせて狐支紀が討って出て来る可能性が高い。早急に備えられよ」
「心得ております。こちらのことはお任せあれ。三の隊。義兄上に従え! 」
「はっ! 」




