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藤原千方伝・坂東の風  作者: 青木 航
幼年編 第一章
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四拾六 歩み寄る心

 その晩は宮司みやのつかさの舘に泊まることとなった。

 千方ら、草原かやはら一族の為に一間ひとまが用意されていた。千方、朝鳥、露女、久稔、豊地、夜叉丸、秋天丸、犬丸、鷹丸、鳶丸、竹丸の十一人が一堂に会している。

と、突然、秀郷が現れた。一振ひとふりの太刀を手にしている。一同、慌てて下座しもざに控える。

「千方」

と秀郷が呼び掛けた。

「はい」

と言って千方が立ったままの秀郷の前に、膝行しっこうで進み出る。

「これはな、陸奥の黒川で打たせた太刀のうちの一振りじゃ。我が子のひとりとして与える。大事に致せ」

「有難く頂戴致します」

 頭上に両手を差し上げ、頭を下げて千方が毛抜形太刀を受け取る。

「うん。母や祖父とも一年振りの再会であろう。後はゆるりと致せ」

 そう言い残すと、秀郷はすぐに出て行った。

 一同頭を下げて秀郷を見送った後、太刀を左手に持ち替えると、千方は上座かみざに戻った。その両側に久稔と露女が席を取る。朝鳥と豊地が下座両脇に控え、そのしもに他の者達が居並ぶ。

「感無量じゃな。…… このような日が来るとは…… のう露女」

「いえ、父上、これからで御座います。千方はまだまだ修行の身、父上に、まだまだ老いられては困ります」

「ふん。まだ老いてなどおらぬわ。じゃがな、草原かやはらの家の子・郎党に加え、ここにおる者達。その後ろには千常の殿や将軍様が控えておられるのじゃ。もはや我が一族は弱小氏族などではないぞ」

「いつから父上は、そんな甘いお方になられたのですか? 剃刀かみそりのように切れるお方と思うておりましたのに…… 」

「買いかぶりじゃ。麿は切れ者などでは無い。草原かやはらをどう生き残らせるか、それのみをいつも考えておっただけじゃ。…… しかし千方。みことの母はまるで女院にょいんのようじゃのう。…… 今日くらいは気を抜きたかったが、そうはさせてくれぬわ」

「ははは。じじ様のお心、有難く思います。千方の今日こんにちが有るのも、一重ひとえに爺様、母上、それに、豊地の叔父上らのお蔭。お育て頂きましたこと、厚く御礼申し上げます。又、母上のいましめも深く心にきざみ付けたいと思うております」

「ふっ。ついこの間

『母上と一緒でなければ参りません』

などとねていた千寿丸と同じとは、とても思えんな。いつからそのような上手いことを申せるように成ったのじゃ」

草原かやはらのお舘様。六郎様はこの一年足らずの間に、歳にすれば三つも四つも大人になられました」

 そう朝鳥が口を挟んだ。

「朝鳥と申したのう。そうか、そなたの力か? 礼を申す。これからも、千方を支えてくれ」

「いえ、飛んでも御座いません。六郎様はご自身で成長されたのです。麿の力などでは御座いません」

「いや、千方は、これ以上無い、良き一の郎党を得たと思うておる。或いは、将軍様は御承知の上で、そなたを守役に致したのかも知れぬな」

「何をで御座いますか? 」

「うん? そなたのかばねは『日下部くさかべ』であろうが」

「はい。左様さようで…… それが何か? 」

「いや、実はな。我が家のも『日下部』じゃ」

「左様で御座いますか。存知ませなんだ」

「同族という訳だ。奇遇じゃな」

「はい。奇遇で御座いますな」

「宜しゅう頼むぞ。千方のこと」

「はい。この命に替えまして」

「それはそうと、あの者達に名を付けてやらねばならなかったのであろう」

 久稔が千方に言った。

「左様で御座います…… 。しかし、急には良き名など思い付きませぬ。御爺おじじ様のお力をお借りしとう御座います」

「うん。そうじゃな」

「あの~ 」

と秋天丸が声を上げた。

「我等、今まで通り呼んで頂ければ宜しいのですが…… 。なあ、みんな」

「うん。うん」

と他の者達も頷く。

「そうは参らん。主人が郎党を幼名で呼ぶのは、なんら差し支え無いが、他人に名を聞かれて幼名を名乗る訳には行かん」

「さりながら、今回のことは予想もしていなかったこと。旋風丸つむじまるの件で我等からの使いが来た時、初冠ういこうぶりの段取りが成ったとのことで、殿も郷に使いを出されようとしていた処だったという訳ですから、六郎様にご準備が無かったのも当然。六人もの名、すぐには無理で御座いましょう」

と朝鳥が千方をかばった。

「うん。明日の朝には真直ぐに郷に戻るのであろう。それならば、他人に名を名乗ることも有るまい。名はやはり、主人である千方が付けてやるべきじゃ。郷に戻ってゆるりと考えるが良い」

「麿もそう思います」と露女が言った。


 宮司の舘。家人けにん達の長屋の空き部屋の一室で、古能代は考えていた。

『吾には無理だ。郷長など務まらん』

と断り続けていた古能代であったが、自信が無かったからでは無い。例え一度でも、郷が滅びるようなことをしようとした自分が、郷長などになって良い訳が無い。そんなことは許されぬとの思いが有ったからだ。

 しかし、断り続けていながら、郷長というものを意識するに連れ、もし郷長に成ったとしたら、こうもしたい、ああもしたい、と言う考えが勝手に浮かんで来る。その矛盾に気付き、ひとり苦笑いをして、そんな考えを振り払おうとするが、気付かぬ間にまた考えている。

 考えのひとつは、若者達を何人かづつ陸奥に送ることだった。もちろん、簡単なことでは無い。

 ただ、気のせいか、自分の幼い頃に比べ、生まれつき体が不自由な者や、気のやまいを患う者が多くなっているような気がする。

 もちろん古能代に遺伝学の知識が有る訳も無いが、だいを重ね、狭い郷の中で婚姻を繰り返すことに因って、血が濃くなっている為ではないかと感覚的に感じるのだ。若者達を陸奥に送ることで新しい血を郷に取り込む。陸奥に残り、向うで暮らすことを選ぶ者も出るだろう。それはそれで良いと思う。承平じょうへい天慶てんぎょうの乱の後、秀郷の許しを得て、古能代は陸奥を訪ねた。そしてそのまま七年の間、陸奥に留まっていた。そこで作り上げた人間関係が有る。受け入れて貰えるはずだ。

 もうひとつは、郷をもっと本格的な戦闘集団に変えることである。まず、体や心が弱くいくさには向かない者を、農民として千常に受け入れて貰う。当時、いくさで土地を捨て、そのまま、流浪の民となっていた者は多い。そう言う者達を使って、土豪達は新田開発を行っているのだ。千常は承知していても、周りの者達に蝦夷と見破られぬ程度の、訓練は施しておかなければならないだろう。上手く行けば、彼等は大和人やまとびととなって行くことが出来る。

 残った者達には、より本格的な訓練を施し、強力な戦闘集落を作り上げる。それには、古能代が十年に渡って経験して来た盗賊との戦いの経験が生かせるはずだ。それに、将門との戦いに加わった経験も、古能代は持っているのだ。


「戻った」

 そう言って入って来たのは、祖真紀だ。

「どこへ? 」

「周りの様子を確かめて来た」

「郷へ帰したと見せて、やはり連れて来ていたのか? 」

「敵をあざむくには、まず味方からじゃ。国時様には申し訳なかったが、常に用心は怠れぬ」

「この寒さの中、皆には苦労を掛けますな」

「それが、我等の務め。やむを得ぬ。…… もっと酷なめいを下さねばならぬことも有る。気が進まぬか? 」

 その時、古能代の頭に或る考えが浮かんだ。

『祖真紀は、郷長交代の道筋を付ける為、旋風丸つむじまるが恨みを持っていることを承知しながら、えて無視していたのではあるまいか…… 』

 そう思った。しかし、それでは、千方の身に危険が及ぶ可能性をも無視していたことになる。或いは、千方の方が、明らかに腕が上と成っていることまでも計算に入れていたのか? それとも、我が子を崖から落とすようなことさえした男だ。千方の命さえ、実は何とも思っていないのかも知れない。

「親父…… まさか策ではあるまいな。旋風丸の怨念に気付かなんだということ…… 」

「何を申すか。…… 吾も人、抜かりは有るわ。年を取れば尚更にな。だから、隠居すると申しておるのじゃ」

 古能代は改めて祖真紀の顔を見た。我が父ながら、この男の本心は分からぬと思った。

「古能代、つまらぬことに拘り続けるのは無益じゃ。今、なれが祖真紀を継ぐことが、郷に取っても、殿や大殿に取っても一番良いことなのだ」

 古能代は、はっとして父の顔を見た。

『つまらぬことにこだわり続ける』

とは何を指して言っているのか? 

『まさか! 』

と思った。そして、暫く黙していた。

 しかし、やがて

「分かった」 

と言った。そして少しのを置いて、

「だが、少し時を貰えないか? 一度、陸奥に行って来たい」

と言った。

「そうだな。陸奥に居る妻子を連れ戻って来るが良い。郷長が独り身では具合が悪いでの。お許しを得て、春になったら行って来い」

 実は古能代は、陸奥に居た七年の間に、蝦夷の豪族・安倍氏の娘との間に二人の子を設けていたのだ。そして、子らは安倍氏の許で育っている。

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