四拾伍 初冠(ういこうぶり)
古代より二荒山神社の宮司は、下毛野氏の後裔が務めていた。
下毛野氏の一派・猿子紀氏は中央政界にも進出し、神領を持ち領主を兼ねてこの地を支配していた。
三代実録に寄れば、同社は貞観元年(八百五十九年)正三位に昇叙し、更に同十一年(八百六十九年)二月二十一日には正二位の社格を得ている。そして、その間の貞観二年九月十九日には宮司が神主の称号を得ている。そして、秀郷が将門を討った功に伴い二荒山大明神は、神格・正一位・勲一等を贈られていた。
秀郷が宮の戦いを前に戦勝祈願をした際、宮司は、御神託という形を取ったとは言え、どちらかと言えば上からの立場を取って、秀郷が奉納した毛抜き形太刀を改めて下賜している。その後、同社は、康保四年(九百六十七年)七月に施行された延喜式の神名帳では式内明神大社に下野で唯一列せられることになる。
だが、承平・天慶の乱後、秀郷と宮司の立場は逆転し、宮司は秀郷を『将軍様』と呼び、下にも置かない持成しをせざるを得ない立場なのだ。
秀郷一行は、宮司の舘に寄宿し、翌日到着予定の千常、千方らの一行を待った。
朝方到着した千常一行は、鳥居を潜り、石段を上がると神門を潜り、左手にある御手洗で手と口を清め、拝殿の前に進んで、二拝二拍手一拝の作法に則った参拝を行う。
一旦、別の部屋で休息を取った後、いよいよ秀郷と千方の対面が行われた。
下座正面に千方、その左後方に朝鳥が控えて待っていると、まず、露女、久稔、豊地が巫女に案内されて現れた。
「母上! それに御爺様、お久しゅう御座います」
母達に気付いた千方が上気した様子で声を発した。
「おおお~っ。見違えるほど逞しくなったのう千寿丸。今日は目出度い、目出度いのう…… 」
久稔は歳のせいか、今にも涙をその目に溢れさせんばかりに興奮している。
「ほんに、六郎殿、立派になられました」
母・露女が言葉を合わせたが、こちらは冷静な表情を崩さない。
「六郎様、こたびは本当に御目出度とう御座います」
次に声を掛けて来たのは豊地である。
「有り難う御座います。叔父上もお変わり無く。良うお出で下さいました」
千方の左隣に露女、右隣に久稔が席を取り、久稔の右後ろに豊地が控えた。千方は、髪を角髪に結い、千常より届けられた新しい水干を身に着けている。
「大殿が見えられます」
郎党の声に、一同頭を下げ待ち受ける。
間も無く、秀郷を先頭に、高郷、千国、千常の三人が現れ、秀郷を中心にして上座に着く。
「千寿丸か? 父じゃ。良う参った」
席に着き、ひと呼吸置いた後、秀郷が静かに言葉を発した。
「露女が子・千寿丸に御座います。お目に掛かれて、これ以上の喜びは御座いません。また、こたびは初冠の儀を執り行って頂けるとのこと、厚く御礼申し上げます」
「我等よりも重ねて御礼申し上げます」
と久稔が言葉を添え、下座の一同が頭を下げる。
「千寿丸。面を上げて、父に良う顔を見せてくれぬか…… 」
「はい」
と答えて顔を上げ、千方は真っ直ぐに父の顔を見た。
「兄上、千寿丸は中々に良き男振りで御座いますのう。どちらに似たのやら…… 」
高郷が笑いながら言った。
「麿に決まっておろうが…… うん? そうであろう? 」
「はあ…… 左様ですか」
高郷が含み笑いをすると、千常、千国も笑った。
秀郷の三男・千国は、秀郷が鎮守府将軍在任中は、秀郷に代わって胆沢に有る鎮守府に詰めていた。欲が無くあっさりした性格の男だが、筋を通そうとする時には、一歩も譲らない一面も持ち合わせている。
千方は、秀郷の姿を見詰めていた。父と呼ぶ人は、祖父・久稔と変わらぬ年頃である。期待とは裏腹に感激は沸いて来ない。初対面であるから懐かしさという感情も無い。
『これが父か』
と思うばかりである。ただ、遠くに在った人が目の前に居る。雲の上の人と思っていた人が、普通の人間として、今そこに在る。
「千寿丸」
秀郷が声を掛けて来た。
「はい」
「そなたが生まれて、十四年。一度も会ったことの無いこの父をどう思うておる? 」
「お会いしとうは御座いました。ですが、祖父や母、それに叔父達のお蔭で、少しも寂しくは御座いませんでした」
「そうか…… それは良かった。これからは、我が家の一員として、又、草原の為にも力を尽して貰うことになろう。ついては、この下野藤原家に着いて少し話して置こう。
我が家は、藤原北家の祖・房前候の五男・魚名候を祖とする。魚名候の五男・藤成という人が若き日に下野掾として国府に赴任した。その後藤成は、一旦、京に戻った後、播磨介、播磨守、伊勢守などを歴任し、従四位下にまで上ったが、五十を待たずして没した。
藤成は下野掾在任中に下野史生・鳥取業俊の女との間に子を設けていた。それが麿の祖父・豊澤だ。祖父も鳥取豊俊の女との間に子を設けた。それが、我が父・村雄じゃ。我が母は当時、下野掾を務めていた鹿島一族の女じゃ。……
千寿丸よ。麿の祖父・豊澤も父を知らずに育ったのだ。祖父を育てたのは鳥取の家だ。丁度、草原の者達が千寿丸、そなたを育てたようにな。だから、麿は鳥取の一族と思うておる。だがな、遂に下野に戻ることの無かった父親でも、その藤原という姓によって、子である我が祖父にも鳥取一族にも計り知れぬ程大きなものを残して行ったと言えるな。『藤原』の姓には、やはり、力が有る。残念ながら鳥取を名乗っていては、今の吾の地位は得られなかったであろう。草原も、もはや藤原の一族、精々利用することだ。魚名候と言うより、藤成候こそが、我が一族の基となったお方じゃ」
藤原藤成には、奇しくも秀郷に繋がる別の一面が有った。それは、蝦夷との関わりである。
弘仁二年(八百十一年)播磨介に任ぜられた藤成は、弘仁四年(八百十三年)、移配させた夷俘に対する教化や、夷俘からの要請に対応する為の専当官を兼ねることになった。つまり、藤成は蝦夷を大和の風習に馴染ませる為の教育訓練や身の上相談に当たる職に在ったのだ。彼は、先入観を持たず蝦夷に接したと言う。もちろん、代の離れた秀郷が藤成から何かを学んだと言うことは無い。しかし、彼の血の中に有る何かが、秀郷に蝦夷との関わりを選ばせたのかも知れない。
「一族の為、また草原の為に力を尽す所存に御座います」
「うん、捨て置いたにも関わらず立派に育ってくれた。嬉しく思うぞ。命名に付いてだがのう、遠方に在った藤成候とは違い、下野と武蔵。目と鼻の先に在りながら彼方に置いてしもうた子ゆえ、我が想いを込め、千方と名付ける。元服の後は、藤原・六郎・千方と名乗るが良い」
「藤原六郎千方。良き名を頂き、真に有難う御座います」
「ほんに、深きお心を名に頂き、千寿丸、いえ千方も果報者に御座います」
と露女が続けた。
「そう思うてくれるか? 露女」
「はい」
「良き日である。目出度い」
一行は神殿に向かう。拝殿に向かって参拝し、宮司の先導で拝殿に上ると、正面には山海の幸が供えられており、秀郷が嘗て奉納した鎧、太刀、弓等が飾られている。
烏帽子親を務める千常が右手奥の席に着き、秀郷、高郷、千常、千国らが連なる。
千方が正面下座の円座に席を取り、左方には、久稔、露女、豊地、後方には、朝鳥ら郎党達が居並ぶが、その末席には、祖真紀、古能代親子も列席を許されて連なっている。
まず、宮司が、大幣を使ってお祓いを行い、修祓の儀が執り行われる。続いて祝詞が上げられ、それが済むと二人の巫女の介添を得て、千方が、童形水干から大人の衣装である直垂に着替える。正式には、この着替えは五角形の柳の箱の上に立って行われるようになるが、その風習は取り入れられていない。
着替えが済むと、烏月帽子親である千常が歩み寄り、朝鳥と巫女の介添えで、千方の角髪に結った髪の髻を切り、大人の髪である冠下の髻に結い上げる。
続いて加冠の儀へと移るが、『加冠』とは、本来宮中の元服の儀式で冠を被らせることを意味する言葉だが、兵の家では折烏帽子を用いる。この折烏帽子は、侍烏帽子と呼ばれるようになる。千常が千方の正面に回り、小結の紐を結び、秀郷に向かって礼をして席に戻る。
ここで、神酒拝戴へと式次第は進むところだ。
「千方」
と千常が付けられたばかりの元服名(諱)で呼んだ。
一瞬間を置いて、千方が
「はい」
と答える。
「これに参れ」
戸惑いながら千方が進み出ると、千常は坐っていた席を空け、千方にその席に着くよう促す。
「ここに坐るので御座いますか? 」
「そうだ」
と答えると、千常は振り返って、
「良いぞ! 」
と声を上げた。
入口から六人の直垂姿の若者達が入って来た。頭に烏帽子は頂いていない。何も聞かされていなかった千方は、はっとして六人を見た。夜叉丸達だ。千方の坐っていた後ろに、六人は横に並んで席を取り、千方の方に向かって礼をする。
「郎党達だ。そなたの手で烏帽子を与えるが良い」
「はい。父上、兄上。有難う御座います。こうまでして頂き、六郎は仕合わせ者です」
既に髪も結い上げている夜叉丸達は、見違えるように大人びて見え、引き締まった表情は、昨日までの蝦夷の童とは全く別人のように思えた。
緊張のせいか、犬丸や竹丸の顔にさえ笑みの欠片も浮かんでいない。
己自身も緊張していたが、千方は、敢えて笑顔を作って、巫女の差し出す烏帽子を次々に彼等の頭に載せ、小結の紐を結んで行った。
その光景を、千方以上の感慨を持って見詰めている者が居た。古能代である。
支由威手達は『郎党』の身分を得るまでに十年の歳月を要している。しかし、この者達は、このような晴れがましい席で、元服と共に千方の郎党となることが出来た。己の手柄とは思わないが、父・祖真紀や祖父の判断が間違ってはいなかったということだろうと思った。
国時に反発しながら、郎党としての所作や言葉使いを身に付けて行った支由威手達の葛藤も夜叉丸達には無縁であった。実は、朝鳥が、暇を見付けては童達を集め、郎党の心得や所作を面白可笑しく演じながら教えていたのだ。千方に対しては少々口煩く反発を買ったことのある朝鳥だったが、蝦夷の童達に取っては、面白く親しみ安い存在だった。
加冠の儀が済むと、千方は元の席に戻り神酒拝戴となる。正式に千方の郎党と成った者達の何人かは、初めて口にする酒に、思わず眉根を寄せたり目をきょろきょろさせたりして童の表情に戻った。
楽師が入り、白拍子による今様歌舞楽が始まると、竹丸などは口を半開きにし、犬丸、秋天丸、鷹丸、鳶丸の兄弟も、見たことも無い光景に殆ど放心状態となり、すっかり山童のお登りさん状態となっている。しかし、唯一人、夜叉丸のみが、無理矢理、表情を抑えているのか、睨み付けるようにして舞を見ていた。
今様歌舞楽が終わると共に拝殿での儀を終え、一行は宮司の先導で秀郷を先頭にして宮司の舘へと渡る。舘には馳走が用意されており、一同席に着いたが、そこには、寛いで宴を楽しむ秀郷や一族の者、それに郎党達。緊張しながらも礼を尽くし心配りをする、千方ら草原の者達。居心地悪そうに隅の方に控えながら、夜叉丸ら六人の様子をはらはらしながら見守っている祖真紀と古能代、三者三様の姿が有った。
「順は逆になったが、あの者達にも名を付けて やらねばのう。…… 千方、そなたの初仕事じゃ」
秀郷の酒盃に酒を注いでいた千方に、秀郷が言った。




