四拾壱 祖真紀、隠居を申し出る
佐野の手前まで差し掛かった時、ひとりの郎等風の男が一行を出迎えた。古能代と祖真紀が、列から抜け出して郎等風の男に近寄る。
「お久しゅう御座います。御差配様」
古能代が馬から飛び降りて語り掛けた。
「おう、古能代、久しいのう。息災であったか」
「お陰様で。三輪様こそ、ご壮健そうで安堵致しました」
「何の、もはや隠居の身よ」
「三輪様には、その折には倅始め、郷の若者共が一方ならぬお世話になりまして…… 」
祖真紀も下馬してそう挨拶した。
「祖真紀か、達者で何より。おお、朝鳥殿お懐かしゅう御座る」
「久しいのう、国時。大殿はお健やかであられるか? 」
「それはもう、お元気そのもので御座るよ。朝鳥殿、山中の暮らしはいかがで御座るか? 」
「うん? 特にな…… 。六郎様のご成長のみを楽しみにしておる」
乗馬のまま朝鳥が答えた。国時が下馬し、千方の傍に歩み寄り、頭を下げる。
「千寿丸様には始めてお目に掛かります。手前、お父上の郎等にて、三輪国時と申します。宜しくお見知り置き下さい」
「宜しく頼む。父上もお健やかと聞き安堵した」
挨拶を済ませたものの、国時には、朝鳥の元気の無いのが気になった。朝鳥が千常の守役と成るまでは、若い頃、共に過ごした仲である。真面目で融通の利かぬ国時は、年上の朝鳥の軽口にしょっちゅう閉口させられていた。その朝鳥が、軽口も叩かず、糞真面目な顔をしているのが、何か可笑しかったが、その反面心配でもあった。
「お主が出迎えとはどうしたことか? 」
朝鳥が尋ねた。
「何、童ら、いや、もう若者達と言った方が良いかも知れぬが、その格好でお舘に行かせる訳にも行かんでな」
「うん、確かに」
使いの者の手に寄って、千方には新しい水干が届けられており、朝鳥、祖真紀、古能代は自前の直垂を身に着けて出発したが、童達は蝦夷装束そのままであった。
「どうじゃ、古能代が若い頃住んでいた小屋に連れて行ってやろうと思うが、行ってみたいか? 」
国時が童達に言った。
「是非行ってみたい! 」
秋天丸が一番に反応した。
「吾も行きたい! 」
そう、犬丸が続く。
吾も、吾もと後の童達も続いた。
「古能代、大そうな人気じゃな」
国時が、笑顔で古能代に話し掛けるが、
「いえ、この者達は郷を出たことが有りませぬゆえ、どこにでも行ってみたいので御座いますよ」
と愛想が無い。
「そこで着替えさせるのか? 」
朝鳥が国時に尋ねた。
「後から参るゆえ、先にお舘に行っていて下され」
「分かった」
と答えたが、朝鳥には違和感が有った。しかし、千方が襲われたことに対する祖真紀の責任問題と言う大きな憂いを抱えていた為、深く考えることは無かった。
国時、童達と別れ、千方、朝鳥、古能代の三人は佐野の舘に向かい、郷の男達は引き返して行った。
舘に着くと、朝鳥が祖真紀と古能代に庭で待つように指示し、千方と共に舘に上がった。控えの間に通ると朝鳥は、郎等のひとりに、
「早速ながら殿に拝謁したいので取次を頼む」
と伝えた。二時(一時間)程も待たされた。
「殿がお出張りなさる」
との郎等の報せを受け、千方と朝鳥は、祖真紀、古能代が控える裏庭に面した部屋に移った。正面に向かい下座の真ん中に千方、その左後ろに朝鳥が控え待っていると、相変わらずのドタドタとした荒々しい足音を立てて千常が現れた。
「待たせた。千寿丸、朝鳥、良う参った」
正面の席にどっかと胡坐を掻くなり千常が言った。
「ご無沙汰致しております。殿には変わらずご壮健とお見受け致し、何よりと存じます」
二人揃って頭を下げた後、顔を上げて朝鳥が挨拶を始めたが、
「挨拶などそれくらいで良いわ。それより要件を聞こう。手短に申せ」
と千常が遮る。
「あ、はい。…… 実は千寿丸様が襲われました。手前の落ち度で御座います。誠に申し訳も御座いません」
そう言って朝鳥は平伏した。
「何? 」
と言って立ち上がった千常が、千方に近付き見回す。
「怪我は? 」
と千方に聞く。
「掠り傷ひとつ負うてはおりませぬ」
千方が答えた。
「次第を申せ」
と千常が千方に問い掛ける。
「はい。ひとりで山道を散策中、突然、旋風丸というふたつほど年上の者が現れ、いきなり襲い掛かって参りました」
「それで? 」
「咄嗟のことゆえ、ものを考える暇も無く、気付いたら斬り捨てておりました。郷の者です」
その時、庭で平伏していた祖真紀が顔を上げ、声を上げた。
「手前の罪で御座います! 旋風丸という者は、手前への恨みを抱いており、千寿丸様を襲うことで、それを晴らそうと致したので御座います。十年程前、手前が殺した佳手由井という者の子で御座います。何とも申し訳御座いません」
それだけ言うと祖真紀は再び平伏する。
千常は無言のまま縁まで歩み出た。上から祖真紀と古能代を見下ろし、
「祖真紀」
と声を掛ける。
「はっ」
と祖真紀は平伏したまま答えた。少しの間を置いて、千常は振り返って
「朝鳥」
と、朝鳥に向かって声を掛けた。
朝鳥は急いで縁に出て、坐して
「はい」
と答えた後、千常を見上げる。
「でかした! 」
と千常が大声で言った。
「はぁ? 」
と朝鳥。
「何をきょとんとしておる朝鳥。そのほうらしくも無い。麿はそのほうら二人に、千寿丸を強い男に育ててくれと頼んだであろう。僅か一年足らずだが、怪我ひとつ負うことも無く、襲って来た相手を斬り殺すことが出来るまでに成ったのであろう。だから、でかした! 天晴れと申したのだ」
「…… しかし殿。ひとつ間違えば六郎様は今頃…… 」
「死んでおったと申すか? そうなった時はそれが定めじゃ。千寿丸は京の公家の子では無いぞ。坂東の兵の家の子じゃ。死にたく無くば、己を磨き、強く成ることしか無いのだ。それは麿とて同じであるし、朝鳥、祖真紀、そのほうら自身、嫌と言うほど分かっていることであろう。千寿丸を特別扱いする必要は無い。そうも申したはずだな」
「は、はあ? …… 」
「では兄上、誰の罪も問われませぬか? 」
千方が縁に走り出て来て言った。
「何故、罪を問う必要が有る? 」
「有難う御座います。それを聞き安堵致しました」
「手前は、旋風丸が恨みを抱いていることを見抜けませんでした。それは手前の罪で御座います」
祖真紀が言った。
「うん? …… それはそうだな。千寿丸のことは別としても、祖真紀ともあろう者が抜かったものだな」
「つきましては、この際、郷長の役を退き、祖真紀の名も、ここに控えおります古能代に譲りとう御座います。そのことお許し頂くようお願い申し上げます」
「隠居したいと申すか? ふん。……古能代も承知のことか? 」
「いえ、まだ当分やって貰いたいと思っております。手前に『郷長』は到底務まりませぬ。祖真紀の名も重過ぎます」
「そう申しておるぞ」
「倅めは手前が説得致しますゆえ、曲げてお許しを頂きとう御座います」
「やれやれ、面倒なことになったのう。いざとなると、親子揃って頑固者じゃからのう」
千常はふたりを見比べながら苦笑いをした。後にも先にも、千常の父・秀郷が郎等にしてやると言ったのを断ったのは古能代ただひとりであることを、千常は思い出していた。




