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藤原千方伝・坂東の風  作者: 青木 航
幼年編 第一章
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四拾 影に生きる

 戻った古能代は、次第を秀郷に報告すると、望月兼家の陣に合流した。兼家とは既に宮の戦いの前日に対面を済ませていた。

「首尾はいかがであった? 」

 兼家が問うた。

「上々に御座います」

『将門は自分にどこか似ている』

と感じた古能代であったが、さすがにそれは言わなかった。

「中々の者と拝察致しました」

「そうか」 

 兼家は、遥かな山上を仰ぎ見た。

 やがて、将門の総攻撃が始まった。本陣から見る、その突進は凄まじいものだった。

「いかん! 左翼が破られる」 

 将門が右に大きく旋回した時、兼家が叫んだ。秀郷の方を見るが、突撃命令はまだ出ていない。為憲ためのりの隊が踏ん張って押し返すことを期待しているのだろうか? そう思っている間に、爲憲の隊が大きく割れて、将門はその隙間を突き抜けて行ってしまった。

 その時、秀郷の手が上がった。

「行け~! 」

 古能代達五人は、まるで親衛隊のように兼家を取り囲み、左翼に向かって駆けた。左翼に着く頃には既に兵達の逃亡が始まっており、折り返して来た将門軍も含めて前線は大変な混乱状態となっていた。

 逃亡兵を避けるように迂回し、兼家の遊撃隊は将門軍を追った。目指すは将門唯ひとり。だが、追い着くと屈強な郎等達が次々に襲い掛かって来る。古能代達と兼家の郎等達は、それを払い退けながら兼家の進む道を確保して行く。

「あの白塗りの化け物が居たら、ついでに叩き斬ってやる! 」

 古能代はそう思ったが、只でさえ目立つはずのその姿は、乱軍の中には見出みいだせなかった。

 その時、手斧ておのを振るいながら、味方の武者を次々と馬上から叩き落として行くひとりの大柄な武将の姿が、古能代の目に入った。

『あの沢瀉威鎧おもだかおどしよろい、将門に間違い無い』

咄嗟にその方向に馬首を巡らし駆け寄ろうとしたが、

『待て、殿は遠方より駆け付けてくれた兼家様に手柄を立てさせようと思っているに違い無い。吾の出番は、味方が敗走した場合のみだ』

と思い直した。

「兼家様! あれが将門で御座る」

 太刀で将門を指して叫んだ。

「おう! 良くぞ見分けてくれた。礼を申すぞ」

 兼家は将門目指して突進して行く。古能代達はその道を開けるべく戦う。

 追い付いた時、将門が兼家の頭目掛けてビュッという短く鋭い音と共に、手斧を右から左に大きく振るって来た。兼家は、咄嗟に馬の背に伏せてそれをかわし、下から将門の喉元目掛けて突いて出た。将門も辛くもそれを躱した。

 馬が行き違い、再び向かい会う。その間、周りでは、古能代達と将門の郎等達の争いが続いている。

「何者じゃ! 」

 将門が叫んだ。

「諏訪三郎・望月兼家と申す。縁有って藤原秀郷殿に与力よりきしておる者。敵将・平将門殿と見て推参致した」

「小癪な。信濃くんだりから坂東まで、わざわざ命捨てに参ったか? 」

「謀叛人・平将門! その首、頂戴致す」

「なに~っ。麿は新たなるみかどたる者ぞ。その言葉聞き捨てならん! 成敗してくれるわ! 」

 将門は、手斧を大きく振り上げて突進して来た。この将門の手斧を頭上から喰らったら、太刀では受け止め切れない。

 その時、古能代が何かを将門目掛けて投げ付けた。古能代自身も戦いの隙を見て投げたものだったので当たりはしなかったのだが、それを避ける為に身を退いた為、一瞬、振り下ろす将門の手が止まった。その隙に兼家が先に将門に討ち掛かっていた。だが、将門が身を反らせたので、兼家の太刀は将門のかぶとふちを強く叩くこととなった。もし真面まともに脳天に打ち降ろしていたなら、太刀が折れたかも知れない。

 明らかに、将門の兜の位置が前にずれた。周りで戦っていた将門の郎等達が強引に両者の間に割り込んで来た。

 眉庇まびさしを左手で持って兜の位置を直した将門が、 

「北山に戻せ~! 」

と叫ぶと、将門軍は雑兵ぞうひょうを蹴散らしながら、一旦、北山に向かって引き揚げて行った。


 将門の再度の突撃が始まり、秀郷らの連合軍が崩壊すると、古能代達は兼家の許を離脱し、本体とは離れて逃走した。古能代は秀郷を常に視界に捕え、且つ、距離を取って走った。暫く駆けた後、秀郷が気付く少し前に、古能代は、風が変わったことに気付いた。

「待て、緩めよ」

 五人は速度を落とした。

 風が変われば反撃が始まる。将門軍は秀郷しか目に入っていない。手を分けて、こちらを襲って来る可能性は少ない。そう判断した古能代は、走りながらくらに結び付けていた半弓を外した。

 間も無く、風が変わったことに秀郷が気付いたのか、逃げていた秀郷軍は馬を止め、反撃に移った。将門軍も急停止し応戦したが、秀郷軍有利である。

 だが、すぐに矢合戦やがっせんみ、ののしり合いが始まる。

 少しの間、様子を見ていた古能代は弓に矢をつがえた。他の者もそれにならおうとしたが、

「待て! 見ておれ」

と古能代が制した。

 時を同じくして、将門軍と対峙たいじしている連合軍の秀郷の隣にいた貞盛が、

「我が父・国香を討ったこと忘れたか! 己を討つこの日の為に、命、永らえて来た。父の無念も我が恥辱も今こそ晴らしてくれるわ! 」

と言うなり、弓を引き絞っていた。

 二本の矢はほぼ同時に放たれた。将門は貞盛の矢を太刀で払ったが、距離の遠い分少し遅れて届いた古能代の矢が左の米噛こめかみに突き刺さった。

 落馬した将門を郎等達が取り囲む。その殆どが射殺され、将門軍が敗走に移った時、秀郷が素早く将門の遺骸に駆け寄った。

「皆、聞け~っ! 謀叛人・平将門は、左馬允さまのじょう平朝臣たいらのあそん太郎貞盛たろうさだもり殿が射落とし、下野押領使しもつけのおうりょうしこの藤原朝臣ふじわらのあそん太郎秀郷たろうひでさとが首討った」

 その秀郷の叫びは、辛うじて古能代達の耳にも届いた。

「当たったのは兄者の矢であろう! 」

 支由威手が叫んだ。

「黙れ! 当たったのは貞盛様の矢だ。余計なことは言うな。ここからでは分からぬ」

「いや、吾は見ていた。あれは兄者の矢だ。この場所からといえど、兄者が外すはずが無い」

「そうだ。吾もそう思う」  

 沙記室さきむろも支由威手に同調して言った。

「…… なれ達が貰った名には、すべて『影』と入っているだろう。我等は影なのだ。は影を作る者に当たる。影自身にが当たれば、影はたちまち消え去る。我等は大和の世の中でを浴びてはならんのだ」

「だが、それでは、我等、余りに損と言うものだろう」

 支由威手は納得出来ない様子だ。

「古老から伊治公呰麻呂これはるのきみあざまろの話を聞いたことは無いか? 」

「いや、知らん」

「昔、蝦夷えみしで在りながら、大和より外従五位下げじゅごいのげというくらいを貰い、伊治郡大領これはるごおりのたいりょうという地位に就いた男だ。…… どうなったと思う? 」

「分からん」

「蝦夷とさげすむ周りの目に耐え切れず、上司を殺して反乱を起こした」

「…… でどうなった? 」

「呰麻呂がどうなったかは分からん。だが、それは、日高見の民を大和が更に強く圧迫する為の口実となり、大和と蝦夷との、長い激しいいくさの前触れとなったということだ」

「だから、手柄を立てても、他人ひとに譲らねばならんのか? 」

「いや、貰うものは貰う。それだけは、この命に賭けて誓う。だが、それは、大和の者達が喜ぶような恩賞のことでは無い。信じろ。そして、このこと、口外こうがいするな」

「古能代がここまで言っているのだ。支由威手、信じようではないか」

 沙記室がそう支由威手に言った。

「分かった。兄者、兄者の言う通りにしよう」



『そうは言ったものの、本当のことを言えばあの時点では、殿から何かを引き出せる自信など無かった』

と古能代は思った。それどころか、五人揃って消されてしまうのではないかと言う疑いさえ有った。何しろ、この大きな秘密を知っているのは、秀郷と千常、それに古能代らだけだった。消してしまえば、何の憂いも無くなる。貞盛の矢では無かったのではないかと疑う者が居たとしても、なんとでも誤魔化せる。

『それなのに吾は殿をなぜ信じてみようと思ったのか? 結果から言えば間違ってはいなかったと言うものの、判断としては大甘だったと言わざるを得ないのではないか』

古能代はそう自問していた。しかし、何の目的も無い自分から脱出する為には、そうするより他に選択肢が無かったのだ。


 佐野に向けての道を、祖真紀と古能代は、馬首を並べて進み、語り合っていた。

なれと、これほど語り合ったのは始めてのことではないかな? 」

 祖真紀が感慨深げに言った。

「そうか? 」

「何も語らぬまま死なれては、後味あとあじが悪いとでも思ったのか? 」

「勝手に決めるな…… 」

 その後も、ふたりは馬を並べて歩みを進めたが、会話は余り無かった。しかし、ふたりの間に流れる空気は、今までのような張り詰めた、ぎすぎすしたものでは無くなっていた。

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