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藤原千方伝・坂東の風  作者: 青木 航
幼年編 第一章
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参拾八 重い心-佐野へ

「急ぎお報せせねばならぬことが起こりましたゆえ、祖真紀を同道の上お舘に戻るお許しを頂きたい」

との朝鳥の口上を携えて、その日のうちに佐野の千常の舘に使いが走った。

 この頃、秀郷は形の上では隠居して唐沢山西麓の田沼に舘を建てて引き移り、佐野の舘には千常が入っていたが、実態的にはその影響力を十分に保持していた。前年の春、最初に千方が連れて来られたのは佐野の舘だった。

 戻って来た使いの男は、意外な千常のめいを朝鳥に伝えた。

「祖真紀の他、古能代、千寿丸、それに夜叉丸ら六人の童達も同道せよ」

と言うものだった。

「六郎様は兎も角、六人の童達も同道せよとはどう言うことか? 」

 ことの次第を聞いた上なら、童達にも旋風丸のことについて問いただすつもりということで納得できるが、何が起こったかは伝えていないはずだ。或いは、仔細を聞かれて、この男が喋ったのか?

「殿に何か聞かれたか? 」

「いえ、何も…… 。申し付かったことのみお伝えしただけです」

「そうか…… いや、ご苦労であった。戻って休むが良い」


 翌朝、千方、朝鳥、祖真紀、夜叉丸、秋天丸、犬丸、鷹丸、鳶丸、竹丸の九人、更に郷の男四人を加えた十三人は佐野に向けて出立した。

 童達は、初めてこの郷を出、しかも佐野の舘に行けるということで心の中は躍り上がらんばかりにわくわくしていたのだが、既に起こった事件に付いて聞かされていたので、務めて静かにしていようとは思っていた。しかし、そこは子供、犬丸などは溢れる笑みを抑え切れず誰かに話し掛けたくて仕方が無い。一方、夜叉丸は自らの高ぶる気持ちを抑えながら、竹丸が何か馬鹿なことを言い出すのではないかと目を光らせていた。

 一行が郷の出口の手前に差し掛かった時、秋天丸が馬の歩みを速め、千方に近寄って来た。何かと思い千方が顔を見ると、秋天丸は黙ったまま顔を右上に向け、崖の上に視線を投げた。釣られて千方が秋天丸の視線の先を追うと、そこには芹菜の姿があった。 

 冷たい風に吹き晒されて着衣が小刻みに揺れる中、岩の上にすっくと立った芹菜が千方らを見降ろしている。

 じわっとした何かが、千方の胸を覆った。

『話したかった』

と思った。事件後慌ただしく、常に朝鳥や祖真紀と一緒だったので、芹菜とは会っていない。

『話したら何と言ってくれただろうか? 』

と思った。

『仕方あるまい。それとも、自分が死んだ方が良かったとでも思っているのか? 殺さなければ殺された。ならば、悩むことなど何も無いではないか』

とでも言ったか。或いは、年頃から言って意外と旋風丸と親しかったかも知れない。もしそうなら、気持ちはもっと複雑だろう。いずれにしろ、一度話したかった。千方はそんなことを考えながら、ぎりぎりまで首を回し、芹菜の居る崖の上に視線を送っていた。

 郷を出るまでの一行は、郷の男二人が先導し、次に朝鳥と祖真紀、続いて千方、童達、古能代、最後にまた郷の男二人という順であったが、いつの間にか祖真紀が後ろに下がり、一列でしか進めない路に差し掛かる頃には、古能代の前に居た。それに気付いてはいたが朝鳥は

『麿の傍では気が重いだろうし、古能代と話したいこともあろう』

と思い、敢えて声を掛けたりはしなかった。

 千方はと言うと、この郷を出ることに余り感慨を覚えてはいなかった。この郷を出るということよりも、祖真紀を出来る限りかばいたいという思いを募らせていた。その一方で、己自身の心情は郷の者を殺してしまったという悔いにさいなまれていたのだ。

 どこに連れて行かれるのか分からない不安な気持ちのまま辿ったこの路も、逆方向から進むと見える景色も違い、千方には全く別の路のようにも思える。武蔵に帰る訳では無いので、懐かしさに想いを馳せることは無い。内容は違うが、先が見えないということに於いては、来た時となんら変わらない状況だ。

 細い杣道そまみちを進み、崖にへばり付いたような危うい路を抜けて、やっと馬二頭が並んで歩けるほどの道に出た時、祖真紀が古能代の側に馬を寄せて来た。しかし、何を話し掛ける訳でも無く、黙々と並んで進む。

 やがて、古能代の方から口を開いた。

「死ぬつもりか? 」

「う?…… 全て殿のご裁可次第じゃ」

「六郎様にお怪我は無かったのだ」

「さりとて、旋風丸を見抜けなかった吾の落ち度は変わらぬ」

「ふっ」と古能代が溜息を突いた。

「なにゆえそこまで殿に尻尾を振るのかと思ったであろう。あれが、佳手由井かてゆいでは無くなれであったなら、吾が死んでいたであろうな」

 旋風丸の父・佳手由井かてゆいの反逆に触れてのことだ。

「何が言いたい? 」

「もし、吾が刀工であったなら、なれは一世一代の傑作よ。ただ、名刀になるか妖刀になるか分からぬ一振りであった」

「太刀には刀工の魂が入ると言うからな」

「そうだ。そのどちらも、元々我が心の中に在ったものだ。それが、なれという形を取った時、吾は愕然とした。いとしくもあり憎くもあった」

「吾は憎いだけであったよ。祖真紀という男が…… あの時まではな。…… そう言えば、山賊の洞窟で助けて貰った礼も言っていなかったな」

「ふん。らちも無い。礼など、はなから期待しておらぬわ」

「やはり、憎たらしい親父だな」

「ふふっ。なれは汝らしい祖真紀に成れば良い」

御免蒙ごめんこうむる。吾は親父のように、ふたつの己を使い分けたりは出来ぬでな」

「皮肉か? 」

「いや、感心している。吾には出来ぬことだからな」

らざるところ有らば、それを補う者を側に置け。夜叉丸と秋天丸を見よ。夜叉丸はなれ同様口の重い男だが、秋天丸がそれを良く補っておる。六郎様の良き両腕となろう。童ながら見習うべき処は有る」

「吾は祖真紀などに成るつもりは無い。まだ、当分やって貰う」

「ふん。何様のつもりでおる。それをお決めなさるのは殿じゃ」 

 祖真紀は、古能代の意外な物言いに、呆れたという表情を浮かべながらも、胸に詰まるものを感じていた。


 古能代は

『吾にはまだ、殿に少しばかりの貸しが有るははず』

と思った。

 貞盛が秀郷を頼って来た少し後、古能代達は秀郷に呼ばれ、佐野の舘に行くことになった。郷を出て、既に十年の歳月が経っていた。この頃には、古能代ばかりでなく、他の若者達もすっかり、郎等としての言葉遣いや所作を身に着けていた。


 名が与えられたのはその五年ほど前のことだ。つまり、郷を出て五年を過ぎた頃には、古能代達五人には、既に郎等の装束も支給され、和名も与えられていた。

 支由威手しゆいて大道国影おおみちくにかげ沙記室さきむろ駒木時影こまきときかげ。いずれも国時の一文字を上に頂いた名だ。

なれは一番手を焼かしおったが、なぜか憎めぬゆえ、我が名の上の文字を呉れてやるわ」

 国時はそう言った。

「我等は親父殿の影と言う訳ですかな? 」

 支由威手がお道化て聞いた。

「不服か? 」

「いや、なんの。天にも登る気持ちで御座ります」

「ふん。良くぞ申すわ」

 悪童であった支由威手でさえそれなりに成長し、国時ともそんな会話が出来るほどに打ち解けた関係になっていた。

 摩射手まいて広表忠影ひろおもてただかげ威手李裡いていりには広岡義影ひろおかよしかげという名が与えられた。だが、古能代ひとりは、

「吾の名は、大和風の名に聞こえぬことも有りませぬゆえ」

と命名を辞退した。

 名を貰い、衣装を与えられたとは言っても、その時彼等が正式に郎等として認められたという訳では無く、郎等扱いとするということでしかなかった。郎等の格好をしておおやけの場に出ることも無く、やることと言えば、相変わらず盗賊の探索である。郎等の装束に袖を通してはしゃいでみたりしていたのは数日で、その後は、装束は仕舞い込まれ、もっぱら、一緒に支給された黒装束を着ることになった。探索の仕事には黒装束の方が好都合であったからだ。また、彼等はお互いを、相も変わらず蝦夷名で呼び合っていた。だが、仕事の内容が少し変わって来ていた。相手が少数の時は、探索だけで無く、急襲し捕縛したり、抵抗する者を斬り捨てたりすることも彼等自身で行うようになっていたのだ。古能代達はいつか賊達の間で恐れられる存在になっていた。

 そこで分かったことがふたつ有る。ひとつは"賊" と言っても、いわゆる、山賊ばかりでは無く、大規模な盗賊の多くが輸送を生業なりわいとする業者であったり、土豪であったりすること。もうひとつは、押収した盗品の多くが秀郷のふところに入って行くと言うことだ。最近盗まれた物や、親しい者から訴えのあった盗品は持ち主に返してやるが、それ以外の物は、ほんの一部を国衙こくがに納めるだけで、後は殆ど秀郷のふところに入ってしまう。持ち主に返してやったものとて、礼としてその一部が戻って来る。盗賊退治に力を入れるのは、じょうとしての職務と言うよりも実利であり、この収入こそが、秀郷の力の源泉のひとつとなっているからだ。正に盗人の上前を撥ねる所業であるが、再三述べた通り、それが当たり前の時代であった。

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