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藤原千方伝・坂東の風  作者: 青木 航
幼年編 第一章
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拾六 昔語り・阿弖流為の涙

 前のいくさで多くの村々を焼き払われた胆沢付近は本当に荒れ果てた状況になっておりました。大和の次の侵攻がいよいよ目前に迫ったある日、阿弖流爲あてるいは近郊の部族を集めました。長達が阿弖流爲を囲み、その後ろには六百人余りの民人たみびとが集まっておりました。

 目を閉じ、暫く黙っていた阿弖流爲は、やがて小さな、しかし良く通る低い声で話し始めたそうです。その声が六百人の民人に伝わるほど皆静まり返っておりました。

『夕べ、垢離武佐こりむさばばしょくって死んだ。

『吾は大事なかてくそに替えることしか出来ぬ。日高見の民の為に戦う者の糧をこれ以上無駄には出来ぬ』

 そう言って何日も前から一切の食べ物を口にしなくなったそうじゃ。家族の者が何とか食わそうとしても、頑として口を開かなかったそうだ。また、縒蓑手よりみては、生まれたばかりの赤子ややを死なせてしまった。十分なものを食えなかった母親の乳がほとんど出なくなっていたのだ』

 そこまで言うと阿弖流爲は再び黙りました。深い苦悩が精悍であった面立おもだちを随分とやつれさせていたそうです。

 暫くの間、誰一人として言葉を発する者はおりませんでした。皆、うつむいてそれぞれ、己の心の中の声と会話しておったのだと思います。

 やがて、阿弖流爲はゆっくりと立ち上がると皆の方に進み出て、皆を見回しました。それに気付いて皆が見上げると阿弖流爲は、目で会話するかのように、順にひとりひとりの顔を見ていったそうに御座います。一言も発せず、ひとりひとりと目を合わせて何かを語り次の者へと視線を移す。阿弖流爲はそれを、長い長い時間を掛けて繰り返しました。その視線を受けたすべての者が、阿弖流爲は何刻なんどき掛けても語り尽くせぬほどのことをその視線で語っていたと感じたそうに御座います。

 突然、阿弖流爲が膝を突きました。そして、地べたに両手を突くとひたいを地面に擦り付けたのです。

『頭領、何をする! 』

と言って周りの者達が起こそうとするのを振り払って『吾は田村麿の前に膝を屈することにした。大和の前に膝を屈することと比べて、これが恥ずかしいことか!? 吾が恥じねばならぬことは皆に安息の日を与えられなかったことだ。多くは言わぬが、どれほど詫びても足りるものではない』

『頭領のせいではない! 頭領の許、我等は大和をさんざんに懲らしめたではないか。頭領はいつどんな時にも勇敢だった。我等は頭領の許で力を合わせて大和と戦うことに誇りを見出みいだしたのだ。誰も頭領を恨んだりはしておらん。まだ戦える』

 そう強く申したのは、阿弖流爲の側近と成っていた若い族長でした。名を杜木濡そまきぬと申しました」

「そまきぬ? 」

 朝鳥の言葉に

「はい、その名の一部を代々のこの郷のおさが継いでおります」

と祖真紀は答えた。

「阿弖流爲の流れではなく、その杜木濡とやらの末なのか長は? 」

 千方が身を乗り出して尋ねた。

「ま、もう少しお聞きくださいませ」

 祖真紀は先をかす千方を抑えて、ひとつ大きく息を吸い、そして吐いた。


「『いつまで戦う? 』

と阿弖流爲は杜木濡そまきぬに尋ねました。

『もとより死ぬるまでだ』

と杜木濡は答えたそうで御座います。

『日高見の民が一人残らず死ぬるまでか? 』

と阿弖流爲が尋ねました。

 杜木濡はすぐに言葉を出せませんでした。

『我等が皆、滅びて何になる。大和を喜ばせるだけではないか。皆ひとりひとりが十人の大和軍を殺せるほどの勇者であることは分かっている。しかし、十人殺せば、次に大和は百倍の軍を送って来るだろう。百人殺せば千倍の軍を送って来るやも知れぬ。戦い続ければ、いずれ滅びるのは吾等の方だ。滅びてはならぬ! 日高見の民は滅びてはならぬのじゃ。誇りを捨てて大和にびろと言うのではない。ただその誇りは深く心の底に秘めて、例えとらわれびととなっても生き抜くのだ。そして、いつかこの日高見の地に、大和に支配されぬ我等の国を作って欲しいという我等の想いを、子に孫に曾孫ひまごに伝えて行くのだ』

『囚われ人となって、誇りを何代も伝えられるものか。いずれ心も奴婢となってしまう』

『分からぬ。分からぬが、少なくとも我等の血だけは残せる。今となってはそこに望を託すしかないのだ。今度の総大将はあの田村麿という男だ。吾の見るところ、あの男、若いが、他の者と比べれば相当ましな方だ。もし我等が死に物狂いで抵抗し、田村麿を失脚に追い込んだとしたら、それこそ大和は、我等を皆殺しにするつもりで、次にはそれに相応ふさわしい男を選んで送り込んで来るであろう。今しかないのだ。吾はあの男に賭けてみようと思う』

『吾は、それだけは承服出来ませぬ。吾は他の誰よりも頭領を崇めています。もし頭領が死ねと言うなら、今すぐにでも死にます。ですが、大和に下れと言うめいだけは、勇者・阿弖流爲のめいとしては聞けませんのじゃ』

 阿弖流爲は暫く黙っておりましたそうな。そしてこう申しました。

『ならば、落ちよ。一族を連れて山深く潜み、木の根、草の根を食ろうても生き延びよ。そして、日高見の民の誇りを代々語り継げ。囚われた者達、落ちた者達、どちらが生き延び、どちらが誇りを語り伝えて行けるか分からぬが、ひとつよりふたつの道が有った方が良いかも知れぬ』

『頭領、そのめいに従わせて貰います。皆には済まぬが、吾の我儘わがままを許してくれ』

 杜木濡が皆に向かって訴えました。少しして、あちこちで黙って頷く姿が見え始めました。

『杜木濡。砺陽菜れひなを連れて行ってくれ』

 それは、阿弖流爲の娘の名でした。杜木濡と砺陽菜は既に深い仲となっておりました。誰もがそれは知っており、阿弖流爲もそれを喜んでいたそうに御座います。

『しかし、あるいは餓死させることになるかも知れないのです。…… やはり、それは…… 』

『仕方有るまい。それは、一緒に行くなれの一族、全ての者に言えることではないか。砺陽菜だけを特別と思うことは許されぬ。砺陽菜を含めてすべての者の定めを背負う覚悟無くして出来ることでは無いぞ。ましらとなっても生き延びよ』

『…… 分かり…… 申した』

『皆聞いてくれ。明日の朝、すべての武器を荷車に積んで、杜木濡そまきぬの一族以外の者は大和の陣にまかり出る。ばくに着くのは吾と頭領のふたりだけだ』

 そう話し始めたのは、副頭領ふくとうりょう格の母礼もれという男でした。

『皆はばくに着く必要はない。とらわれるであろうが、いずれ解放されるであろう。田村麿はそう約束している』

 ひとりの男が立ち上がって叫んだ。

『大和の言うことなんて信用なんねい。第一、頭領と母礼もれ様を犠牲にして、我等だけ生き延びるなんて…… 』

『北に裏切り者が出た。大和の軍を翻弄ほんろうすることくらいまだ出来る。だが、我等の戦法を知り尽くしている者達に背後から襲われては全滅するしかない。分かってくれ。大和に下る以上、吾と頭領の役目は既に終わっている。たったふたつの首を差し出すことで六百の命が救えるならそれは我等が出来る最後の大きな仕事なのだ。他の者では出来ぬことであろう。田村麿は我等の命も助けると言うておるそうじゃ。だが、それを鵜呑うのみにしている訳ではない。征夷大将軍などと言う名を貰っていても、大和の都には、まだまだ上の者が大勢おると言うことだ。田村麿が本気で助けるつもりでいたとしても簡単には行くまい。しかし、それはそれで良いのだ。日高見の者の血を絶やしてはならんのだ。皆聞き分けてはくれぬか。生き残る者の方が遥かにつらい思いをするであろう。それを承知で頼んでおる』

 母礼の言葉に、あちこちで大の男が、手の甲で目頭めがしらを拭い始めた頃、再び阿弖流爲が言葉を発しましたそうな。

『皆、いつか又どこかで会おうぞ。我等が支配する日高見国でな。そして、皆で狩りをし、田を耕し、祭を楽しもうではないか』

 未だかつて誰も見たことの無いものが、阿弖流爲の目に光っておりましたそうです。それがやがて粒となり、一筋、頬を流れ落ちました。

 頭領はあの世で会おうと言っているのか。皆そう思ったそうで御座います。


 延暦えんりゃく二十一年(八百二年)、十三年に渡る抵抗に終止符を打ち、阿弖流爲は坂上田村麻呂率いる朝廷軍に降伏した。その後都に送られ、田村麿の除名嘆願も空しく、八月十三日に河内国杜山かわちのくにもりやまに於いて母礼と共に首討たれた。


 その二百八十五年後の寛治かんじ元年(千八十七年)蝦夷の血を引く清原清衡きよはらのきよひらが奥州の地に独特の文化を持った半独立政権を打ち立てることになる。

 清原清衡は、俘囚ふしゅうの長であり、陸奥国の奥六郡おくろくぐん(岩手県北上川流域)を実質支配していた安倍頼良あべよりよしの娘と、秀郷流藤原氏の亘理権太夫わたりのごんのだいぶ藤原経清ふじわらのつねきよとの間に出来た子である。

 安倍氏は、康平こうへい五年(千六十二年)に、源満仲の孫、源頼義みなもとのよりよし出羽でわ(現・秋田県)の俘囚の長であった清原武則きよはらのたけのりの連合軍によって滅ぼされる。(前九年の役)

 安倍あべ氏の滅亡後、母は清衡を連れて出羽では(現・秋田県)のやはり俘囚の長・清原武貞きよはらのたけさだの妻とされた。成長した清衡は、源頼義の子・源義家みなもとのよしいえと結んで兄弟の争いを勝ち抜き(後三年の役)、東北地方全土を支配する勢力と成ったのである。その後、実父・経清つねきよの姓である藤原の姓に復し、奥州藤原氏の祖となった。藤原清衡ふじわらのきよひらである。

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