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パスタと冷凍食品

 昨日のご飯がおいしかったことを思い返し、ふとスマホで検索してみる。


【血液サラサラ】【食材】


 出てきたのは青魚がたくさん。和食の素晴らしさを延々と語るサイトが多くって、私は思わず閉じようとした。

 たしかに和食は好き。脂の乗ったサバの塩焼きに、わかめと豆腐の味噌汁、それを真っ白なご飯でホクホクと食べられたら、それはそれはいいだろうと思う。でも。

 魚を焼く網を洗うのが面倒臭い。ガス台で魚を焼いてもなかなかおいしく焼けないし、オーブントースターで焼いたら匂いが移るし、なによりも食べたあとにすぐ片付けないと、次の日魚臭い。これじゃあ朝番のときだったらいざ知らず、遅番のときは食べられない。

 無理と却下したところで、次に出てきたのは緑黄色野菜をもっと食べたほうがいいという記述。

 緑黄色野菜って、にんじんとかピーマンだっけ。野菜ジュースに書かれている項目を思い返しながら見てみる。

 にんじん、ピーマン、キャベツ……皮の色は濃いけどナスは違う項目らしい。ふんふんと思いながら見てみる。

 野菜はいっぱい食べろとは、どんなダイエット本にも書かれているけど、ひとり暮らしで葉物野菜ってあんまり食べられない。だってひとりで食べきれないし、使ってない間に枯れて泣く泣く捨てるのなんてしょっちゅうだから、安い野菜も四分の一くらいに切ってないと躊躇して買えない。

 世の中のひとり暮らしの人って、どうやって野菜を摂っているんだろう。

 あんまり甘いもの食べるなとは、浜坂さんにも言われちゃったけど。甘いものを食べないと余計に食べたくなってしまうのは私だけなのかな。

 結局朝ご飯にはトーストにたっぷりのバターにグラニュー糖を塗して、コーヒーで飲むという、浜坂さんに見られたら卒倒されそうなものを食べてきた。昼ご飯はどうしようと迷った末に、サンドイッチにプラスしてサラダボールを買ってきて、それを食べることにした。


「また行儀悪い」


 ちょうど休憩に来たばかりの花梨ちゃんにとがめられて、私は肩を竦ませる。

 でも花梨ちゃんは私が食べているものを見て、意外なものを見る目になる。


「なるがサラダ買ってきたところなんて初めて見た。本当昨日といい、今日といい、献血でそんなに怒られたの?」

「あはははは……」


 まさか吸血鬼に血を吸われた挙句に「不味い」と駄目だしされたなんて、口が裂けても言えない。

 私が肩を竦めさせていても、花梨ちゃんは逃がしてくれる気もなく、私の隣でご飯を食べはじめる。

 卵焼き、ひじきの煮物、鮭ひと切れ、高野豆腐に小松菜の煮浸しなど、細々としたものがたくさん詰め込まれたお弁当で、ご飯もゴマの混ぜご飯と徹底している。健康志向な花梨ちゃんだったら玄米ご飯を持ってきそうなところだけど、冷めたら硬くて食べられないと思ったから混ぜご飯で我慢したんだろう。


「サラダって野菜が摂れるように思われがちだけど、あんまり摂れないよ? それだったら煮てかさを減らしてたくさん食べれるようにしたほうがいいよ」

「わ、私は花梨ちゃんみたいには無理だよ」

「別に日頃から夕食を多めにつくって、弁当用に冷凍させておけばいいだけなのに。それか、最近の冷凍野菜は質がいいから、それを買ってきて、定期的にスープや味噌汁の具に足すとかね」


 それに私はピンと来て、「例えば?」と話を振ってみる。

 花梨ちゃんはきょとんとして「そうだねえ……」と小松菜を口に入れる。


「別になんでもいいけど、葉物がひとりで使い切れないっていうんだったら、冷凍のやつを買えばいいんだよ。最近はほうれん草とかブロッコリーとかも冷凍食品でいいのが売ってるし。あとコンビニのカット野菜も、ちょうどひとり分炒めて消える分で売ってるし」

「……花梨ちゃん、そこまできっちり見てたんだねえ」

「なるが全然料理しないから。野菜とかって季節や天災ですぐ値段変わるから、コンビニや冷凍のもの探したほうが安いことだってままあるから」


 そう花梨ちゃんに説教されながら、私は小さくなりながらも、サンドイッチとサラダを食べ終えた。

 それにしても。パスタを食べたいと我ながら無茶ぶりしてしまったけど、浜坂さんはなにをつくるんだろう。

 考えてみたけど、サバとパスタというのがいまいち想像付かなかった。


****


 駅に着いてホームを出たところで、スマホを触っている浜坂さんを見た。

 この人、自称吸血鬼なのにスマホが使えたのか。そう戦慄を覚えたものの、ライターやっていると言っているんだから、電化製品のひとつでも使えないと仕事にならないかと思い直す。

 声をかけていいものかと悩んでいたところで、浜坂さんはスマホの電源を落としてこちらに振り返った。


「ああ、お帰りなるちゃん。今日はリクエストはパスタやったなあ?」

「ただいま……なんですかね? はい」


 私はふたりで歩きながら、なんとなく花梨ちゃんから聞いた話をしてみる。冷凍野菜の話とか、カット野菜の話とか。

 それに浜坂さんはふんふんと頷く。


「せやねえ。本当やったらそんなん使えるのが理想やけど。でもなるちゃん。びっくりするほどズボラやろ? 一日張り切ってやったかて、三日坊主やったら意味ないで?」


 バッサリと切って捨てられて、私は思わず胸を抑える。

 ……うん、カット野菜にそもそもなにが入っているのかわからないから、野菜炒めがつくれるな以外になにも思いつかなかった。あと味噌汁も。朝に味噌汁食べるんだったら、ご飯も炊かないといけないけど、ご飯を炊いて味噌汁だけ飲んでも、他のものがなかったら食べた気にならないような気がする……普段からトーストとコーヒーだけの朝ご飯でなにを言っているんだって感じだけど。

 私が固まっているのに、浜坂さんはからからと笑う。


「本当は朝にたくさん食べて、夜が控えめっていうのが理想的やけど、腹減って眠れず夜食食べたら本末転倒やしねえ。自分のペースで健康に気ぃ使えばええよ」

「……吸血鬼に綺麗な血になるために説教されるなんて、思ってもいませんでした」

「俺かて、まさかほんまに吸血鬼になるとは思ってなかったしなあ」


 そうしみじみと言う浜坂さんに、私は「ん?」と思って彼の横顔を眺めた。

 相変わらず、黒い髪は艶々しているし、肌はどんな美白をすればこんなに透き通るのかわからない。石榴色の目は、他の人がそんなカラーコンタクトをしていても不気味に見えるだけなのに、浜坂さんにはよく合っている。

 そういえば、この人こんなに綺麗な顔をしているんだもの。わざわざ平凡顔で血の不味い私に食育なんてしなくっても、綺麗で血のおいしい人のところに行けばいいのに……それこそ、花梨ちゃんみたいに健康と美に気を付けている人なんていくらでもいる……なんで私なんだろう。


「あのう……浜坂さんは、吸血するの嫌ですか?」

「えー、それ言うん?」

「嫌なら、わざわざ私の血なんか吸わなくっても」

「えー、乗りかかった船やん。そんじゃ、今日はちょっと足伸ばしてスーパー行こか」


 はぐらかされてしまって、それ以上言うことはできなかった。

 スーパーはちょうどタイムセールの時間のせいか、混雑している。その中で浜坂さんは籠を私に持たせると、ポイポイと野菜コーナーからきのこを取ってきて放り込む。

 マイタケ。エノキ。しめじ。こんなにたくさん、ひとりでなんて食べきれないと思うんだけど。私が首を捻っていると、浜坂さんは暢気に言う。


「自分の友達も言うてたんやろう? 冷凍野菜使ったらええって」

「言ってましたけど……私、きのこをどうすればいいのかなんて」

「きのこはええよ。ハンバーグに入れれば肉汁吸ってくれるから、肉汁逃してパサパサなハンバーグになんかならんし、味噌汁や炊き込みご飯でもええ仕事するし」


 血をさらさらにするのに、ハンバーグも食べてよかったんだなと今更ながら思いながら、私は浜坂さんが入れているきのこを見る。

 次にパスタのコーナーでパスタを買う。


「普通のでええ? 短いペンネとかもあるけど」

「ええっと……はい、長いのでお願いします」

「そういえば、なるちゃんの家は調味料、さすがに麺つゆはあるよね?」


 世の中には出汁取って全部イチからつくる人もいるけど、それはできる人に任せたい。私は大きく頷くと、浜坂さんは「そっかそっか」と納得し、最後にツナ缶とにんにくチューブを籠に放り込んだ。

 きのこにツナ缶ににんにくって、ちょっと想像できない。浜坂さんはにんにくをちらっと見ながら言う。


「匂いが気になると思うけど、ちょっとだけやったら一日で消えるから気にせんでええよ。さすがに女の子の家にニンニク買っていって次に来たときにニンニク枯れてたら、ちょっと悲しいしなあ」

「あはははは……」


 吸血鬼はにんにくに弱いんじゃなかったっけ。そう突っ込みたかったけれど、浜坂さんは初対面のときに血を吸ってきたとき以来、吸血鬼らしい部分はなりを潜めている。

 スーパーで会計を済ませると、さっさとうちに帰っていく。

 三日目ともなると、この綺麗な顔の人がどうしてここに、と戦慄しているよりも、申し訳ないから早く料理が終わったら帰って欲しいに変わってくる。

 浜坂さんはきのこ類をキッチンペーパーで軽く拭いてから、石づきをさっさと切り落とすと、手で千切りはじめた。


「なるちゃん、残ったやつは凍らせるけど、フリーザーパックあるぅー?」

「えっと、あります」


 次々と千切っていき、全部ばらばらになったのをひと掴みだけ残して、残りは全部冷凍させることとなった。

 パスタを茹でている間に、フライパンにサラダ油を敷き、にんにくチューブを入れて温めはじめた。香りが立ってきたところで、ひと掴み分のきのこを入れて、しんなりしたところでツナを入れて混ぜはじめる。食べきれないんじゃと躊躇していたきのこも、縮んだら案外食べられそうな量になってきた。


「なるちゃん、きのこは水吸ったらむっちゃ膨らむから、冷凍しとくけど、入れる量はひと掴み分くらいにしときぃや? 体にええもんでも、食べ過ぎたら毒や」

「わ、わかってますよ! でも冷凍きのこって、どうやって食べればいいんでしょ?」

「さっきもちょっと言ったけど。めんつゆと炒めて、それで混ぜご飯つくっても美味いし、味噌汁の具にしてもええ。なるちゃんがやる気あるんやったら、これであんかけつくっても美味いけど」

「や、やれそうなところからはじめてみます」


 あんかけをつくっても、なににかければいいのかぱっと思いつかないから、明日は遅番だから炊き込みご飯からはじめてみようと思い立つ。

 パスタが茹で上がったら、きのこにめんつゆをかけて味を整え、きのことツナのソースをパスタにいっぱいかけてお皿に盛ってくれた。

 恐る恐る食べてみると、きのこの匂いが通っていき、ツナのクリーミーさとめんつゆのさっぱりとした匂いでいくらでも食べられそうになる。

 でも。昨日のときといい、今日といい。浜坂さんは食事を摂らなくっていいんだろうか。私はフォークを動かしつつ、恐る恐る浜坂さんを見る。


「あのう……」

「んー?」

「浜坂さんはうちで食べないんですか? その、私ばかりいつもご飯をつくってもらって申し訳ないと言いますか」

「えー、なるちゃん。そういうのは、彼氏に言い?」


 それに私はなんとも言えない顔をする。

 そもそも彼氏がいたら、自称吸血鬼なんて顔以外怪しすぎる人を自宅に招き入れるなんて危険な真似はしない。

 それに浜坂さんは「冗談冗談」と手をひらひらとさせる。


「これは俺の迷惑料やから、気にせんといて?」

「迷惑料って……私の血を吸うことですか?」

「せやせや。厄介なもんやねえ、俺も別に、吸血衝動なんか今まで出んかったのに」


 それに、私はフォークを止める。

 てっきり美人や好みの人の血は味見感覚で飲んでるのだとばかり思っていた。私のことをいい匂いだとか言ってたし。

 私はなにを聞けばいいんだろうと手を止めたら、浜坂さんはただ頬杖をついて笑うだけだった。


「気にせんでええよ。冷めんうちに食べえ?」


 少しだけ寂しそうに笑う浜坂さんに、私はただ綺麗に食べ終えて空っぽのお皿を見せることしかできなかった。

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