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オレンジとドライフルーツのパウンドケーキ

「鉄分不足だと、やっぱり困るよねえ」


 私がスマホでネットを見ていたら、仕事を終えて仕事部屋から出てきた真夜さんは「んー」と唸る。


「別にその辺は俺が管理しとうけど、貧血とか気になることあるん? 病院行く……とか?」


 本当にこの人ってば過保護だなあと、私はふはっと笑う。すると真夜さんってばむっとした顔をして、私の鼻を摘まんだ。


「心配くらいさせえ」

「あはは……ごめんなさい。ただ、気持ちいつもよりも鉄分摂ったほうがいいのかなあと思って」


 季節の変わり目で体を崩しやすいし、ちょっとは気にしたほうがいいのかと思ったんだけど。

 結構いつもと食生活変わった気がしないから、もうちょっと変えなくてもいいのかなと思っただけだったんだ。うん。真夜さんは「んー……」と言う。


「前から言うとるけど、食べるのって続けなあんまり意味ないし、普通に栄養バランス摂ってる分には大丈夫や。せやから、なるちゃんがいちいち気にせえへんほうがいいとは思うけど。まあ、なるちゃんが甘いもん食べたいーって騒いで、それで夕飯食べられへんくらい暴食したら、その辺もっと考えなあかんけど、自分はそこまで暴食せえへんやろ」

「うん、それはしない」

「なら、ひとつもっと摂ったらええとか考えんでもええで」

「ふーん……あ、ドライフルーツ食べたらいいって書いてある」


 私がネットを落とす前に見た、鉄分のある食べ物の中で見つけたものを言ってみる。

 真夜さんは「んー……」と首を捻る。


「そりゃ食べたらええとは思うけど」

「さすがに毎日ほうれん草食べろって言われたら、お浸しと味噌汁の浮き身くらいしか思いつかないけど、ドライフルーツだったら、朝におやつに食べればいいから続けられそう」

「自分その手のもんに飛びついても、三日で飽きるやろ」


 痛いところを突かれて、私は大袈裟に「ううっ」と声を上げる。


「そうかもしれないけど! そだ。これでおやつつくったら続けられるかもしれませんけど」

「朝から菓子パン食っても、それは食事判定されへんで? 偏り過ぎやし」


 出たな、健康オタク兼過保護。私はむむっと眉間に力を込め、せめてもの抵抗で言ってみる。


「な、なら、せめて三時のおやつ!」

「んー……それだったら、まあ……」


 今日の買い物当番の真夜さんに、「ドライフルーツ! ドライフルーツ!」を連呼して、真夜さんに頼んだ。

 あ、でも。ドライフルーツって、お菓子に使うときは戻さないと駄目だよね。定番はブランデーやラムだけど、今はお酒飲めないのにどうしよう。

 水で戻せたっけ。私はスマホでまたも検索をかけながら、真夜さんを待つことにした。


****


 帰ってきたとき、真夜さんは野菜の買いたし以外はドライフルーツにくるみやアーモンドと、鉄分摂るのにいいって書かれていたものはあらかた買ってきていた。


「なんだ、真夜さんも結構鉄分のこと気にしてたんだ」

「どっちかっちゅうと、買ってきたもんはいろいろ入れたほうが味が複雑になってええからなあ」

「なにつくるの?」

「まあ、定番やけど、パウンドケーキでもつくろか思てなあ」


 そっかそっか。たしかにこれだったらひと切れで結構ドライフルーツもナッツも食べられるし、おいしそう。

 そう思って冷蔵庫に入れるものを片付けていたら、オレンジジュースが出てきた。

 うちの冷蔵庫は、トマトジュース以外は意外とジュース類は見ない。


「真夜さん飲むの?」

「んー、これはドライフルーツ戻すのに使おか思てなあ」

「ジュースでも戻せたんだねえ、ドライフルーツって」

「結構乾物をジュースやヨーグルトで戻すと美味いっちゅうのは定番やけどねえ。乾物を戻すときに使ったもんを調味料としても使えるし」

「私、ドライフルーツってお酒じゃないと戻せないって思ってた」

「いや、単純にお菓子つくるときに酒の風味足すのに一番使いやすいからやろ。水で戻したら、水は捨てなあかん上にドライフルーツから匂いが流れてまうからもったいないっちゅうだけで」


 思い込みって大変だ。そう思っている間に、真夜さんはざかざかドライフルーツをボウルに入れ、そこにオレンジジュースを注いだ。


「じゃあ、ドライフルーツ戻してる間に、生地つくってまうか」

「え、なにするの? バター使う?」

「んー……オリーブオイルで大丈夫やろ。粉も上新粉使えばいいし」


 そう言って、オリーブオイルと砂糖、上新粉を計量してボウルに入れ、卵も割り入れて混ぜはじめた。上新粉だったら、漉さなくってもいい分、すぐつくれるのがすごいなあ。


「なるちゃん、オーブン予熱しといてー」

「はーい。温度は?」

「んー……じゃあ170度で」

「はあい」

「じゃあなるちゃん、戻したドライフルーツとナッツ、前につくった夏みかんのママレード入れてー」

「はあい……あ、オレンジジュースどうする?」

「これは取っといて。あとで使うし」

「はーい」


 ドライフルーツをスプーンで入れ、ナッツもそこにひょいひょいと入れてみる。冷蔵庫からママレードも取り出して入れたら、見てくれが割と豪華になってきた。

 全部が混ざったところで、真夜さんはシリコン型に生地を流し込んだ。

 そのままオーブンで生地を焼きはじめたのを見計らって、食器を洗いはじめる。だんだんと柑橘類の甘い匂いが漂ってきて、お腹がくう……となりそうになる。


「もうおいしそう……」

「まだ焼いただけじゃ完成ちゃうけど、まあひと切れくらいならえっか」

「ええ、まだだったの?」

「なんでジュース残しとんねん」


 しゃべっていたら、チンと鳴った。

 オーブンから取り出すと、見た目だけだったら小麦粉を使っていないことがわからない。黄金色のいい焼き色で、戻したドライフルーツもナッツも、ママレードもぎゅうぎゅうに詰め込まれているのが見える。


「もうちょっと冷めたら、オレンジジュース塗ってまおうか。まあ、ほんまやったら、ひと晩寝かせたほうが美味いんやけど、なるちゃん待てへんやろ」

「や……そりゃチーズケーキとかは、ひと晩置いたほうがおいしいってことは知っていますけど! でも……」


 これだけいい匂い漂わせておいて、我慢しろは殺生過ぎる。

 真夜さんは苦笑しながらも、冷めたところをシリコン型から取り出して、残していたオレンジジュースを塗りはじめた。

 余計にオレンジジュースの匂いが染み込んでいっておいしそう。

 ふた切れだけ切ってお皿に載せると、残りはラップで包んで冷蔵庫に入れた。


「はい、どうぞ」

「いっただきます!」


 フォークでひと口分切って、口にする。

 上新粉を使っているせいかもちもちしているけれど、オレンジジュースの染みたドライフルーツが甘酸っぱいし、ごろごろしているナッツも少しだけ入れたママレードの苦みもいいアクセントになっている。


「おいしい! でも気付かなかったなあ。オレンジジュースで戻したドライフルーツがこんなにおいしいなんて……」

「まあヨーグルトで戻したドライフルーツは、ポテトサラダにヨーグルトごと入れたらいい感じにアクセントなるし、戻すもんで結構味変わるしなあ」

「へえ……でももしかしたら、ドライフルーツを摂る方法って結構あるの?」

「んー……食べられんもんもいろいろあるから、その辺は考えなあかんけどなあ。でもいろいろ探してみるわ」

「うん」


 私はパウンドケーキをフォークでつつきながら微笑んだ。

 栄養ってひと言で言ってもいろいろだし、万遍なく食べろと言われても、レパートリーがないから思いつかない。

 せめてできる範囲で気を付けられたらいいなと、いつも思っている。

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