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おからのガトーショコラ


 夏みかんのママレードは、トーストに使ったり鶏や魚の照り煮に使っていたら、そこそこ消費できた。

 皮の部分が香りが強くって、鶏や魚の独特の生臭さを取ってくれるのがポイントみたいだ。

 相変わらずスーパーには小麦粉もホットケーキミックスも売ってないけれど、それでも楽しく過ごしている中。定期的な発作が起こっていた。


「……甘いものが食べたい」


 私がぐてっと座りながらつぶやくと、今日は一日オフの真夜さんが呆れた顔をした。


「いや、食べとるやろ、自分結構」

「そうなんだけど、そうなんですけど。月に一度はカフェに行っていた身分としては、生クリームが食べたい、体のこと気にせずがっつりと甘いものを食べたいという欲が、ですね……!」


 健康オタクの真夜さんが不貞腐れそうなことだけれど、言うだけ言ってみる。

 なければつくればいいじゃないという発想はあるものの、そもそも小麦粉売ってないし、ホットケーキミックス売ってないしで、ケーキの材料がないというのがある。普段あったらそこまで欲しがらないものの、なかったら何故かそれが無性に欲しくなるのも仕方がないと思う。

 真夜さんが「んー……」と声を上げる。


「うーん、さすがに上新粉でケーキっちゅうのは厳しいかなあ。蒸しケーキみたいなもんやったらいけるけど、なるちゃんが言うとるんは、ショートケーキみたいな奴やろう? んー……たしかにそれはちょっと難しいかもしれんなあ」

「別にショートケーキじゃなくってもいいんだけど。こう! アップルパイとか、ガトーショコラとか、カロリー度外視の方向で食べたいときが、たまにはあるというか!」


 バタバタさせながら訴えると、真夜さんは「ほむ……」と顎を撫ではじめる。


「んー……アップルパイやったら、冷凍パイ生地探して来たらまあ、ギリギリやけど。このあたりのスーパーやったらそもそも売ってへんしなあ……まあ、ガトーショコラやったらギリギリいけるんちゃうかなあ……」

「え、できるの? ガトーショコラも小麦粉使っていたような」

「いや、あれは小麦粉も上新粉とかの代用でいけるけど、むしろチョコレートの量やなあ。チョコレートとバターを湯煎かけてつくるから、カロリーお化けやで」

「うっ……そ、そういうこと言うと、ものすっごく怖いんですけど! でも、もうカロリーお化けでいいから、食べたいなあと……」

「んー……今、バターがそもそもそこまで売っとらんのや。それこそバター百グラムとか……」

「あーあーあーあー……聞きたくない!」

「まあ、これも代用でなんとかなるやろうけど、あんま期待せんといてや?」


 そう言って、真夜さんが買い出しに出かけていった。

 ケーキって、簡単にバターを使わなければいいとかっていうけど、バターを使わなかったらパサパサするんだよね。

 ガトーショコラの場合、チョコレートの代わりにココアを使えば、チョコレートに含まれている油脂を取らなくって済むとは思うんだけど、それだけじゃ駄目なのかなあ。


「まあ、食べられるだけマシなのかなあ……」


 少し前までの真夜さんは、カロリー度外視のお菓子に対しては目を剥いて怒っていたから、そのことを思えば大分穏やかになったような気がする。

 部屋を片付けしながら、待つことにしよう。


****


 葉物野菜の買い足しをしてきた真夜さんは、「ただいまー」と言いながら、買ってきたものを見せてくれて、私はキョトンとした。

 ココアはまあ……チョコレートの代用品だから想定内だったけれど、一緒に買ってきたのはおからだったのだ。

 おからっていうと、豆腐をつくるときに搾った大豆の残り殻だったような。うちだとあんまりおからを食べる習慣がなかったから、使い方自体がよくわからない。


「これなに?」

「んー……粉使わんときの代用品、かなあ」

「粉の代用品って……これを粉になるまで炒るの?」


 たしかにそれだったら粉の代わりになるかもしれないけど、いつになったら食べられるかわからない……。でも真夜さん、前もスノーボールつくるときにくるみを炒ってたから、そういう作業は苦じゃないのかな。

 私がげんなりしていたのが顔に出ていたのか、それを見て真夜さんは「ちゃうちゃう」と手を振った。


「これこのまんま使うねん。そのほうが早いし」

「え……!」

「まあ、ガトーショコラをつくるに当たって、あれこれ代用品使うけど、基本的にメレンゲさえつくったらなんとかなるもんやからなあ。本物には負けるかもわからんけど、なんとかなるやろ。ならつくろか」


 そう言って、冷蔵庫に野菜を片付けると、オーブンを温めはじめる。そして使うものを取り出すと、さっさと計量をはじめた。

 砂糖と油を同量用意したあと、砂糖を半分に分けた。


「なるちゃんは、この半分の砂糖と黄身、油とココアを混ぜてー」

「え? うん。おからはどうすればいいの?」

「おからはココアが上手いこと油に混ざってから入れてー」

「う、うん……」


 砂糖は思っているより量は少ないし、ココアと油と砂糖、黄身を混ぜたら、なんとなくチョコレートを湯煎にしたような匂いと見た目になってくる。

 チョコレートの湯煎に近い見た目になったところで、おからを混ぜていた中、さっきからガチャガチャと音がすると思って、真夜さんのほうを見て、ポカンとした。

 白身を勢いよく混ぜている。メレンゲをつくれたらお菓子でもつくれるバリエーションが増えるのは知っているけれど、腱鞘炎になりそうだからと、早々に諦めてしまった。でも真夜さんはそれを物ともせず混ぜている。


「すごいねえ……」

「んー……これやったらスフレオムレツとかもつくれるしなあ。じゃあ残った砂糖をメレンゲに少し入れてー」

「え、うん。でもメレンゲに砂糖って必要なの?」

「ケーキづくりにはなあ。ケーキの生地にメレンゲを混ぜるとき、折角白身に含ませた泡が潰れることがあんねん。砂糖は泡を潰さんようにする定着材みたいな役割があるんや」

「えー、重曹やベーキングパウダー使うっていうのは駄目なの?」


 膨らまし粉とも呼ばれるそれを思い出して言ってみると、真夜さんは「んー……」と声を上げる。


「ベーキングパウダーはなあ……膨らませることはできても、それだけやしなあ。卵はケーキの生地を固める役目があるけど、ベーキングパウダーはそれはできんし。おからは小麦粉と違ってグルテン入っとらんから崩れやすいんや。元々ガトーショコラの場合は、材料のほとんどがチョコレートとバターやから、繋ぎの役割の材料が入っとらんかったら成立せえへん菓子やねんなあ」

「ふうん。カロリーあるからって、なんでもかんでも省ける訳じゃないんだねえ……」

「この辺りは家庭科の授業の範囲やろ」


 暗に「ちょっとは料理の基本の本読め」とチクリと嫌味を言う真夜さんの視線を、明後日の方向を向いて逸らした私は、メレンゲが出来上がるのを待って、生地にメレンゲを入れて、潰さないようにゴムベラで混ぜた。

 見た目だけだったら完全にチョコレート生地で、これがおからとココアでできているとかはわからない。

 出来上がった生地をシリコン型に流し込むと、オーブンで焼きはじめた。

 その間に洗い物をして待っていたら、ココアの甘い匂いが漂ってきた。匂いだけだったら、バターが入ってなくってもわからないもんだなあと、鼻を動かす。

 焼き上がったとき、私がそろっと手を伸ばそうとするのに、ぺちんと真夜さんに手をはたかれた。


「焼けたばっかりは崩れやすいから、ちょっとは待ちぃや」

「えー……味見は……」

「もうちょっと待ちぃ」


 冷めろ冷めろと思ってしばらく待っていたところで、ようやくシリコン型からお皿に乗せてくれた。

 見た目だけだったら、本当にガトーショコラと遜色ないけど、味はどうなんだろう。あんまりおからって感じの味だったら悲しいなあ。

 そう思いながら、切り分けてくれたものを食べて、目をぱちくりとさせる。


「……おいしい。というか、軽い」

「まあ、面倒くさがらんと、メレンゲさえできたらなんとかなるしなあ、ケーキづくりは」

「もっとおからの味がすんのかと思ったけど、ココアで結構隠れるんだ」

「まあ、それでも気になるっちゅうんやったら酒入れれば匂いは飛ぶしなあ。別にバニラエッセンスでもええけど」

「バターなくっても、結構なんとかなるんだねえ、へーへー……」

「まあ、バター入れたほうが風味は強なるし、チョコレート溶かしたほうが味も濃くなるけど、その代わりカロリー……」

「う、うんっ、これおいしい! また食べたいなあ!」


 ケーキをパクパク食べ、真夜さんの嫌味を必死ですり抜けた。真夜さんは呆れた顔して、自分でもひと切れ食べる。


「ん、なんとかなるもんやね。またつくろか」

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