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夏みかんのママレード

「うちの庭でたくさん採れたんだけど、さすがにうちの家だけで消費しきれないから、なるもちょっともらって。宅配便で送るから」


 そう花梨ちゃんから連絡をもらい、そのあとくらいに宅配便が届いた。届いた箱を持って帰ったら、ずっしりとしていて、かなり重い。

 よろよろしながらリビングまで持って帰って開けてみたら、本当に立派な夏みかんが段ボールいっぱいに入っていた。そりゃ送るからって花梨ちゃんが言うはずだ。こんなにたくさん、花梨ちゃん家だけで消費するのは無理だろう。


「なんか宅配便来とったけど、なんか買うたん?」


 仕事部屋から顔を覗かせた真夜さんに、私は「違う違う」と軽く首を振る。


「花梨ちゃんが送ってくれたの。花梨ちゃんの旦那さん、趣味が家庭菜園らしくって、それで野菜や果物をつくっているから」

「ほうほう……えらい量やねえ……。生で食べるには量多いやろ」


 真夜さんは私の後ろから段ボールを覗き込みながら言う。うん、私もそう思う。

 皮が分厚いから、包丁で切って食べるとか、果汁を搾ってジュースやドレッシングにするにしても、夏みかんが傷んでしまう前に全部食べ終えられるかな。

 そう考えていたとき、ふと思いついた。


「あのう……真夜さんってジャムとかママレードとかってつくったことある?」

「んー? まあ、貰い物の果物消費しきれんときに、何回かつくったくらいやけど」

「あの、これでママレードつくったら、おいしいし、消費しきれるんじゃないかなあと思ったんだけど……ほら、こんなにたくさんの量、食べきれないし」

「んー……そりゃええけど。柑橘類って言うと消費方法がすぐママレードとかジャムとかって思いつくけど、これ結構難しいんやで?」

「そうなの?」


 まあ、私もひとりでだったら、つくろうとは思わなかった。瓶を煮沸するのがまず面倒臭そうだし、それ以外の手順も大変そうだなあと思って、レシピを見ただけでつくった気になって、チャレンジしたことはない。

 でも真夜さんがいるんだったら、多少は楽につくれないかなあと思ったんだけど。

 真夜さんは「んー……」と唸り声を上げる。


「保存をきっちりせえへんかったら、ジャムやママレードを駄目にするっていうのもそうなんやけど、柑橘類は皮が結構鬼門やねんなあ」


 真夜さんがそう言って夏みかんをひとつ手に取る。私も手に取ってみると、本当にずっしりと重く、かなり中身が詰まっていることが想像できた。

 真夜さんは少しだけ遠くを見たあと、「まあ、えっか」と言うと立ち上がる。


「まあ、今日のノルマは終わったことやし、夕飯までまだ時間があるからやろか」

「わあ! ありがとう!」

「まあ、皮剥くんは腱鞘炎なりそうやから俺がやるから、なるちゃんは皮剥いた実ぃ搾りぃ」

「うん、わかった」


 私たちはいそいそと台所を漁りはじめた。

 ジャムとかママレードとか、つくったことがないからなんだかワクワクする。

 そう思っていた私の気持ちが無残に打ち砕かれるのは、それから二十分後の出来事だ。


****


 瓶と蓋を煮沸してから、キッチンペーパーの上に置いて干しておく。

 分厚い夏みかんの皮を器用にくるくると包丁で剥いていく真夜さんから受け取って、薄皮を取り除いて、ボウルの中で木べらで潰していく。

 種は取ったほうがいいのかなと思っていたら、真夜さんのほうからストップが入った。


「種は取っときやあ。これがペクチンやから」

「ペクチンって聞いたことあるけど、具体的になに?」

「とりあえずジャムとかママレードとかの場合は、とろみをつくる成分やと覚えときぃ。柑橘類の場合は、そのまんま果汁とか種とかを使ってとろみをつくれるんやけど、他の果物やったらレモン汁とかペクチンとかをわざわざ入れんとただのジュースになってまうねん」


 いちごジャムのレシピを見ても、たしかにレモン汁って書いてある。なんでいちごのジャムにわざわざレモン汁を足すんだろうと思っていたけど、あれってとろみのためだったんだ。

 実際にやってみないとわからないもんだなあと思いながら、夏みかんを搾っていたら、真夜さんは隣で皮の白いワタを取り除くと、色のついている部分を細かく切り刻んで、沸騰しているところにそれを放り込んだ。


「これは?」

「んー、ママレードの場合なあ、皮を茹でこぼさんかったら、とてもじゃないけど食べられんくらい、苦いジャムになんねん。柚子とかやったら、皮も結構柔らかいし、水に何度かさらしてあく抜きすれば、そこまで苦くならんのやけど、夏みかんは結構あくが強いからなあ。これは茹でこぼさんかったらあかんと」

「ママレードづくりって、そこまで大変だったんだ……」


 砂糖は夏みかんと半分の重さで計量を済ませると、ホウロウの鍋に搾った果汁と少し残った果肉、お茶パックの中に種を入れてそれを加えて、計った砂糖と一緒にしばらく置いておく。

 そうこうしている間に、皮を茹でていた鍋から結構なあくが出て、それを網で取り除いてから、更に皮を茹でてから、皮をひとつだけ取って、真夜さんは食べた。


「……うん、多分こんなもんやろ。それじゃなるちゃん。そっちの鍋に皮入れるでぇ」

「あ、はい。どうぞ。火加減はどれくらい?」

「最初は強めにして、沸騰する直前で弱火にすんねん。砂糖多いから、焦げんようにな」

「はあい」


 皮の匂いはよくわからなかったけれど、果汁は火が通ってきたところで、ものすごく甘酸っぱいいい匂いを漂わせてきた。

 うん、これは結構もったいないよね。ちゃんとおいしくしないと。

 三十分近く弱火に煮詰めたあと、色はすっかりと夏みかん色に染まり、トロンとした感触になってきた。

 その熱々なママレードを、煮沸した瓶に詰めていく。


「これって、一部は保存用だよね? どれだけ入れればいいの?」

「ほんまは七割くらい入れたあと、さらに鍋ごと湯に浸けて空気抜きするんやけど」

「ほんっとうにママレードづくりって面倒臭いですね!?」

「楽につくるんやったら、九割くらい入れてすぐ蓋して逆さに置いて空気抜きすりゃいけるで。まあ、はよ食べたらそこまで気ぃ使わんでもええけど。なんだったら袋に入れて冷凍保存してもええんやし」

「今度はアバウト!」

「元々保存のこと考えてつくるんがママレードやし、砂糖も結構使てるから、そこまで気難しく考えんでもええやろ。ほらジャムをどんどん瓶に詰める詰める」


 瓶にどんどん収まっていくママレードを見たら、たしかにこれはすぐに食べてしまうから、あんまり長く保存のことを考える必要ないかもしれないなあと思いなおす。

 持っていた瓶は全て使ってしまったけれど、それでもやっぱり少し残ってしまった。

 鍋の中身を見て、私は「どうしよう?」と見たら、真夜さんは「んー……」と唸り声を上げる。


「鶏炊こか。ここに醤油と酒足して炊いたら、ええ具合になるやろ」

「え、やった。おいしそう」

「まあ、先に少しは食べぇ。くれた友達に悪いやろ」


 そう言って小皿に出来立てのママレードをすくって、私の前に差し出した。

 私はそれを恐る恐る口にする。


「……おいしい! でも、やっぱり市販のものよりも苦い?」

「うん、あんまり皮のあくを取り過ぎても味気がなくなるし、でも全くあくを取らんかったら食べられへんし。苦さの調整はほんま難しいねん」

「いや、でもこれくらいの苦みだったらむしろおいしい。これは花梨ちゃんにもちゃんとお礼を言っておくから!」


 ママレードの瓶は、冷めたら冷蔵庫に入れておこう。今晩は早速鶏のママレード煮になるし、しばらくは夏みかんのおいしさを楽しめそうだ。

 花梨ちゃんには、ちゃんとお礼のメッセージを送っておかないと。

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