ニョッキと春キャベツのミルクスープ
「そろそろじゃがいもも食べてまわな芽ぇ出てくるし、使おか思ってるんやけど、他なにか食べたいもんある?」
今日の買い物と食事当番の真夜さんが、買い出しメモを書きながらそう聞くので、私は「うーん……」と考え込む。
最近食べてないのは、パスタかなあ……。
「パスタ食べたいー。でも最近売ってないよね」
「うーん、売ってないもんはしゃあないなあ。多分マカロニとかやったら売ってるとは思うけど」
このところ、スーパーはどこを回ってもパスタが売ってない。皆、楽だからとかパスタソースを差し置いてパスタを持って行ってしまうものだから、食べたくっても食べられない。
でもないと言われると余計に食べたくなるのが人情だ。
「なんとかならないのかなあ……でもうちにはパスタマシンとかないから、粉からつくるってのは……」
そもそもパスタつくるのに使う粉って、近所のスーパーでは売ってなかったような。
私がうんうん唸っていたら、真夜さんは「うーん……」とメモを眺めながら言う。
「ちなみになるちゃんは、ショートパスタでもよさげ? それこそマカロニとか」
「うーん……本当だったら麺食べたいですよ。麺。でもないんだったら仕方ないかなあと……」
「ほうほう。ならちょうどじゃがいもも食べてまわなあかんし、ちょうどええかなあ。それじゃ、買い物行ってくるから。待っててぇ」
「あ、行ってらっしゃい」
玄関で手をひらひらさせながら買い物に出かける真夜さんを眺めながら、ショートパスタとじゃがいもってなんだろう。ビシソワーズにショートパスタ浮かべるのかなと、とんちんかんなことを考えていた。
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掃除して、アイロンがけしていたところで、買い物から真夜さんが帰ってきた。
「お帰りなさい。結局なに買ってきたの?」
「ただいまー。うん、やっぱりまだ売っとったわ」
そう言って見せてくれたのは、上新粉だった。この間スノーボールで古い米粉はなくなったけど。
買い物袋を検めたけれど、牛乳に春キャベツ、ベーコンと、おいしそうではあるけれど、やっぱりパスタはなかった。
「ショートパスタも売ってなかったの?」
「ちゃうちゃう。上新粉とじゃがいもでつくろかなあと思て」
「え、いちからパスタを打つの?」
いや、パスタって打つで合ってるのかな。私がむむむ……としてたら、のんびりと真夜さんが台所に食材を片付ける。
「小麦粉も相変わらず売っとらんかったけど、上新粉があるんやったら、なんとかなるやろ。これからニョッキつくろかと思うんやけど」
「ニョッキ……!」
じゃがいもを混ぜたもちもちのパスタだ。最初は小麦粉だけでつくられていたけれど、気付いたらじゃがいもを材料に加えてたとか、イタリア料理屋さんで教えてもらったような気がする。
私がうきうきしていたら、真夜さんが苦笑して「座っとりぃ」と言った。
先にじゃがいもをレンジでチンして蒸すと、熱いうちにさっさと皮を剥いて、木べらで潰しはじめる。うちにはマッシャーはないから、木べらでえいえいとやらないと潰せない。
そこにさっさと買ってきたばかりの上新粉を加えて、捏ねはじめた。
「思ってるより……簡単にできる……?」
「でもなるちゃん、自分ポテトサラダつくるのすら面倒臭がって、サイコロサラダしかつくらんやろ?」
う……。だって熱々のじゃがいも潰してたら熱いし、湯気が痛いし、サイコロサラダだったら角の目切りしたじゃがいもやにんじんをレンジでチンしたら、あとはマヨネーズで和えればすぐつくれるから、楽だし……。
「だ、だって……いちいち潰すのが面倒で……」
「熱いうちにやれば、すぐ終わるやろ」
「それが熱いんだってば!」
「まあ、これでできるやろ」
そう言いながら、捏ねあがった生地を団子状に丸めると、それを軽く潰してから、フォークで模様を入れた。
鍋にお湯を入れると、そこに火を付けて沸騰し、塩を加えてからニョッキの生地を入れた。沈んだ生地が、ぷくんと浮き上がったところを網ですくい、ザルに乗せて水を切った。
思っている以上にぷっくりとしていておいしそう。私がひとつを何気なく手に取ったら、真夜さんは苦い笑みのままこちらを見てきた。
「まだ味付けしてへんでぇ?」
「いや、おいしそうだなと……ほら、茹でただけのマカロニもなんとなく食べてみたいじゃない?」
「いや、味付いてへんやろ」
私は無視して、ひとつ口に放り込んだ。たしかに味は付いてないけれど、もちもちとした食感と、わずかばかりのじゃがいもの匂いが、食欲を運んでくる。
「もちもちー」
「そりゃ、上新粉使てるし。三色団子の材料は上新粉やろ」
「あれ、そうだったっけ。てっきり白玉粉だと思ってた」
「和菓子は白玉粉と上新粉と使てるけど、白玉粉の元はもち米で、上新粉の元はうるち米……まあ俺らが普段食べとる米やね。冷やしたときに固くしたない場合は白玉粉を使えばええし、常温で食べる場合は上新粉使えばええって覚えときぃ。米の粉末やから、上新粉のほうが扱いやすいってだけや」
「へえ……」
どっちも和菓子の材料ってことくらいしか考えたことなかったから、使っている米がそもそも違うところまでは考えもしなかったや。
私が変に感心している中、真夜さんはニョッキの水切りをそのままに、ニョッキに絡めるソースをつくりはじめる。
ベーコンを賽の目切りにし、春キャベツをひと口大に切る。ベーコンに上新粉を振るうと、フライパンでガーリックパウダーと一緒に炒めはじめた。ベーコンの油が出て、ガーリックパウダーの香りが立ってきたところで、春キャベツを加えるとさっと火を通してから塩コショウし、そこに牛乳をひたひたになるまで加える。
スープが温まってきたところで、ニョッキを加えてひと煮たちしたところで、出来上がった。
ニョッキと春キャベツのミルクスープは、見た目も綺麗だしおいしそう。
残った春キャベツはレンジで少しだけ火を通してからツナとお酢、マヨネーズで調味してサラダにし、炊飯器のご飯を入れてご飯が出来上がった。
ニョッキをフォークで食べる。ミルクスープの優しい味と、ニョッキのもっちり具合は癖になる。ツナとマヨネーズの塩気で春キャベツの甘さも際立つし、本当においしい。
「おいしい」
「うん、よかったよかった。じゃがいもも上手い具合に片付いたし」
「うん。なによりも真夜さんが料理に詳しくって本当によかったぁ……」
ないとなったら焦るけれど、あるものでつくれるんだったらそれに越したことはないし。私がまたパクリとニョッキを食べていたら、隣で食事しつつ「せやねえ」と真夜さんが相槌を打つ。
「あんま悩まんときぃ。ストレスは血ぃ濁らせるし」
「わかってますってば。でも、本当にありがとう」
そろそろスーパーの野菜も入れ替わる頃だけれど、今はこの季節をもう少しだけ楽しみたいし、楽しめる余裕が欲しい。
私はそう思いながら、ミルクスープの優しい味わいにしみじみとした。