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休日にフレンチトースト

 朝から近所のスーパーで一週間分の食材を買い込んで、それぞれを冷蔵庫に入れているとき、そろそろ冷凍庫の中のものを整理しないと、他のものが入れられないことに気付く。

 前においしいと聞いて買っておいたトーストも、ふたりだとすぐに食べきるのが難しくって、半分は冷凍させていたけれど、そろそろ食べてしまったほうがよさそうだ。

 もっとも、トーストは焼いて食べるくらいしか思いつかないし、真夜さんみたいになにか料理に使うという発想が出てこない。


「うーん……」


 私は冷凍トーストでできるものをスマホで検索かけていたら、「終わったぁ……」と仕事部屋からぐったりとした顔をして真夜さんが出てきた。

 相変わらずライター業は世間一般の休日とは関係ないらしく、忙しい月もあれば、暇な月もある。今月は忙しい月らしい。早朝から起きて仕事部屋に籠りっきりで、今月の食事当番はほとんど私だ。その仕事の波も、ようやく引いてくれたみたい。

 私はスマホから顔を上げて「お疲れ様」と言うと、真夜さんは丹精な顔をぐったりとさせながら、冷蔵庫の中の牛乳を取って飲みはじめた。

 牛乳を飲みながら、私がスマホで真剣に検索をかけているのをちらりと見てくる。


「んー……どないしたん? さっきから眉間に皺寄せて」

「わっ、別にそんなつもりはないんだけど。そろそろ冷凍させてたトースト食べちゃったほうがいいかなと思って、どうしたらいいか検索してて」

「えー、別に好きに食べたらええやろ。焼いたら普通のトーストも冷凍もおんなじやん」

「そうかもしれないけど! ただどうせだったらおいしく食べたいなあと思ってですね……」

「そりゃまあ。これやったらフレンチトーストにでもすればええんちゃうのん?」

「えー……」

「えーってなんや。なるちゃんそういうん好きやろ?」


 私が甘いものばかり食べていると小言を言うけれど、自分でつくったものだったら案外なにも言わない。真夜さんの健康オタクのルールは未だによくわからない。

 私はそれに「そうですけどお」と訴える。


「だってフレンチトーストって、浸している時間かかるじゃない。ひと晩くらい浸してなかったら、ちゃんと卵液が染みないし。でも冷凍パンって自然解凍させなかったら水分抜け過ぎてぐちゅぐちゅになっちゃうから、どうしようと……」

「えー、別にひと晩も漬け込む必要ないやろう?」

「……私、浸ける時間短過ぎて、表面湿っただけのパンとかつくっちゃったことあるんですけど」

「いや、それはいくらズボラ言うても、ズボラが過ぎるやろ。浸け時間くらい省かんと」


 私が明後日の方向を見て、情けない告白をすると、真夜さんは心底呆れた顔をする。


「浸けるのめんどいときは、短縮させりゃええやろ。文明の機器があるんに」

「えー……できるんですか?」

「そりゃまあ」


 さっきまで疲れていたのがどこへやら。真夜さんの寝ぼけていた目はすっきりとしてきて、いつもの飄々とした雰囲気に戻ってきた。


「頭使い過ぎて痛いし、俺も糖分欲しいしなあ」


 そう言って、冷蔵庫の中身を確認しはじめた。


****


 一週間分の食材は買い込んであるから、当然ながら卵も牛乳もうちにはある。

 ボウルに卵を割り入れ、白身と黄身をよく混ぜ、牛乳と砂糖を加えてさらに混ぜる。私が買っていたバニラエッセンスもそこに加えて、卵液をつくる。

 ここまでは普通のフレンチトーストのつくり方だ。


「でもここから最低でも三十分は浸けてないと、焼けないですよねえ。私、そこで待ちきれなくって中途半端にしか浸け込めなくって失敗するんですよねえ」

「んー、ひと晩浸け込んだらふわふわなるっちゅうけどなあ。夏になったら食中毒が怖いから、あんまりおすすめせえへんなあ。卵も一度割ったら早めに火ぃ通さんと怖いし。だから、バットに流し込んだら」


 そのままホウロウのバットに卵液を流し込み、冷凍トーストのラップを剥ぐと、そのまんまバットに浸す。そしてそれをそのまんま電子レンジに入れてしまった。

 って、えー。


「これで火を通すの?」

「うん、これで冷凍トーストの解凍もできるし、卵液が染み込むのも短縮できんねんな。電子レンジは物を中心から加熱するから、その分だけ染み込みやすなんねん。浅漬けやマリネつくるときも電子レンジ使って時間短縮するやろ? あれとおんなじ」

「そういえば、真夜さんマリネつくってるとき、よく電子レンジ使ってたけど……てっきりマリネ液を温めたほうが浸かりやすいのかと思ってた」


 一応この人もいろいろ考えてたんだなあと、勝手に感心していたところで、真夜さんは電子レンジで温めはじめた。

 一分ほど温めてからバットを取り出し、中のトーストをひっくり返してもう一度レンジでチンする。

 半信半疑だったけれど、中のトーストは卵液が染み込んで、トングで掴んでみるとずっしりと重くなっていた。


「文明の機器、すごい……」

「感心せんと。ほら浸け終わったんやから焼くで。フライパンとバター用意しぃ」

「あ、はーい」


 私はいそいそと大き目のフライパンを用意すると、真夜さんはそれに火を付けて、バターを転がしはじめた。

 小さめに火を付けて表面を焼き、ひっくり返したところで聞いてきた。


「ところでなるちゃん。フレンチトーストは表面はどうする? ジャムかなんかかけるんやったらそのまま取り出すけど、表面カリカリにしてもええかなあと思ってるんやけど。糖分欲しいし」


 普段は基本的に和食党で、あまり自ら甘いものは食べないけど。納期明けになったら途端に真夜さんはびっくりするほど糖分を欲する。今も糖分欲しいターンなんだなあと思って、ご相伴に預かることにした……単純に、私が甘いもの好きなだけだけど。


「うん。お願いします。甘いのが好きです」

「なるちゃんはしょっちゅうやろ。まあ、ええわ」


 そう言って表面に砂糖をふりかけ、カラメルに焼き付けはじめた。

 バターとバニラの幸せな匂いがプンと漂い、カラメルの匂いがそれの後を追う。

 お皿にひょいと載せてくれたフレンチトーストは、表面がカリカリとカラメルが絡まり、幸せ色をして載っていた。


「ふ、わあ……! ありがと! おいしそう!」

「まあ、食べよか」


 ナイフとフォークで切り分けると、パリパリと音がして、中はしっとりとしている。ひと口食べると、ぱりぱりとしっとりが同時に伝わって、噛めば噛むほど満ち足りた気分になってくる。


「おいしい~! 幸せ~!」

「大袈裟やなあ。フレンチトースト焼いただけやろ」

「自分でつくるとこう上手くいかないんですもん!」

「まあ、今日は焼いただけやしなあ。蓋して蒸し焼きにしたらパンプディングみたいな触感になるし、いろいろ試してみぃ」

「はあい」

「でもなるちゃん、毎日もやったらあかんよ。普段から運動不足やのに」


 食べているときに、運動不足の話をしなくってもいいんじゃないかな。ナイフで切り損ねて、ざくって音を立ててずっこける。


「せっかくおいしいのに、そこで言いますかぁ……!」

「まあ、えっか。もうちょっとしたら、散歩に行こか。そこでカロリー消費しょう」

「ん、はあい」


 このところは一緒に住んでいるのに、生活時間がずれ込んでいたから、久しぶりのデートだ。カロリー消費のための散歩とはいえど。

 それで自然と気持ちが浮き立った。

 昼間は甘い甘いフレンチトーストだったし。今日の晩ご飯はもうちょっと軽いものにしたほうがいいかもしれない。

 そんなことを思いながら、またフレンチトーストをひと口頬張った。

 鳥のさえずりを耳にしながら、ちょっとした贅沢な時間だった。

5月25日に新紀元社ポルタ文庫さんより『吸血鬼さんの献血バッグ』のタイトルで書籍化します。

発売日まで番外編を公開しますので、しばしの間お付き合いくださいますようお願いします。

電子書籍は既に先行発売しておりますので、電書派の方はそちらをどうぞ。

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