思わせぶり
振ることにこんなに勇気がいるなんて私には分からなかった。
分かるわけがない。
振ったことなんてないし、そりゃさ、別れる時には言うけどその時には相手にもそういう雰囲気出してその言葉言うだけって感じだから、自分で言うのもなんだけど、期待させといて落とす、みたいな行為やったことない。
悪魔になれ、小春。
私だって人間だもの、ケジメくらいつけないと。
よし、今日の帰りに伝える。
宇佐美と二人で帰ってその時に。
チャンスは週に一回しかいないんだ。
そうしていつもの教室に入ろうとした。
「まじうけるよね。ほんとにさ。宇佐美もうちょっとじゃん。」
あ、優子の声がする。
さりげなく頼もうかな。
「だから、言ったでしょ。小春は絶対男の子こと振ったりしないから、もう一押しすれば絶対にいけるって。」
さっさと振れって言ったの、優子じゃん。
思わず隠れて盗み聞きを続けてしまった。
「そうかな。でも、最近あの知らない男が出てきて邪魔してくるんだよね。」
「あぁ。それは私のお兄ちゃん。」
衝撃のその声は璃子だった。
璃子のお兄ちゃんは香川だったって言うわけ?ありえないんだけど。
「私のお兄ちゃんに全部小春の情報流して、お兄ちゃんに小春のこと食べてもらおうと思ってさ。それで宇佐美とくっつけて、浮気してるってことで宇佐美が振るの。最高の結末でしょ?」
「え、そんなの聞いてないよ、俺」
「璃子、すごい最高なんだけど。きゃははははは。宇佐美には後で伝えるつもりだったんだよ。」
「まぁそれで小春をぎゃふんと言わせるわけか。俺も楽しみになってきたな。」
何それ、随分と楽しそうに話すじゃない。
璃子って優しそうな雰囲気醸し出しといて、こんな腹黒だったんだ。
後、香川はそんなつもりで私に近付いたんだ。知らなかった。
教室に入れるわけもなく、一人で歩いて帰った。
どのくらいの距離だろ。結構足も痛いし、疲れたけど普通通りに電車に乗って帰れるような気分にはならなかった。
今日、スニーカーで来て良かった。
香川に言いつけてやろ。
そう思って電話をかけてやった。
「なんだ。」
「なんだじゃないわよ。最低ね。もう二度と関わらないで。」
あぁなんであいつの声がこんなに耳元で聞こえるんだろ。
あ、電話してるからか。
でも、温かいな。何なのよ、この背中の温かさは。なんでここにいるのよ。泣くときくらい一人にさせてよ。
人の気も知らないで。
ノコノコと来て、抱きしめて、私の気持ちの責任なんて取れないくせに
「何なのよ、ストーカーなの?」
「うるさい。」
香川は強引に私を振り向かせて、手を私の目に当てて、流れる涙を抑えるように口付けをした。
この時私は確信したのだった。
辛かったのは、
裏で笑われて、悪口言われたことでもなく、応援されてなかったことでもなく、
あいつの言動は計画によるものだったということ。
つまり、私のことを好きなんかじゃなかったということだった。
そして、そのことに涙を流す私は本気で香川を好きになっていたということ。
そんでもって今知ったのは、
思わせぶりの残酷さ。