モブドラゴンだけど群れの仲間が勇者と契約したり神殿に祀られてくの横目で見ながらイノシシ獲ってる
どうも、ドラゴンです。
ところで皆さんは、ドラゴンというと何を思い浮かべるでしょうか。
沢山の財宝を守っているですとか、神として崇められていたりですとか、あるいは勇者のパートナーになって大冒険をしたりですとか。
ええ、まさにそのドラゴンです。
強さと賢さと恐ろしさと輝かしさを併せ持つ、まさにモンスターの中のモンスターといったイメージが皆さんの間では強いようですね。
はい、まさにそのドラゴンです。
といっても、そうかしこまる必要はありません。
財宝守ってるようなのは本当にごく一部の選ばれたドラゴンで、大多数は山でイノシシとか獲ってるんです。私みたいに。
どうもドラゴンなら一律ですごいと思っている人間も多いみたいですが、人間と同じくドラゴンにだって優劣はあります。
ああいう華々しい表舞台に出るのはドラゴンでもエリート中のエリート。皆さん風に言うなら主人公ってやつでしょうか。
その例えでいくなら私はモブですね、モブ。華やかな活躍や見せ場とは無縁な、特に優れた点もない平凡かそれ以下のドラゴン。
どこそこの群れの誰々ドラゴンが神殿に祀られただの、国家を脅かす脅威として騎士団との壮絶な戦いの果てに散っただの聞くたびに、すごいなあとは思いますが、所詮自分とは無関係な世界の話なのでさして関心も湧きませんでした。
まあイノシシが獲れたの鹿が獲れなかっただので日々を過ごしているモブドラゴンに、非日常的なイベントなんて巡ってきませんしね。
の、はずだったんですが。
「お願いっ! 村を助けてほしいの、ドラゴンさん!」
なんでこうなってるんですかね……。
かくして私、縄張りでいきなり遭遇した人間の女の子に、さっきからずっと拝み倒されている最中。
だいぶ困っているらしいのは分かりましたが、いかんせんどう答えたらいいのかが分かりません。
そう、喋れないんですよ私、人の話す言語なんて。この状況で口を開いてもガウガウゴウゴウと唸り声が出てくるだけです。
というよりですね、ドラゴンに本来人間の言葉を話す機能なんてありません。
私みたいなモブじゃない選ばれたドラゴンは、発声を他の手段で代替しているんです。メジャーなのは魔法ですね。
え、その魔法は使えないのかって? モブに無茶な要求をしないでください。
といっても女の子が一向に諦めようとしないので、私もしょうがなく地面を爪で引っ掻いて文字を書いてみる事にしました。
いわゆる筆談です。
え、会話はできないんじゃないのかって? いえ、発声ができないだけで何を言っているのかの理解はできますよ。
文字だって知っています。モブにだってモブなりの意地はあるんです。
ですからつまり地面に書かれているのが文字だと気付けるだけの余裕と、文字を書き始めるまで待ち続ける忍耐力があれば、喋れないモブドラゴンとも意思疎通は一応可能という事になりますね。
これが判明する段階まで留まるとは、なかなか粘りますねこの女の子。
怖くないんでしょうか。私から見たらサイズ的にもヒヨコみたいな印象なのですけれども。
『残念ながら、私では人間の願いを叶えるような大仕事はできませんよ。毎日縄張りをあくせく歩き回って、食料の獣を獲るくらいで精一杯です』
「それよ! それなの!」
正直に実力不足を伝えたのに、てっきり落胆すると思っていた女の子に大喜びされて私は戸惑いました。
村を助けろと言うからには、他国に侵略されているですとか、封印されていた何かが目覚めたですとか、そういったヒロイックでドラマティックな、ドラゴンに相応しい舞台へ引っ張り上げようとしているのかと思ったのですが。
「近くの山に、もうずっと村の畑を荒らしてる大きな獣の一家が住み着いてて困ってるのよ。罠も駄目だし、運悪く遭遇した人は大怪我させられたし、こっちから探そうと山に入ると絶対に出てこないの。助けてほしいって文も町へ何度か送ったけど返事さえくれなくて、このままじゃ収穫が減る一方で村が干上がっちゃうわ。もう、強くて賢いドラゴンさんにお願いするしかないのよ。お願い、村を助けて!」
なんという事でしょう、まさに獣狩りくらいしか出来ませんよの、その獣狩りだったという訳です。
しかし強くて賢いって……そりゃ山の獣よりは強くて賢いかもしれませんけど、ドラゴン基準だと雑魚もいいところなんですが私。
もしかして害獣の群れを吐き出した火炎で一掃する光景なんて期待してないでしょうね。言っておくけどブレス吐けませんよ、私。
というような経緯がありまして、私はリーナさんと名乗った女の子の案内で彼女の村を訪れた訳です。
当然ながら大騒ぎになりましたが、リーナさんが必死になって説明し、実際に私が地面に簡単な文字を幾つか描いてみせると、ちょっとずつですがパニックは静まっていきました。さすがに近寄ってくる人はなかなかいませんでしたけど。
まあ、それが普通だと思います。リーナさんの思い切りが良すぎるのです。
「あの山から降りてくるの」
リーナさんが、村に隣接する山を指差しました。
山は早々に深い林に覆われていて、遠くの様子なんてまったく分かりません。
体の大きな獣が身を隠すには、絶好の地形でしょう。
私はリーナさんにお願いしました。
『村と、村の周りの地形を見せてください』
何はともあれ、環境を把握しておかない事には話が始まりません。
遠巻きに見てくる視線を感じながら、リーナさんの後について私は村をぐるりと一周しました。
まずは問題の山。
私たちの通ってきた、山と向かい合うように村を挟み込んでいる丘陵地帯。
いくらか離れた位置を流れている小川。
どうやら村は窪地に近い場所に作られていて、周りにあるのは山か林ばかりと、交通の便はかなり悪そうです。
村から街道に続きそうな道さえありませんし、これでは獣が好き放題しているのも、助けを出すのを渋られるのも納得できます。
『物が足りなくなったらどうしているのですか? これでは買い物するにも一苦労でしょう』
「たまに行商の人が来るのよ。こんな場所だからかなり不定期だけど」
なるほど、どんな場所にも商魂逞しい人間は目をつけるものですね。
そうやって一通り村を見て回った後、リーナさんが聞いてきました。
「どう?」
『これなら、うまくいきそうですよ』
「ほんと!?」
私は念の為にもう一度、村周囲の地形を頭の中で振り返ってみます。
たぶん、いけるでしょう。
『この村に、見通しが良くて、周りに家が少なくて、人が大勢集まっても平気な場所はありますか』
私が地面に描いた文字を見て、リーナさんは少し考えてから言いました。
「それなら、オットーおじさんの畑かな」
『畑に人がたくさん入るのはよろしくないのでは? それこそ畑を荒らす事になってしまいますよ』
「あそこはほとんど収穫が終わってるから大丈夫。荒らされて駄目になったから片付けたってのが正確だけどね。獣に困ってるのはみんな同じだから、事情を話せば喜んで使わせてくれると思う」
『なるほど、それなら問題はなさそうですか。それと獣が現れるのは数日に一度、それも必ず雲の多い夜にでしたね』
「うん……そう。この感じだと今夜あたり出るんじゃないかな」
空を見上げて、憂鬱そうにリーナさんが呟きました。
『なら今夜にしましょうか』
「えっ、も、もう!?」
『ええ。日が暮れ始めたら、村の皆さんをその畑に集めてください』
「集まる……集まれ……ばいいのね? 他には?」
『集まって頂ければ結構です。持ち物も必要ありません。なるべく数が多くなるようにお願いします』
「……あのぉ、もしかして囮に使おうなんて考えてないよね?」
『人目を避けて作物を荒らしにくる獣相手に囮を使ってもしょうがないでしょう。たくさん人が集まってたら逆に警戒して逃げていきますよ』
「だよねー……じゃあ、本当に集まって立ってるだけでいいのね?」
『ええ、座っていてもいいですよ。お喋りも制限なしです』
「わかった、声かけて回ってくるね。ドラゴンさんはどうするの?」
『最終チェックをしてきます。声をかけて回るついでに、私を見ても驚かないように伝えておいてくださると助かります』
大きく頷いて駆けていくリーナさんを見送ってから、私は山の方へ目を向けます。
村を悩ませている獣の唸り声が、傾きつつある陽に染まった森の向こうから聞こえてくる気がしました。
ええ、そういった事がありました。
なかなか旨味のある出来事でしたよ。
なにせ村ひとつです、小さいとはいえ狩りでがありました。
主要な街道に通じておらず。
定期的な交通手段も流通経路もなく。
たかが野生の獣の数匹にさえまともな対処手段を持たない。
これなら外部からすぐに討伐隊が来たりもしませんからね。
いずれ発覚した時には、もうおさらばという訳です。
おかげで久々に満腹になれましたし、いざという時の蓄えもできました。
建物も壊していませんし、畑の土もきれいにならしてきましたから、ドラゴンの仕業だとばれる事もないでしょう。
別に、ばれたらばれたで逃げればいいだけの話ですけど。
ああ、そういえば問題の獣は結局狩ってないままですね。
全然山から出てきませんでしたし、私としても逃げ回る獣より一箇所に固まってる人間獲る方がずっと楽ですしね。
それに村人が消えたのもその獣がやったと勘違いしてもらえる可能性もありますから、わざわざ探すなんてとてもとても。
狩るメリットより狩らないメリットの方が大きいなら、当然そっちを選びますよ。
極力リスクを避けるのが野生動物というものです。
私を怖がって隠れていた、正しい判断のできる獣たちみたいに。
まあそんな訳ですから、何がしかの交渉を持ちかけるなら、見付けるのは大変でもやっぱりエリートの方がいいんじゃないですかね。
私みたいなその他大勢のモブドラゴンじゃなくて。
少なくともそういうドラゴンは、人間をただの食料だとは思っていないでしょうし。