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制圧

「馬鹿な……何という力だ」


 甲板に出た後、アリアから何が起きたか説明を受けた後、遠目で分かるほどのコロンの圧倒的な力にエンリケは驚いていた。

 当然ながらマストとは船の支柱だ。故に強度も並大抵なものではない。それを軽々と折るコロンの膂力(りょりょく)たるやどれほどのものがエンリケには想像もつかなかった。


「ーーって理由で船長は今向こうの船にカチコミ中さ。この船ももうじきあっちの船に突っ込むよ。それにしても船長、相変わらず豪快な戦い方だよ。あれじゃ物語に出てくる戦いの殆どが霞んで見えてしまうね」

「まぁまぁ、そうなんですかぁ。私に怒られるのも承知の上で向こうに乗り込んでいったと。うふふ、怪我したらどんな風にしてお薬塗ってあげようかしらぁ〜?」

「お手柔らかにしてやれ、まだトラウマを植え付ける気か? それでフィールド。お前はどうするんだ?」

 不満げな顔をするオリビアを横目にエンリケはアリアに尋ねる。彼女は他の猿達が武器を持つにも関わらず、手に持つイリアン・パイプス以外に武器を持っていない。

「ボク? ボクは戦闘員じゃないからね。戦うのは船長と白翼と大将に任せるよ。物事には適材適所があるのさ。それじゃ、巻き込まれない内に船内に行っておこうかな。子猫ちゃん、一緒に下がっておこうか」

「うん……」


 案の定戦う気はないらしい。パプーとイリアンパイプスから気の抜けた音を発しながらアリアはティノと共に船の後方に歩いていった。

 こいつはいつ働くんだと思いながらその背を見送る。


「私もぉ、一度薬を用意する為に医務室に戻りますねぇ」

「そうか。俺も手伝おう」

「エンリケさんはぁ、ここで待っていてください。軽くとはいえ火傷した手を使わせる訳にはいきませんのでぇ」

「……そうか」


 医師だからこそ、オリビアの言葉は正論だった為素直に引き下がる。そのままオリビアは「急いで用意しないと」と意気込みながら階段を降りていった。


 さてこうなるとエンリケはどうすれば良いのか考える。当然ながらエンリケの仕事は船医だ。戦闘員ではない。戦えないことはないが、無理に前線に出る必要も、戦闘に対する欲もない。やはり無難(ぶなん)に戦闘が終わるまで避難していようとアリアとティノのいる船後方に向かおうとした時


「ふふん、驚いたあれが私達の船長の、コローネの力よ」


 リリアンは得意げにこちらに寄って来た。めんどくさげに振り返るとやはりリリアンはこれ以上ないドヤ顔だった。


「……あれほどの質量の錨を持つだけでなく、縦横無尽(じゅうおうむじん)に振るうなど到底信じがたい。だが、医師として目の前の現実を受け入れぬ訳にはいかん。C(キャプテン)・コロンは桁外れな力を持つようだ。錨を振るい、直径2mはあるメインマストをへし折るなど巨人族でもないのに可能とは。どのような人体の構造をしているのか非常に興味深い。筋肉か、血液か、骨密度か、魔力の質か、それとも()()()()か……。興味は尽きない。お前のその得体の知れない飛び道具にも興味があるがな」

「ふーんだ、あんたに教える義理はないわ……っと、どうしたのリコ?」

「せんちょー、ちょっと張り切り過ぎであります! このままでは我々の出番がないでありますー!」

≪うっき、うっきーー!!≫

「あ〜、よっぽどさっきの言葉が腹に据えていたのね」

 見れば既に三分の一くらいの海賊がコロンに倒されていた。それを武器を用意していたリコや猿達が不満そうに見つめている。

 向こうは何とか立て直し、逃げようと必死だが、迫る此方に対し向こうはメインマストを折られたのだ。逃げることも出来ない。それでも今のままでは船の速度では着く頃には戦いが終わってしまう。

「ふむ、確かにそうだな。多少コロンの気が晴れるまで待とうと思ったが全て倒されてはつまらん。自分も行くとするか」

「あー! ずるいずるいであります! ビアンカ殿、飛んでいくつもりでありますな! リコも連れていくであります!」

「断る。そうすれば獲物の数が更に少なくなる。ライバルは少ない方が良い」


 バサリと腕に生えた羽根を広げるビアンカ。胸部の鎧以外ビアンカは鎧を着ていない。皮鎧すらしておらず、唯一の胸鎧も軽量を削るため腋下から背中にかけて一切防御していない。武器も両腰にある白と黒の曲刀(ショーテル)のみだ。

 だがそれはビアンカにとって自信の表れ。全ては自らの飛行に絶対的な信頼を持っているからこそ最低限の防具しかしていないのだ。


 ビアンカが飛ぶ為に手摺に向かう。

 逃すものかとリコが飛びかかるがそれより早く、ビアンカは飛んだ。リコは顔面を手摺にぶつける。

 鳥種が鳥種たる所以(ゆえん)の翼を広げ、悠々とビアンカは遥かなる大空へ飛び立っていた。


「うーうー……、置いていかれたでありますぅ」

「仕方あるまい。今は少しでも速く向こうにつくことを祈れ」

「ししょー……」


 鼻を赤らめたリコを慰めながらあっという間に向こうの船までビアンカを見つめる。


 青い空を白い翼が飛ぶ様はまるで絵画のようだった。


 彼女は風を諸共せず飛んで行く。

 それが鳥種の力。風を使い、自由に空を飛行できる種族。空の支配者達。




()?」




 とある事に気付きエンリケは戦慄(せんりつ)する。メインマストの横帆を見て、バッと手摺から顔を出し確認する。微かに抱いていた違和感に気付いたのだ。それは最初から抱いていた。だが余りにも漠然(ばくぜん)としていたので気付けなかったが今なら分かる。


「……風もないのにどうやってこの船は向こうに進んでいる?」


 風が吹いておらず、操舵手(そうだしゅ)もいないのに《いるかさん号》は向こうの船へと一人でに向かっていた。


 ()()()()()()()()()()()()()





「どうしたどうしたその程度かー!?」

「ひぃぃぃー!!」

「ぎゃあぁぁあぁっ!!」

「た、助けてくれー!」

「ぬぁーはっハッー! まだまだ行くぞー!」


「船長、やべぇよ。あいつ化け物だ!」

「うるせぇ! そんなことァッ、分かってるんだ!!」


 《悪辣なる鯱》は今、絶滅の危機に瀕していた。甲板は穴ぼこ、樽はそこらに砕け散り、地に伏した仲間のうめき声があちこちで怒号と悲鳴が行き交う声にかき消される。

 あの後何とか折れるメインマストの倒壊(とうかい)から免れた《悪辣なる鯱》の船長だが状況はよろしくない。

 殆どの部下は目の前のたった一人の少女に怯え、弱腰になっていた。戦闘に参加する者の中には勝手に逃げ出す者もいた。


「ぬはは、そんな弱っちぃ剣じゃ私を……む?」

「ごほっごほっ、今だ! 引っ張れ!!」


 倒れていた海賊の一人がロープをコロンの腕に巻きつけ、それを数人で引っ張る。


 いくら力が強くても数人の力に敵いはしないはず。このまま海に突き落とせば後は弓で煮るやり焼くなり好きにできる。仮に無理でも体勢を崩せれば勝機が生まれる。

 でかしたっと船長は心の中で称賛を送るが


「綱引きか? 私もそれは大好きだぞ! そりゃぁっ!!」

「「「うわぁぁあぁっ!!?」」」


 逆にロープを引っ張り、海賊達が海へと投げ出された。


「くそっ!」

「船長!?」


 もう限界だった。

 船長は逃げ出す決心をする。今ならばまだ戦う仲間がいるので奴の目は向こうに引かれると判断してのことだった。士気は最低。もはや勝ち目はない。

 人質を取るという手段を取れれば、勝ち目が生まれるかもしれないがこの船に乗り込んだのはあの化け物だけだ。

 仮に他の人が乗り込んだしてもたった一人の女がここまで強いのだ。向こうから迫る《いるかさん号》の船員が弱いとも限らない。それ以前にこちらが絶滅する可能性の方が高い。


 今ならばまだ向こうの船もまだついていない。小船に乗り込めば岩礁地帯(がんしょうちたい)のここなら座礁(ざしょう)の危険性がある所まで追ってこれないだろう。そう判断してのことだった。


「何処に行くんだ? 戦いはまだ終わってないぞ?」


 船長の前に男が飛んでくる。壁に叩きつけられ、気絶しているが先ほど船長の隣にいた海賊だった。

 恐る恐る振り返って見るとコロンは笑っていた。悪意のかけらのない、無邪気な笑みだったが、それが船長はそれが恐ろしく感じた。


「こ、降参する」

「ほう?」

「か、金もやる! 食糧もだ! な、なんだったら他の島に隠した財宝もやってもいい! だから……」

「それは勝った方の当然の権利なのではないのか? 交渉にはならないぞ」

「ぐ、ぐぐ……」


 生殺与奪(せいだつよだつ)の権利は勝者にのみ与えられる特権。それは今まで数多くの船を襲った《悪辣なる鯱》だからこそ何よりも理解できた。そう命令を出したのは自分自身だったから。


「まぁ、私はお前の命になんかこれっぽちも興味ないんだけどな」

「ならっ」

「けどな!!」


 ガァンッと錨を船長の目の前に降ろす。あまりの強さに甲板が割れる。


「私にはどうしても許せない事がある。だから私が求めるのはたった一つだ。謝れ。私の夢をバカにしたことも、仲間をバカにしたことを」


 歳下の、しかも女に謝るなどふざけるなと怒鳴り返したかった。積もりに積もったプライドと強者としての驕りがそう叫ぶ。

 だがそれを口にすればどうなるか分からないほど船長は愚かではなかった。しなければ殺される。ちらりと根元から折れてしまったメインマストの支柱を見る。あんな力で叩きつけられたら自分は原型を留めることはできないだろう。


「……謝罪する。夢をバカにしてすまなかった。それと仲間のこともバカにして申し訳ない」

「うむ。ならば許すぞ」


 ギリっと歯を食いしばりながら船長は土下座した。憎しみを抱く。

 いつか殺してやる。そう心に決めながら。

 そしてそのチャンスはすぐに訪れた。


「おっとっと、風で帽子が……」


 突然吹いた風に、飛ばされそうになった帽子を抑える為コロンが錨から手を離し、視線を外す。

 今ならば相手は油断している。

 一世一代の好機!


「……なんて言うと思ったか、このくそがぎゅぉ!?」


 隠し持っていたナイフで首をかっ切ろうと動いた直後に、奇妙な悲鳴をあげて甲板に減り込む。その頭に立つのは白髪の女性。


「ビアンカ!」

「コロン、戦場では油断するなと常日頃に言っているだろう?」

「むぅ、確かに気を取られた私が悪いかもしれんがコイツは一度降参すると言ったのだぞ。なのにまた剣を抜いた。責められるべきはこいつではないのか?」

「海賊とは皆卑怯なものだ。勝てば良いのだからな。だからこいつらにとってそれは責められる手段ではない。常套手段だからな。この屑どもにとっては」

「がぁぁあぁっ!!」


 より一層足に力を入れて踏みつける。船長は痛みに耐えきれず呻き声を上げた。


「ぐ、調子に乗りやがって。女どもが……」


 コロンに飛ばされた海賊の一人がよろよろと立ち上がる。そのまま上の甲板から矢を放つ。

 それをビアンカは身もしないで、躱し、腕を振るった。次の瞬間倒れる海賊。彼の喉元には一枚の白い羽根が刺さっていた。


「さてと……まだ獲物は残っているな」


 最後に船長の顎を蹴り飛ばし、意識を奪った後周りにいる海賊達を見回す。


「ーービアンカだ。何、名を覚える必要はない。どうせ貴様らは覚える暇もないだろう。だが、簡単に倒れてもつまらないからな。足掻いてくれよ、鼠達」


 嗤い、獲物を狩る猛禽類の目でビアンカはそう語った。

 やらねば狩られる。海賊達は武器を構えた。それはもはや被食者となった海賊にとっての足掻きだった。


「うおぉおぉおぉっっ!!!」

「ははっ! そうだ、もっとお前たちの生き様(・・・)を見せてみろ!!」


 ビアンカは両手に曲刀を構え、嗤いながら海賊へ突っ込んでいったーー





「逃げろ! この船はもうだめだ!」

「あんな化け物がいるなんて聞いてない……」

「小船はどうした!? あれに乗れば脱出できる!」


 《悪辣なる鯱》の船の後方。船の中央から戦闘音と悲鳴が聞こえるのを尻目に数人の海賊達がこの船から脱出する為に備え付けられていた緊急用の小船を探していた。そしてそれはすぐに見つかる。他の海賊が使ったのか残り一個だったが会ったことに安堵する。


「急いで降ろせ!!」

「おう!」


 海の上には既に逃げた仲間の小船がいくつも浮かんでいた。急いで自分達も逃げ出す必要がある。

 そのまま慎重にロープをつかい降ろす。最後にロープを切り、船の上に乗っていた仲間を迎え漕ぎ出す。


「よし、このまま」

≪うき≫

「は?」


 自分達の乗っていた船から追っ手が来ない事を確認して安堵していた海賊達の前から声が聞こえた。

 振り返るといつのまにか乗っていた見たことない猿がいた。あまりにも突然なので呆けた顔になる。

 何故こんなところに猿が? 

 そう思ったのも束の間、海賊達は猿に小舟から放り出される。


「ぷはっ! な。なんだって言うんだ!?」


 海に落ちた男が浮いて見たのはいつのまにか同じように猿に海へ投げ出された他の小舟に乗っていた仲間といつのまにか船にピタリとつくほど接近していた《いるかさん号》だった。


「着いたであります! 数少ない相手! たとえ逃亡者でも逃す訳にはいかないであります! ふぁみり〜達! 一人捕らえたふぁみり〜にだけ、今日のご飯が一品増えるでありますよー!」

≪うっきっきぃー!!≫


 その言葉にミラニューロテナガザル達が勢いづく。剣、槍、棒、ロープなど様々な武器を持って相手の船に飛び乗った。コロンとビアンカの所為で士気が最低の海賊達にこの雪崩(なだれ)を止めることはできない。船内に隠れていた海賊まで引っ張り出し、数の暴力でフルボッコにしロープで拘束していった。

 当然それは海に投げ出された海賊も同じだった。



 その後、質で負け、量でも負けた近海で名を馳せた《悪辣なる鯱》は、自らより小さな船一隻に完全に鎮圧された。

次回の更新は2/23の予定です。

地味にブックマーク10と突破。ありがとうございます。

寧ろその数十数百倍のブックマークを得ているランキングの人たちがすごいです。はい。

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