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後輩のお仕事

「さて、こーはい! 下っ端の仕事でありますが先ずは荷物運びであります。普段はふぁみり〜がやっているでありますが、中には割れ物とか貴重品があるのでそういったものはリコ達が運ぶのであります。まずはこの荷物を運ぶであります。ちゃーんと見とくでありますよ」


 アリアを加え、船の仕事の説明が始まる。

 船の仕事というのは単純な物から複雑な物まで多岐にわたる。単純なのは木箱など荷物運び。複雑なのは航海士が行う地図や星の位置を確認し現在位置を把握したり、指揮系統の監督といったものだがこれらはそれ専用の職業の人が行うのでエンリケが行うことではない。現に仕事は木箱を運ぶことだ。

 良いところを見せようと、ふんすと意気込みリコは木箱に近づき、持ち上げようとする。


「ぬん! あ、あれ。意外に重いでありますな……。ふ、ふぐぐっ、この程度リコの手にかかればちょちょいの……ぬぐー!! きぃー!!」


 変な唸り声をあげて踏ん張るが一向に持ち上がらない。暫し粘ったが全く動かず、遂に手を離しぜぇぜぇと荒い息を吐く。


「…...これはちょっとリコの手に余るであります。後でビアンカ殿に運んでもらうであります」

「これを運べば良いのか?」


 横から入り、そのままひょいと軽く持ち上げる。体感的には重さはオリビアの時に運んだ木箱とそう変わりなかった。そのまま指示された箇所へ運ぶ。


「へぇ、やっぱり男の人だね。体も鍛えてそうだし、何かやっていたの?」

「健康な生活を送るには健全な体が必要不可欠だ。鍛え抜いた戦士には勝てんがその辺のゴロツキに負ける気はせん」


 アリアが軽く運ぶエンリケを賞賛する。エンリケの言葉は正しい。例え船医であっても体を鍛えない訳ではない。時には戦闘に巻き込まれることもあるので必要最低限の鍛錬は積んでおくべきである。更に船医が不健康であれば患者も安心して任せられないものだ。そういった面もあることから鍛えられた船医というのは少なくない。


「む、力で負けるのは仕方ないであります…...けど、何だか悔しいでありますな。何かリコでも運べるものはっと、あれが良さそうであります」


 先程の木箱より小さい木箱を持ち上げる。


「よ……よし。こーはい、アリア殿ー! 見るであります、リコもこれくらいなら運べ、わ、わわ、わぁぁー!!」


 意気揚々と近付いてきたリコだが途中捨ててあったバナナを踏んでしまう。

 健闘虚しくガッシャーンと大きな音を立てて転けた。


「こらぁあぁぁ!! リコぉぉおぉぉ! アンタまた何かしでかしたわねぇ!!」

「ひぃ〜! 許してほしいでありますリリアンどの〜!」










「つ、次は掃除であります! 清潔な部屋にこそ、()()()()な心が宿るとオリビア殿が言っていたであります! 」

()()、だね。校閲してどうするんだい?」

「ちょ、ちょっと間違っただけであります! そーゆーのをやぶのすみっこを突っつき回すっていうであります!」

「重箱の隅をつつく、だよ」

「わ、分かってるであります! それよりもこーはい!」

「ん?」

「これを渡すであります。見ての通り掃除道具であります」

「雑巾とモップ、それにバケツか」

「船はよく波が打ち上がって甲板が濡れることがあるんであります。だから、さっさと外に出すように常にふぁみり〜達が働いているであります。だから見ていればわかるであります」


 猿達が甲板の海水を落とすため何度も雑巾がけを往復している。単純な作業だが、大変なのが分かる。


≪うきぃ〜…...≫

「お? おぉ、どうしたでありますか、おっぽ?」


 猿の一匹が少し疲れた様子でリコを引っ張る。おっぽという名のこの猿は尾が少し長い。

 ついて行ってみると甲板の一角に黒ずんだ汚れがあった。


「この汚れは厳しいね。木箱で隠れていたせいで日にちがたって完全に定着している。取るのに苦労するよこれは」

「けど、このまま放置もできないであります。安心するでありますおっぽ! この程度の汚れならリコがあっという間に綺麗にするであります。こーはい、せんぱいの勇姿を見とくでありますよ。おりゃりゃりゃりゃー!!!」


 目にも留まらぬ速さで何度も擦る。すると段々と汚れが落ち、元の甲板の色合いへと戻った。それを見ていたおっぽが手を叩いて喜ぶ。


「ぜぇ…...はぁ…...、お、終わったであります。どうでありますかこーはい」

「素晴らしい。だがセンパイ。仕事はそれで終わりでないみたいだ」

「え?」


 指を指す。

 見れば他の猿達もごめんっと頭の上で手を合わせながら謝っていた。その後ろには先程の数倍規模の汚れがこびりついている。


「え、あ…...。だ、大丈夫でありますよ。リコなら出来るであります。何故ならセンパイでありますし...…」

「そうだな。時間をかければやれない事も無いと思う。だが雑巾で(こす)るよりも丁度良いのがあるじゃないか」

「え?」


 エンリケはオリビアの育てる植物園に近付く。植物園の事は既にオリビアに聞いていたのでバケツの中に置いてあるのはゴミなので好きにして良いと許可を貰っていた。その中で半割りとなった椰子(やし)の皮を拾う。


椰子(やし)の皮は固い。普通ならば捨てるしか無いだろう。しかし、椰子(やし)の皮は耐久性に優れ、防水性も高い。正に掃除用具としてはうってつけだ」


 そのまま近くにあった余ったロープを使い、簡単な雑巾を作った。違うのは布製でなく、椰子(やし)の皮を使った点だ。


「モップや雑巾も確かに便利だが、頑固な汚れを取る時にはこちらを使う方が合理的かつお手軽だ」


 更にエンリケは植物園の砂を巻き、汚れを椰子(やし)の皮製の雑巾で擦る。するとみるみると汚れが取れていく。

「砂のザラザラが容易く汚れを取ることが出来る。どうだ。これならばすぐ終わるであろう」

「凄いね、客人(まろうど)さんは深い知識を持っているんだ」

≪うっきー! うきうき!≫


 アリアが讃え、猿達も拍手を送る。実際猿達も文句はなかったが冷たい雑巾を絞って掃除し、汚れを取るのは苦労していた。それをこの雑巾ならば手も冷たくないし、僅かな労力ですむ。

 いつのまにかリコを称えていた猿はみんなエンリケを称えていた。


 それをポツンと一人になったリコが愕然として見ている。


「ま、また負けたであります……!」






 次に案内されたのは船の後方にあるリビングだ。大きな長テーブルが鎮座し、多くの椅子がその周りにある。ここは更にキッチン、食事場、会議室、猿達の部屋、そしてコロンとリリアンの部屋が隣接し、幾つもの部屋があるのでいざという時に多くの人が集まれるように設計された多種多様な機能も兼ねている。


「此処がリビングか。食事場も兼ねているようだな。一箇所にまとめるのは実に合理的だ。しかし、やたらと椅子が多いな」

「船長の意向でね。船員はみんな一緒にご飯を食べるべきだって決めているんだ。だから船員の数に合わせて椅子があるんだよ。ほらあそこに『いるかさん号の掟、第2項、みんなご飯は一緒に食べること』って貼り紙があるだろう?」

「あれか。…...字が汚いな。C(キャプテン)・コロンの手書きか? しかし、みんなで食べること......つまり俺も此処で食べる事になるのか?」

「多分そうじゃないかな?」


 エンリケは想像する。コロンはともかくリリアンなどはこちらを目の敵にしているし、他の船員達も好意的とは言い難い。更には全員女ときた。そんな中に一人男の自分が放り込まれる。

 間違いなく胃が休まらない。後で辞退しておこうとエンリケは心に決めた。


「あったであります! こーはいこれが掃除用具であります」


 二人が話している間に仕事用具を探していたリコに雑巾やはたきなどを渡される。


「良いでありますかこーはい! 食事場はみんなが集まりかつ毎日使う場所であります。なので常に清潔なことを心掛けるであります! それはさっきの甲板の掃除以上に気を配る必要があるであります。小さな汚れが船全体の大きな乱れにつながるでありますからな!」

「初めてセンパイらしい言葉を聞いたな」

「あぁ、それはね。前に大将が当番だった時に使った食材の汚れを掃除しなかったからゴキブリがわいてそのせいで大将はリリアン女史から大目玉を食らったんだよ。更にしこたま掃除の仕方を仕込まれたから言えるのさ」

「……流石に野生児過ぎないかセンパイ」

「し、仕方ないであります! ふぁみり〜と暮らしていた時はそれで問題なかったでありますし、そもそも礼儀とかかたいのばっかで頭がこんがらがるであります!」


 ううぅ、と頭を抱えながら蹲る。


「とにかくであります、先ずはここの掃除をするであります。さっきはちょっと…ほんの少しだけこーはいの知識の方が上だったでありますが、今度は違うであります! 見とくでありますよ!」


 リコは掃除を始めた。

 素人目だがその動きは精錬されていた。試しに掃除した後の棚の縁を触るが埃一つない。

 すぐに食事場はぴっかぴっかとなる。これにはエンリケも素直に凄いと思う。


「ふふーん、どうでありますか?」

「素晴らしい掃除技術だ。さすがはセンパイといったところか」

「お? こーはいが褒めるなんて珍しいであります! えへへ〜、褒めても何も出ないでありますよ?」


 デレデレとして箒を忙しなく動かしながら照れるリコ。少しは威厳を取り戻せたと内心喜ぶ。

 しかし、調子に乗って注意が疎かになり、箒の先が棚に当たってしまい皿の一つが落ちて割れてしまった。どこまでも閉まらないリコである。


「あ、あっー、まずいでありますっ、早く片付けないと!」

「待て、割れた欠けらに素手で触るな」

「いったぁー! 切った! 切ったであります」


 皿を落としたリコが騒ぐ。焦りのあまり素手で掴んでしまい手のひらを切ってしまった。


「うぅ、痛いであります」

「傷口を舐めるな。悪化する」

「そうなのかい? 軽い切り傷なら舐めれば治りやすいって聞いたことあるんだけど」

「確かに唾液の成分には傷口を防衛すり機能があるとされている。しかし、逆に悪化する場合も往々にしてあるのだ。分かったら早く水で傷口を洗え。後は傷口を抑えるものだが…」


 癖でガーゼを出そうと気付く。医療具一式は今はない。軽く舌打ちする。こんなことに気づかないとは船医失格だ。あとで申請しておこうと心に決める。

 しょうがないので服の中で比較的まともだった白衣の裾を破り、手を洗ったリコの手のひらへガーゼとして結ぶ。


「お? もうあんまり痛くないであります! こーはいありがとうであります!」

「布で抑えただけだからな。後でオリビアの所に行きキチンと消毒した上で清潔な布で巻いて貰え。…...何か言いたそうな顔だな」

「いや、うん、服を破る人なんて白翼くらいだと思っていたよ。だからちょっと驚いただけさ」

「船の上では使える物が限られる。使える物があれば何でも使わなければな」


 古い洋服を切って雑巾にするのと同じだと呟く。


「それでセンパイ。ここでの仕事はこれだけか?」

「いーや、まだであります! 他には食材の下準備があるであります。皮を剥いたりとかでありますな! 食材の下処理は下っ端の仕事であります! 今は後輩が下っ端だからこれからは後輩がするであります!」

「それはあの猿達には出来ないのか」

「ふぁ、ふぁみり〜はキッチンへ入るのを禁止されているゆえ…」

「…...そうなのか?」

「そうだよ。あのお猿さん達じゃつまみ食いやら汚れるやらでうまくいかなかったんだ。因みにリコも初期の頃は同じようにお猿さん達と夜中に食い散らかして一ヶ月分の食糧を無にしてその場で寝てたから翌日船が揺れるほどの怒りの雷が落ちたよ」

「い、今はもうしないであります…...。リリアン殿とオリビア殿が怒るので怖いであります…...」


 肩を抱えガタガタと震える。余程のトラウマとなっているようだ。


 ぐぅ〜


「あ」

「大将かい、今の音」

「うぅ、こーはいに良い所を見せようと思って張り切り過ぎたであります…。ご飯もあんまりたべれなかったでありますし」

「確かに今日の食事は少し質素だったからね。でも仕方ないよ。食材も無限にあるわけじゃないしこういう日もあるさ。もし我慢出来ないなら少しだけつまんだら? 目は瞑っておいてあげるよ」

「けど勝手に食材を使えば怒られるであります」

「…...捨てる食材ならばどうだ?」

「「え?」」


 エンリケの言葉に二人が顔を揃えてこっちを向く。まさかエンリケがこんなことを言うとは思わなかったのだろう。何故エンリケがこの事を提案したのかは至極単純な事であった。そう、たった一つのシンプルな理由、それは


「いや、俺も昨日から何も食っていないから腹が減った。昼飯は食いそびれたしな」

「あぁ…...」

「そうでありますな...…」


 グゥーと虚しくお腹がなった。


次回の更新は2/20です。

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