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新たなる島への進路

新章開幕です!

今後とも細々と更新して参りますのでよろしくお願い致します。


 何処までも青い空を、白い雲がキャンパスに絵の具をぶちまけたかのように流れている。


 太陽光が反射し、煌めく海に白い船跡を残しながら進む船の名は《いるかさん号》。小柄なキャラック船の船首には、その名の通りイルカを模したモノが装飾されている。


 そんな船首の上に立ち、仁王立ちする者がいた。


 「私! 完全復活ッ!!!」


 風の煽りを受け、たなびく外套(コート)に青い髪。《いるかさん号》が船長、コロン・パイオニアである。


 《サンターニュ》出港から一日経ち。


 あれだけの激闘があったにも関わらず、コロンはすっかり回復した。他の面々がまだ傷が癒えてないにも関わらず、コロンだけがである。


「どう考えてもおかしい。奴の回復力はどうなっている」

「まぁまぁ、元気になったのは良いことですよぉ」

「……よかった」


 その事実にエンリケが頭を悩まし、そうしてコロンだからと納得した(あきらめた)。無論、あとで根掘り葉掘り調べる気である。

 側には桃色のふわふわした髪に片腕の無い薬師のオリビア・コンソラータに、お手伝いの幼い少女、ティノもコロンが回復したことにほっとしていた。


「ぬぁーはっハー! これから先は何もかも未知だ! 気を引き締めろよ!」


 いつにも増してテンションの高いコロン。


 事実彼女は高揚していた。何故ならば念願の世界一周に向けての一歩を踏み出したのだ。鼻息荒く、忙しなく腕をグルグルと回す。


「未知なる冒険! 島! 文化! 環境! どれもこれも楽しみだ!! ぬぁーはっハァー! 進め進めー!! よーそろーだー!!」

「いえ、私達は先ずとある島に寄らなきゃならないわ」

「ほよ?」


 そんなコロンの言葉を航海士であり、コロンの幼馴染であるリリアンが否定する。出鼻から話を折られたコロンは間抜けな顔をした。


 そんな中、動じなかった鳥系獣人であるビアンカがリリアンに問い掛ける。


「その物言いだと何か知ってそうだな、リリアン」

「えぇ、ビアンカ。そもそも《未知の領域》とは言われても帰って来た船はいたわ。と言っても、僅かだし、その帰って来た船からの情報があっても、大半は何もわからないのだから《未知の領域》なのだけれど」


 《未知の領域》の由来。

 それはあらゆる常識が通用せず、全くもって未開の海であるということだ。

 だがそれでも、帰って来る船はいた。……最もその大半がズタボロで生気を失っていたが。だとしても、帰還する船がいた。それは


 「そもそも、何故ドラゴ国こと港湾都市サンターニュが《未知の領域》の橋頭堡とされていたのか。その理由が磁気(・・)よ」

「磁気、でありますか?」


 いつのまにかそばに寄って来て、話を聞いていたリコがきょとんとしたら顔をする。側にはリコのファミリーであるミラニューロテナガザルも多数いた。


「そう、磁気。《サンターニュ》を覚えている? あそこ、背後に巨大な山脈が見えたでしょう?」

「うぅん、あったような。なかったような……」

「確かにあったよ。遠目から見てもわかるほどだから、あれはかなりの高度を誇るね。そう、それはまるで天へと貫く勇猛な牙の如く!」

「クラリッサにアリア。いつのまに」


 人魚であるクラリッサ・ルル。奏唄人族(ハーモミューズ)のアリア♬フィールドが話に入って来る。

 これでビアンカの姉妹であるノワールを除き、《いるかさん号》の面々が揃ったことになる。


 リリアンの言葉に、皆が《サンターニュ》の街並みとその背後にある山脈を思い出す。


「あの山脈が海底でも繋がっていて、長々と海溝みたくなっているのよ。まるでこちらの海と彼方の海をわかつようにね」

「それでその……磁気ってのが何か問題があるのでありますか?」


 その結果、何が起こったのかリリアンが語る。


「大有りよ。その影響で羅針盤の様子がおかしくなる」

「え、でも今はそんな事ないよね。リリっち、慌ててないもん」

「それは、今はそうならないように磁気の影響を受けないが所を、私が航海しているからよクラリッサ。話は戻すけど、それも完全じゃないわ。このままいけば何処かで必ず私達は海溝の上を通るし、そうすれば今の羅針盤は役に立たなくなる」

「リリアンさん、一つ質問なんですけどぉ〜。《サンターニュ》でそれの羅針盤は買えなかったんですかぁ? あそこって《未知の領域》から戻って来る船もありますしぃ、そもそこ橋頭堡と呼ばれるくらいなのですからあってもおかしくないと思うんですけどぉ?」


 オリビアの質問に確かにという顔をする一同。

 しかし、リリアンの表情は浮かばない。


「それがね、全くなかったのよ。前まではあったらしいけど、今は全く。まぁ、これは単純に《未知の領域》に行こうとする船が多いから売り切れたか、それとも例の《サルヴァトーレ》が意図的に流通を制限していたかの二択ね」


 《サンターニュ》を牛耳っていた《サルヴァトーレ》が何かしら制限をしていてもおかしく無いと、リリアンは語る。

 何せ、《未知の領域》に渡る際に必要不可欠な羅針盤だ。手をつけていてもおかしくない。


「ごめんなさい、リリアンさん。わたしの所為で」

「うぅ……」


 オリビアが哀しそうに頭を下げ、ティノも俯く。どうやら、羅針盤が手に入らなかったのが自分たちのせいだと思ったらしい。

 それを見たリリアンが慌てて手を振る。


「あぁ、オリビアとティノの所為じゃないのよ! どうも最近輸入されるはずの羅針盤が少ないらしいの。だから、オリビアたちが拐われたことは全く関係ないわ!」

「そうだぞ! 拐ったあやつらが悪いのだ! だからなーんにも罪悪感を抱く必要はないぞ! 二人の分も、私が殴ってやったからな!」

「コロちゃん……、ふふ、ありがとうございます」

「うむ!」


 そう言って柔らかな笑みを浮かべるオリビア。自然とコロンも笑顔を浮かべる。


「まぁ、ないものは仕方ないからね。それで、しょうがないから直接生産元に訪ねようと思っただけ」

「待て、生産元って事は、元々《サンターニュ》で作られていなかったという事か?」

「ふっふっふ、無知だね白翼。そもそも大航海時代になってから年月が経つのに未だに港街から先を《未知の領域》と呼んでいる理由は何か?」


 問題です! という風にイリアンパイプスを鳴らすアリア。いつものことなので、全員が気にしない。


「既存の知識は全く役に立たず、羅針盤も狂う。当時の船乗り達は先の見えない暗闇を歩んでいるようだったと語る。しかし、その暗闇を照らす一筋の光明があった。大海原をわかつ海溝。けどその境目となる所に一つだけ島がある。そこは正に中間点。《サンターニュ》が橋頭堡なら、この島は初めに降り立つ事となる島」

「そう! その島こそ」

「──《()()()()()()()()()()()》」


 思わずという風にクラリッサが答えてしまった。


 彼女はかつてエンリケの過去話を聞いた際にその名前が出たのを覚えていたからだ。まさかの人物からの言葉にリリアンがきょとんとする。


「あれ、クラリッサ。貴方よく知っているわね」

「えっ!?あ、あー、ちょ〜っと前の街で水夫が話しているのを聞いちゃったから、かな〜?」

「なんで疑問形なんだい? 変な海の歌い手(メロウ)だね」

「あ、あはは〜そうかなぁ?」

「……」


 アリアの言葉に、苦笑いのクラリッサ。


 ちらりと見るもエンリケは沈黙を保っている。先程からずっと柱にもたれつつ話を聞いてはいたが一言も発さずに、コロンたちの様子を眺めていたのだ。


 クラリッサの様子に、ふーんと何処か首を傾げながらも納得したリリアン。彼女は話を続ける。


「そこに住むと言われる鉱人族(ドワーフ)と呼ばれる種族。彼らが羅針盤を作っている。だから私達はそこへ行く必要があるの。幸い航路図は既に入手してるわ。だからあとは航海士である私の仕事。私が必ずそこにみんなを届けるわ」

「頼りにしてるぞリリー!」

「えぇ、任せなさい!」


 コロンの言葉に、リリアンはさほどない胸を張る。豊かな髪のツインテールの方が揺れているくらいだ。


 その際にビアンカが尋ねる。


「因みに何だが、もし羅針盤を手に入れなかったらどうなる?」

「そりゃ、太陽や星とかを見てはある程度の方向を決める事が出来なくはないけども……この海は何処も危険なのよ」


 リリアンは語る。


 止まない雨によって荒れ狂った海域だったり、岩が無数に突き出た渦潮の発生する地帯だったり、どれもまともに航海出来る場所ではない。


「他にも、海底火山のせいか海が茹っている所もあるらしいわ。其処は生命の気配一つもない地獄の釜茹でだって言う人もいるわ」

「うぇっ!? そんな所があるの? むりむり、あたしも龍も無理だよ! のぼせちゃう!」

「のぼせる所じゃ、すまんだろ」


 (ゆだ)っていると聞き、クラリッサがいやいやと両手を振る。ビアンカがツッコむも未だに振り続ける辺りよっぽどいやなのだろう。


「安心して、流石にそんな所に行く気はないわ。行く理由はないしね」


 その反応に、リリアンが苦笑しながら否定する。

 だからこそ、正確な方角がわかる羅針盤が必要なのだと。


「これまで殆ど私達が安全に航海出来ていたのは、クラリッサとタツ、ビアンカとノワールのおかげよ」

「うむ! その通りだ! クラリッサ達にはお世話になった! 大手柄だ!」

「にへへ、褒められるのは悪い気がしないかな! えっへん!」

「役に立てたのなら、何よりだ」


 コロンが褒め、クラリッサはわかりやすく喜び、ビアンカも悪くない顔をする。

 タツも、話を聞いていたのか水面から顔を出し、軽く返事をした。


 海流はクラリッサが把握する事で渦潮に巻き込まれたり、流されたりする事を事前に防げた。

 天気に置いても空を飛べるビアンカとノワールがいる事で雲に遮られても太陽と月の位置を把握出来た。


 これまでの航海の中で誰一人として船員を失わずにいられたのは彼女らの力があったからだ。


「でも、その幸運もここまで。《未知の領域》では、その力も発揮しづらくなるわ」


 その言葉に気を引き締める一行。


「前兆が無いのに急に天気が変化する《風精の気まぐれ》や海中に潜むという《海坊主(クラーケン)》、更には人魚や魚人ですら迷うと呼ばれる《廻転する海流(メイルシュトローム )》、噂やお伽話だけでもかなりあるわ。そして、その噂が本当に現実として起こり得るのが《未知の領域》よ。だからこそ、私達はこれまで以上に注意する必要があるわ」


 気は引き締まったのだろう。

 一同が神妙な顔をする。エンリケは黙ってそれを見ていた。


(ふん、しっかりしているじゃないか。ならば、口出しする必要はないか)


 これは、彼女達の航海だ。自分が口出しすることはない。無論、本当に危ない海域に突っ込みそうになれば全力で止めるつもりではある。


 そんな時、いつも明るい顔をしているコロンが、なんとも難しそうな顔をしているのに気付いた。それはリリアンも同じだった。


「う、むぅ」

「どうしたのコローネ」

「いや、何だ。心がなんだかざわつくと言うか、なんだろうな。楽しみなのは間違い無いのだが……」


 自身にもわからないのだろう。コロンが唸っている。その様子を他の《いるかさん号》の面々は不思議そうに見つめていた。


「ほう」


 エンリケはそんな様子を見て悟った。


 恐らくコロンは、臆してもいるのだろう。それが初めての感覚だから言語化する言葉が何か言えないだけで。


「アイツにも人らしさはあったということか」


 自身は落伍者(らくごしゃ)だ。

 これはコロンが始めた冒険だ。命に関わるなら兎も角、この程度のことで口出しする権利は有りはしない。


「……ふん」


 だが、多少助言するくらいなら良いだろうとエンリケはもたれかかっていた柱から離れ、コロンの元へ歩く。


C(キャプテン)・コロン」

「む? なんだ、キケ?」

「"未知の領域"、こう名付けられたのは船乗りたちの畏怖からでもある。今までの常識が通用しない。わからない、こわい、こう思われたからだ。故に、"未知"とは恐怖だ。お前の思うことは決して変ではない」


 だがな、と続ける。


「"未知"から目を背ければ、あとには恐怖しか残らん。だからこそ、足掻けC(キャプテン)・コロン。そしてこの"未知の領域"にお前のを刻んでやれ。……だから、まぁ、なんだ。難しいことを言ったが、お前が楽しめば良い。それだけだ」


 慣れない事はするもんではないなとエンリケは心で悪態つく。


 エンリケの言葉を聞いたコロンは暫し、目をぱちくりしていたが、やがて豪快に八重歯を見せて笑う。


「ぬぁーはっハァッー! その通りだな、キケ! 臆するなど、私らしくなかったな! どの道行った事のない所へ行くのだ! 私の心は高鳴るぞ!!」

「ポジティブだねぇ。でも、確かに心が躍るよ。ボクもあらゆる英雄の武具を作ったと伝え聴いた鉱人族(ドワーフ)とやらがどんな種族なのか、是非とも会ってみたい」

「心って踊るんでありますか!? リコもやってみたいであります、アリア殿! どうやってするのでありますか!?」

「え? いや、それは比喩表現……」


 ざわざわと騒がしくなる。


 そんな中、一人エンリケは先程出た島の名前を反芻していた。


(……《スクティア・ボルケーノ》、か。訪れるのは何年ぶりか)


 過去に訪れたことのある島。


 当時エンリケの親友、ゼラン・フェルディナントがひきいし《地平を征する大魚(メビウス・バハムト)》もまた羅針盤を手に入れるべく訪れたことのある島であった。


 アリアの言う鉱人族(ドワーフ)にも会ったことがある。


 だからこそ、そこに住む一人の鉱人族(ドワーフ)を思い浮かべ、ゼランの訃報を伝えねばならんかとエンリケは一人、暗澹たる気持ちで押し黙った。







「おじさん……」

「どうしたんだい? 海の歌い手(メロウ)?」

「うぇ!? な、なんでもないかな。あはは」


 その様子をクラリッサだけが心配そうに見つめていた。

よろしければポイント評価、ブックマークの程よろしくお願い申し上げます。

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[一言] 更新ありがとうございます!いるかさん号の冒険楽しみにしています!
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