表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/64

牙豚族の勇士

今回の話は「料理好きなオークと食いしん坊なエルフ」を見れば一部の単語についてより理解が及びます。是非ともどうぞご覧ください。


「此処は……」


 リコかサディコと出会ったのと同じ頃、コロンもまた別の闘技場に辿り着いていた。

 リコの所とは違い、何かしらの武器が錯乱している訳ではない。だだっ広いだけな所だ。


 だが、何となく嫌な感じがする場所だった。

 何処か別の通路はないかと辺りを見回す。


 そんな時、突然光が灯った。


「いらっしゃい。遠き海から来られた麗しき女船長よ。私のラブレターを受け取ってくれたようだね。嬉しいよ」 


 光の先に居たのは高級そうなスーツを着た男性。歯に着せる言葉が気持ち悪い。コロンは眉をひそめる。


「あの気色悪い手紙か。生憎と、私の趣味ではなかったな」

「おや、それは残念だね。これでも詩には自信があったのだが」


 態とらしく肩をすくめる。

 その余裕綽々の態度がまた、コロンを苛立たせる。


「ここはどこなのだ? さっきから妙な感じがして気持ち悪い」

「ほう? 中々に勘が鋭いね。此処は処刑場さ。元々は外国からの客を招く会場だったけど私が買い取った。以来、私に逆らうもの、壊したいもの達の処刑場となったのさ。勿論防音、耐震性については安心してくれ。わかるかい? 此処で果てた者達の嘆きが、苦しみが、叫びが」


 モンティーズはくつくつと意地の悪い笑みを浮かべる。

 その言葉を聞いてコロンは嫌な気配の理由を理解した。此処で人が死んだのだ。それも多くの。


「何故殺した?」

「私に逆らうからだ。在る者は条件が飲めない、ある者は古くから恩のある《ボンターテ》を裏切れない、ある者は先祖代々の土地を手放せない。こんな感じで私の話を拒もうとしたのには枚挙にいとまがない。素直に私に差し出せば良いものを。まぁ、簡単に明け渡されたらそれはそれで興醒めだがね」


 この言葉でモンティーズがどのような人間がおおよそ悟った。この男は自らが望む物を手に入れようとしたのだと。


 コロンも確かに欲しいと思ったものは手に入れようとする。だけど、それ以上に相手の心を大切にする。無理には奪わない。


 だが目の前の男は違う。


 この男は欲しがったものは、相手を傷付け、歪ませ、苦しませようと、何があっても手に入れる。

 相手の事など何も考えず、自らの事だけを考えている。どこまでも自分本意で、身勝手だ。

 こんな奴に自らの仲間が危険な目にあわされた。錨を握る手に力が入る。


「さて、改めて言おう。私のモノになりたまえ」

「断る、と言ったら?」

「良いのかい? 君の仲間は私の手にあるんだよ?」

「ぬぐっ」


 その言葉を出されるとコロンとしてもどうしようもなかった。先にオリビアを助けられたら良かったのだが、まだオリビアは見つかっていない。その事が枷となっていた。

 事ここに至ってコロンは、オリビアがエンリケ達によって救出された事をまだ知らなかった。


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるコロンの様子をひとしきり楽しんだモンティーズは、指を鳴らす。


「冗談さ。人質を取っての降伏で終わりというのは些か私の趣向ではない。そんな事をしても、心の底から屈服することがないと知っている。現に、あの人質の女もそうだったからね」

「お前ッ!! オリビアに何かしたら許さないぞ!!!」

「私は何もしていないよ。私は」


 激昂するコロンに対して余裕の笑みを浮かべるモンティーズ。


「君は私が見た中でも中々に癖の強い女性だ。容易な事では決して屈しないだろう。だから、君の心を一度折るとしよう」

「やれるものならやってみろ!!」


 コロンが跳躍する。

 モンティーズに接近して、錨を振るおうとする。しかし、モンティーズはそれに対して微塵も揺らがずその名(・・・)を読んだ。


「それじゃ、あとは頼んだよディン君」

「なっ」

「《破追(はつい)(くぎ)》」


 ドスンと血を揺るがしながら空から降りて来たの緑色の肌をした、豚に似た顔を持つ一人の男。

 両腕に装備するは、まるで丸太そのものを武器とかしたような巨大な鉄の塊。それが凄まじい速さでコロンに向かって放たれた。


 錨で防御するも、まるで貫かれたような衝撃が走り、コロンは吹き飛ばされた。転げ回るコロン。何とか体勢を立て直しすぐに立ち上がる。


「けほっ! 誰だ!?」


 無事だった事に男は丸い目を見開いた。


「ほぉ、中々に出来るようであるの。女と聞いて侮っておった。認めよう、お主はワシに立ち塞がるに相応しい相手だ。名乗ろう。ワシは牙豚族(オーク)が勇士ディン・クラック」


 牙豚族。緑色の肌に、豚鼻に突き上がった牙、力士のような体躯が特徴的な種族であった。ディンと名乗った牙豚族も大凡その特徴を兼ね揃え、身体の至る所に傷がありながら、歴戦の風格を身にまとっていた。


 コロンが丸太のようなと判断した武器の名は"腕杭甲(ハード・ナックル)"。牙豚族が使う伝統的武器であり、その大きさと硬さから防御は勿論攻撃に転換した時の威力は、軽く岩をも粉砕する。


 腕杭甲(ハード・ナックル)を構え、名乗りをあげるディン・クラックという牙豚族。

 それに応じ、コロンも錨を構えた。


「《いるかさん号》が船長コロン・パイオニア」

「ワシを楽しませてくれ、強き者よ」


 再び激突する両者。


「《淘汰壊鬼割(とうたかいきわ)り》」

「《巨木の構え》」


 一撃で岩すら粉砕するコロンの渾身の攻撃。

 ディンは腕を交錯してガギィンと受け止める。腕杭甲(ハード・ナックル)には、硬ウルツァルビン鉱石と呼ばれる鉱石が嵌められている。殆ど加工されずに嵌められたこの鉱石はドワーフすら匙を投げると言われるほどの硬度を誇る功績であった。

 その硬さは殴った方のコロンの方が手が痺れ、痛みを覚えるほどであった。


「《山崩し》」

「ぬわっ!?」

「《側頭破蕀(そくとうはきょく)》」


 ディンが腕が痺れたコロンを力の限り跳ね除け、体勢を崩す。

 そこへコロンの頭に向かって腕杭甲(ハード・ナックル)を横薙ぎに払ってきた。瞬時に屈んで躱すコロン。その時危うく二角帽子が取れそうになり、慌てて手で抑えつつ離れる。


 コロンの額から冷や汗が流れた。

 その様子を観客席からモンティーズが愉快そうに見つめていた。


「おやおや、今ので決まったと思っていたが、やはり君は中々に強いねぇ。これは楽しめそうだね」

「ぬがー! 観てるだけの癖にうるさいぞ!」

「まぁまぁ、観客とは騒いでこそさ。しかし、君。良いのかい? 君が手こずっている間に君の船には私の配下の者が向かって行っているよ?」

「なっ!?」

「残っているのは確か人魚の娘と小さな小娘だけだったかな。どちらにせよ、あの船も陥落するだろう」

「……そうか」


 《いるかさん号》にまで敵の手が伸びている事に驚くも、コロンは次の言葉で安堵した。


 どうやらノワールの事は把握していないらしい。

 なら大丈夫だ。少なくとも《いるかさん号》には影響はない。コロンはそう信じ、目の前の強敵に集中することにした。





 何度目か分からない轟音が鳴り響く。

 ディンはこれまで戦ってきた中で最も強かった。


 牙豚(オーク)族は力士に似た体型な為、見た目通り動き自体は鈍重だ。俊敏な動きではコロンに分がある。だが、それでもコロンは攻めきれなかった。その理由は彼の動きにあった。


「《殴打(おうだ)春嵐(しゅんらん)》」

「ぐぅ! 」


 一度だけの殴ってきたのにその後多重の連撃となって襲い来る。それを捌ききれずに被弾する。


 これだ。

 コロンは打撲した箇所を抑えつつ、歯をくいしばる。


 力こそ、確かに強いがコロンには及ばない。

 いや、ブラジリアーノよりも下であろう。

 だが、ブラジリアーノにはない、武術(・・)という点がコロンを苦しめる。


 コロンの戦いは、殆ど感情に任せた直情型だ。力の限りを尽くして相手をたたき伏せる。技名こそ叫ぶもそこに技術も技量もあったものじゃない。


 それに対してディンは巧みに、そしてきめるときは鋭く重い一撃を撃ち抜いてくる。


 対照的だ。

 見た目だけなら、二人は逆の戦法を取った方がしっくりくるだろう。



 ドンッと音が鳴った。

 攻防を交わして、その最中に腹を狙った一撃をコロンは錨で受け止めるも大きく吹き飛ばされた音であった。


「ぬぐっ、つ、強い……」


 コロンにない培われた巧みな技。

 それが彼女を苦しめる。

 これだけの技を覚えるのに並々ならぬ努力があったのだろう。コロンは素直に感動していた。


 だがそれとは別に疑問もあった。


「良いぞ。ここまで耐えた人間を見るのは久しぶりだ。滾る」


 獰猛に笑うディン。

 コロンは抱いていた疑問をぶつけた。


「何故お前はあんな奴なんかの下につく?」

「なんだ? いきなり妙な事を……知れたこと。ワシはただ強きものと闘うために、あやつに使われているに過ぎん。此処では様々な者がやってくる。其奴らとの戦いの場を提供して貰っているのだ」

「そんな事の為に……? それが他人を不幸にする奴だとしてもか!?」

「それでワシが強くなれるというのならば喜んでワシは悪魔の手先となろう」

「くっ、強くなるのに人を虐げるだと……。そんなので得た力に何の意味がある!? 奪うだけの力など、何の価値もないではないか!」


 吼えるコロン。

 その様子をディンは目を丸くして聞き入った。

 

「成る程、海賊を名乗るにしては中々お主は変わった感性をお持ちだ。個人的には、お主の方が好きだがな。だがお主にはわからんだろうよ。壁にぶつかった者の気持ちなど。いくら足掻けどもその上にいけぬ者の気持ちなど」

「壁?」

「そう、壁だ。次の段階(ステージ)に登るために立ち塞がる。その壁は果てしなく大きい。それを越えるにはより多くの力を、より多くの死闘を潜らねばならん。お主もそれほどの力を持つなら分かるであろう?お主も壁を越える為に圧倒的な暴力を得た。違うか?」


 熱弁するディン。

 コロンは錨を降ろし、下を向く。そしてポツリと呟いた。


「私は暴力は好きではない」

「なに?」

「だが、力が必要なことは理解している。何かを守るのに力が必要なことも。自らの望みを叶えるためにも。そして、私自身の血と向き合う為にも!」


 顔を上げる。

 その目には決意があった。


「だが、それだけだ! 私にとって力とは手段であって断じて目的ではない! 私の目的はもっともーっと大きいからな! ぬぁーはっハッー! 覚えておけッ! 私はお前のように血に飢えることはないッ!!」

「……言ってくれるのォッ! ならば、その言葉を示してみるが良いッ!! 《猛撃正拳突(もうげきせいけんつ)き》」


 ディンは地へと腕杭甲(ハード・ナックル)を叩きつける。地面の隆起が起きてコロンへと襲いかかる。コロンはすぐさまその場から跳躍して躱し、ジグザグに移動しながらディンに接近する。


(絶対的な防御を強引に打ち抜く!!)


 ビキビキと血管が浮き出る。

 《淘汰壊鬼割(とうたかいきわ)り》では簡単に防がれた。ならば次はもっと強い力で、威力をあげて叩き潰す。


「《渦巻鬼斬衡(うずまききざんしょう)》」


 錨を回転させながら一点にのみ攻撃を集中させる攻撃を行う。貫通に力を入れたこれならディンの防御を突破出来ると踏んだのだ。

 コロンの持ちうる限りの力と考えを加えた一撃。遂に両者がぶつかると瞬間


「《木の葉そよぎ》」

「えっ」


 ディンはそれを受け止めず、躱した。


 そのままディンは腕杭甲(ハード・ナックル)の片方を外し、4本指しかない腕で横合いからコロンの錨を掴んだ。武器を離せと脳が叫ぶが間に合わない。

 コロンは体勢を崩し空中に投げ出され


「《雷豪(らいごう)》」


 無防備な腹に稲妻の如き鋭い打撃が撃ち込まれた。

 みしりと鈍い音が鳴り、コロンは観客席まで吹き飛ばされた。


「力無き言葉など何の意味もなさんよ。弱き者よ」


 威風を纏って立つディン。

 コロンは吹き飛ばされてから立ち上がらなかった。

卓越した技術を持つ牙豚族。コロンの安否は?

続きが気になると思った方は是非ともブクマと評価の方をお願いします!

コロン達の航海を完遂させるには皆様の力が必要です。是非とも船員として力を貸してください。

よろしくお願いします!


作者の他作品「こちら冒険者ギルド、特殊調査官! 貴方に魔獣の情報をお届けします!」と「

【連載版】この日、『偽りの勇者』である俺は『真の勇者』である彼をパーティから追放した」もよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ