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策謀渦巻く音

今年最後の投稿です。

皆様来年もよろしくお願いします!

 オリビアはとある一室に閉じ込められていた。だが、牢屋のような薄暗く、ジメジメした場所ではない。

 綺麗なベットに、数多の高そうな調度品、床には複雑な模様の絨毯(じゅうたん)が敷きられ、歩く度にそのまま沈んでしまうかと錯覚してしまうほどだ。

 まるで貴族や大商人を迎えるような好待遇だ。それがまたオリビアには恐ろしかった。

 一体何が目的なのかわからないからだ。


 やがて扉がノックされる。

 オリビアが震える。入って来たのは仕立ての良い白いスーツに赤いネクタイをした男性だった。


「やぁ。随分と手荒な扱いをサディコがしたらしいが悪く思わないでおくれ」

「貴方は」

「私はサルヴァトーレ・モンティーズ。君を攫うように指示をした、首魁(しゅかい)といった所だ」


 優雅に一礼する様は洗練されていた。

 オリビアは服装、言葉使い、動きから目の前の男が紛れも無い上流階級の者であるとわかった。

 わからなかったのは自身を攫った理由だ。


「君の仲間達には既に手紙を出した。君を攫ったとのね」

「ティノちゃんは、無事なんですかぁ?」

「勿論だとも。彼女にはキチンと手紙を届けてもらわないと困るからね。その時は手を出さなかったよ。私は婦女子と子どもには紳士なのでね」


 どの口が、とはオリビアは言えなかった。

 オリビアの命は文字通りこの男が握っている。彼の機嫌を損ねるような発言は出来なかった。


「言っときますけどぉ、私はそんなヤワな女性ではないですよぉ〜? 私に何かしようとしたら、噛みちぎってあげますからぁ」


 しかしそれと心が屈するのは別のこと。オリビアは抵抗の意思を示す。それが張りぼてに過ぎないとしても。


「確かにそうだね。君は攫われたというのに落ち着いている。普通の女性なら恐怖に怯えるだろう」


 だけど、とオリビアはモンティーズにベットの上に押し倒される。

 蹴り上げようとした足を抑えられ、顎を掴まれる。じっと瞳を覗き見られる。


「でも、私には分かるよ。君は余裕そうに見えてその奥底に隠された恐怖心を。もしかして、君は過去に似たような経験があるのかな?」

「っ……!」

「当たりか。いやはや、女だけで海で出るからだね。……ふむ、私の趣きには外れるが今此処で君を屈服させても良い」


 モンティーズがオリビアの顎に手を当て、口に指を入れる。

 その瞬間、オリビアは思い切り噛み付いた。千切れはしなかったが、指から出血する。


「言ったでしょう? 噛みちぎるって」

「……やれやれ、強情なことだ。今はよそうか。私に強姦の趣味はない。そちら側から誘うのであれば別だがね。さて、私はそろそろ行くとしよう。言っておくが勝手に逃げ出そうとはしないほうが良い。そしたら私は君に罰を与えなければならなくなる」


 それに、と言葉を紡ぐ。


「一人は寂しいだろう。安心したまえ、君の仲間にももうすぐ会えるよ。私にこんなことをしたんだ、君がどんな風に乞いをするのか楽しみだよ」


 モンティーズはそれだけ言って後にした。

 オリビアは一人、部屋で乱れた呼吸を整える。背には汗が流れ、心臓の音がうるさい。


「大丈夫、大丈夫。コロちゃん達ならきっと助けてくれる。コロちゃん達なら……」


 自らを安心させようと言葉を繰り返していると、フラッシュバックする。


 あの時、父親も自らを庇おうとして斬られ、母親まで助けようとして殺された。


 その姿が《いるかさん号》の皆と重なった。

 ずっとそうなのだ。皆が戦う度にいずれこうなるのではないとオリビアは怯えていた。それをずっとひた隠しにしていた。

 でもそれをあの男は見抜いた。


 怖い。

 得体の知れなさが不気味すぎる。


「来ないで……」


 思いとは裏腹の言葉が出る。


「いや、いやぁ……。みんな来ちゃだめ。私のせいでみんなが傷ついてしまう……。いや、いやよぉ……誰が、助けて……」


 部屋ではオリビアの泣き声が微かに響いていた。





「ひぃっひぃ、ボスゥ〜」

「やぁ、エドゲイン」


 部屋を出ると一人の男性がモンティーズを迎えた。


「話は済んだんだなぁ? ん? 指から血が出てるじゃなぃ〜かぁ。じゃあ、あの女ぁ。剥いでも良いんだなぁ?」


 残虐な笑みを浮かべる語尾が伸びが特徴的な顔色の悪い一人の男性。

 奇妙な外套を身に包み、見た目だけなら浮浪者だが、目だけはギラギラと獣のように光っているこの男の名はエドゲイン。


 彼はこの港湾都市サンターニュで、残虐な無差別殺人を起こした狂人であった。彼の犠牲にあった人は全員身体中の皮を剥がれており、その残虐性と危険性から『皮剥』と呼ばれ、指名手配されていた。


 しかし、エドゲインは未だ兵士達からも見つかっていない。

 彼は隠密能力と、戦闘能力どちらもが高かった。彼のナイフ捌きは独特の動きにより、手が振るったと思ったらナイフの先が見えないのだ。その動きで捕らえに来た者を返り討ちにし、そしてそのまま皮を剥ぎ、また彼の悪名を高めた。


 モンティーズがこの男と出会ったのは偶々だ。それももしあの時例の護衛(・・・・)が居なければ自身も皮を剥がれ、死んでいただろう。


 どちらにせよ、今はモンティーズは彼の全面的なバックアップと趣味について好きにさせる代わりにその能力を買って、この場所の守りを任せていた。この場所にはモンティーズの飽きた女だったり不都合な人物を閉じ込める場所であったからだ。

 それらの処理(・・)もまたエドゲインに任せていた。


「まぁ、待ちたまえ。急いでは事を為損じる。私はね、あの船の船員を全員一度集めてみたいのだよ。そして、彼女が自らの所為で船員が危機に陥ったという事を突き付けてやりたいのだ。きっとその時、彼女は素晴らしい顔をするだろう」

「なんだぁ、つまらないんだなぁ」

「けど、もし彼女が逃げ出そうとしたら見せしめにもう片方の腕は斬っても良いよ。どうせ片方はないんだ。一本や二本変わりやしないさ」

「ほんとぉか? ほんとぉなんだなぁ。ひぃ〜ひぃっひぃ、あぁ〜。逃げ出して欲しいんだなぁ〜」


 期待したような顔をするエドゲインだが、モンティーズはオリビアは逃げ出す事はないと確信していた。あれは既に心にヒビが入っている。自暴自棄になりはしないだろう。


首長(ドン)、報告が」


 その時、モンティーズの側に一人の部下が駆け寄り報告する。その報告を満足げに、しかし少し驚いたような顔をして聞いた。


「ほう? 予想よりも早いな。しかし、船から吐き出したそれだけの戦力。彼女らの船の方には殆ど戦力は残っていないだろう。先にオーロに伝えて襲撃するよう手配しておこう。彼はあの船の人魚に執着しているからね」

「はっ、直ちに。それとサディコ様の方も準備が出来たとのことですが……よろしいのですか?」

「良いさ。愛人のワガママを聞いてやるのも男の度量の広ささ」


 やれやれと態とらしく肩をすくめる。

 サディコは《いるかさん号》を襲う事に一枚噛ませろと詰め寄ってきた。


 彼女の加虐性についてはモンティーズは知っていた。オリビアの頬を叩いたのも、恐らく自らより豊満な肉体を持つ彼女に嫉妬したのだろう。相変わらず心の狭い女だなと思いつつ、モンティーズはサディコを咎めない。手段を問わずしてあの地位まで上り詰めた彼女を何よりも気に入っていたのだ。


「ボスゥ〜、ボスの女が準備したって事はもしかして戦うつもりなんだかぁ? けどなぁ、所詮は女だけの集団。戦わずして降伏するんじゃないのかなぁ〜?」

「いいや、そんな事はない。必ず向こうは奪い返しにやってくるよ。そして私の前まで来るだろう。私には分かるよ。彼女らのこの街での痕跡、人数、性格、武装、目的については理解した。彼女らは強い、それはわかったよ」


 《サンターニュ》のあらゆる所に自身の根を張るモンティーズにとって《いるかさん号》の構成員の情報を集めるのは実に容易かった。


「だけど、問題はない。多少は私の部下にも犠牲が出るかもしれないがね。その時に備えて街の兵士にも協力してもらおう。君、直ぐに伝えてきたまえ」

「はっ!」


 報告した部下が去っていく。

 その様子を満足げに頷く。


「君も、この場所の守りを固めておいてくれ。エンリケの方はリューグナーに指示しているから既に死んでいると思うが二人(アリアとビアンカ)ほど姿が見えない。特に後者は空を自由に飛べる鳥種ときた。ないとは思うが此処を襲撃され戦う前に人質を奪還されてしまったら興醒めだ」

「うぇひひひは、ま、任せてくんろ。オイラの皮剥技術を見せてやるんだなぁ。現れたネズミはみぃ〜んな剥製にして飾ってやるんだなぁ〜。うぇひひひは〜」

「その時は私の視線に入らないように頼むよ」


 エドゲインは陶然(とうぜん)とした表情で己の持つナイフを舌舐めずりする。モンティーズはにこやかに笑い、此処の守りをエドゲインに任せた。


 外に出る。

 すると例のエドゲインからモンティーズを守り切った護衛が彼を待っていた。


「やぁ、待たせたね。それじゃあ、場所を移そうか。今回の相手についてだが、期待してくれて構わないよ」


 モンティーズの言葉に、目の前の者は薄く笑った。





 少し前の時間。


 《いるかさん号》にはエンリケ達を除く全員が集結していた。

 甲板でティノから渡された手紙をコロンは読んでいた。背筋がぞわぞわする言葉の羅列と中にはご丁寧に案内地図まで入っている。

 やがてコロンは手紙の方だけをビリビリに破いた。


「ふざけている。あぁ、実にふざけているとも。私の仲間に手を出しておいて、あまつさえ降れだと?」

「……ご、ごめん、なさい。わた、わたしが、港を歩きたいって言った、から。わた、しのせいで、わた、わたしが全部……」

「何も謝る事はない、ティノ。私は船員がしたいと思った事を尊重するし、責めることなど何もない。何より、ティノに怪我がなくてよかった」

「……う、うぁ、うぁぁっ……!」


 泣くティノをコロンは優しく抱きしめる。


 自らのわがまま、いやそれをわがままと言うのにはあまりに酷だろう。ティノは港町を歩きたいと言った。オリビアもまた、買いたい物があるから快く了承した。その結果がこれだ。


 コロンは己にも罪があると感じていた。

 "俊走竜(ヴァロニクス)"の兵士がいるから治安は大丈夫だと過信してしまったのだ。しかしティノは自らの所為だと感じていてしまっていた。


 どちらにせよ、自らの願いのせいで慕う人が危機に陥った現実は、子どものティノには余りにも辛い。

 こんな時はいつもオリビアが居てくれた。だが今はいない。


 脳裏にいつものにこやかな笑みを浮かべるオリビアの顔がよぎった。

 治療の時は怖いけれど、いつも包容力でみんなを優しく包み込んでくれた。


 泣いているティノを落ち着かせる為、クラリッサが共に船内に入っていった。こういう時はアリアの方が奏唄人の力で向いているのだが、今はいなかった。ふと、アリアは大丈夫かと思ったが、あぁ見えて危機察知能力は高い。これまでも幾度も危機をするりとすり抜けてきていた。大丈夫だろうとあたりをつける。

 ビアンカは言わずもがな、エンリケも大丈夫だろうとコロンは信じていた。


 コロンは手紙に書いてあったを名を呟く。


「……サルヴァトーレ・モンティーズ。私の仲間を攫うとは良い度胸だな」

「コ、コローネ……」

「せんちょー」

≪ウ、ウキキィ……≫


 コロンから只ならぬ怒気が放たれた。

 その場にいた《いるかさん号》の船員達とファミリー達が威圧される。

 船の外では海鳥が一斉に羽ばたき、海の中では魚達が只ならぬ気配にすぐさま逃げ出した。やがて、コロンから放たれていた圧が収まる。


「すまない、皆。つい怒りを制御する事が出来なかった」

「……いいわ、別に。気持ちは痛いほどわかるから。それで、やるのね(・・・・)?」

「あぁ、無論。私の前に立ち塞がるというのならば、その全てを悉く叩き潰す。仲間に手を出した事を、必ず後悔させてやる」


 仲間の為に激昂するコロン。

 その姿はまごう事なくを彷彿とさせた。






オリビアはどうなるのか。コロンの決断とは?

続きが気になると思った方は是非ともブクマと評価の方をお願いします!

コロン達の航海を完遂させるには皆様の力が必要です。是非とも船員として力を貸してください。

よろしくお願いします!

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