迫り来る魔の手
長らくお待たせしました。
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「どういうことだ!?」
真っ先に反応したのはビアンカだった。
獣もかくやといった表情でロレンを睨みつける。
「おっと、これ以上は話せないのう。情報というのはただでくれてやるものではない。何かしら対価あってのものじゃ」
「ふんっ、くれてやる」
エンリケが液体の入った瓶を放り投げる。
「その光景を見た時追っ手がいたらしいな。そしてその際に攻撃を食らったな。先程から腕を抑える動作をしている。ならそれを飲めばある程度痛みは抑制される。あとは街の医師にでも見てもらえ」
「なんだと? そうだったのか情報屋!?」
「ひょほほほほ、御主にはバレておったか。こっちのひよっ娘達にはバレんかったのじゃがな。まぁ、とにかく代金は確かに。ならば教えよう。知らぬ御主らの為にもう一度丁寧に教えてやろう。攫ったのは《サルヴァトーレ》ファミリー。この《サンターニュ》を牛耳る二大ファミリーの一つじゃ。そこのボス、サルヴァトーレ・モンティーズじゃ」
その内容にエンリケは唸る。
「……よりよって《ボンターテ》と同格のマフィアか。どこで見た?」
「港町の市場を歩いておった時にの。偶々走る馬車を見たのじゃ。その馬車の紋章から奴の愛人であり、この街での娼館のまとめ役の権力を握っている者の一人、サディコ・ジェロシーアじゃとわかったよ。奴等、普段は現れない港の市場に現れたかと思えば強引に因縁つけて例のオリビア・コンソラータを攫って行きおったわ。その際伝言か、側にいた小さな娘を見逃していたの。髪型はサイドテールの、気の弱そうな子じゃ」
「……ティノか」
「そう、そんな名前の娘じゃったな。ともかく、オリビア・コンソラータを攫ったのはサディコ・ジェロシーアであるならばその裏で糸を引いているのは十中八九モンティーズという訳じゃ。奴とサディコはこれな仲じゃからな」
意味深に指を立てるロレン。内容を聞いたエンリケは考え込む動作をする。
その時蚊帳の外だったアリアが恐る恐る手をあげながら話しかけてきた。
「あの、《サルヴァトーレ》ならボクもわかるよ。酒場とかの話で色々聞けたから。良い話も悪い話も。でも、何故そんな大物がボク達を狙うんだい? ボク達にはそんな奴に狙われる理由なんてないよ」
「奴は蒐集家じゃ。大凡、《未知の領域》から流れてきた品物も奴は粗方回収する癖がある。衣服、装飾品、壺、絵、財宝、薬、植物、魔獣、そして、奴隷」
「ど、奴隷……」
「そんなに驚くこともないじゃろ。今の大航海時代において奴隷もまた立派な産業じゃ。特に《未知の領域》からは今まで見た事のない種族の者が連れて来られるからの。特にそっちの二人もこの辺りでは中々見られない鳥種と奏唄人の女じゃからな」
「成る程、狙われる理由はごまんとあるな」
頷くエンリケ。
そんな時、背後で樽を破壊する音が聞こえた。ビアンカだった。
「そんな事はどうでも良い! オリビアを攫ったのならば奪還するまでだ。その攫った馬車のサディコなんたらとか言う奴の居場所を教えろ。すぐさま報復してやる」
「いやはや、待て、待て。"慌てる乞食は貰いが少ない"とも言うじゃろ? 話は最後まで聞けい。奴の娼館に行ったとて、その場にはおらぬじゃろう。曲がりなりにも人攫いじゃ。あの時あの場は殆ど奴の子飼いで固められ目撃者は少なく、その少ない目撃者も証言などしないじゃろう。面だって歯向かえば自分達が危ないからの」
「兵士は役に立たないのかい。ボクはあの魔恐竜に乗って海賊を拘束するのを見たんだ。彼らなら事情を話せば」
「無理じゃの。奴の手は衛兵にも及んでおる。末端ならともかく、その上司達が許さんじゃろ」
「先生、奴は父上が病に侵されてから着々と《ボンターテ》の構成員を引き抜いたり、この街の権力者とも強固な繋がりを持っている。それは衛兵も同じ。だからこの街の権力は当てにできないんだ」
「そんな」
打ちひしがれた表情を浮かべるアリア。
対してエンリケは冷静だった。
「ロレン、もう一つ聞きたい。その光景を見た時間帯はいつだ?」
「一時前じゃの」
「……思ったより時間が経過しているな。C・コロンに伝える暇があるとも思えん。それに、恐らくだが既に察知している可能性が高い。ティノをそのまま逃したのも態と船で向かわせて攫った事を伝える為にだろう」
「察しが良いのう。流石は『毒ーー「ロレン」……ひっひ、そう睨むでない。御主の言う通りじゃ。サルヴァトーレの首領・モンティーズはかなりの策謀家じゃ。だが同時にかなりの享楽主義者であり、演出家じゃ。奴は自ら相手を屈さねば満足しない。つまり、御主ら全員を捕らえるまでコトに及ぶことはない」
「その代わり、捕まれば二度とお天道を見る事は叶わんな」
「それもまたこの街では良くある事じゃ。それでどうする? 船に戻って御主らの仲間と合流しても良いと思うが、モンティーズ自身はともかく奴の部下がオリビア・コンソラータに何をするかわからんぞ」
その言葉にエンリケは考え込んだ。
普通に考えれば、このままエンリケ達はコロン達と合流するのが正しいだろう。だがエンリケには気がかりなことがあった。
オリビアの事だ。
嫌い……ではない。
彼女の知識の深さには素直に脱帽する。時たまエンリケすら知らない調合剤を作ることもある。
片手だというのに、率先して《いるかさん号》の船員の誰かが怪我すると治療を施した。怒ってはいるが、それは仲間を想ってのことだ。
エンリケが来るまで一人であの医務室を切り盛りさていたオリビアを、エンリケは尊敬していた。並々ならぬ努力があったであろう。
彼女には、過去海賊団に攫われそこで暴行を受けた過去がある。今も恐らくその恐怖に耐えているのだろう。
誰もいない 一人で。
だからこそ、苛立った。思わず組んだ手に力が入るには。
(……ふん、奴の事をとやかく言えんな)
エンリケは軽く自嘲する。
自ららしくはないと思いつつ、腹を決めた。
「ロレン、お前はオリビアが送られた場所についてもある程度見当はついているな?」
「3つほど候補はあるの。行く気か?」
「本当ならばC・コロンに伝えられたら良いのだがその時間もなさそうだからな。俺ならば少なくとも奴の構成員に被害を与えられる。最悪自爆覚悟で毒物を撒き散らせば、C・コロンらが来るまでの時間稼ぎになるだろう」
「あい、わかった。それも先程の薬と引き換えとして教えてやろう。ただし、ワシが連れて行くのは居場所までじゃ。内部までは行かぬぞ。火の家の中には入らぬのが鼠の特権じゃ」
「構わん。だからさっさと」
「待て」
制止の声をあげたのはビアンカだった。
「貴様はオリビアの場所がわかると言ったな? なら自分も連れて行け、そこの爺。ただし、自分はコイツと違って貴様を信用していない。だから、もし嘘ならその時は貴様の首を掻っ切る」
「おぉ、おぉ。怖い怖い。老い先短い人生を更に短くしようとするとは、獣人というのは酷いものじゃのう」
「黙れ。さっきから貴様の態度が気にくわないのだ」
「ふむ、ふむ。流石は獣人の中でも空を飛べる鳥種。感じる圧も正しく空の王者じゃ。空にいる限り御主に敵うものはいるまいて。地を這う鼠の我らは怯えてるしかない、のう?」
「こっちを観るなロレン」
態とらしく視線を向けるロレンを睨む。相変わらず愉快そうに笑うだけだ。
蚊帳の外にいたアリアが声をあげる。
「あ、えっと、だったらボクも」
「フィールド。お前は退け」
「だけど」
「悪いがあのブラジリアーノの時とは違う。俺にはお前を守るほど強くはないし、数の差を覆すほどの頭もない。《サルヴァトーレ》は確かに実力者こそ少ないが、その構成員は容易く《不退転の猛牛》を凌ぐ。この鳥頭とて、四方八方数に襲われたら対処しきれないだろう」
「誰が鳥頭だ! アリア、来るなら来てもいいぞ」
「……いや、やめておくよ。ボク自身が役に立たない事はボク自身がよくわかっている。だから、今回は客人さんの言う通り退くよ。そのかわり、女医さんを助けてあげて欲しい」
アリアは無力さを痛感して、辛そうな顔をしつつ託した。
エンリケは善処すると言い、ビアンカは任せろと胸を張った。
その時、セリューが一歩前に進み出た。
「私はこの人を送り次第すぐさま父上にこの事を伝えてくる。必ず力になってくれるはずだ。先生、私達は貴方に恩義がある。向こうと抗争することになっても、最悪私だけでも先生らに加勢する」
「期待はしない。既に一度裏切られたからな」
セリューは悲しそうな顔をする。
その時、予想外の方向から援護の声が飛んでた。
「まぁ、待ちなよ客人さん。少しだけ彼女を信用してあげても良いんじゃないかな?」
「どういう風の吹き回しだ、フィールド。そもそもお前らは初対面だろう」
「あぁ、うん。ボクは彼女の事を知らないし客人さんを取り巻く環境についても一切知らない。だけど、彼女から聴こえる音は嘘偽りなく真摯なものだ。だから少なくとも言葉に嘘がないのはこのボクが保証するよ」
態々樽に腰掛けイリアン・パイプを鳴らすアリア。
「……本当に信用できるのかアイツの言葉は」
「少なくとも、アリアの審美眼については確かだ」
エンリケの言葉に自信満々に頷くビアンカ。
怪訝にしつつも、アリアが信ずるのなら好きにしろと伝える。
「では案内しよう。ついて参れ」
ロレンの後ろを二人が付いていく。
「……足手纏いにはなるなよ」
「お前こそ、直ぐに敵に突っ込まない事だな。短絡な行動の尻拭いなど俺には持て余す」
ノワールの件抜きにしても仲が良いとは言えない二人。
その様子を心配そうにアリアとセリューは見つめていた。
「……あの二人本当に大丈夫なのか?」
「いや、うん。多分大丈夫……だと思うよ? うん、物語にも犬猿の仲な者同士が戦いを通して認め合う"戦場では背中を任せ合う"って言葉があるはずだから。……うん」
「その割には楽器の音も自信なさげですね」
「ごめん、ボクも自信無くなってきた……」
何処か情けない楽器の音が鳴った。
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