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忍び寄る者

 身体中に重りをつけられたような倦怠感を感じながら重い瞼をパルダガスは開ける。


「……知っている天井だな」

「当たり前だ。此処は貴様の寝床だぞ」


 呆れを含んだ声。視線をズラせば椅子に腰掛けこちらを見るエンリケがいた。


「いたのか。儂が起きるまで待つとは律儀なものだな」

「医者として、患者の容体はつぶさに観察する必要がある。特に手術などという大それた事をした後にはな」

「確かにそうだな」


 パルダガスはググッと上半身を起こす。未だにあちこちの身体が怠いが確認すべきことがあった。

 服をめくると手術痕があった。


「……腹は元に戻っとらんな」

「あぁ、寄生虫が暴れることで発生する中の溜まっていた水も抜いたんだが、貴様の腹は殆どが脂肪だった。つまりは肥満だ」

「なぬ? ……それは本当か?」

「あぁ。俺も寄生虫の感染した特徴に目をとられ、肥満だったとは腹をひっさばくまで気付かなかった。貴様、そのままだと折角生き延びたのに、またすぐにぽっくりと逝くぞ」

「そりゃいかんな。痩せんとならん」


 笑うパルダガス。


 そう手術は成功した。エンリケはやり遂げたのだ。


 すると、パルダガスの笑い声を聞きつけて扉の外にいたセリューがいきなり中に入ってくる。


「ち、父上っ。よかったぁ、本当によかったぁ! も、もう目覚めないかと思ったたぁ〜!! うあ〜ん!」


 セリューはパルダガスに練りついて泣き始めた。


「おい、小娘。傷口は塞いだが奴は傷病者だった奴だ。過度な負荷を掛けるな」

「待て、感動のご対面なのだ。儂はともかく、セリューは不安だったのだ。そのくらい好きにさせろ」

「ぢぢうえ〜っ!」

「やれやれ。いつまでたっても子どもよな、お前は」


 優しくセリューの頭を撫でるパルダガス。

 それに更に泣くセリュー。


 エンリケは暫し呆れた目でそれを見つめていた。



 しばらくしてセリューも落ち着いた頃、話を切り出す。


「さて、貴様の腹の中にいたものがあるんだが見てみるか?」

「おう、儂をここまで瀕死に追いやった元凶をこの目で見てやろう」


 頷くと、エンリケは用意していた箱から中身を取り出す。

 ことりと置かれた大きな瓶の中にはホルマリン漬けされた白く、長い胴体の紐のような生物。折り曲がっているがその大きさは優に3mを超えていた。


「これが"熱帯在住鉤虫"。貴様の腹にいた寄生虫だ」

「う、うぇ」

「ふんっ、こんなのが俺の中にいたのか。そりゃ、通りで具合が悪くわけだ。腹の中から蝕まれていたわけだしな」


 セリューは顔を青くし、パルダガスは縫われた腹を抑える。

 あの時の痛みを思い出し、顔も苦虫を噛み潰したような表情となる。


「さて。この寄生虫について話がある。先に言っとくが気を悪くするなよ?」

「あん?どういうことだ」

「そもそもこの"熱帯在住鉤虫"はとある熱帯地域にのみ生息するものでな。間違いなく、この国には存在しない。それで先ずこの寄生虫は"王冠マンゴー"と呼ばれる果実の中に卵を産み付ける。その後、生き物に寄生するには非常に限られた期間でしかない。そして、この虫はちょっと特殊でな。《未知の領域》の先にしか生息していない。更には最終宿主の体内に入るまでに乾眠と呼ばれる状態になると長い間何もせずとも生きながらえる。そう、長期間の航海にも耐えられる程にな」

「……おい。まさか」

「お前のファミリーの中に、最近何か熱帯の食べ物を進めてきた奴はいないか? これは意図的でなきゃ、体内に入らない」

「熱帯の食べ物……果実……」

「父上、それってまさかコロナス様の……」


 震える声でセリーが答えを出した。

 パルダガスにも覚えがあった。船から仕入れたと弟であるコロナスがやたらと進めてきたのを。

 その時は珍しい果実だとしか思わなかった。

 だが、よく考えたらそれからだった。この症状が出たのは。


「奴め、隠した野心を露わにしたか。……馬鹿者が。そんな事をしなくとも儂はお前に跡を任せようと考えておったのに……」


 怒りと少しばかりの寂寥感を含んだ声でパルダガスは吐き捨てる。


「これは俺のファミリーの問題だ。悪いがこの先は手を出させはしないぞ」

「……ふむ。ちょうどその時どうやら俺は耳が悪くなったようだな。一体彼女が何を言ったのか皆目見当もつかん」


 態とらしく眼鏡を押し上げるエンリケに「食えん若造だ」とパルダガスは笑う。


「約束は守る。貴様の言った船の修繕はこちらで手配しよう。そして地図の方も用意する。儂は約束は守る漢だ」

「あぁ、知っている。十年前もお前は不干渉を貫いてくれたからな」

「はんっ、褒めても何も出はしないぞ」

「出るではないか、地図が」

「喧しい」


 エンリケはパルダガスが復活したと判断し、席を立つ。


「まだ三日間は安静にしとけ。それと貴様の子飼いの医師にもまた腹に疼きがないか確認しておけ。オスだったからないとは思うがな。もしあればこの《サンターニュ》にいる限り、俺がもう一度手術してやる」

「分かっとるわ。さっさと出て行きやがれ。何が嬉しくて、貴様の不機嫌な面をいつまでも見ときゃならん。

「それだけ悪口を言える元気があれば、あと十年は生きるな。では、然らばだ」







 ふぅ、と船から仕入れた最高級品の煙草の煙を吐き出す男。

 薄金色の髪に、顎髭を蓄えた男性は、同じくベットに眠る女性をちらりと見ながら再び煙草を味わう。


 するとコンコンと扉がノックされた。

 立ち上がり、扉を開ける。


「誰だ?」

「はっ、報告があります。内容はこちらに」

「ふむ、ご苦労だった」


 簡潔なやりとりをして、部下からの報告書を受け取る。そして内容を確認する。


「誰だったの?」

「オーロさ。奴の手の内の船から《未知の領域》から連れ帰った奴隷を乗せた船が戻ったと連絡があった」

「あら、ならわたくしの娼館に回してくれるかしら? 最近《未知の領域》より先の女を抱けるって評判なのよ」

「あぁ、勿論」


 ベットで寝ていた女に微笑みながら男性は頷いた。女性もまた、同じように微笑を浮かべる。

 その一幕だけ見ればまるで絵画のようだろう。だが、交わされる内容は下衆のそれであり、どちらの顔にもそれを当然と受け止め、気にしている様子はない。


 男性はベットの近くにあった戸棚を開けて、女性に小さな箱を渡す。


「これは報酬の香水さ。効果は折り紙つきさ」

「あら、じゃあ遠慮なく受け取るわ。わたくしの美を磨き上げる為に」


 女性もまたそれを嬉しそうに受け取る。女性は艶のある紫色の髪に、セクシーな泣きぼくろのある美しい女性であった。実際男性にとってもお気に入りであった。

 男性は髪を整える女性の裸体を見つつ、報告書を読み進める。


「おや」

「どうしたの?」

「パンダガスの死に損ないが私のファミリーが奴隷を街に仕込んでいるのに気付いたらしい。まぁ、それに気付いた所でどうにもならないが。奴自身のファミリーに私の手駒が入り込んでいる以上、もはや何をしようが手遅れだ」


 自身の組織に裏切り者がいるとは知らない憐れな老人を思い出し、男性は嘲る。

 そのまま報告を読み進めていると、とある内容に手を止めた。


「……ふむ」

「今度はなぁに?」

「奴の動きに変化があった。自身の手駒を使ってとある海賊船を見張らせているらしい。……いや、この動き。守っている? 何を? ボンターテが肩入れする、海賊船。そこには何がある? 財宝? 地図? 酒? 奴隷? 薬? いずれにせよ、興味深い。確かめてやろう」

「やる気なの? 別にそんなことしなくても貴方は今のままでも富が沢山手に入るでしょ?」

「世の中はね、常に変化する。だからこそ、常に率先して動く必要があるのさ。この大航海時代、足踏みをしているものは前に進めない」


 男性は更に部下に命じてパルダガスが動いている船が何なのかを調べさせた。


 そして《いるかさん号》の存在に気付いた。


「……欲しい」


 狂気を孕んだ声色で呟く。


「女だけで構成された海賊船。珍しい。見たことない。欲しい。実に欲しい。素晴らしい」

「また? 女なら私がいるじゃない」

「私はね、欲しいモノは手に入れるのだ。そして手に入れなかったものはない。この街もボンターテさえ陥ちれば実質的に牛耳る事ができる。私の仕込んだ毒でもはやあの爺は死にかけさ。なら、今殺すのも後から殺すのも変わらない。奴は放っておいて良い。それにしても女だけの海賊団。そんなものは聞いたことがない。それを手に入れられたらどれ程愉快なことだろうか。あぁ、年甲斐も無く滾るよ」


 若くしてサルヴァトーレのボスに登りつめたモンティーズ。


 彼は自らの興味を持ったものに対しては偏屈なまでに執着心を抱く悪癖があった。


「もっと調査を続けろ。必ず、私の物としてくれよう」


 彼の手が、いるかさん号に伸びようとしていた。



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