寄生虫
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しん、と静寂が部屋を支配する。
誰もがエンリケの語った内容に口を開けていた。
虫だ。虫である。
そこら辺にでもいる小さな生命体だ。
「貴様舐めているのか!」
「そうだ、何をもって虫と断定出来る!?」
「あーはっはっはー!!」
激昂するリューグナーとセリー、あわやそれぞれの得物に手をかけ抜こうとした時、笑い声が響いた。
二人は驚いた表情で振り返った。
それは久しく聞いたことのないパルダガスの笑い声だった。
「くくく……色んな奴等から恨まれ、傷を受けても泣き言一つ言わなかったこの儂がたかだか虫一匹にここまで弱らされるとはなぁ」
「なっ、こんな奴の言うことを信じるのですかボス!」
「信じるとも、あぁ信じるとも! コイツは天才だ! 当時死の淵にいた一匹の小娘を後遺症なく完全に回復させる程にな! その奴が言うのだ、理由が分からないと匙を投げた医者なんかよりもよっぽど信用できるわ!」
「あいつの病も適切に処理さえすれば、治すことのできるものだ。決して『黒肺病』みたいな難病ではない。そしてそれはお前も同じだ」
「それを治すことが出来る医者がこの街にいると思っているのか? まぁ、それは良い。で、儂は治ると?」
「そう言っている」
「なるほどなるほど、儂は治るのか」
考え深げに呟くパルダガス。
「ち、父上。あんな奴の言うことは世迷言です。
「これが愉快でないはずがないだろう。全くもって人生とは面白い。死に待つだけと思っていたら、向こうから救いの手がやってくるのだから。それで? 具体的に儂の身体は今どんな状況なのだ?」
「虫と言ったがそれには語弊があるな。正確には"寄生虫"だ。名称は、"熱帯住血鉤虫"という。この虫は本来であれば人間には寄生しない。するのは牛や馬といった生物だ。だが、これが人間の体内に入ると、本来の最終宿主でないため異常な行動を取る。具体的には自身の肥大化、及び暴れることで内臓を傷つける。これが腹痛の正体だ」
「う、ちょっと待って気持ち悪くなってきた……」
「更に厄介な事にこの虫は最終宿主に寄生すれば、最終的に目指すは脳であるが人間の脳を乗っ取るほどではない。だから成長してもずっと腹の中に居続けるしかない。成長し、通常の成体のサイズになっても肥大化しつづけ、ずっと腹の中でもがき続ける。さらにその際に、この寄生虫がストレスで分泌する体液が腹に溜まっていく。これは人体では消化出来ぬ物質で腹へと永続的に溜まり続ける。貴様の腹はそれが原因だ」
「えっ、待ってっていったのに! う、ぅぅぅ……!」
バタバタとセリューが口を押さえて部屋の外を出る。
リューグナーの顔色も悪い。
唯一平然としているのは本人であるパルダガスだ。最も、思う所があるのか自身の腹を触っている。
「更にこの体液は腸の栄養を取り込むのを阻害する。下痢や痩せるのは体に必要な栄養が取れていないからだな」
「なるほど。よくわかった。なら次は処置の仕方だ。何か薬を飲んでケツの穴からひり出すのか?」
「無理だな。この虫は外に出されないように返しの棘がある。自然には出てこない。方法は一つだ。直接腹を開いて虫を取り出す」
「腹をひっさばくだと!?」
「ほぉ」
あまりのおぞましい内容に顔色を悪くするリューグナーとは対照的にパルタガスは面白そうに笑う。
「確かに体内に入り込んだ虫を取り出すにはそれしかないわなぁ。ケツから放り出すのも不可能らしいからな。というか、お前の話だと出もしないだろうな。だがそれだと儂もそのままおっ死ぬが?」
「ここに来る前に出会った海賊からザクロニウムの花を手に入れた。更には《幻島》で、人の体に害なく寧ろ癒す《治糸草》を手に入れた。後は《粘着草》だな。これを開いた後の所に塗る事で内臓の傷を塞ぐ。あとは《昏睡オシドリ花》もある。濃度を薄め、正しく調合したこれを飲めば意識こそ失うが痛覚も遮断され、起きた時には事が終わっている」
「《幻島》だと? 七大不思議の一つじゃねぇか。何やらそっちの方も気になるが……貴様に儂の命を委ねろと?」
「どの道このままでは長くない。このままベットで横になり神仏に祈るよりかは可能性があると思うが?」
「生憎と儂は神を信じとらん」
エンリケの言葉に心底吐き捨てるように言ったパルタガスは、自らの座っていた机の引き出しを開ける。
古く使い込まれて、一種の侘び寂びを感じる箱を開け、中にある煙草を吸い始めた。
「ボスッ、煙草は今の身体に触ります」
「ほっとけ。今まで自粛していたんだ。今日くらい愉快な日になら吸って構わんだろ」
口で煙草の味を転がし、味わう。久方ぶりの煙草は実に美味く、頭が冴え渡る。
こんな事が出来るのも目の前の奴のお陰だ。他の医者はもしかしたら肺に原因があるかもしれないから自粛してくれと言ったのだ。
それがどうした。肺は全く関係なかったではないか。
全くこの街の医者は揃いも揃って馬鹿が雁首揃えて何やってるんだか。
いや、とパルダガスは首を振る。
こいつと一般的な医者を比べるのが間違いかと考え直す。卓越した医療に関する知識。あの船がこの大航海時代で驚異の死傷率の低さだったのはこいつが要因だ。
「これもまた運命か。良いだろう。受けてやろうではないか、その手術とやら」
「ボス!」
「どのみちどの医者にも治せなかったんだ。ならば今ここにこいつが現れたのは何かの運命だろう。それでだ、眼鏡の若造、お前は俺に何を望む?」
パルダガスは目の前の男が決して他人に慈悲などで治療を施す慈悲深い奴でないことを知っている。
この男が打算なしに動くのは、相方の時だけだ。だがその男はもう死んだという。ならばこそ、パルダガスは何を求めてここに現れたのか聞く必要があった。
「貴様ならもう直知るだろうが俺はある船に乗っている。その船がこの間嵐にあって損傷した。だからこそ俺が求めるのは船の修理、及びにこの街にいる間の我々の安全。そして、貴様が手に入れた《未知の領域》への地図だ」
「船の修理はともかく、地図だと? 治療費としてえらくごうばってくるな。それに地図はお前には必要ないだろう。こっちなんかより、お前の方が知っているだろう」
「正確な地図だ。お前の事だから《未知の領域》から帰って来た船の情報を買い取り、ある程度の細かい分布は分かっているのだろう。俺の航路をあいつらが通るとは限らん。無論、貴様を治すのにこれだけものが簡単に貰えるとは思わん。代わりに俺はお前の知らない、先の海について教えてやろう。誰もが求めたその大陸の意味をお前ならわかるだろう」
「大陸だぁ? そんなものが何の……いやまて誰もが求めた大陸だと?」
パルダガスは一つの結論に辿り着いた。
「あったのか、《黄金大陸》が!?」
七大不思議の一つ、《黄金大陸》。
その大陸はここにはない鉱石や技術によって造られた品物があることからまことしやかに囁かれていた。とは言え、あくまで噂ではあった。
だが、時折その品が届くことがあった。船を襲った海賊船を更に襲った海賊船から齎された高品質な品々は、この国にはない技術が使われていることから、商船や海賊達はあるとは確信しつつも、その出所の大陸が何処かに分からなかった。
しかし、エンリケはあると断じた。
「そうだ。正確には《灼煌帝》と名乗っている国だがな」
「《黄金大陸》、あれは眉唾物とばかり思っていたが」
「元より偶に海賊船が略奪して、齎される民芸品があっただろう。まぁ、返り討ちにあう方が多くて流通する量は極めて少なくて、まだ見知らぬ島から回ってきたと考える方が合理的だから、ないとされていただけだ」
「証拠はあるのか?」
「証拠か。ふん、そこの娘」
「娘じゃない、セリューだ! お前よくもさっきは気持ち悪い話してくれたな!乙女になんてことさせるんだ!まだ喉がイガイガする!」
丁度戻ってきたセリューにエンリケは話しかける。セリューは敵意剥き出しに睨む。
「俺を斬って見ると良い。そのボロい刀でな」
「なっ、ボ、ボロいだなんて……! いいだろう後悔するなよ! 泣くほど痛いんだからな! 泣いても良いぞ!」
「泣かん。さっさとしろ」
「こ、こいつ。いいだろう、後悔しろ!」
セリューはエンリケの手に向けてククリ刀を振るった。
キィン。
ククリ刀はエンリケを斬る事が出来ず、逆に刀身が折れた。それをみて全員が目を見開いた。
「な、な……」
「……驚いた、貴様実はゴーレムか何かだったのか?」
「そんな訳があるか。ただの武術の一つだ。その国のな。その武術は炎を纏った拳で相手を焼き、岩の重量で大地を陥没させ、水の流れを身に宿しあらゆる攻撃を受け流す。そんな化け物どもがいる大陸だ。その武術を、奴らは"闘極拳"と呼び、その中で"硬金拳"と呼ばれるのが先程見せたやつだ」
かつてブラジリアーノに何度も殴打されても生きていた秘密がこれだった。エンリケは最大限体の強度を上げ、あの猛撃に耐えたのだ。
その"硬金拳"を扱える者が《灼煌帝》にはうじゃうじゃといる。
一応エンリケは使い手としては中堅程度だが、それを超える者が多数いるのだ。
「そんなもの信じられるか……と言いたいところだが実際に見たからには信じない訳にはいかんわな。やれやれ、厄介な。そんな国があったとすれば、万一この国が責められれば簡単に陥落するぞ」
「幸い距離はかなりある。そも、海流も複雑で向こうに着こうとすればかなりの大型船になる必要がある。それこそ《地平を制する大魚の《ドリス・ビクトリア号》ではなきゃ、辿り着けんな」
「おーおー、キャラック船の中でも超大型のお前さんらの船じゃないか。この《サンターニュ》と言えども、おめぇらの船に匹敵する船は3回しか見たことないのに。そりゃこっちからも中々近づくことが出来んな」
そんな会話をしていると、何やら鼻をすする音が聞こえてきた。見ると、折れたククリ刀をセリューが抱きしめながらポロポロと涙を零していた。
「あぁぁぁ……ぐずっ、ち、父上から貰ったククリ刀がぁぁぁ、ウワァァアァァンッ!」
人目を憚らず泣く様はまるで幼子のようであった。気まずい空気が流れる。
「……おい、どうするんだこれは」
「知るか。貴様が折ったんだろう」
「待て、何事も目で見た方が早いであろう。なんとかしろ」
「やれやれ、セリュー。泣くでない。そんなのまた今度一緒に買ってやる」
「ち、ちちうえぇ……」
「お前が泣くのを儂は見たくない」
「うん……うん……」
パルダガスの言葉にセリューは、鼻を鳴らしながらも一旦は泣き止む。
「話を戻すぞ。なるほど、《黄金大陸》が存在するとなればこの《サンターニュ》の重要性が増すって訳だな。ふむぅ」
「妙な野心は持つなよ。向こうの大陸の人々は強いぞ。俺も少しばかり学んだが、それでも奴らからすれば自国の力のほんの一端に過ぎない。下手をすれば此方が飲み込まれる。例えお前がこの町を牛耳る二大マフィアの片割れだとしてもだ」
「例え知れても行けなければ意味などない。その話を聞くにかなりの鎖国国家なのだろう?」
「だが未知が既知になる。それだけで万金の価値はあると思うがな」
「む……」
パルダガスは口元を手のひらで覆いながら、もう片方でコツコツと机を指で叩く。
彼の頭には今あらゆる損得勘定を行なっているのだろう。
「良いだろう。貴様の要求する内容を全て飲んでやる。だが、それは儂の手術とやらが終わった後にだ」
「構わん。だが安全の確保だけは今すぐしてもらう。俺の今いる船は変わったものでな。船員が女しかおらん。まぁ、どいつもこいつも一筋縄ではいかん奴らだが、危険がないに越したことはない。此処は無法者の溜まり場だからな」
「ほぉ? 貴様でも手を焼くと。一度見て見たいものだ」
「誰が貴様のような奴に会わせるか」
愉快そうに笑うパルダガスを不愉快そうにエンリケが眉をひそめる。
「さて、それでいつ手術を行う?」
「そうだな、今すぐというのはどうだ?」
「……ダメだ、明日だ。手術は体力を使うし胃の中に内容物があってはならんからな。貴様も今日の夜は食事を取るな。その代わりにそうだな……煎じた茶でも飲んどけ。お前のことだ。この辺りでは見かけない茶であろうとあるのだろう? それを飲めば多少お前の中にいる寄生虫の動きが抑制される。無論、手術前にも俺が調合した薬を飲んで貰うが」
「そうか、わかった」
即断即決。パルタガスは手術を受け入れ、エンリケもまたその案を飲んだ。
両者はそれだけを確認し合い、最後に船の名を告げた後にエンリケは背を向けた。
「道具を取りに帰る。明日までに準備しておけ」
パタンと扉を閉めてエンリケは去っていった。
その様子を見てリューグナーが口を開く。
「……ボス、本当にあの男信用できるのですか?」
「問題ない。医療に関して奴の右に出る奴を儂は知らん」
「しかしっ、あのような怪しい男を! 騙そうとしているのかもしれない!」
「怪しいのは認めるがな。……どうしたリューグナー。何やら動きに余裕がないが」
「っ。い、いえっ。それよりも良かったんですか? あんな、腹を割くという手術を受けるなど」
「さっきも言っただろう。儂が受けると決めたのだ。なら口を挟むな」
「っ、は、はい」
何やらぎこちないリューグナーにパルダガスは怪訝そうな表情を浮かべるも、指示の方を優先する。
「お前はコロナスにあの男の船を直ぐに確認して他の連中が手を出さんように見張るように命じろ。セリュー、お前もリューグナーと一緒に行って若手の指示を取れ」
「ぅぅ……ぐすっ、はい。父上……」
エンリケが出て行き、ククリ刀を見て一度は泣き止むもまたグスグズするセリュー。パルダガスは仕方ないと溜息を吐く。
「……手術とやらが成功すれば、また一緒に買いにいってやると言ったろ?久々に一緒に歩こうじゃないか」
「! わ、わかりました! 約束ですよ!?」
「あぁ、約束してやる」
セリューは一緒にの部分ですぐに泣き止んだ。
そしてセリューとリューグナーは指示を実行する為部屋を出て行く。
誰もいなくなった部屋でパルダガスは、深く椅子に座り天井を見上げた。
「あいつが再びこの街に現れた。そして奴の乗る船、女だらけの船だという。必ずやサルヴァトーレの小僧は動くだろう。ならば、またこの街に嵐が吹き荒れるか?さてさて、飲まれるのは儂がそれとも……」
楽しそうな老獪な声が部屋に木霊した。
よろしければ、ブクマと評価よろしくお願いします。
 




