ボンターテファミリー
新しい筆者の作品『こちら冒険者ギルド、特殊調査官! 貴方に魔獣の情報をお届けします!』も更新しています。よろしければ、ブクマと評価よろしくお願いします。
見事な異国情緒の調度品が飾らせてあるとある建物の一室。
このドラゴ国において裏で牛耳る二大マフィアのファミリーの一つである。彼のファミリーは《未知の領域》より帰還した船の情報や持ち帰られた品物を買い取り、別の商人に売ったり逆に船の手配や修理を一手に引き受け、膨大な利益を得ていた。最近はその規模が縮小しつつあるが
この部屋にいる一人の男。名はボンターテ・パルタガス。歴戦の風格を纏い、顔に傷のある老齢の男性だ。
そして何より長年この港街を牛耳る二大ファミリーの1つであり、その首長である男である。
「それでリューグナー。調査の結果はどうだった?」
「はっ、やはり奴隷を裏取引しているのはサルヴァトーレファミリーで間違いないかと。しかし物的証拠がありません。巧妙に海賊船に積荷として誤魔化しているのだろうとは思うのですが……衛兵がそれについて何も言わないのを見ると金を握らされているのだと思います」
「そうか。やれやれ、奴隷とは厄介な。肉体奴隷ならともかく性奴隷として売られたのなら、《未知の領域》から持ち帰られた病が蔓延する可能性がある。それだけは防がねばならん。国が滅ぶ。っと、すまんな。セリュー、お前にする話ではなかったか」
「いえ、気にしないでください」
リューグナーと呼ばれた青年は真面目そうな顔で報告を行なっていた。
そしてセリューと呼ばれた赤い髪のポニーテールの少女は腰にククリ刀を飾っている。
パルダガスは親愛の情を持っている二人を見て、暗澹とした気持ちに少し余裕が出来た。
「ごほっ! ごほっ!」
「父上!」
「ボス!」
「ん、大丈夫だ。ふぅ、ワシも歳か」
異常に膨れた腹を抑えつつ、パルダガスは呟く。
それを見てセリューが悲痛そうな顔をし、リューグナーも口を噛みしめる。
「泣きそうな顔をするなセリュー。まだ死ぬ気は無い。少なくとも奴にこの街を牛耳らせる訳にはいかん」
「はい、わかっています……。けど、私は父上が心配なんです」
「こればかりはどうもな。医者に診せても全員匙を投げよってからに。もはや気合でなんとかするしかあるまい。ふははは! 案ずるなセリュー! 気合ならばワシは誰にも負けんからな!」
空元気だが、笑うパルダガスにつられて二人もほんの少しだけ笑った。
そんな中、扉がノックされパルダガスの側近である自身以上に老齢の男性が現れる。
「ご報告が」
「貴様か。どうした」
「はっ。ボンターテ様、話があるとコロナス様を通してゴイ・モーノより打診がありました」
「何? 『壁に耳あり』の情報屋か。それで何の用だ?」
「それが……どうにも会わせたい人物がいると。そしてそれはお前にとっての光明になるとだろうとだけ」
「ふむ……」
顎に手を当て考える。
ゴイ・モーノといえば裏に名を知らぬ者はいないほどの情報通だ。いや、ロレンだったか? 名前を幾度も変えるのでどれが本当か分かりづらい老人だ。
だがその情報は確かだ。
そのせいか狙われた事もあるが、その情報すらも既に知っていて罠を仕掛けて返り討ちにするほどに策謀に長けた人物である。
そいつなら今の自分の状況もわかっているだろう。
その上で光明になると。
「かまわん。通してみろ」
どの道長くないだろう。
ならばその光明とやらがどんなものか興味が湧いた。
側近は頷き、部屋から出て呼びにいく。
「セリー、リューグナー。もしもの時はお前に任せる」
「はっ! 命に代えてもお守りします」
「任せてください、父上! このセリー、命に代えても守って見せます!」
ふんすっ、と鼻息を荒くし、与えたククリ刀を掲げるセリュー。元々貧民街で死にかけていた娘を、偶々ある事を思い出して拾った。
リューグナーも、もっとのし上がりたいと直談判した貧民街の少年だった頃を迎えいれたのだ。
この二人は予想以上に立派に育ってくれた。何かあっても大丈夫だろう。
やがて部屋の外からコツコツと足音が鳴り、扉が不躾に開かれる。
「ふんっ、精強と謳われたこの港街の獅子も、もはや今や縁側の老人と化したか」
現れたのはゴーイではなかった。パルダガスを観察し、何処か皮肉る言葉と共に現れたのは灰色に燻んだ髪の、何処か懐かしい面影がある男だった。
「貴様は……」
「お前! 父上に対するその態度! 何者だ、殺すぞ!!」
「無礼な! 今すぐ首をはねてやる!」
「待てセリュー。リューグナー」
パルダガスは憤る孫同然の二人を制止する。
じっと爪先から頭まで査定するように。やがて、思い当たったのかほんの僅かに目が見開かれた。
「成る程成る程。お主が光明のう……。生きていたか、ヘンリー・ツヴァイク」
歳を重ねるにつれ、過去の記憶は摩耗する。
だがそんな中でも忘れるはずもない、記憶。あの時の二人組の片割れだ。
10年前の大航海時代最中、《未知の領域》への橋頭堡として《サンターニュ》を裏から支配していたマフィアは3つあった。
ボンターテ。サルヴァトーレ。ルスコール。
表の政界にも影響力を持つこの3つのファミリーは、裏の世界では互いに凌ぎを競いつつ、一種のバランスが保たれていた。
だがその内の一つが当時たった一つの海賊団によって壊滅させられた。
ゼラン・フェルナンドが率いし"地平を制する大魚"、当時は1隻の船でしかなかったこの船が《未知の領域》へと向かう為にここへやってきたのだ。
エンリケはそこに所属する船員であった。そして、ゼランと並びこの都市では悪名高い男でもある。当時表の顔では、評判の良かったルスコールを滅ぼしたのだから。
彼らがルスコールを滅ぼした理由はただ一つ。仲間を傷つけた。それだけだ。
そしてそれを成し遂げる事が出来る程、あの船は強者に満ちていた。
「一つ訂正しておこう。その名はもはや意味をなさない。元々はあいつと共にいる為だけに名乗っていた本名だ」
「ほう、ならばなんと呼べば良い? 」
「……エンリケ。ただのエンリケ。それだけだ」
「そうか、ならば眼鏡の小僧と呼ぶとするか」
「好きにしろ」
10年前と変わらない素っ気ない態度。
思わずパルダガスも回顧の記憶に抱かれる。
「久しいな、こうして会うのは10年ぶりか。あれから更に眉に皺が寄るようになったな。それほど苦労させられたということか。それであの生意気な若造はどうした? 死んだか?」
「……」
「何? ……まさか本当にか?」
エンリケの沈黙にボンターテは自分で問いながら驚いた顔をし、寂寥を漂わせた。
「……そうか、死んだか。殺しても死なぬような奴だったんだがな。こんな老いぼれより先に死ぬたぁな。お前がツヴァイクの名を意味をなさないと言ったのもそれが理由か。死因は何だ」
「『黒肺病』」
「例の不治の病か。ならば仕方なし。例えどれほど強者で名の知れた者ではたった一つの病には勝てないからな」
「そうだな。たった今の貴様の状態のようにな」
エンリケは記憶とは違い、痩せ衰えたパルダガスに目を向ける。
「見ない間に随分と老け込んだな。あの時みたい姿は何処にもない。すでに棺桶に片足、いや半身をつっこんでいるな」
「貴様何をっ」
セリューが憤るのを無視して話を続ける。
「状況を見るに異常に出た腹が原因か。更には足のむくみ。恐らくは全身に時折ひどい痒みが出ているだろう? 排便も、下痢。それでいて食欲もないのではないか? 恐らく摂取出来たとしても粥程度の柔いもの。それも嘔吐することがありそうだな」
「なんだ眼鏡の小僧、まるで見てきたかのように言うな」
「実際見た事があるからな」
「なに?」
見てきただと?
パルダガスの姿勢が前になる。そこには驚嘆があった。
「ならばお前はワシの病の見当がついているとでも」
「あぁ」
「バカな、嘘をつくな! この街の名医から闇医者まで分からなかった病気だぞ!」
「黙れリューグナー。続けろ、貴様はワシを蝕むこの病を何だと思っている?」
睨むパルダガス。
嘘は許さん。
老いぼれ、病に侵されようとも睨む眼光からは鋭さは失われておらず、見るものを震えあげさせる。
だがエンリケは、怯える事もその目から顔を逸らすこともせずに眼鏡を持ち上げて、一言原因を告げた。
「貴様の病の原因。それは虫だ」




