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港湾都市サンターニュ


 ザァッと波がうねる。

 潮風が頬を()いでいく。

 いつも通りの海の様子。だが、コロンの気分は高揚(こうよう)していた。


「コローネ、見て」

「あぁ、わかっている」


 リリアンに急かされコロンはイルカを真似した船頭の上で顔を輝かせて叫んだ。


「これが《未知の領域》への橋頭堡、ドラゴ国の港湾都市 《サンターニュ》!! 凄い船の数だ!!」


 エンリケがこの船に乗って約二ヶ月。

 《いるかさん号》は遂に、《未知の領域》への橋頭堡、ドラゴ国の港湾都市 《サンターニュ》へと到着した。



 ドラゴ国の港湾都市こと《サンターニュ》。


 巨大な三日月型の湾に沿って港町が形成されたこの巨大な港湾都市は、《未知の領域》へと繋がる中継地として栄えていた。

 《未知の領域》を目指す船が集まる事はもちろんのこと、数多くの船が此処を経由して、それぞれの国へと戻る。その為、停泊する船は皆が皆、変わった造形をしていた。

 また、《サンターニュ》自身も影響を受け、街は装飾が多い大仰な建築(バロック)様式や幾何学模様の建築(ルネッサンス)様式、逆にシンプルな煉瓦式の建物が共存して立ち並ぶなど、異国情緒が溢れる街となっていた。


 多数の船には、《いるかさん号》より大きいキャラック船や、逆に同じくらいの大きさだが数が5隻とも同じ旗を掲げていることから船団もいた。


 見たことない街、船を見て《いるかさん号》の船員とミラニューロテナガザル達は全員テンションが上がっていた。




 関所らしい、海の上にポツンと立っていた(やぐら)のような場所から同じく櫓の下にあった多数の小舟の内一隻が《いるかさん号》に対して案内するからついてこいと命令される。


「おーらい、おーらい。おっとそこまでで、(いかり)を落としな」


 小舟に乗った水夫によって指示された場所へ錨を降ろす。

 水夫は「そちらに上がるから橋を降ろせ」といい、それに従ってミラニューロテナガザルが降ろした橋を登り、《いるかさん号》の甲板へと来た。

 水夫は頭に布を巻いた青い服を着た中年だった。


「ようこそ、《サンターニュ》へ。おたくら何処の船だ?」

「私達は今日初めて此処に来た! そしてこの船の名前は《いるかさん号》だ!」

「《いるかさん号》ね。はいはい……。荷物は何がある?」

「おっ? 何だ何だ私のコレクションに興味があるのか? 仕方ないなぁ、見せてや」

「はい、コローネ。私が代わりに話すわ」


 自慢しようとしたコロンをずいっと押し退けリリアンが前に出る。コロンは不満そうに口を尖らせるもそれを口にはしない。


「荷物は普通に食糧や武器くらいよ。何かこの場所に入れたら不味いものとかあるの?」

「ん? あぁ、そうだな。荷下ろし場に運ぶ際に確認させて貰うくらいだ。確認するのも麻薬とか危険な生物を街に持ち込まれたら敵わん。もし運んでいたら重罪だからな。それでこの船の人数は?」

「十一人よ。もっとも猿を合わせたら軽くは100近くなるけど」

「猿ぅ? そういやめちゃくちゃこの船にいるな。動物園でも開くつもりか?」

「ただの猿じゃないであります! リコの家族であります!! そこの所間違えないで欲しいであります!」

≪≪≪うっきうっきー!!≫≫≫

「あーあー! うるせぇよ!」


 キンキンと喚くように抗議するリコとミラニューロテナガザルをあしらい、水夫は語られた内容をメモっていく。


「海賊船で、人の数は11人。猿の数が88匹。積み荷も、商船じゃないから特になし。しかし、何ともまぁ、珍妙な一団だな」

「自覚しているから良いわ。それで? ここに停泊するには幾らかかるの?」

「停泊料は一晩5銀貨だ。金がないなら何か物を見せな。こっちで換金してやる」

「ちょっと高くない?」

「此処は沢山の船が往来するからな。商船でもないのにずっと停泊され続けても困る。修理するなら別だが。これでも此処は安いものだ。向こうの商船専用の区域は一晩1金貨だ。最も安全性ならその分向こうの方が上だが」

「海賊船の方はどうなのよ?」

「金のねぇ奴らは、この湾から外れた所に停泊している。逆に金がある奴らはここで止まる。まぁ、乱闘騒ぎはあるが殺し合いに発展することはすくねぇな。この《サンターニュ》には屈強な兵士がいるしな」


 その言葉にリリアンはすぐに損得勘定をする。


「(不退転な猛牛にあった財はまだある……トロイの町にも復興費として分けたけど、それでも《いるかさん号》の修理と予備材、出来れば新たなバリスタとかも欲しいわ。まぁ、これは望み薄だろうけど)……その値段で結構だわ。その代わり、海から出るのに近い位置に変更させて」

「別に構わねぇが、資材とか入れる時大変だぞ」

「降ろす荷物は殆どないし、運び入れるだけだから平気よ」

「そうかよ。ならそれで決定だ。ほれ、この割札(わりふだ)を持ってけ。あと、この旗を見える位置に掲げておけ。お前さんらの番号だ。両方とも、出る時には返せよ」


 水夫の手には黄色布地に黒い番号が振られた旗があった。これでその船の滞在日数などを把握するらしい。期間を過ぎても停泊していたらドラゴ国の兵士がこちらに向かって来るとか。

 その他、《サンターニュ》で遵守すべき法や規則を聞きつつ、割札と旗を受け取り、水夫の小船が離れた後《いるかさん号》は指定された場所へと向かうべく動き出した。




「さて! まずこの《サンターニュ》ですべきことを決めるわよ」


 場所は会議室、《悪辣なる鯱》を倒して祝勝会を開いたのと同じ場所だ。各々が座っていたり、立っていたりと自由にしている。

 因みにノワールは昼なのでいない。自室で寝ているらしい。リリアンは丁度卓の中央にコロンの一緒に陣取り、その他全員は思い思いの場所に座りながらこちらを見ている。

 そんな中、一人座らず角にいる者がいた。


「失礼だが」

「何よ?」

「俺が此処にいる必要があるか?」


 そう、この会議室にはエンリケもいた。

 港町トロイに舵を切った会議を行った時もエンリケは此処にはいなかった。この船の方針を決めるのはこの船の中心人物であるべき。今だに自身を外部の人間、異物だと思っているからこそエンリケはこのように提言したのだが、リリアンは呆れたような視線を向ける。


「良い事? 初めての所なんだから情報の共有っていうのはすごく大切なのよ。特に此処は港町トロイとは規模も違うんだから、何があった時にすぐ行き先とかもわかるようにしなくちゃならないの。だから、アンタもここに居なさい」

「……そうか」


 如何なる心境か、リリアンは此処にエンリケを呼ぶ事を許容していた。初めの頃と比べると信じられないことだ。

 リリアンの言葉に壁に背を預けつつ、エンリケは視線だけを向ける。

 どうやら聴く気にはなったらしい。それを視界の隅に留めつつ、リリアンはコロンに目を向けた。


「まずコローネ! この街に着いたからには何を集めるべきだと思う?」

「うむ! それは肉を沢山買うこ……あぁ! 待ってくれリリー! 頰を引っ張らないでくれっ。ごほんっ、まずは《サンターニュ》で情報を集めることだな。此処は《未知の領域》への橋頭堡(きょうとうほ)、つまり実際に向かっていって帰って来た船から詳しい情報があるはずだ」

「確かにぃ、これだけの船が停泊しているならぁ、色んな情報があると思いますねぇ」

「でもでも、そーゆーのってやっぱ独占されてるんじゃないかなー? そう簡単に手に入らないと思いまーす」


 はいはーいとクラリッサが手を挙げて質問する。

 隣ではオリビアの膝の上に座っていたティノもこくこくと頷いている。


「そうね。でも、公開されているのもあるはずよ。全てが謎な訳じゃない。勿論、情報を集める為には金に糸目はつけないわ。ケチって死んだら元も子もないわ」

「だが、そこまで金に余裕があるのか? 自分は知らんが、リリアンならどれほど資金があるかわかるのだろ?」

「それは」

「あ、ならボクが民草から情報を集めてこようか?」

「アリア?」


 ビアンカの意見に難色を示した所に、アリアがイリアン・パイプス片手に手をあげる。


「きっと此処らには酒場が沢山あるだろう? そこにボクが演奏すれば恐らく受け入れられて、その時に色んな話や噂を聞けると思うんだ」


 奏唄人(ハーモミューズ)はその多くが吟遊詩人として名を馳せている。実際に海の海賊達を謳った歌も沢山あり、その多くが奏唄人によって受け継がれ、大陸内部などに伝わっていく。

 《サンターニュ》も《未知の領域》の橋頭堡(きょうとうほ)である為、吟遊詩人も数多く存在し、そこにアリアが紛れても不思議ではなかった。


「うむ! アリアの案は良いと思うぞ! だが、アリア。お前は(ほとん)ど戦えないだろ? 酒場といえば仕事終わりによるものだから、必然的にお前が行くのも夜になるし、夜道を一人歩くのは危険だと思うぞ」

「コローネのいうとおりよ。幾ら貴方でも楽器取られたらどうしようもないでしょう?」

「あぁ、なら夜の迎えに黒幕(くろまく)を派遣してくれないか? 彼女ならボク一人を運搬するのも護衛するのも容易にできるだろう? 白翼も、頼んでおいてくれないかい?」

「……そうだな。自分からノワールに告げておこう。今は寝ているから放ってやってくれ」

「助かるよ」


 嬉しそうにイリアン・パイプスを吹かす。ビアンカは「わかったから一々鳴らすな、ノワールが起きる」と(つつし)める。


「他には食糧の調達、古くなった衣服の売却……まぁ、これは布地として再利用する分は残すけど。それ以外だと、リコのファミリーへの褒美と防具とかもいるわね。リコ、そこら辺はアンタに任せるわよ」

「了解であります! ふぁみり〜みんなが嬉しくなる物を選ぶであります!」

「あとぉ、出来れば医療器具も見たいですねぇ。ねぇ、エンリケさん?」

「そうだな」

「あぁ、そっか。それもあったわね。わかったわ。で、最後に船の修理ね。ぶっちゃけこっちの方が優先度は高いわ。一応あの島で資材を集めて補強したけど、やっぱり本職の方に診てもらうのが一番よ」


 あの嵐のせいで《いるかさん号》は無視できない被害を受けた。至る所に浸水した箇所もあり、航海に影響がないほどに処置したが、本業に見てもらうのが一番だろう。

 リリアンの言葉に全員が頷く。


「ミズンマストも一度折れかけてしまったしなぁ。私が完璧に折れるのは防いだが」

「そうね。コロンのおかげで最悪は回避出来たわ」

「リコが修理頑張ったであります!」

「リコが、じゃなくてミラニューロテナガザルが、よ。な〜に自分の手柄にしてるのかしら?」

「ふぎゅっ、ほ、頰を押さないで欲しいでありますリリアンどの〜!」

「けどぉ、船の修理に人を乗せるって大丈夫ですかぁ? ほらぁ、うちって色々と特殊ですしぃ、いくら修理の為にとはいえ誰でも乗せるのは問題だと思うんですよぉ」

「それは」


 確かにオリビアの言う事にも一理あった。女だらけの船、良からぬ事を考えない奴がいないとも限らない。《サンターニュ》は海賊も集まるのだから。

 特にクラリッサが危ない。彼女は人魚であり、幾らマーメイドは海人を海へ引きずり込むという逸話があってもその希少性から狙われることは少なくない。特に同族がこの船にいないクラリッサは、報復などもないから他の船からすれば格好の獲物だろう。


「んー、そこまであたしの心配しなくて良いよ〜。いざって時は海の中で待機しておくし。(タツ)も今は海中から出ないで貰っているしから。でも、リコっちの家族を馬鹿にしたりするような人だとやっぱ危ないかな〜って思うなぁ。それ以外だったら大丈夫だよ」


 だがその心配は誰であろうクラリッサによって否定された。人は海に長時間潜ることはできない。だから、(タツ)と一緒に潜っていれば直近の危険はなくなる。

 勿論中には海に潜ってまで来る(やから)もいるだろうが、その時はすでに《いるかさん号》と交戦になる船くらいだろう。女ばかりとは言え、強者(つわもの)揃いのこの船を突破出来る船は少ない。


 リリアンは多少悩むそぶりを見せるも、「だいじょーぶだって」と笑うクラリッサに遂に折れる。


「それに、誰かに攫われたら助けてくれるでしょ?」

「当たり前だ! クラリッサは大切な仲間だしな! それにクラリッサだけでなく、誰が攫われようともこのC(キャプテン)・コロンが助け出す!」


 ドヤァと胸を張るコロン。その視線はエンリケに向けられている。大方、キャプテンの名が気に入っていたから使ってみただけであろう。


「方針は決まったわ! なら早速街を見に生きましょう! 一応言っておくけど、一度街には全員で出るわ。初めての場所なんだから場所を共通認識しておく為にもこれは

「うむ! では早速行くとしよう! これが我々にとっての世界一周への一歩だ!」


 おー! と皆が手をあげる。

 エンリケも過去に一度は嫌々手を挙げたが、今回は少しだけ合わせるように手を挙げた。


途中バロック建築やルネッサンス建築と書いてありますが、あくまで比喩です。悪しからず。

因みに元ネタはバルト海沿岸の港町、グダンスクです。日本ではあまり知られていませんが、一度検索してみてください。


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