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闇の眷属


 《いるかさん号》にはエンリケを除き計九名の搭乗員がいる。

 船長であるコロン・パイオニア。

 副船長であり航海士でもあるリリアン・ナビ。

 ミラニューロテナガザルを率いるリコ。

 吟遊詩人のアリア♬フィールド。

 薬師のオリビア・コンソラータ。

 お手伝いのティノ。

 戦闘員のビアンカ。

 船頭のクラリッサ・ルル。

 


 そして、最後の一人ノワール。

 今まで姿形も見せなかった彼女はビアンカと同じ戦闘員であった。

 闇に溶ける程の漆黒(しっこく)の髪の同じく黒く、透けた翼膜を腕から腋下にかけて露出した衣装は、これまた同じく黒で丈夫な皮鎧を着けている。

 ノワールは蝙蝠系獣人と呼ばれる獣人の一人であり、その名の通り蝙蝠の特徴を持っていた。

そして何よりビアンカとは双子である(・・・・・)


 獣人は親の姿を引き継ぐ事が多いが二人の両親は鳥系獣人と蝙蝠系獣人という普通ではあり得ない、地域によってはそれぞれ敵対する種族同士の結婚で生まれたのだ。

 そしてその娘である二人もまた其々(それぞれ)の親の特徴を受け継いた。

 それもまた獣人の特徴である。獣人はどちらかに片方の親の種族を引き継ぐ。

 ビアンカは父親の鳥系獣人の中でも白鷺と呼ばれる姿を、ノワールは母親の蝙蝠系獣人の姿と力をそれぞれ受け継いだ。


 ノワールは蝙蝠の名の通り、腋下から薄い黒膜を持ち、飛行出来るが鳥系獣人のビアンカと違い瞬間的な反応やスピードを持っていない。

 だがその代わりビアンカには無い小回りが利く事と何より飛行時無音であった。


 夜闇を無音で飛び回り、奇襲を得意とするその戦法は夜を苦手とする他の海賊達にとって恐怖である。この時代、夜の灯りとなると火か、魔石を使った明かりしかない。

 無音で飛び回り、自身にしかわからない超音波で対象の位置を確認した後、暗殺者の如く敵を刈り取る。その生業から戦闘力はビアンカに勝るとも劣らない。


 そんな百戦錬磨の戦士であるノワールは今


(やばいやばい、なんかめっちゃ睨んで来てる。え。なに、何か気に触ることした!?)


 これ以上ないほど(あせ)っていた。


「貴様、何者だ。いや、この船に乗っていると言ったな……もしやこの《いるかさん号》の船員か?」

「え、あ、はい。……じゃなくて、ふっ、我こそはノワール。この全てを箱舟に乗りし、選ばれし十傑(じゅっけつ)が一人『宵闇の支配者(ヘカテー)』とは我のことだ!」

「ノワール……」


 何やら気取ったポーズを取るノワールを見ながら、エンリケはその言葉を反芻(はんすう)する。


 ノワール。ノワール……。

 エンリケはようやく思い出す。名前だけは聞いていたが全く姿の見えなかった最後の《いるかさん号》の一員だと。


「成る程、確かにこの船の搭乗員をオリビアに聞いた際にその名があった。しかし、俺は今までお前を見たことがなかった。それは何故だ?」

「それは(ことわり)だ。我と我が姉妹は月と太陽の眷属。昼は姉妹の領域。であれば夜は我が世界。どちらか一方の世界が世を征するならばもう片方は潜む。闇と光は共に存在出来ぬのは世の摂理(せつり)なり」


 要約すると昼はビアンカの時間で夜はノワールの時間らしい。内容の割にはえらく大層な言葉で飾っていたが。

 実際蝙蝠系獣人は夜に活動することが多い。別に朝でも問題ないが能力としては落ちるのだ。それに強い眠気が襲ってくるから、基本昼はノワールは自身の部屋でおねむの時間だ。


「……つまりはお前は夜にしか活動しないから今まで俺とは鉢合わせることがなかったと」

「さよう。しかし何度か見かけることはあった(・・・・・・・・・・)

「そうか。それよりもその尊大な態度もなんとかならんのか」

「無理だな。これは我が過去の輪廻(りんね)から続く、魂に根付いた宿命であるからして!」


 バッと気取ったポーズを取る。所謂ノワールにとってカッコ良い姿勢(痛いポーズ)だ。

 エンリケも、何やら目の前の女が変な奴であることは気付いていたがそれを言えば自分も同じだろう。

 なので黙っておくことにした。


 しかし、ふと彼女の右目が眼帯(がんたい)に覆われているのに気付いた。


「お前の右目の眼帯(がんたい)はどうした。怪我か何かか」

「(! 気付いた!)ふっふっふ、よくぞ()いてくれた! 心配など不要。何故なら我が眼は封印されているのだ! そう! は我のもう一つの封じられし人格が目覚めてしまう為に封じざるを得ないのだ。くっ、今も強大な闇の人格が我を乗っ取ろうと疼いている。だが! 我は屈しない! 何故なら我は『常闇の支配者(ヘカテー)』! 闇には染まらぬのだ!」


 実際にはそんな大した理由ではない。

 当時いるかさん号を襲って来た海賊を返り討ちにして物資を奪った時にあった眼帯をいたく気に入り、ただ付けているだけであった。

 つまりはお洒落(しゃれ)だ。ビアンカに「何がカッコ良いのかさっぱり分からん」と言われつつも、ノワールはずっと付けている。

 だから力も何も存在しない。ただの趣味だ。


 だがこの男にそれは禁句であった。


「……封じられしだと? それはつまり魔眼ということか? 伝承とばかりに思っていたが……存在したというのか?」

「……ん?」

「二重人格か? 否、何かしら霊の類が乗り移っている? 魔眼の伝承にそのようなものは……いや、結論を出すのはまだ早いか」

「(な、なんか雰囲気が。それに不味い予感が……)あの」

「いずれにせよ、何らかの病気か、あるいは症状ならすぐに診察する必要がある」

「えっ、えっ。ちょっとま」

「見せろ、そして教えろ。今すぐに」


 壁にまで押し込まれたノワール。顔の側にはエンリケの手が置かれ、所謂壁ドンの状態だ。

 暗くて見えないがその目は好奇心に満ち、ジッとノワールの瞳をガン見していた。

 エンリケとしては目は脳と近い重要な器官であり、そこが何かしらの病気にかかっているとなると理由があった。

 だが、この理由は建前だ。

 ぶっちゃけると好奇心である。


 しかしノワールからすればいきなり詰め寄られたようなものだ。普通ならばノワールはこんな簡単に追い込まれる筈はない。

 しかし、ノワールとっての誤算が今までの男は自らを殺そうとする奴ばかりであり、まさか殺意もなく好奇心だけでここまで近寄ってくるだなんて思っていなかった。

 或いは、その見た目から迫害され、敵意を向けてくる他の獣人しか知らなかった。


 予想外の事態にノワールは残った左目がぐるぐるになっていた。


「ぁ、……ふぁ……ぇっ」

「さぁ言え。その目はいつからそうなった? もう一つの人格とやらが現れるのは何時頃だ? その間の記憶はあるのか? いや、もう一人の人格とやらとお前は同一人物で中に同居しているのか? なら今も対話は可能か?」

「ぅ」

「う?」

「うあぁぁぁ〜!!」

「ごはぁ!?」


 エンリケはノワールがいきなり声を上げられたと思ったら鳩尾を思い切り殴られた。

 ノワールはそのまま涙目の状態でマストの上に消えていった。地味に頬を紅潮させて。


 しかし夜だからエンリケはそんなノワールの様子には気付かなかった。

 眼が何やらと語った後にはいきなり殴ってくる。

 エンリケにはノワールという人物が何なのか全く掴めなかった。


「ふ、不覚……【硬化(・・)】も間に合わなかったか……」


 ある意味ブラジリアーノ以上のダメージを受けたエンリケはしばらくその場に(うずくま)っていた。




 そんな事をしている間にいつの間にか、もう《幻島(げんとう)》は見えなくなっていた。








「貴様、ノワールに何をした?」


 朝一番、医務室で作業していたエンリケはビアンカに締め上げられていた。首元に曲刀を突きつけられ、睨みだけで人を殺せるのではと思うほどに殺意に満ちた顔をしている。

 こうして見ると確かに髪の色は違うが目元や顔の輪郭が似ているなと、他人事のようにエンリケは思った。


「何だその顔は。さっさと質問に答えろ」

「何も。ただ少し話したら向こうが突然逃げ出しただけだ」

「それで自分を騙せるとでも? 耄碌(ろうもく)するな、ノワールは怯えていた。貴様が何かしたのは確実だ。言え。言わなければ殺す。いや、言っても内容によっては殺す。それとも、今この場で殺してやろうか?」

 ちゃきりと曲刀が皮膚を破り少し血が流れる。それでもなおエンリケの目には恐怖の色も浮かばない。

「ほう、なら好きにすると良い」

「貴様ッ。……いいだろう。その首を掻っ切って」

「はぁ〜い、そこまでですよぉ〜」


 態とらしく身体を二人の間に刷り込ませてオリビアがビアンカの持つ曲刀をエンリケの首からずらさせる。


「邪魔をするなオリビア! この男はノワールに何かしたのだ! ならば即刻首を切らねばならん!」

「まぁまぁ、ビアンカさん。少し落ちついてください。朝からティノちゃんに何を見せるつもりですか〜?」

「それは」


 ビアンカがちらりと見るとティノはスカートをギュッと握り、震えながらも口に出す。


「けんか……しちゃだめっ……」

「………ぬぅ」


 流石に幼子のティノに凄惨な光景を見せるのは忍びないのか、それとも興が削がれたのかビアンカは曲刀をエンリケの首筋から下ろした。


「…………………失礼する」


 不満不承を全身で表しながらもビアンカは出て行った。後には静寂だけが残る。

 突風みたいな女だな、と解放されたエンリケは思った。


「じゃじゃ馬……いや、()えた猛禽類(もうきんるい)か。あれは手にはおえん。全く、C(キャプテン)・コロンめ、キチンと手綱(たずな)を握っておけ」

「ビアンカさんはぁ、ノワールちゃんが心配なんですよぉ。唯一の肉親ですからぁ。とりあえず、ちょっと動かないでくださいねぇ。今、傷口に薬を塗りますから」

「たすか、いっ、お前これは痛みが強い傷薬ではないかっ」

「当然です〜少しは反省してください。エンリケさんも、どうしてそう挑発するような言い方をするんですかぁ?」

「挑発などしていない」

「え、自覚ないんですか?」

「口が悪いのは自覚している。直すつもりはないが」

「直してください〜! もう、《港町トロイ》ではかっこよかったのにどうしてこう、(ひね)くれているんですかぁ〜!」

「面倒くさい性格なのは元からだ」


 その後、文句を言いながらもオリビアは傷口にガーゼを貼ってくれた。地味に貼る時にぺしっと少し痛く貼り付けたが。


「それでエンリケさん、ノワールちゃんに何をしたんですかぁ〜?」

「別に昨日初めて会っただけで何もしていない」

「ほんとうに?」

「……会話の最中奴の右目が気になってな。見せる様に言った。思えば少しばかり威圧してしまったかもしれない」


 オリビアのにこにことした圧にエンリケは正直に話す。というか、理由としてはそれしかなかった。


「ならぁ、それが原因ですねぇ。ダメですよ、女の子にそんなデリケートなこと聞いちゃ」

「デリケートか? 医師としては患者となり得る者の情報を知る権利がある。たとえ生理だなんだの事を恥だからどうこうで情報を隠されてはこっち仕事が成り立たない」

「やり方ってものがあります。エンリケさんはぁ〜、あーちゃんにも目をよく見せろって言って避けられてるのに何で同じ過ちを繰り返すんですかぁ〜? そんなのもわからないほどこの頭はおバカさんなんですかぁ〜?」


 ペシペシと(わざ)とらしく頭を叩いてくる。

 その言葉にムッと詰まるエンリケ。確かにアリアは普段の会話は何の問題はないがほんの少しでも目のことについて聞くとその場からいなくなる。

 だが好奇心は抑えるのが難しい。これは最早自身にとっての病気かと思った。


 それにしてもオリビアだ。

 注意もあるのだが、何処と無く()ねているようにもみえた。


「すまん、次からは少しばかり考慮する。……それよりも何か怒ってないか?」

「別にぃ〜怒ってませんよ?」

「怒ってるだろ」

「おこってません〜。別にノワールさんに詰め寄ったと聞いておこってなんてい〜ま〜せ〜ん〜」


 そっぽを向き、「私、怒ってます」と頰をぷぅと膨らませるオリビア。それを怒ってるというのだがと言うエンリケ。

 その後も怒った怒ってないの押し問答を続ける二人を見つめるティノはオロオロしていた。





 こうして一先ずエンリケとビアンカの接触は終える。

 しかし同時にエンリケは何かしら対処しなければビアンカとの関係が致命的になると感じた。

 別に自身としてはどうでも良いがそれがこの船に影響を与えるのは不味い。C(キャプテン)・コロンに対しての恩義にも反する。それだけは断じて許す訳にはいかない。


「……なんとかせねばならぬか。だが……」


 向こうがこちらを毛嫌いしているのだからこちらとしても手の打ちようがない。会話をしようとも敵意全開でマトモな会話が出来るとは思えない。

 リリアンはコロンがスイッチなのでわかりやすかったが、ビアンカについては何もわからない。唯一何か知ってそうなノワールとも、あのファーストコンタクトの後では厳しいだろう。

 結局エンリケは現状維持という選択を取らざるを得なかった。



 以後これといった事件はなく、両者の確執も消える事のないまま航海は順当に進み、20日後、いるかさん号は《未知の領域》への玄関口、ドラゴ国の港湾都市である《サンターニュ》へと到着した。


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