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若者は得てして感情で先走る

気付けばブクマ500超えていました。

ここで感謝を申し上げます。今後ともこの作品をよろしくお願い致します。

 暫くして。

 どうやらあの魔獣は食用に適さないとわかると途端に興味を失ったコロンとリコは、その亡骸(なきがら)を置いて進もうとした。皮だけはその丈夫さから何かに使えそうだったが、剥ぎ取り始めた所何やらあの魔獣が内部から溶け出した。

 エンリケが調査した所あの魔獣は強力な胃酸を持っており、生きている内は問題ないが死ぬと自らすら溶け出してしまうらしい。結局皮も諦めた。あの死骸はこのジャングルの一部となるだろう。

 ただ、あの果物の部分は全員で食してみた所(エンリケは三人が食べてからだいぶ経ってから食べた)非常に美味で、コロンはまた会ったらその部分の為だけにも倒そうとも考えていた。


 それはそれとして未だにジャングルの風景には変化がない。


「う〜ん、何処を歩いても木と樹ばっかりだな」

「そうでありますなぁ」

「まぁ、島なんてこんなものよ」


 探索するも周りは、木、樹、花、草、根、荊、蔦。

 どれもこれも植物だ。コロンが求めるような物は何一つない。

 唯一途中途中エンリケが色々と薬草を採取しつつ説明してくれたりもしたが、それではコロンの好奇心は満たされない。むむむと、コロンは口を尖らせる。


「このまま行っても何も収穫はなさそうだな。そうだ! 此処は一度二手に分かれてみよう! 但し、あんまり離れちゃ駄目だし、一時間後すぐ戻る! どうだ!?」

「……それは遭難の危険があるのではないか? 俺は賛同出来んな」

「むっ、確かにそうだな……」


 島を探索する際に最低限度の食料等は持ったが、それはあくまで本当に最低限だ。1日もすれば尽きる。

 《いるかさん号》の帰り道として、通った道はリコが持ってきたロープを木の幹に巻いてきたが、目印らしい目印がないこの島で迂闊にバラバラに行動すれば全員が遭難する可能性があった。


「いいじゃない、別れてみましょうよ」

「は?」


 予想もしない所からの賛同の声にエンリケは珍しく呆けた声を出す。

 これがリコならばまた馬鹿なことを言っただろう。だが、それを言ったのがリリアンならこのような反応になるのも無理はないというものだ。


「お!? どうしたリリー! いつもなら危険だと何だかんだ反対するのに」

「そ、それは……。そう、私も少しばかりロマンってものを感じたからよ。これだけの大自然なんだから、もしかしたら木々に埋もれた遺跡とかあるかもしれないじゃない」

「本当か!? やったぁ! リリーもついにわかってくれたのか! 私は嬉しいぞ!」


 コロンは心底嬉しそうな顔をする。

 その顔にずきりと、()()()()()事で心が痛んだリリアンの顔が辛そうになる。だが、それを見せる訳にはいかない。リリアンはすぐさまそっぽを向く。


「それで組み分けはどうする? ぐーとぱーで分けるか?」

「リコはそれで良いでありますよ」

「待って。二人は探検をしたいんでしょ? なら私はコイツと薬草の方を集めてとくから思う存分探検してきなさいな」

「俺と貴様が?」

「何よ、文句ある?」


 指を指して指名されたエンリケが意表を突かれたような顔をする。


「別にないが」

「そう。なら合流場所はここね。あと、リコ。ちょっとロープ分けて頂戴。目印として使うから」

「了解であります!」

「ありがとう。それじゃコローネ、怪我だけはしないように気をつけてよね」

「おう! 次会った時にはお宝一杯両手に抱えてくるからな!」

「へへーん! リコたちが先にお宝を見つけるであります!」

「またなー! キケ、リリアン!」


 そのままジャングルの中を元気よく走って行ったコロン達。

 その後ろ姿を見送った後、エンリケはぽつりと呟く。


「……意外だな」

「何がよ?」

「俺は貴様には嫌われていると思っていたのだが」


 リリアンは事あるごとにエンリケに突っかかっている。流石に常に敵意剥き出しのビアンカ程ではないが、それでも好かれているとも思っておらず、二人きりになるなどと考えてもいなかった。


「ふ、ふん! 勘違いしないでよね! 私はただコローネの為を思ってこの組み分けが良いと思っただけなんだから! ほら、さっさと行くわよ」

「ん、あぁそうだな」


 プリプリとしながら先に行くリリアン。エンリケはその背を追うことにした。

 念の為、()()()()()()()()()










「そこ。蛇がいたから気をつけなさいよ」

「わかってる」

「なら良いけど。それにしても、本当に木ばっかね。葉が身体に絡んで来て歩き辛い事この上ないわ」


 リリアンは手持ちの短剣で樹々から垂れ下がる蔦を切り裂いて進む。

 頭に葉がつけば嫌そうにしながら払うも、周囲への警戒を怠っていない。

 その背を見ながらエンリケは考えていた。



 一言で言えばらしくない。

 エンリケから見たリリアンという人物は、《いるかさん号》での頭脳である。先の《不退転な猛牛》との戦いでも、エンリケが策を講じたが、殆どはリリアン主導で作戦が主導されていた。

 だがコロンに関わるとどうにも暴走しがちな一面もある。実際診断表の備考欄に自らそう記してある。


 そんな人物がコロンと離れてまで自分と一緒にいるという事に違和感が(ぬぐ)えなかった。

 それに妙に行動がちぐはぐだ。

 迷子になるかもしれないからとついて来たにも関わらず別行動を許したのも気にかかる。

 普通に考えればこんなジャングルの中で別れるなど愚の骨頂だ。殆ど目印が目印として機能するとは思えず、そのまま遭難というのも考えられる。

 似た風景しかない場所というのは極めて危険なのだ。それは海を航海しているのだから分かるものだと思うのだから。


「何。こっちを見て」

「いや……」

「心配しなくても魔獣が出たら私が対処してあげるわよ。だから好きに調査すれば」


 つれない態度でそっぽを向く。

 コロンが居なくなった途端にこれである。まぁ、口の悪さはエンリケも自身もそうであると自覚しているので特に苛立つとかはない。

 だが背後を気にしなくても良いというのは確かに気楽でもある。性格はともかくその実力には信用が出来る。


 そうエンリケはリリアンを認めている。

 若いながらも、この船の副船長という船長がコロンなのである意味船長よりも重要なポジションにいながら、船の行く末を決める航海士も兼任している。

 エンリケも、船医以外の役職の仕事も最低限は覚えているため、その2つを両立することがどれほど大変か理解していた。


 自らの航路次第で船員を生かすか殺すかが決まるのだ。キチンと航路はあっているのか夜に星々を観察して把握しなければならないし、次第に少なくなる食糧の事も考えねばならない。たとえ《いるかさん号》に人魚のクラリッサがいて、魚と水に関してはほぼ心配いらないにしても、船を左右する重要なポジションを占めている。

 更には船員の関係にも気を配る必要がある。エンリケとは殆ど対話のしないビアンカともきちんと会話は取っている。

 その手腕は今まで《いるかさん号》が無事に航海出来ていることから証明済みだ。


 でも、だからこそまた先程の不可解な行動に疑問を抱くのも仕方なかった。


(まぁ、良いか)


 エンリケは考える事を放棄する。グダグダ悩んだ所で答えも出ないだろうし、リリアンに聞いても素直に答えるとは思えない。ならば、今は約束の採取と選別に力を入れよう。その為ここに来たのだから。

 合流までの時間もあるのだから。


 エンリケは周囲の警戒を完全にリリアンに任せ、薬草採取に没頭した。






「……ふぅ、こんなものか。待たせたな、リリアン・ナビ。そろそろ戻るとしよう」


 暫くして。

 ある程度の薬草をリュックと鞄に詰め込めるだけ詰め込んだエンリケは立ち上がり、そうリリアンに声を掛けた。

 しかし反応がない。

 無視か? そう思ったエンリケだが振り返ると何故反応がなかったのか分かった。


 何故か食料の入った荷物だけあり、リリアンの姿がない。荒らされた形跡もないことから魔獣に攫われた訳でもなく、本当にいなくなったようだ。

 考えられるのは一つ。


「……これはもしや置いていかれたという奴か?」


 その通りだと言うように木がさざめいた。









 はぁはぁと荒い息をリリアンは木を背にしていた。

 何とか息を整えようとする。

 だがいつまでたっても心臓の音は静かにならない。それが走ったせいだけでない事をリリアンはわかっていた。


 やった。

 やってしまった。


 もう後戻りは出来ない。


「此処まで来たらもう追いつけないでしょ……」


 リリアンはビアンカの言う通り、エンリケに対して不信感を抱いていた。

 無論、良い所があるのは認める。

 コロンの夢を良い夢だと言ってくれたこと。

 ブラジリアーノ戦の時、奴が持つ薬について知り、敗北するかもしれないと助けに来てくれたことも。


 だけど、それでもリリアンはエンリケを信じることはできなかった。


 男への不信。

 エンリケがこの船に乗って僅か1ヶ月ほどしか経っていない。

 長年身体にまで染み付いたそれがリリアンから正常な判断を奪っていた。


「……だ、大丈夫よね? 一応、食料と水は置いて来たし少なくとも餓死することはーーってぇ! なんで私はあんな奴の心配しているのよ! あいつは男よ! 最近コローネにべったりしすぎよ! いや、コローネから飛び付いているんだけども……とにかく! 少し痛い目に合えばいいんだわ!」


 罪悪感を誤魔化すように。

 だけど幾ら言葉を重ねても、胸の中のモヤモヤとした感情は消えない。消えることはない。

 だからこそ、それを振り払うように頭を振った。


「いったぁい!?」


 振った際に自慢のツインテールが木の枝に絡まり、髪の毛が数本抜けてしまう。

 踏んだり蹴ったりだ。リリアンは俯く。


「とりあえず合流場所に戻ろう……。確かこっちよね」


 ーーエンリケが居なくなったと分かればコロンが必ず探す筈ということは考えないようにした。

 出来れば、死なないで欲しいという思いにも。


「ん? あれ、こんな所通ったっけ?」


 リリアンはふと周りを見る。リコから借りたロープで目印をつけていたので、迷うはずはないのだが。

 しかし段々と草木の生い茂りが多くなっていく。

 リリアンの記憶にはこんな所を通った記憶など無い。


「うそっ!? だって目印も……コンパスの方向は合ってっ」


 ふと見れば。

 島に入った直後は大丈夫だったコンパスが、狂ったようにクルクルと空回りしていた。明らかにおかしい。磁気によっておかしくなった? リリアンの顔色が悪くなる。


 もう一度辺りを見渡すも、あるのは、木、樹、樹木。


「ぇ……もしかして私、迷子?」


 呟いた声に応える声はなく。

 暗くなり始めた森がさざめくだけであった。



 ミイラ取りがミイラになるの巻。

 コロンの短絡さと多少リリアンにヘイトが溜まると思いますが、せめてこの島の探索が終わるまで許して下さい。

 基本良い娘なんです。いや、置いていったんですけども。

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