本拠地での激闘
「まだ事態の収拾がつかねぇのか!!」
「そ、それが猿ども屋根やロープ伝いに移動してこっちが追いつく暇がなく……それにどうにも奴ら罠を仕掛けたりと今までの魔猿とも違うほど頭が良くて、こちらの被害も負傷者が」
「御託はいい! さっさと制圧しろ! 《不退転な猛牛》が野生の魔獣風情に舐められてたまるか!」
伝令からもたらされる内容はどれもこれもブラジリアーノを苛つかせるのばかりだった。援軍も出したにも関わらず事態は好転せず被害が広がるばかり。例のこちらに喧嘩を売った餓鬼たちの行方も知れない。
側に使える他の海賊たちも怒気に当てられ縮こまる。
「さっさと行け! 手間取ってる奴らにもこのままだと腕一本へし折ると伝えろ!」
報告に来た男はその言葉にすぐさま慌てて部屋を出ていった。
ブラジリアーノの苛立ちながらも酒を呷る。高級品の舌触りの良い感触に幾分機嫌が治るが未だその表情は険しい。
「魔獣風情が……なめやがって」
「しかし一体何故このタイミングで魔猿が現れたのだろうか? 《魔獣の暴走》でもないし、ただの食料を求めての下山にしては統率がとれすぎている」
「理由なんぞどうでもいい。俺が苛立っているのはそんな魔猿どもに俺の海賊団が手玉に取られているってことだ。情けねぇ。町一つ占領できる海賊が何たるザマだ!!」
ガンダーラの意見をブラジリアーノは跳ね除けた。
こうなったブラジリアーノはまたも見せしめとして配下を何人か殺しかねない。何れにせよ始末がついたら配下たちを鍛えた方が良いかとガンダーラは考える。
「確かにそうだな……。ことが終われば色々と見直す必要がありそうだ。一応俺も数人率いて様子を」
「ごぁあぁぁぁっ!!」
「あ?」
「何だ?」
先ほど外に出た船員の一人が凄まじい勢いで扉を破り中に戻って来た。
海賊たちは一斉に入り口に目を向ける。
扉が壊れ埃が立ち込める中にある二つの影。
「ぬぁーはっハッー! C・コロン見参!!」
豪華なコートを靡かせ、現れた蒼髪の少女コロン。
隣には金髪のツインテール、リリアンもいた。
「ボッ……ボスッ、あいつです! あいつが俺たちに喧嘩を売ってきたガキです!」
「ほう、あいつらがか」
鼻を抑えながら吹き飛ばされた男が指差す。ブラジリアーノは射殺す目で二人を睨みつける。
何か言うより早くふらりとガンダーラは前に進み出た。
「これはこれは、俺たちの海賊団に喧嘩売った身の程知らずと聞いていたが中々どうしても美しいじゃないか」
「何よその無駄に艶のある防具は」
「よくぞ聞いた! 見るがいい! この堅牢な鎧を! 《三角猪》の突進すら通用しない魔虫の甲殻を利用したこの鎧は何者の攻撃をも通さない。正に至高の一品だ!」
鎧を強調するポーズを取る。確かにその鎧には傷一つ凹み一つなかった。
「おぉ! カッコいい!」
「……ださっ。で、あんたは誰よ?」
「俺の名はガンダーラ。ボスであるブラジリアーノ様の側近の一人《甲弾》のガンダーラ。この鎧はありとあらゆる攻撃を防ぐ。初めに言っておこう。お前たちはこちらに喧嘩を売ってきたようだが万が一にもそちらに勝ち目はない。だが殺しはしない。少しばかり痛い目にあった後俺直々に調教してやろう。安心しな、すぐに自ら尻を振るように躾けてやる。今までの女たちと同じように。そうだな、手始めにお前を尻」
パンッと軽い発砲音がなる。
「悪いけどさ。あんたの言葉聞くに耐えないわ」
リリアンが興味無さげに銃を構えて放った。
ガンダーラは頭の目線を確保する僅かな隙間を射撃され、即死した。生身の部分を狙った一撃に堅牢な防具は何一つ役に立たなかった。
空気が固まったように動けない海賊たち。彼らにとってガンダーラはどのような攻撃に対しても威風堂々とその鎧で無傷で敵を倒した強者だった。それが得体のしれない音と同時に呆気なく死んだのだから訳がわからなかった。
そんな中、側近が倒されたというのにブラジリアーノだけはそのふてぶてしい態度を崩さなかった。
コロンが名残惜しそうにガンダーラの鎧を見た後、一歩進み出る。
「お前がボスか?」
「いかにも。俺こそこの《トロイ》を牛耳り、《不退転な猛牛》を率いる最強の海賊《豪鬼》ブラジリアーノだ」
どこまでも傲慢に、上から目線のブラジリアーノをコロンはじっと一通り観察する。そして角を見た後、瞳に落胆の色を浮かべた。
「……違う」
「あぁ? ……何が違うのか知らねぇけどよ。よくもまぁ、俺の島を荒らしてくれたな小童。さらにはガンダーラも殺してくれるとは。この借りは高くつくぞ」
「悪いが私も許す訳にはいかない。お前たちの非道、聞いたぞ。港町を占領して、好き勝手に振舞っているとな」
「ぐははっ!! 俺は海賊だ。海賊とは自由だ。ならば自由に振舞って何が悪い?」
「いや! 自由とはそのような事をするためのものじゃない! 貴様のやっていることはただの暴力だ!」
「ならばその力こそが全てなんだろう。奴らは弱者、俺は強者だ。弱者を強者が自由にして何がおかしい? この世は弱肉強食、弱者は強者を満足させるためだけに存在しているのだ!」
「……お前とはどうやら意見が合わないようだな」
「ふんっ、奇遇だな。俺もそう思う」
両者の間に見えない敵意がぶつかり合う。
「小童、オレが直々に相手してやろう。お前らはそこの女を囲え。ガンダーラに何をしたか知らんが数で囲えば問題ない。その後はお前らの好きにしろ」
ブラジリアーノの命令に、固まっていた海賊たちは動き出す。彼らは何処までも強者であるブラジリアーノの言葉に安堵し、更には見た目麗しいリリアンを好きに出来るとあって活気付く。
「大人しくしやがれ!!」
「はははっ! ガンダーラ様の代わりに俺があんたを躾けてやるよ!」
「……ほんとっ! 男ってのはロクな者じゃないわね!」
リリアンは海賊たちの低俗な言葉に唾棄しながら、接近する海賊の一人の眉間を撃った後、もう一人を銃底で殴りつける。銃にとって接近戦は不利なはずだがリリアンの動きには微塵もそんな気配を感じさせない。更に背後から接近する別の海賊に向けて蹴りを行う。
「もらった!」
一人の海賊がリリアンに向けて剣を振るった。だがリリアンに傷をつけるよりも前に剣の刃が止まる。
銃口から生えた透明な剣が剣を防いでいた。
「何だそれは!?」
「剣よ。自らの持つ武器の弱点を把握してないはずがないじゃない!」
リリアンの持つ魔銃の名は《凍てつかせる氷鳥銃》。放たれる銃弾は全て氷でできており、更には銃口を変えることで遠距離に向けての狙撃が可能となり、近距離においても氷の剣を生やすことのできる遠距離対応型の魔法具だ。放たれる銃弾は弓よりも早く、また矢を必要としない。魔力さえ与えれば自動的に生成されるのだ。その希少価値は高く、銃という独自の技術で作られたこの魔法具は今の所リリアンも自身が持つこの銃以外見たことなかった。
氷で形成された銃剣で海賊を切り裂く。瞬く間に四人やられたこと、ガンダーラも先ほどすぐに敗れたことを思い出し勢いが落ちる。
「つ、つえぇ……」
「……」
「ひっ」
動揺する海賊たちだが睨みつけるブラジリアーノの視線を感じ、雄叫びをあげながら果敢にリリアンに向かっていった。
「さて、では始めてやろうか」
ブラジリアーノは情けない配下を見た後、棍棒を持ち上げ立ち上がる。二メートルという身長から放たれる威圧は尋常ではない。ピリピリとした威圧感が酒場を包む。
コロンが何かを言うより早く、棍棒は振り下げられた。
床が割れ、酒場が揺れ、埃が生じる。
今までどんな屈強な男、強力な魔獣を葬った一撃に確かな手応えを感じブラジリアーノは口元をにやける。
だがすぐさま表情が変わる。
おかしい。
潰れた感覚がない。
己の棍棒の下を確認する。
「な、めるなぁ!!」
「ぐおっ!」
コロンは錨でブラジリアーノの攻撃を受け止めていた。そのまま棍棒ごと弾き返すと共に錨を振りかざした。それを真正面から受け止めたブラジリアーノだが僅かに下がった自身と腕に感じた衝撃に驚く。
(こいつ……。まさか本当に俺の力と同等だと!!?)
今までどんな相手だろうとブラジリアーノの一撃を受け止めることはできなかった。だが目の前の小童は真正面から受け止めた上に棍棒を弾き返した。
クランクの世迷言だとばかりに思っていたが実際に起きた現象は彼の言った通りだった。
コロンは自らと同等の力を持つと。
「っつらぁ! だとしても関係あるか!!」
しかしブラジリアーノは強者である。
己と同等の力を持つ。確かにそうかもしれない。だがそれがどうしたとばかりに棍棒で叩きつけた。相手が自分と同じだろうがなかろうが決して退くことはない。だからこその不退転。退くとはつまり弱者のすること。自分は強者だ。なら退く必要などない。
彼の脳裏には退却という二文字がなかった。それは愚かとも言える行為だが同時に最大のブラジリアーノの強みでもあった。
「砕け散りなぁ!!」
錨を弾き再び振るわれる棍棒。
ブラジリアーノとコロン。力はほぼ同じだが体重の違いがここで出た。軽いコロンは力を流しきれず跳ね飛ばされる。そのままクルクルと回りつつテーブルに着地する。
「うらぁ!」
「おっとっと、あぶなっ!」
ブラジリアーノはテーブルごと叩きつけるが、間一髪避けられる。
その後も何度も棍棒を振るい、その度に床、壁、調度品を壊すがちょこまか動くコロンを捉えることができない。
(的が小さい! あたらねぇ!)
一撃でも加えれば葬る自信があるが身長の差がありすぎて当たらない。
更には大きすぎる棍棒が取り回しが悪すぎ、躱された後にすぐさま背後などに回られ防御するのに手一杯になる。うまくいかないことに苛立ちがつもり、より攻撃が乱雑になる。
それを何度も躱すコロンだが、一瞬だけ足元に転がるガンダーラの死体に足を取られ態勢が崩れる。
その隙をブラジリアーノは見逃さなかった。
これまでで一番素早く、重い一撃を叩きつけた。
やった。
確信とともにそう笑みを浮かべるブラジリアーノ。
「何を笑っているんだ?」
「なっ!?」
コロンは真上に跳躍し、攻撃を避けていた。驚愕するブラジリアーノ。
地面にめり込んだ棍棒を足蹴にして、錨を横っ面に叩き込んだ。一歩二歩と背後に仰け反る。横顔からは血が流れている事に気付いた。
「く、くクソガァァァァァァ!!! 楽に死ねると思うなよ!!!」
酒場が震えるほど激昂した声を出す。ブラジリアーノは何が何でもコロンを殺そうともはや後先考えず魔力を使った身体強化を施した。もともと大きかったブラジリアーノの体がもう一回り大きくなる。怒りが彼に更なる力を与えた。
ブラジリアーノは突進する。
人生の中でこれまでで一番の速度だったが棍棒を振りかざす直前にブラジリアーノは野生の直感で止まった。
すると目の前を何かが掠っていった。
飛んできたのは青白い銃弾。
「悪いけど、コローネを殺させるわけにはいかないわ」
「す、すみませんボス……」
リリアンは周り全ての海賊を倒していた。足や腕を凍りつかせ、蹲り呻き声をあげる配下の姿に憤慨する。
「使えねぇ。時間稼ぎにすらならねぇのか!」
「ふふん、私が強すぎただけよ。さて、あんたは人数で押さえ込めば何とかなるって言ったけど、部下は倒されてあんたは一人、こっちは二人。立場は逆転ね」
「リリー! あいつは私が倒すといっただろう。邪魔するんじゃないぞ!」
「コローネ、今はそんなこと言っている場合じゃ」
「俺を無視して話すんじゃねぇ!!」
再び棍棒をコロンに振るう。しかしまたも躱される。
「野蛮な男って本当嫌いだわ。少し大人しくしなさい!」
銃を構えて二発発砲音がなる。ブラジリアーノは防御するが何処にも痛みはない。
「ぐっ!? テメェ!」
動こうとして違和感に気付いた。足元が凍りついていた。硬く、そして冷たいと言う未知の感覚にブラジリアーノの動きが止まる。
「コローネ、今よ!」
「むぅ、仕方ない。ブラジリアーノとやら、これで終わりだ!」
コロンが錨を構え、こちらに向かって跳躍した。
回避はできない。棍棒で受けようにも間に合わないだろう。
敗北。その二文字が脳裏によぎる。
(冗談じゃねぇ、俺がこんなガキどもに負けてたまるか!)
ブラジリアーノは懐に忍ばせておいた袋を破り、それを撒いた。
「うわっぷ! ごほっごほっ、なんだこれ」
いきなり撒かれた粉を思いっきり吸い込み、目を瞑り咳き込むコロン。
勢いの落ちたその隙にブラジリアーノは棍棒を凄まじい勢いで真横から振るった。
「うわっ!!」
「コローネ!」
錨を盾にするも吹っ飛ばされたコロンを、リリアンが援護射撃するがブラジリアーノは近くにあったリリアンに倒されたガンダーラの死体を掴み、盾にすることで銃弾を防いだ。
「な、仲間を盾にするなんてっ」
「オラァ!!」
「きゃあっ!!」
そのまま投げられたガンダーラに巻き込まれ壁に激突する。余りの衝撃にリリアンは気絶する。
「げほっげほ……リリー!」
「よそみぃ!」
仲間の身を案じたコロンがブラジリアーノから目を離した瞬間。腹部に強烈な蹴りが入った。ブラジリアーノは力技で足を拘束する氷を破ったのだ。一部皮膚が破れ出血しているがそれすらも気に留めなかった。
バウンドボールのように何度も跳ね、転げ回るコロン。
すぐさま立ち上がろうとするが何故か腕が震え、力が出ない。
「ち、ちからが……」
「雑魚めが!」
「あがっ」
小さなコロンの背中を思い切り踏みつける。その後も何度も、何度も踏みつける。その度に下から呻き声が聞こえる。
「くそがくそがくそがあぁぁぁぁ! 小童如きで俺を舐めやがって!! ふざけるな! 弱者は弱者らしく地に這っておけばいいんだよ! 這い上がって牙を向こうなんてするな!!」
怒りはおさまらない。鈍い音がいつまでも酒場に響く。
数分後。
満足したのかようやく足が退けられる。意識はあるがもはや倒れ臥すのみのコロンにリリアンに倒されていた海賊たちは賞賛の声をあげる。
「さ、さすがブラジリアーノ様っ! お見事です!」
「うるせぇ! 女一人倒せなかった使えねぇ奴らが!」
ビクッと声をあげてた海賊たちは静まり返る。
ブラジリアーノは苛立っていた。コロンの動きを封じた《ザクロニウムの花》の蜜を含ませた粉だが元々は反抗的な女を屈服させるためにブラジリアーノが配下の一人に命じさせ栽培させたものだ。中でも花の部分はブラジリアーノしか持っていない。彼はこの麻薬を使い何人もの高貴な、或いは美しい女を屈服させ壊していった。
自身が楽しむためのもの。それが《ザクロニウムの花》の粉だ。
それがどうだ。
女を屈服させるはずの粉をブラジリアーノは戦闘中に使った。あまつさえ自分より下の小童に力で押し負けかけ、勝つ為にそれを使ったことは、自らが敗れそうになったという肯定であり、力を信条とするブラジリアーノにとってこのような姑息な手段での勝利は彼のプライドは痛く傷付いていた。
(くそがぁっ! 必ずこいつの仲間も探し出してやる! 死なんてことさせねぇ。全員死ぬよりひどい目に合わせてやる)
未だ冷めぬ怒りにこの後捕まえたコロンの仲間にも恥辱と屈辱をどのようにしてするかを苛立つ頭で考えていた。それこそ没頭するほどに。
だからこそ、気付けなかった。
「な、なんだお前っ。あぎぎぃ」
「がっ」
背後から部下の倒れる音が聞こえ振り返ると視界を防ぐコートが一面に広がった。
すぐにコートを払うが足元に居たはずのコロンの姿がない。
「いっつぅ〜……ってキケ!?」
「油断したな。C・コロン」
少し離れた場所で乱雑に放り投げられたコロンが見たのはこの場にいるはずのない男。
別行動を取っていたはずのエンリケがそこにいた。
時系列
リコ率いるミラニューロテナガザル、港町で暴れる→敵増援→本船でビアンカたち襲撃(エンリケ、麻薬に気付きこの時点で移動)→海賊の殆どがいなくなったのを見計らいコロン、ブラジリアーノ本拠地襲撃(今ここ)




