騒がしき港町と静かな本船
投稿が遅れたことを心よりお詫び申し上げます。
「追えっ! 追えーー!!」
「ちっくしょう! なんて早さだっ!」
≪うききー!≫
路地をミラニューロテナガザルを追って二人の海賊が後を追う。
港町は今、混乱に満ちていた。突如現れた大規模な猿たちの対応に追われ、《不退転な猛牛》の船員たちは町中を駆け回っている。
厄介なのはこの猿たちが屋根やロープの上に陣取り決して降りてこないのだ。対応が後手に回らざるを得ない。
しかもこの猿は住民には目を向けずやたらとこっちばかりを狙うのだ。
「追い詰めた!」
「このクソ猿ぶっ殺してやる!」
行き止まりの路地に止まった猿に海賊たちが近づく。
「今であります!」
「なっ、うわぁぁ!」
「いいっ!? いててててっ!!」
リコの掛け声と共に地面に仕掛けておいた網を引き上げる。あっという間に宙吊りになる海賊。中には釣り針も入っているので下手に動けば食い込んでしまう。
「やったであります、作戦成功でありますよー!」
≪うっきうっきー!≫
≪うききっ≫
≪きぃー!≫
両脇の樽の後ろに隠れていた他のミラニューロテナガザルとリコが互いに褒め讃える。
ミラニューロテナガザルがこの路地に逃げ込んだのは作戦だったのだ。追い込んだと思っていた海賊だが実は逆だったのである。
「これで30人は無効化出来たでありますな。けどまだまだいるであります。さる次は次は東にいってさる美たちと連携して数の多いあいつらを分断するであります」
≪うき!≫
「けなみ、おっぽはリコとともについて来るであります。分断された海賊たちをリコたちで叩くでありますよ!」
≪うきき!≫
≪うきー!≫
ビシビシとファミリーに命令をしていくリコ。その顔はやる気に満ちている。
先の海の海賊《悪辣なる鯱》とはコロンとビアンカが張り切ったせいで殆ど活躍出来なかった。殆どの海賊が逃げ腰だったのであれは残党処理のようなものだ。戦闘とは言いづらい。ゆえに鬱憤のようなものが溜まっていたのだ。
「ししょーに任されたからには張り切るであります!」
グッと握りこぶしを作り意気込む。
ここでカッコいい所を見せて、褒めてもらうのだ。ついでにかつて先輩としての威厳を見せつけようとして失敗した数々の失態を無くそうと考えていた。
「まだまだ行くでありますよー! ふぁみり〜たちの力、見せてやるであります!」
≪うきぃー!!≫
猿たちは駆ける。港町を知り尽くした海賊たちよりも縦横無尽に自由に。
「あだだっ! 足元に小石がたくさん落ちてやがる!」
「こっちは滑る! 奴ら油を一面に溢しやがった」
「た、助けてくれー! 縄に縛られて身動きがとれないっ。は、来る、来るなー!」
「あぶねぇ!? 奴ら頭に向かって樽を投げてくる!」
「うぇぇっ! こっちは糞だ!」
「何なんだこのザマはぁ!」
「誰かどうにかしろー!」
あちこちから聞こえる海賊の混乱と阿鼻叫喚の声に隠れていたコロンたちは頷く。
「リコはうまくいっているようだな」
「当然よ。あの子はアホの子だけど猿たちと連携を取らせたら右に出る者はいないわ」
リコは元々ミラニューロテナガザルに育てられた、謂わば孤児だった。恐らく難破した船か何かに乗っていた赤ん坊が流れ着いたのだろう。何の因果か、リコはミラニューロテナガザルの家族として育てられた。彼らを捕食する天敵もいないその島は食べ物も豊富でまさに天国な場所だったのだ。
出会った当初、リコたちはその島に流れ着く道具や小島の環境を利用した連携をとって襲ってきた。少人数のこちらには相性が悪く、下手したら壊滅していた。
しなかったのはロープでコロンを縛ったので油断し、近づいた所を引き千切って殴り飛ばすという力技という不意打ちで倒したからだ。
その後、とある理由で島がなくなってしまった後リコたちは《いるかさん号》に迎え入れられた。今では立派な仲間だ。
……悪戯するのがたまに傷だが。
当時、殆ど野生の獣同然で言葉など片言であったがめげずに教えるとすくすく喋れるようになった。あの妙な丁寧口調は敬語は大事と教えると何でもかんでもつけるようになった名残だった。
リリアンは過去に浸っている気持ちを振り払う。今は戦闘中だ。余計なことを考えてはいけない。
「良いコローネ? 酒場に突入するのはもう少し後よ。もっと敵の警備が薄くなってから。分かった?」
「分かってる。三度目だぞその説明。私が勝手に突っ込むとでも思っているのか?」
「うん」
「そ、そこまで言われるとこっちも何も言えなくなるんだが……。ビアンカたちの方ももう始まっている頃だろう。うまくいくと良いんだが」
敵の本拠地《船乗りたちの酒場》から更なる増援が現れるのを見ながらコロンはもう一つの《不退転な猛牛》の本陣、港に停泊する船を攻める仲間のことを思っていた。
☆
「ったく、早く制圧しろよな」
《不退転な猛牛》の船は全長40メートルを超えるガリオン船で巨大な全長に相応しいツノの生えた魔獣を模倣した船首に巨大な三本のマストを有している。
港町の漁船と比べても圧倒的大きさを誇る。正に《不退転な猛牛》の力を表す象徴といってもいい。
メインマストの上、檣楼(マスト上部にある物見の台)にいた男からは港町の屋根を動き回る猿たちの姿が見えていた。勿論それを追いかけ回す仲間の姿も。
「下手に時間かけてこっちにもボスの八つ当たりが来たらたまったもんじゃねぇぜ。あーあ、折角女どもを使って楽しんでいたのに気が滅入るぜ……あん?」
仲間の失態に苛立っていると不意に視界が薄暗くなる。雲で陰ったかと顔を上にあげると
「ごっ」
空気が切り裂く音と共に男の喉から間欠泉のように血が噴き出す。同時に音もなく降りたつ白い影。
ビアンカだ。顔を上げることで隙だらけになった海賊の首を手に持つ曲刀で薙いだのだ。速攻かつ迅速な行動であった。
ビアンカは軽く床に穴を開けそこから覗く。
下の甲板にいる仲間は誰一人として見張りが倒されたことに気付かない。
「杜撰な警備だ。誰一人気づかんとはな。それにしてもやはり大きい船だな。だからこそ、都合がいい」
ビアンカはもう一度目にも留まらぬ速さで飛翔し片側の帆を畳むためのロープ全てを切り裂いた。
直ぐに旋回しもう片側を。これで帆を保つロープ全てを切った。当然支えを失った帆は落下する。
「ぐぇっ」
「うわぁあ!?」
「何が起こった!?」
「帆だ! 帆が落ちて来たんだ! 何故っ!?」
下にいた海賊たちは絶叫をあげ下敷きになる。
帆というのは案外重い。船を動かすほどの風を受けるには並大抵の強度では持たず破けてしまう為、丈夫な素材で作る必要があり、しかも船が大型なら帆も大型にする必要がある。故にその重さも比例して大きくなる。
下にいた海賊たちは余りの重さに帆の中でもがく。
数少ない無事だった海賊が仲間を助けようと駆け寄ると一陣の風となったビアンカが海賊たちが認識するより早く曲刀を振るい海賊たちの首からは鮮血が溢れ、倒れ臥す。
更にビアンカは帆の下にいる海賊へも容赦なく曲刀を斬り裂いた。真っ白な帆が赤く染まる。
「あとはーー」
他の海賊がいないか確認しようと顔を上げるより早くその場から飛びのく。
ビアンカがいた直線上の樽が鞭に当たり弾け飛んだ。ヤード(帆を水平方向に支える支柱)に乗りながらビアンカは鞭が来た方向を睨む。
「これはこれは、珍しいものを見た。まさか陸からではなく空から攻めてくるとは」
「手練れか」
「ひひっ、いかにも。ブラジリアーノ様の側近、ウィップだ。侵入者よ」
ウィップと名乗った男は細身で背が高い、痩せた蛇みたいな男だった。だがその目は病人のような見た目とは裏腹に力強さと嘲りを感じる強い目であった。手には先ほど放った長い鞭を握っている。
「鳥種。空の王者と名高い種族とこんな辺鄙な港町で相見えるとは。ひひっ、世の中わからないものだな。噂に聞いた飛行能力、見事だ。まさか20人の仲間が反撃も許さず殺されるなんて思いもよらなかった。この借りは返してもらうよ」
「ふん、言葉ではなく実際に倒してみせろ!」
ビアンカは飛翔する。白き翼を広げ自由自在にマストとロープ、帆にかすることなく飛ぶ様は見事と言えた。
「甘いわ!」
だがウィップはビアンカの動く様を並外れた動体視力で捉えていた。
ウィップのロープの隙間を縫う一撃がビアンカのビアンカの腕に当たり、数本羽根が抜ける。少し驚くビアンカ。
「あーはっはっは!! どうだ空を飛べるからって良い気になりやがって! さぁ、落ちてしまえ! 羽を捥いだ鳥など蛇の餌でしかないんだから!」
正に自由自在。蛇のような動きで鞭が迸る。地面にいるという不利な状況であるにも関わらず主導権はウィップが握っていた。ビアンカの武器は曲刀なので接近する必要があるが不用意に近づけは打ち落とされる。
ビアンカは何とか躱すが何度もしなり、向かってくる鞭についに胸鎧が当たり落下する。ウィップはトドメとばかりに大きく鞭を振った。
瞬間。
落下していたはずのビアンカ身を大きく捩り、頰に擦りながらも低空飛行し急接近した。
それは正に迅雷の如き速さで、ウィップの喉元を裂いた。
「あ、こ?」
「悪いが鞭使いとは前に会った事があるんだ。だから弱点も知っている。一度放った後懐にさえ入ればそのリーチを生かせないということをな」
ウィップはそれでももう一度鞭を振るおうとして、突き出された曲刀に心臓を潰される。白目を剥き、倒れるウィップ。それを侮蔑する目でビアンカが見つめる。
「無様な生き様だ。調子に乗り、相手との力量を見誤るとはな。更には戦いでありながら貴様の武器は相手を痛めつけることに重きを置き、殺傷能力の低いものを使用した。そんな物、覚悟さえしていれば攻撃を戸惑う理由にならない」
ビアンカは初めの攻撃で鞭が樽へ当たった時に破壊されなかったことからウィップの持つ鞭が大した威力がないと見切った。事実彼は奴隷などを痛めつける性癖があり、相手の痛みを長引かせる構造の鞭であって殺す為の鞭ではなかった。ビアンカが胸鎧に鞭が当たったのもわざとで見た目ほどダメージはなく、落下したのも大きな隙の攻撃を誘う為であった。
港町と違い、静かになった船に風が吹き込む。
「……終わりか、つまらなかったな」
純白の体に、血一滴つけることなくビアンカは《不退転な猛牛》の本船を制圧した。
☆
時は少し戻り、ビアンカが暴れているころ。
《不退転な猛牛》の船内のとある一角。二人の海賊が剣を腰に立っていた。海賊たちは甲板で帆が落ちたことでいきなり揺れた船に怪訝そうな顔をする。
「なぁ、上でなんかあったんじゃねぇか? 俺たちも行った方が良くないか?」
「はぁ? 馬鹿言うなよ。ここから離れたら怒られるのは俺たちだぜ? 女どもが逃げ出したらどうすんだよ」
「大丈夫だろ、例の薬で大人しいし、中には見張りもいる。俺たちはいわば念には念をって奴さ。ま、楽な仕事さ」
「だとしてもボスの命令に逆らうなんて俺は嫌だね。殺されちまうよ……ん?」
海賊たちが雑談していると不意に何処からか音楽が聴こえてきた。
「?」
「何だ、この音?」
軽やかに、高らかに、それでいてどこか懐かしい音色。普通ならばこんな音楽が聴こえれば警戒するものだが二人は穏やかに気持ちになり聴き入ってしまっていた。突如膝をつく一人。
「う……」
「どうした? 」
「いや、なんか眠く……」
「そ、そういえばおれも……」
そのまま意識を保てずドサリと倒れた海賊たち。
しばらくするとコツコツと反対の廊下の奥からイリアンパイプスを鳴らすアリアと後ろに続くエンリケが現れた。
「《睡眠曲》……うん、ちゃんと効いたようだね。もう大丈夫だよ」
「見事だな。これがリリアン・ナビがここにお前を派遣した理由か」
「そう奏唄人が使える能力の一つさ。音楽は最も人の心に直接干渉できる魔法みたいなものさ。音色一つで悲しくなったり楽しくなったりする。それは心を持つ生き物全てに効く魔法なんだよ。でもあくまでこれはサポート用の能力で相手を直接攻撃できるものでないから対策されたら無力なんだけどね」
「耳栓などされたら意味がないということか」
エンリケはアリアに予め渡された耳栓を見る。
「そういうことさ。だから本来ならもう一つ、戦う為のものもあるけどボクは戦うの苦手だからあまり使わないんだ。だから護衛は頼んだよ」
「あぁ、その為に俺はいるんだからな」
「うん、頼りにしてるよ」
倒れた一人が二人の声に反応し、顔を上げる。
「ぐ、ぐ……。お、まえは……」
「おや、寝てなかったのかい? 強い精神力でも持っていたのかな……って、あ」
アリアの思わず出た声と同時に、エンリケが海賊の首を羽織い絞めした。
バタバタと力無く抵抗するがすぐに更に力を込め締め、オトす。海賊は白目をむいていた。
「うわぁ。エグい」
「気絶させるのに中途半端な力でなど意味はない。やるならば一思いに、そして手早くだ。……あったな」
そのまま気絶した海賊から鍵を拝借した後、ロープで拘束し、猿轡もしておく。目を覚ましてもこれでは何もできないだろう。
そのまま奥に進むと鍵のかかった扉があった。
「待っておくれ」
鍵を使う前にアリアが壁に聞き耳を立てる。奏歌人の耳は兎系獣人や森精人と並ぶほど良い。些細な音も聞き逃さない。
「……中に誰かいるね。足音からして男だと思うけど」
「人数は?」
「一人」
「その程度ならば問題ない。一応また音楽をいつでも奏でられるようにしておいてくれ」
アリアが頷いたのを見た後、鍵を使い扉を開ける。
「んぉ? 何だ何かあったのか……って誰だテメェ!?」
左側には何やら瓶が沢山飾ってある棚の前に立っていた太っている男。こちらを見て驚いた声をあげる。
右側には牢屋に閉じ込められている女たち。誰もが手錠を掛けられ粗末な格好をしている。
それを視認したエンリケは着ていたコートを男に投げつける事で視界を封じた。
「ぐっ、なんのま……ごっ!?」
すぐさまコートを男が弾くが、そこに姿勢を低くしたエンリケが接近し鳩尾に一発、更に顎に掌底を打ち込む。男は脳震盪を起こし、仰向けに気絶した。
綺麗に決まった速攻だった。
パチパチとアリアが賞賛の拍手を鳴らす。
「凄いね。一連の動き、熟練した職人のようだ」
「人体の弱点を突いた奇襲に過ぎん。戦闘の達人からすれば俺の闘いなど邪道に過ぎん。それよりも鍵だ。ほれ」
渡された鍵を片手にアリアは鉄格子に向かう。その間にエンリケは太った海賊を縛っておく。
アリアが鍵を使い、牢屋の中に入る。
「やぁ、大丈夫かい?」
「ひっ……、来ないでいやぁ!」
女性たちは近づくアリアに怯えていた。困ったように頬を掻くアリア。
「これじゃ会話出来ないね……《癒し曲♪ペチュニア》」
イリアン・パイプスから先ほどとは別の音色が奏でられる。心が暖かくなるような曲で怯えていた女性たちは次第に落ち着いた。
「さて、もう話しても大丈夫かい?」
「え、えぇ。あの、私たちはたすかったの……?」
「そうだよ。ボクはアリア。そっちは客人さん……あー、男の人はエンリケさん。ボクたちは《いるかさん号》と言われる船の一員でね、現在ボクたちはこの港町を占拠する海賊たちと交戦状態にある。だから人質にされている君たちを助けにきたんだ」
「そ、そうなんだ。う、うぅ、良かった……ここから出れるのね」
女性たちは皆それぞれを抱きしめて泣き崩れる。体のあざや傷からどのような扱いをされていたのかが目に見えた。
話していると胸に別の少女を抱えていた少女が話しかけてくる。
「あ、あの! 妹の調子がおかしいの! 薬か何か分けて貰えませんか!?」
「……たしかに顔色が良くないね。だけどボクじゃ何もできない。客人さん、任せて良いかい?」
「あぁ、分かっている。失礼」
少女は男のエンリケに少し怯えた表情を浮かべるがそれでも任せて抱いている妹を見せる。
エンリケは《悪辣なる鯱》から奪った中にあった先端に光る魔石が嵌め込まれた医療具のペンライトで照らし、顔色を伺う。目、喉、呼吸の乱れを、発汗、身体の状態、特に腕にあった注射痕を確認した後不愉快そうに眉を顰める。すぐに拘束された海賊の腹部を蹴り上げた。
「むぐぅ!!」
「えっ、客人さん何を?」
「止めるな、フィールド。お前、あの女性たちに何を飲ませた?」
「な、なんの」
「とぼけるな。筋肉の弛緩、瞳孔の小ささ、そして僅かな媚薬効果、どれも副作用で起きているものだ。決して自発的に起きているものではない。外部から何か注射されたからだ」
目に見えて目の前の海賊に動揺が走る。目が泳ぎ、汗が流れる。
「はっきり言おう。あれは《ザクロニウムの花》だな」
ザクロニウム。
暖かい気候と肥沃な土地に生える植物であり、栽培も用意である。ザクロニウムは果実のような赤い花を幾つか咲かす植物である。葉であれば乾かし、粉状する事で鎮痛剤として使えるが、花の部分には強力な脱力症状を引き起こす毒がある。それは食べた象並みの大きさの魔獣が倒れ臥すほど強力だ。ザクロニウムはその効果から所謂ダウナー系の植物であった。一部では麻薬として取引される劇物だ。媚薬作用も含まれることから性奴隷や一部の娼館に使われるほどである。一般的には先ほどの通り乾燥させて粉状として吸引するか花の蜜を直接体内に注射するのかの2択だ。
ザクロニウムは国によっては厳しく管理され、花は持っているだけで重罪な所もある。
「な、何故それを……」
「俺は医師だ。麻薬中毒者など腐る程見て来たし、医療の為に葉を使用したこともある。それで、この花を持っているのは誰だ。栽培は誰がしている。言いたくなければ結構。人間の体は丈夫でな、主要な臓器以外を傷つけても死なないんだ」
エンリケの淀んだ目に男はすぐさまこのままでは死ぬより辛い目にあわされるこを察する。
「こ、これを知っているのはオイラと、ブラジリアーノ様だけだ! 栽培方法もオイラしか知らないっ。嘘じゃない! あの女に注射した蜜と花を乾燥させた粉はブラジリアーノ様しか持っていないっ!」
「蜜はまだあるのか?」
「す、少しだけなら……」
「そうか。なら解毒剤は」
「あ、あそこの棚に……」
エンリケは解毒を聞き出した後、顎を蹴り昏睡させた。その後、教えられた棚を漁り、物色した後、幾つかの瓶をアリアに放り投げる。
「フィールド。俺はC・コロンと合流する。お前はこれをそこの女性たちに飲ませた後すぐにビアンカ氏と合流しろ。あぁ、コップに水を3分の2ほど入れてひとつまみほどに留めておけ。あまり飲むと今度は副作用に苦しめられる事になる。あと、悪いがその女性たちは薬が抜けきるまでそのまま手錠はしておけ。軽いがザクロニウムには依存性もある。暴れる可能性もなくもない」
「え、ま、待ってくれよ。ボクを守るのはどうなったのさ」
「悪いがそれどころではなくなった。事は一刻を争う。最悪の場合、C・コロンが敗北しかねんほどにな」
「え!?」
先ほどの男はブラジリアーノだけと言った。つまり、奴が所持している可能性が高い。葉でさえあれほどまでに脱力症状が起きるのだ。花を乾燥させた粉をもし散布されればコロンはその圧倒的力を失うことになる。
それはマズい。人質に取られれば全ての計画が瓦解する。
「ではな」
「ほ、本当にボクを置いていくのか? ……えー」
悲しそうなイリアン・パイプスの音を背後に聴きながらエンリケは駆ける。時間的余裕はあまりないだろう。
「全く、走るのは得意ではないのだがな」
愚痴りながらも、早くも疲労を感じる体に鞭打ちエンリケは走っていった。




