作戦会議
あの後予定の合流場所にコロンたちはいなかったが、置き手紙が置いてあり、船に戻っているとのことだった。なのでエンリケたちも尾行がいないか確認しつつ船に戻って来た。途中やたらとオリビアがおとなしかったのが気にかかったが海賊が怖かったのだろうという考えに落ち着いた。
船に戻ると会議室に集まるように言われ行くとネスという少年がいた。話を聞くにこの港町の町長の息子であり、《不退転な猛牛》が占領してからも雑用として生かされていたらしい。ネスは悔しげにそのことを語っていた。その後もネスは詳しい事情を話す。逆らう男は殺され、若い女は根城に連れ去られたと。
若干エンリケとの距離が近いのは彼がこの船唯一の男性であったからだ。さすがに異性ばかり、それも美少女に美人に囲まれるのはネスにしてもかなり居心地が悪いらしくそわそわしていた。
「つまり町の皆が諦めて、海賊の力に怯える中君だけはずっと反抗していたのね。へぇ〜やるじゃない。男らしいぞ、このこのぉ」
「わっぷ、や、やめろよっ」
「何々照れてんの? そんなところも可愛らしいなぁ。あははっ」
うりうりと抱きつきながらぎゅーと胸に頭を押し付けるクラリッサにネスの顔がかぁっと赤くなる。ネスは人魚を見たのは初めてだったがその美しさに完全に硬直していた。
「その辺にしておけクラリッサ。今は大事な会議中だ」
「は〜い」
ビアンカに慎められ、パッと離れる。ネスが少しばかり残念そうな顔をした。
「意外とすけべでありますな」
「な、う、うるさいっ!」
「痛いであります! やったでありますな!」
「二人ともぉ〜喧嘩しちゃダメですよぉ? もし辞めないなら〜、うふふ」
「「ご、ごめんなさい(であります)」」
無言の威圧にすぐさま二人は謝罪した。おっぱい大きいのに怖いなとネスは恐れる。
「それにしても《不退転の猛牛》……まさか港町そのものを支配しているとはね」
「例の停泊している船も、まさか海賊のものだとはな」
「例のビアンカが見たものね。もし町中で戦闘になればこの船から増援が現れるのは容易に想像できるわ。そうなれば私達は挟み撃ち。かといって船を責めても同じこと」
「正に前門の虎、後門の狼だな! ぬぁーはっハッー!」
「な、何笑っているんだよっ!? おかしいだろ!」
「無駄だよ、坊ちゃん。船長はいつもこんな感じさ。岩のような安心感があるね。それで坊ちゃん、その海賊団を率いる首魁っていうのは何なんだい?」
「あ、あぁ」
息を整え、説明する。
「……奴らのボスはブラジリアーノ。《豪鬼》とも言われる巨大な身体を持つ怪物だ。アイツ、逆らった人たちを悉く殺していった最悪の奴だ。俺の父様もあいつのもつ棍棒に……」
自らの無力に苛立ち、悔しげにネスは俯く。
「鬼?」
そんな中、ある単語にコロンが反応した。らしくない、低い声色だった。
「ネス、ブラジリアーノは鬼なのか?」
「え? 多分そうだとおもう……力も強いし角だって生えているから」
「そうか……」
「アリア、鬼とは何だ?」
「知らないのかい、白翼。鬼は《鬼人族》って呼ばれるものの名称さ。《鬼人族》は強者揃い。男だろうが女だろうが子どもだろうが皆力が強く凶暴さ。吟遊詩人の語りにも有名で鬼の機嫌を損ねた村や町が壊滅させられた逸話は数多くある。もっともボクは見たことないから話に聞くだけだけどね」
「ほう、ならば強いのか。戦いたいな」
いつも通り、好戦的な色を猛禽類特有の瞳に宿す。やれやれ戦闘狂だなとアリアはイリアン・パイプスを吹かしながら思った。
「ネス、貴方そいつの居場所がわかる?」
「そ、それはわからない。奴らの根城となっている所はいくつかあるけどアイツはちょくちょく場所を変えるから今日も何処にいるのかは」
「むむ、そうか。なら手当たり次第に」
「《船乗りたちの酒場》だ」
「え?」
沈黙を保っていたエンリケが言った言葉に全員がこちらを向く。エンリケはいつも通り眉間に皺の寄った顔をしている。
「道中、負傷した手下の海賊を治療した際に教えられた。来れば歓迎すると」
「治療? あんた、まさか靴替えるつもりじゃないでしょうね?」
「何! そんなのは許さんぞキケ!」
「そんなわけあるか。とにかく例の鬼は《船乗りたちの酒場》にいる可能性が高いだろう」
「嘘の可能性は?」
「手当たり次第に居場所を探すよりは高いだろう」
難しい顔をしたリリアンだがその通りだと頷く。
「話は整理すると、つまり私たちは100人以上の相手をして、かつ民間への被害を抑える必要がある。地の利だって向こうにある状況に人質も取られる可能性がある。それらを全て考慮した上で敵のいる酒場に突っ込んでボスを倒さなきゃいけない。……何これ詰んでない?」
「どーあがいても全滅する未来しかないであります」
「まさに袋小路だ。この場合ネズミはボクたちか」
「楽器を鳴らすな。気が散るだろう」
「ひどいな。これはボクにとっての半身だよ?」
「そんなのどうでもいいから何か案はない? このままじゃこっちが絶滅するわ」
その後もみんなであれこれ案を出すが妙案はなかった。次第に雰囲気が暗くなる。それを遠目に見ていたエンリケだが不意にコロンが問いかける。
「キケ、何か案はないか?」
「何故俺に聞く。俺は船医だ」
「今はそんなの関係ない。皆、一つの目的に向かって議論を交わしている。キケは男だし、大人だ。私たちと違う観点から物事見れるかもしれないだろ?」
さすがにここでまではいがみ合うのは愚策と判断しているのかリリアンも何か言う様子はない。
エンリケは口を開く。
「良くも悪くも《不退転な猛牛》はブラジリアーノという個を中心とした集団だ。ならば奴を倒せれば瓦解する」
「土台を失えば、家は建っていられないと言うことだね?」
「そういうことだ」
「それは私も思ったわ。だけどそいつの周りを囲う部下たちが厄介だわ。中には強い奴もいるだろうし、弱くても数が多ければ難しいわ」
「いいや。こちらにはあちらにはない圧倒的なアドバンテージがある」
「それは?」
エンリケは視線を向ける。釣られて皆も。その先にいるのはリコ。
「いるだろう。リコのファミリーたちが」
「あのお猿さんたちか?」
他のみんなが驚く中、当の本人はキョトンとする。
「ふぁみり〜達でありますか?」
「そうだ。奴らはこの船の船員がどのようなのか把握していない。船員と聞いてまず思い浮かべるのは人だ。その隙を突く。近くの森から侵入したように見せかけて、港町で暴れさせる。仮にとはいえ此処は奴らの支配下だ。魔獣に好き勝手にされるのは我慢ならないだろう。必ず援軍を出す」
「けど猿たちも含めてもこっちは戦えるのは100人未満よ。相手はそれ以上。数に押しつぶされるわ」
「何も真っ向から戦う必要はないだろう。この町は家があり、洗濯物を干すためのロープも張り巡らせられている。つまり立体的な森とほぼ変わらない状態だ。それを利用すればいい。奴らはミラニューロテナガザルに追いつけない。地を走る海賊に、屋根を、ロープをつたれるミラニューロテナガザルでは速度と機動力に差がありすぎる。必ず広範囲に分散する。それを各個撃破する。その隙に船を落とし、本陣も落とすのが良いだろう」
エンリケの案に感嘆の声が上がる。
「……悔しいけど良い案だわ。えぇ、今の所全く反論の余地がないくらいに!」
「ならリリー」
「えぇ、そこの男の案でいきましょう」
「そうなると後はメンバーだね。どうするんだい、リリアン女史?」
「それは」
「そのことだが、例の《豪鬼》とやらは私に戦わせてくれ」
リリアンが話すより早くきっぱりとコロンが告げた。
「何だコロン、強い相手を独り占めする気か? 自分も強者とは戦いたいんだが。《鬼人族》とやら、どれほどのものか興味がある」
「それもあるが……。私は船長だ。なら危険度が一番高い所にいくのは船長の役目だ。今回も私のわがままで向こうの海賊と全面戦争になってしまったし」
コロンは何時ものこととはいえ、自らのわがままで戦闘が起こったことに罪悪感を抱いていた。だがその言葉にみんなが浮かべた表情は、呆れだった。
「そんなのいつものことじゃない」
「全くであります。せんちょーは難しいことを考えずに突っ走る方が似合っているであります」
「そうだぞ。むしろあそこで出て行かないコロンなど想像できん」
「そ、そこまで断言されると些か傷つくのだが……。とにかく、奴は私が倒す。それに個人的に確かめたいこともあるしな」
コロンの言葉に全員が疑問符を浮かべる中、リリアンだけは何か納得がいったように頷いた。
「……わかったわ。ならコローネの援護には私が付くわ。ビアンカには船の制圧をお願い。好きにしちゃって」
「ほう、好きにか。任せておけ。必ずや奴らの旗を下ろしてやろう」
「そうして。女を道具のように扱う相手にはそれ相応の罰が必要だわ。あと、アリア。悪いけど貴女にも行ってもらうわ」
「え、ボクも? う〜ん、戦闘はあまり好きじゃないんだけどなぁ。苦手だし。それにほら、ボクは吟遊詩人でしょ? 戦いには向いてないよ」
「そうは言っても貴女の力なら船の内部に気付かれず入れるでしょ? 船の内部にも囚われた女性がいる可能性があるから助けてあげて欲しいの」
「だけど直接の肉弾戦じゃ役に立たないよ。せめて護衛がいれば……」
渋るアリア。
そんな時、オリビアがエンリケをつつき、耳を寄せるようにジェスチャーする。小声で話す。
「何だ?」
「エンリケさん、アーちゃんについて行ってあげてくれませんか?」
「何? だが俺がいなければ怪我人はどうする。猿たちも無傷とはいかんだろう」
「大丈夫ですよぉ、エンリケさん。貴方が来るまでは私が一人でこの船の医務室を仕切っていたんですよぉ? そのくらい何ともないです! ティノちゃんもいますしね」
「……!」
「だから、わたしを守ってくれたみたいにあーちゃんも守ってあげてください」
オリビアはまっすぐにエンリケを見た。ティノも任せてとばかりに顔を上げる。
ため息を吐く。なぜ船医なのに前線に行かねばならないのか。男だからというわけではないが、オリビアの瞳には信頼の色が見て取れた。面倒だがあぁ言われて頑張らねば男が廃るというものだろう。
「……分かった。だが俺は強いとはいえん。盾くらいにはなってやろう」
「何、あんたが行くの?」
「本当かい? 助かるよ」
安堵したアリアとは対照的にビアンカの顔は渋い。
「……自分は貴様が殺されかけても助けないぞ」
「案ずるな。自分の身は自分で守る。そっちこそ毒でも食らったならばこっちに来るといい。優しく治療してやろう。最もその大層な自信から傷を負うつもりはなさそうだがな」
「当然だ。空飛ぶ鷲にネズミの歯が届くか?」
「え〜と、まぁ、うん。二人とも今はさ、同じ作戦をする仲間なんだからそう敵意をぶつけ合わないで行こうよ。ほら『呉越同舟』とも言うだろう? 正に今同じ船に乗るボクらにはぴったりの四字熟語だろう? だからさ、ほら。……大丈夫かなぁ」
若干不安になったアリアの心情を表すようにイリアンパイプスから気の抜けた音が鳴った。
クラリッサがんーと考えながら作戦を整理する。
「二人は敵の本陣。リコたちは陽動。三人は船。って事は私と龍は今回もお留守番?」
「いいえクラリッサたちは万が一の為に沖合で待機しておいて。自分が本船を落とすとはいえ隙を突いて他の船に乗って逃げ出そうとする海賊がいるかもしれないわその時は体当たりでもして沈めちゃって。もし海賊が乗り込んできてもノワールがいればなんとかなるでしょう。昼だけど海賊相手に遅れはとらないはずよ」
「りょーかい!」
ビシッと敬礼する。
「よし! 作戦は決まった! 我々はこれより奴らの手から港町を奪還する! 敵は傍若無人な振る舞いをする、私たちの二倍の数はいる海賊団だ。当然戦闘も激しいものになるだろう。だがしかーし! 私たち《いるかさん号》に不可能はない! 必ずや成し遂げるぞ!」
おー! 拳を掲げ意気込む船内。
エンリケはするつもりなかったが何か訴える目でじっとコロンに見られたので咳払いし軽く、ほんの軽くあげておいた。満足げに頷くコロン。
「……何で」
「む? どうしたネス!」
「……何で俺たちの町を救おうとするんだよ。お前らは全く関係ないことじゃないか。それに、海賊なんだろ? なんで……」
「ぬぁーはっハッー! 海賊だからこそだ! 海賊は自由なのだから、私がお前の町を助けたいと思った。それだけだ! それ以上の理由なんて必要ないだろ?」
屈託なく笑うコロンに、ネスは感銘を受ける。そんな風に自由を使う海賊がいるなんて思いもしなかった。
「もし、本当に……万が一を奪還出来たら俺はどうしたらいいんだ? 払えるものなんて……」
「ならば宴の用意をしろ。私達はよく食べるぞ?」
「えっ、コロン。住民に説得してもらって安く食糧とか売ってもらわないとこれからの航海が……」
リリアンの言葉はネスの耳には入らなかった。
ニッと白い歯を輝かせて笑っている。
「ぷっ、あはは! 分かった、最高の料理を並べさせてみせるさ!」
その言葉が面白かったのか、この船に来て初めてネスは子どものように笑った。




