情報収集
「思ったより買えなかったな」
「仕方ないですよぉ〜。あのお値段では手が出ませんしぃ。わたし、片手ありませんけど」
「だからそういうブラックジョークはやめろ。笑えん」
「うふふ〜」
町路をエンリケとオリビア、二人の間をティノが歩く。ティノの手には袋がかかえられていた。
「大丈夫か? 重ければ代わるぞ」
「……」
ふるふると首を振る。ティノは買った荷物を自分が持つと言った。念の為気遣うが大丈夫と強い瞳で語られたので「そうか」と任せる事にする。
「でもエンリケさんの機転のおかげで助かりましたねぇ〜。一応最低限の包帯やガーゼは補充出来ましたし」
「俺はただ診察してやっただけだ。そしてアドバイスしてやっただけだ。薬自体はオリビアの許可がなければ持ってこなかった」
エンリケたちは薬品の売っている店を訪ねたがどれも値段が高騰しており、このままではアタッシュケースの中身を売ったとしても予定の半分しか買えない事に気付いた。
どうしたものかと悩んでいるとその店の店主の妻が現れ、病気にかかっていたらしく診察して手持ちの薬で適切な処方をした所、感謝した店の主人が安く売ってくれたのだ。
「しかし、薬草の補充を出来なかったのは痛いな。せめて種と腐葉土だけでも、と思ったが望みは薄そうだ」
「確かに手当ては出来ても肝心の薬がなければ余り意味ありませんからねぇ〜。う〜ん、何処かに自生していたら良いんですが」
「確かに最悪森に取りに行くのも一つの手か」
自給自足も考えていると肩に男がぶつかる。
「ちっ、気をつけろ」
向こうからぶつかったにも関わらず、愛想の悪い男性だった。金は取られていない。見た目からチンピラでもなく本当に唯の町民らしいが雰囲気に余裕がない。そしてそれは男だけでなく、道行く人々全員に漂っていた。
「やはり、この町は何かきな臭いな」
「確かに……皆さん暗い顔をしていますしねぇ」
「それだけではない。見ろ、あちこちに破壊された箇所がある。……血痕もな。あの店の主人が言っていた事は本当らしいな。明るい顔をしているのは例の黒の腕輪の奴らばかりだ」
店の主人の妻を診察した後、「この町に来たばかりだろ?」と聞かれ頷いたら「早く町を出た方が良い。それと黒い腕輪の奴には気をつけてくれ」と忠告された。何故かと問おうとしたがもしバレたらこっちが殺されるとそれ以上は無理だと言われたが彼の表情を見る限り良いことではないのは明らかだ。
そしてちらほらといる注意された黒い腕輪の男たち。彼らの顔だけが明るい。視界の隅には果物を売っている店主に脅しているのも見えた。壊れた建物といい治安が良い訳ではなさそうだ。
「あまり離れるなよ」
「あらぁ、守ってくれるんですかぁ?」
「守らないと後から小うるさそうなのがいるからな」
金髪のツインテールを思いながら苦々しく言うと誰を思い浮かべているのか分かったオリビアがくすくすと笑った。
ふいにコートの裾を引っ張られる感覚を覚える。
「……」
「……あぁ、お前も守ってやるさ」
「……!」
不安そうにこちらを見上げるティノにそう言葉を掛けると安心したように何度も頷いた。
(さて、値段が異常に高騰しているのは奴らのせいか? 情報が欲しい所だが、住民たちは口を割らないし、本人に直接聞くのは二人を抱えたままでは無理だな。俺は戦闘員ではない。囲まれれば二人を守ることなど不可能だ)
船医であるエンリケはコロンやビアンカのように戦えない。その為守るとは言ったがそれが多人数相手になると正直厳しい。ここは早々にコロンたちと合流した方が良いかと考えていると
「ぐぞっ、血が止まらねぇ」
「大丈夫か?」
「しかしあの小娘なんてパワーだ。ただの飾りかと思ったがあの錨本物だ。あんなのを持ち上げるなんて何者なんだ」
「知らねぇよっ! だがっ、次会ったらぶっ殺す」
鼻から血を出す男を支える三人組がすれ違う。その腕輪には黒い腕輪のマーク。
都合のいい事に傷を負っていた。これならば違和感なく近く事ができる。
「丁度良い。チャンスだ。本人たちから直接聞くとしよう。オリビア、ティノ。そこから絶対に動くな。人のいる所にいろ。良いな。決して動くなよ。何かあれば声をあげろ」
「え? ちょっと、エンリケさんっ」
慌てるオリビアを無視する。
エンリケは服装を整え、営業スマイルになりながら男たちに近づいて行く。
「失礼」
「あ? 誰だお前!?」
「最近この港町に来たばかりの者です。見れば負傷している様子。私は流れの医師でもありますのでよければ治療をさせてもらえないでしょうか?」
流暢かつ丁寧な言葉遣いに海賊は疑惑の目を向けながら身なりを確認する。
「医者だぁ? か、金は払わねぇぞ!」
「構いません。そのかわりこの港町について教えてくれませんか? 何分来たばかりなのでお恥ずかしいことに何も分からなくてございまして、何処の店も物価が非常に高くて困っているのです。宜しければ安い店などをお教え頂けないかという下心もありますので、そちらの方で払って頂けたら」
男達は顔を見合わせたが、痛みに耐えかねたのか、怪我した男が頷き、結局治療を受ける事にした。|オリビアたちを視認できる位置の路地の椅子に座りながら、傷に触れないように診察する。
「あぁ、これはひどい。鼻骨が折れていますな。随分と強い力で殴られたようで」
「自らを偉大な海賊だとか名乗るガキにやられた。くそっ、あのガキ次会ったらぶっ殺してやるっ」
「……なるほど、それはお気の毒に」
この時点で誰がやったのか薄々感づいて来たがエンリケは顔には出さないよう気をつける。
「骨を元に戻します。鼻骨は柔らかいので一度場所がズレたら元に戻さねばなければなりません。でないと最悪《牙豚族》みたいな鼻になってしまいます」
「そ、そんなのごめんだ。たの、いっでぇぇぇえぇぇ!!」
殴られたという事はこいつらが悪いのだろうと若干力を込めて鼻骨の位置を戻す。
「これで大丈夫でしょう。後は包帯を巻きますよ」
「ぐぅ〜いてぇ〜……」
「これで大丈夫かと」
「……お? 確かに血が止まっている」
「良かったじゃないかクランク」
「おうよ! ありがとよ、あんた」
「いえ、それではすみませんがこの辺にある薬草の安い店をお教えいただけますか?」
その言葉に診察した男がバツの悪そうな顔をする。
「悪いがよ、安い店って言われても俺たちにはどうしようもできねぇんだ。この町の物資は俺たちが殆ど巻き上げちまったからな」
「巻き上げた?」
「おうよ、俺たち海賊団《不退転な猛牛》だ。この町を縄張りとしている。……海賊と聞いて軽蔑したか?」
「怪我をしている以上、治すのは医師の役目ですから」
「そうか、ありがとよ」
「それで縄張りということは貴方達がこの港町を支配しているのでしょうか?」
「そうだ。この町は俺たちのボス、ブラジリアーノ様が二ヶ月ほど前に占領した」
「やはり! しかし、それなりに住人がいると思うがそれ以上の数で押さえ込んだのでしょうか?」
「はっ! 俺たちの人数は100人くらいさ。だがブラジリアーノ様はめちゃくちゃ強くてな。この前もこの町の奪還に来た兵士たちを一人で大半倒しちまった。町の奴らはブラジリアーノ様の力に怯えて何もできやしねぇ。おかげで俺たちはやりたい放題だ」
治療したからかこの男に警戒心というものはなかった。機嫌良く話してくれる。
ペラペラと喋ってくれる頭の軽い者ほど扱いやすいものはない。内心ほくそ笑む。
そしてこの町の状況も分かってきた。どうやらこの町は《不退転な猛牛》なる海賊どもに占拠されているらしい。物価が高いのは海賊たちが独占しているからだ。
男はその後も語り続ける。この町を守ろうとした市長と衛兵は皆殺しにしたこと。女は攫って、奴隷として扱っている。海賊らしい残虐さに満ちた内容を意気揚々と語る。
エンリケの瞳に蔑みと愚か物を見る感情があることに目の前の海賊は気付かない。
「それにしてもあんたも良い腕してるな。もしうちに来るなら歓迎してやるぜ」
「お褒めに預かり光栄です。でしたら念の為場所を教えてくれないでしょうか」
「あぁ、そうだな。今日なら酒場にボスがいる。北の方にある《船乗りたちの酒場》っつー、店だ」
「分かりました。ありがとうございます。あと、これも持って行って下さい。朝晩二回塗れば早く傷が治るようになります。ただ、少々痛みを伴いますからそこはご容赦を」
「何から何まですまねぇな。それじゃあな」
「えぇ、次また会う機会があれば」
最後まで丁寧な態度で海賊たちを見送った後、エンリケはオリビアの元に戻った。
その頃には先ほどまでの営業スマイルはなく、何時もの気怠げな顔に戻っていた。
「全く、守るといっておきながら置いてくなんでひどいですよぉ」
「……」
ティノもこくこく頷く。
「すまない。情報を得られるチャンスだったのでな。それにちゃんと二人を確認できる位置で治療していた。何かあればすぐに駆け寄るつもりだった」
「まぁそういう事でしたら良いですけど……それでどうでしたぁ?」
「事態は思ったより深刻なようだ。それにC・コロンが何やらやらかしたようだな」
エンリケは先ほど聞いた話を二人にもする。ティノは不安げになり、オリビアは見るからに怒りと不愉快そうな顔になった。オリビアの故郷は海賊によって壊された。似た状況の《トロイ》の町に他人事とは思えないのだろう。
「それでぇ、この町の人々はみんな暗い顔をしていたのですねぇ」
「そうだ。特に奴らを率いるブラジリアーノとやらが強いらしいな。過去に奪還しに来た国の兵士まで一人で殲滅したらしい」
「何とかならないんですかぁ?」
「難しいだろう。とはいえC・コロンが奴らに手を出したと思われる以上、全面戦争も近いかもしれん。その前にとんずらするかもしれんがな」
「それは。……この町の人々を見捨てるって言うことですかぁ?」
オリビアの目に非難の色が宿る。エンリケは冷静に受け止めながら眼鏡の位置を治す。
「勘違いするな。あくまでそういう手段を取るかもしれないもいうだけだ。決めるのはC・コロンだ。俺ではない。そして俺よりも付き合いの長いオリビアの方がC・コロンの性格が分かるだろう? 」
「……そうですね。コロちゃんなら恐らく何か理由があって彼らに攻撃したんだと思います。そして、そうしたということは……叩き潰すつもりかと」
「やはりそうなるか」
ある程度は予想していたがオリビアに言われ、諦めのため息を吐く。
「……それにしてもなんであそこまで親切にしたんですかぁ? 薬まであげて。正直言ってクズですよ彼ら。コロちゃんも、もっともぉ〜っと痛めつけても良かったと思うんですけどぉ」
「薬? あぁ、途中まではちゃんと医療措置をしたが最後に渡したあれは中身は唐辛子を含めたものだ」
「え?」
「……?」
「塗れば当然痛みを起こす上に、傷が治るはずもない。だが奴は俺を信用していたみたいだからな。当分の間は気付く事ないだろう」
ククッと腹黒く笑うエンリケにオリビアは彼が決して善意だけの人物でないことを悟る。ティノも怖かったのかさっとオリビアの陰に隠れた。
「探せ! 蒼い髪の帽子を被った小娘だ! まだこの辺りにいるはずだ!」
辺りでは別の海賊がコロンたちを探している。その様子が怖かったのかティノがオリビアに抱きつくが、宥めるオリビアも微かに震えていた。脳裏にはかつて海賊に攫われた時の事が浮かんでいた。
海賊たちの笑い声。
つんざく悲鳴。
血に染まった両親。
怖い。
そんなオリビアの肩をグッと抱く。
「きゃっ」
「とにかく戻るとしよう。念の為、背後に気をつけてな」
「あ、は、はいっ」
何処か上の空のオリビアとティノを連れ、足早にその場を去った。




