トロイの闇
「たっか、何これ!?」
リリアンは思わず乙女としての恥ずかしいくらいの大声を出してしまう。先ほどまでのテンションの高さは微塵もない。だがそれも無理もないことであった。
「おかしいわ、何で果物一つでこんなにするのよ! しかもこれ、新鮮とも言い難い品質だわ。これなら値段も良くて5分の1でしょ。それでも高いけどこの値段は幾ら何でも暴利だわ!」
「そう思うんなら買わなくて結構。こっちこそギャーギャー騒ぐ鳥に餌を与えるほど人が出来ていないんでね」
「誰が鳥ですって!?」
食糧を買いに来たコロンたちであったがその値段は予想を遥かに超えていた。他の街では安く買える物もここでは数倍に跳ね上がっていたのだ。だからこそ値下げの交渉をしようとしても向こうもする気がなく、それどころかどこか行けと邪険に扱う始末。当然、交渉しているリリアンの機嫌も悪くなる。
「もういいわ。ここでは買わない。他の店に行きましょ、コローネ、リコ」
「勝手にしな。ま、この辺の店なら今はこの値段が適正だ。諦めな。……くそ、全部あいつらのせいで」
「む? 店主それはどういうーー」
「コローネ! 置いて行くわよ!」
「ま、待ってくれリリー!」
忌々しげに舌打ちする店主の言葉の内容が気にかかったコロンだが先に行くリリアンに急かされ仕方なくその場を後にする。
その後別の店を回った三人であったがどこの店も値段が尋常でないほど高く、買えない。その度にリリアンの苛々が積もるがどうしようもない。
一旦別の物を買ってくるよう頼んだビアンカとアリアとも合流し、尋ねる。
「ビアンカ、どうだったの?」
「ダメだな。どこもかしこも皆値段が高騰している。唯の布でさえ3倍以上だ。武器に至っては売ってすらいなかった。何処も休業中らしい」
「そう……」
分かってはいたが落胆は隠せない。深いため息を吐く。
「リリー、肉は?」
「リリアン殿、果物は?」
両脇からクイクイと袖を引っ張られる。
「……無理ね。必要なものを買うだけで予算オーバーだわ。今回は諦めてもらうしかないわ」
「がーん!」
「そ、そんなぁ〜。ふぁみりーたちへのお土産はどうすれば良いんでありますかぁ」
「残念だけど魚の干物で満足してもらうしかないわね」
「魚は飽きたであります!」
《いるかさん号》の中でも特に大食いな二人だけにその落ち込みようも凄まじい。しかしどうしようもないのもわかっているのか二人もそれ以上文句は言わなかった。
ふとコロンが疑問に思う。
「しかし、何故こんなにも物価が高いのだ? 前にも一度だけ泊まった港町で高い所があったがあれは巨大な魔魚が近海を荒らしていたせいでモノが取れなかったせいだろ? この町ではそのような噂も事態も起こってなさそうだし高くなる理由が見当たらないんだが」
「それはそうね。どうしてかしら……」
「うむむ、わからないであります」
当然ながら理由がなければ値段が高騰するなどあり得ない。普段からこの値段であれば物は買えず、経済は回らない。だがその理由が分からない。リコも珍しく頭を捻っているが既に頭はパンク寸前だ。
「ねぇ白翼、気付いているかい?」
「あぁ。……この港町何やらおかしな気配を感じる」
「それに、町の雰囲気も良くないね。町並みは綺麗だけど誰も彼もみんな暗い表情をしている。更には港町にあるはずの高らかな笑い声が一つ足りともない。まるで火が消えてしまったかのようにね」
町行く人々は少なく、皆が皆一様に暗い表情を浮かべていた。とても活気ある港町とは思えない。そこに理由があるのではとビアンカとアリアは睨む。
「それに我々を監視しているものもいる。一人くらい引きずり出して理由を聞き出すか?」
「やめなさいよ。なんで初っぱなから喧嘩売る方向なのよ。もっと穏便にしなさい」
「残念だ。そっちの方が手っ取り早いのだがな」
「しかしこのままでは手詰まりであります。これではこの港町に来た意味がないでありますよ」
「それはそうだけど……」
リリアンも悩んでいた。理由があるのは間違いないが安易にそれを聞き出して藪をつつく結果となってはよろしくない。故にどうするか悩んでいたのだが
「おらぁ!!」
「うぁっ」
「む?」
遠くから荷物が崩れる音が聞こえ、振り向くと一人の金髪の少年を三人の男たちが囲っていた。蹴飛ばしたのか少年は腹を抱えて蹲り、辺りには倒れた樽が散らばっている。男たちには全員腕には黒い腕輪をしている。
「あぁ、またかよ」
「仕方ないよ。俺たちには何もできない……」
「あなたたちっ、部屋に入って起きなさい」
住人たちはそれを見て助けることはせず、巻き込まれないようにとそそくさと離れる。誰一人として助けようとしない。ただ見ているだけだ。その様子にコロンは不愉快な気持ちになった。
「ゴホッゴホッ、くそ……!」
「なぁ、坊ちゃん。わかるだろ? お前が素直に金をスッてくりゃ、俺たちもこんな事を痛めつける必要もないんだよ。この港町を守るためと思ってさ、善良な住民から金を巻き上げてくれよ」
「ふざけるなよっ……お前たちが奪ったんだろ! 父上の守って来た港町をこんな風にしてっ!」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。奪っただなんて外見の悪い。お前たちは自ら服従した。そうだろう?」
「それに……守っただって? こりゃ、傑作だ! 守れてねぇじゃねぇか! 当然だよなぁ? お前の父親は負けたんだから! 」
「父上を馬鹿にするな! この海賊どもめ! お前らなんかアイツの周りにひっついているだけの金魚の糞じゃないか!」
「ハハッ、言うじゃねぇか小僧。さっきから喚いてばかりでうるせぇな。その生意気な態度少しばかり躾けてやる!」
男の一人が少年の顔に向けて腕をふるう。少年はそれを避ける術がなくぎゅっと目をつぶった。
「まてーい!」
「あん?」
「何だ?」
「子どもに対して大人が寄って集っていじめるとは何事だ! 恥をしれ恥を!」
「ちょっ、コロン……!」
リリアンが止める暇なく、コロンは三人組に話しかけた。コロンはもう我慢の限界だったのだ。
男達は突如現れたコロンをまじまじと見る。
「……お前も子どもじゃないか」
「子どもじゃなーい! 海より大きい心を持つ偉大な海賊C・コロンとはわたしのことだ! 覚えておくんだな!」
「海賊!?」
何故か目の前の男達より、子どもの方が驚いた声をあげた。海賊たちはコロンの言葉に、ほんの少しきょとんとするがすぐに嘲笑があがる。
「あっはっはっはっは!! こりゃ、傑作だ! こんなガキが海賊を名乗るとは!」
「冗談ではないぞ! 私は海賊だ!」
「へっ、お前みたいなちんちくりんが海賊だと? ならここが《不退転の猛牛》の縄張りの知ってのことか?」
「む、むぅ?」
聞きなれない単語に、困ったコロンは勢いが落ちる。
「ここは国の領域ではなかったのか?」
「なんだお前、何も知らないのか? ここは俺ら《不退転な猛牛》の縄張りだ! だから何しようが俺らの自由だし、よそ者のお前らに何か言われる筋合いはねぇんだよ」
「そうだ! 分かったらすっこんでな!」
「ぬぐ、よ、余所者……」
この言葉にコロンは弱かった。世界一周を目指す身としてこの言葉は何度も言われたし、その度に嫌な思いもした。
だがと。コロンは倒れている少年を見る。自らの心が正義に燃えていた。
「……だが目の前でいじめている奴を見過ごす訳にはいかん! 速攻暴力をやめて立ち去るんだ。じゃないと痛い目にあうことになるぞ」
「へっ、大人しく身を引けば良いものを。まぁ、見た目は良いからな。捕まえて奴隷にしてもしてやずぼらぁっ!!」
最後まで言葉を発するより早く振るわれた錨に吹っ飛ばされる。男は壁に激突し、動かなくなった。
あまりの速攻に海賊二人には全く動きが見えなかった。空気が凍る。
「警告はした。とりあえず不愉快だから吹っ飛ばしてやったぞ。お前たちもおんなじように吹っ飛ばされるか?」
その言葉に残りの二人はブンブンと頭を左右に振り、ピクピクと足だけ動かす仲間を抱えた。
「お、覚えておけよっ!」
「《不退転な猛牛》を舐めたこと、後悔しやがれ!」
「受けて立つ! 来るなら来い! 私は逃げも隠れもしないからな!」
捨て台詞を吐き、去って行く三人組にコロンは堂々と宣戦布告した。
遅ればせながら追いついたリリアンがコロンに詰め寄る。
「コローネ! またあなたは勝手に!」
「リリー、なら見過ごせというのか? 不当な暴力はお前が最も嫌う事だろう?」
「それは……そうだけども。だけどもっと穏便な方法があったかもしれないじゃない」
「無駄だ。あの手の輩は無駄に腕に信頼を持つから一度痛い目を見ないと何もわからない。全く、力で勝てないと見るとすぐさま逃げるとはな」
「白翼の言う通りだよ。力に酔いし哀れな狼たちは牙を抜かれるまで身の程を弁えない。こちらが従順な羊として接しれば向こうは躊躇なくその牙を刺してきただろうさ。だからそれより前に戦うしかない」
「あぁ! なんで私の仲間にはこう戦闘狂しかいないのかしら!」
嘆くリリアンの横を通り、比較的年齢の近いリコが少年に話しかける。
「大丈夫でありますか?」
「っ! 何で助けたんだよ!」
「何でって貴殿がいじめられていたからであります」
「俺は助けてなんて言ってない!」
「痛いでありますぅ!」
バシッとリコの手を乱暴に振り払った少年の頭に拳骨が走る。
「あいたぁ! な、何するんだ!」
「助けられたらありがとうでしょ。理由はどうあれ、コローネは貴方を助ける為にあの男たちの前に出て宣戦布告したのよ。それにコローネが助けなければ、下手をすれば貴方死んでたわよ」
その言葉にグッと少年は言葉につまる。そんなの実際に一番近くにいた少年が一番よく分かっていた。
「ネス・レックスだ。……助けてくれたことには感謝しているさ。でもっ、代わりにあんた達が奴らに目をつけられちまったじゃないか! どうするんだよっ、俺だけなら良かったのに余計なことに首を突っ込んで馬鹿なのかよ!」
「えぇ、そうね。コローネは馬鹿よ。だけどその馬鹿にあなたは救われたわ。私たちは今日この町に来たわ。だから何でこの町がアイツらの縄張りなんてことになっているのか何も知らない。だけどあなたは知っていたのでしょう。なのにアイツらに逆らっていたじゃない」
「俺は良いんだよ! 俺の父親はこの町の市長だった。だからあいつらの言いなりになるなんて真っ平御免だ!」
「ならば馬鹿同士、アイツらに抵抗するために手を組もうではないか! アイツらは気に入らない! 宣戦布告もした。だから私はぶっ飛ばす!」
「とにかく私たちは情報が欲しいの。そのためにはネス。貴方の力が必要だわ。だから教えてちょうだい。この町で何があったのかを」
「……そ、それは」
ネスの視線が忙しなく動く。本当に信用して良いのか悩んでいる様子だった。ネスはこの町で唯一《不退転な猛牛》に逆らう存在だった。そんな自分をアイツらが生かしていたのはただの余興に過ぎない。自分を助けてくれたコロンたちを巻き込んで良いのか。ネスの心は揺れていた。
「こっちだ! クランクの野郎が吹き飛ばされたってのは!」
「急げ!」
遠くから慌ただしい足音が鳴るのを耳の良いアリアが捕らえた。
「まずいよリリアン女史。先ほどの騒ぎを聞きつけてか人が集まって来ている。数は前方から五人、後方から六人だ」
「リコたち人気者でありますな!」
「お尋ね者の間違いじゃないか?」
「さっきと同じくらいの強さだったら全く問題ないんだが」
「駄目よコローネ。私たちはまだ敵の戦力も把握していないんだから。とにかくこの場から離れた方が良いわ。そうね、一度私たちの船に戻りましょう。そこで、この港町で何があったか教えて頂戴」
「わ、わかった。けど、見つかるとまずいから裏道を案内するよ。こっちだ!」
ネスに案内され一同は裏道へ入って行く。
他の海賊が集まった時、コロンたちの姿はそこにいなかった。
同一作者による別作品がございます。よろしければこちらもご覧ください
「ヒモなエルフと世話焼き令嬢」
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