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診察

 同刻。医務室にて。


「これで治療は完了だ。よく我慢したな」

≪うっきぃー!!≫

「余り激しく動くな。傷口が開いてしまう」


 嬉しそうにはしゃぐミラニューロテナガザル……、確かこの個体はさる美と言ったか、を(つつし)める。

 エンリケが検診していた相手、それは猿である。


 いるかさん号は確かにコロンを初め女性しかいない海賊団だが最も多い船員は猿である。つまり船医が診察する相手の大半は猿ということになる。

 女所帯の中に男一人という人によっては羨ましがる状態だが現実は甘くはなかった。


「終わりましたかぁ?」


 背後からひょいっとオリビアが覗いてくる。さりげなくその豊満な胸を押し当ててくる。

 彼女は擦り傷程度の猿達を見ていたがそちらは終わったようだ。


「問題ない。さる美も痛みに耐えて大人しくしていたからな」

≪うきっ!≫


 いつも通りやる気がないように見えるが、実は今のエンリケは少し機嫌が良かった。

 理由は奪った物の中に聴診器といった医療器具があったからだ。確かに《いるかさん号》の医務室にも医療器具はあったがそれは最低限に過ぎない。無くても今のところ困るものではなかったがそれでもあるのとないのでは心の余裕に差が出来る。


「ありがとうございます〜。片手じゃやっぱり包帯とか巻く時に不便でしてお猿さん達の治療の時大変だったんですよぉ〜」

「そう卑下(ひげ)するものではないと思うが。少し見させてもらったが普通に包帯を巻くのと遜色(そんしょく)ない出来だった。さすがにこれまで一人でこの船の医務室を支えていただけはある」

「それじゃあ、ダメなんですよぉ〜。お猿さん達の中には包帯を嫌う子もいますからぁ、勝手に外さないようにしぃっかり結んでおかなくちゃいけないんですが余りに強くし過ぎるとよろしくないので加減が難しくて……」

「なら他の連中に頼めなかったのか?」


 オリビアは「ん〜」と顎に指を当てる。


「コロちゃんは〜細かい作業をするのにはむいていませんし〜、リリアンちゃんはコロちゃんに付きっ切りですし中々手伝いには来れませんし〜、ビアンカさんは唾つけとけば治るとか言って重症以外には医務室には来ませんからぁ。リコちゃんは逆に包帯でグルグルになるしぃ、アーちゃんは前に手伝いに来てくれましたが血を見て顔を真っ青にして倒れて逆に病人が増えてしまいましたぁ。ノワールさんは中々会えないですし、クーちゃんは部屋から出るのは難しいですからぁ」

「……なるほど。さてお前の診察は終わった。仲間の元に戻ると良い」

≪うきぃ〜≫


 診察椅子から降りたさる美が他の治療された猿と合流し、部屋から出て行く。


「それといつまでくっつく。鬱陶しい」

「あぁん、いけずですねぇ。あ、そうだ一息入れるために紅茶淹れようと思うんですけどどうですかぁ〜?」

「いらん。……ん?」


 猿と入れ替わりにコップに水を入れたティノがおずおずと入って来てエンリケとオリビアに差し出す。


「……!」

「あぁ、すまない。感謝する」


 意外な事にティノはこの船の手伝い、もといオリビアの助手的な事をしていたらしい。

 最も清潔な水を持って来たり、必要な道具……軽い物に限られるが用意したりする程度であるが。

 その事が判明したのはオリビアに痺れ薬を飲まされた後日だが大層驚いたものだ。その際に改めて錠剤(じょうざい)の件について礼を言うとまたも顔を真っ赤にしながら樽を盾にした。


 手伝いをするティノだが治療中はさすがに幼子(おさなご)に傷を見せるのは刺激が強いとオリビアは普段は医務室の前で待機させている。検診が終わったので中に入ってきたのだろう。


 渡されたコップの中の水を飲む。途中視線を感じるとジト目でオリビアがこちらを見ていた。


「じぃ〜」

「何だ?」

「別にぃ〜。私のお茶は飲めないのにティノちゃんの持って来たお水は飲むんですかぁ?」

「毒と分かっているものを飲む奴はいない。あの時はお前の目的を探るという理由があったからこそ飲んだに過ぎない」

「残念です〜。私の紅茶もおいしいと思うんですけどぉ。あと〜、お前じゃなくてオリビアですよ? はい、復唱〜」

「……オリビア」

「はい、よく出来ましたぁ〜。えらいですねぇ〜」

「頭に触ろうとするのはやめたまえ」

「え〜禿げてませんよ?」

「違う。大人が頭を撫でられて喜ぶはずがないだろう。それにそんなので喜ぶのはC(キャプテン)・コロンくらいだろう」


 リリアンに撫でられて喜んでいたのなら、オリビアに撫でられても喜ぶだろう。


「さて、治療薬が減ってしまったな」


 ちらりと中身のなくなった瓶を振って確かめる。


「今回はぁ、逃げ腰とはいえ向こうの海賊さんもしつこかったから細かい傷を負ったお猿さん達も出てきてしまいましたからぁ。もっともぉ、向こうはこっちの比じゃないほどの傷を負っていると思いますけどぉ」

「そうだろうな」


 コロンの馬鹿力の所為で向こう側はマストを折られるという大損害をうけた。更にはビアンカに船員を叩き伏せられ、リコ率いる猿軍団に物資の半分を奪われた。

 船員、船共々暫くの間は海に出ることは不可能だろう。エンリケ自身は皆殺しにしないのに驚いたが、この船であるコロンが決めたのならばと何も口を挟まなかった。だが、ほんの僅かに口元が緩んでいたのにエンリケは気付いていなかった。


 大損害のあちらに比べて此方の船は損害なし。負傷者も軽傷なミラニューロテナガザル数匹だ。最もその数匹の治療に数少ない治療薬を使ってしまったのだが。


「そうとなれば補充する必要がある。直ちに作らねばな。必要な時にないなど医務室の存在意義を失う」

「そうですねぇ。私も手伝いますよぉ」

「なら使う薬草の状態の選定は任せる。俺よりも長い事この船で薬師としていたオリビアの方が薬草の見極めは上だろう。力仕事の方は俺がやろう」


 二人は早速準備に取り掛かる。ティノも飲み終わったコップを片付け、オリビアの手伝いに入る。


「いつもはどうやって薬を作っている?」

「そうですねぇ、いつもは"ココナツ草"を沸騰してすり潰してあと"白塩結晶"を僅かに混ぜてますねぇ。そうすると膿が出来辛くなるので。ただ傷口が痛みを訴えるので不人気ですけど」

「"白塩結晶"は濃度が低いから同じ塩でも"黒塩"よりはマシだと思うが。そうだな、"イチゲンの実"はないか?」

「"イチゲンの実"をですかぁ? ありますけど私の植物園じゃなくて、食料としての。それも時期を過ぎたのしかありませんよ?」

「あぁ、むしろそれが良い。旬が過ぎ青くなった"イチゲンの実"には僅かにだが痛みを緩和する効能がある。それが苦味として実全体に回るから、旬の過ぎた"イチゲンの実"は食べられないとされているのだがな」

「はぁ〜、そうなんですかぁ。でも両方の効果の良い所取りなんて出来るんですかぁ?」

「そこは長年の経験と勘で何とかなる」


 感心しているオリビア。ティノも同じような顔をしている。


「あとはそうだな。魔虫の素材があればより良い効能の薬を作れるだろうな」


 その言葉にオリビアがピシリと固まる。


「む、虫……ですかぁ。一つ聞きますけどそれは葉の裏とかにつく小さな虫で?」

「いや、普通に手のひらサイズか人間と同程度の魔虫だが……どうした。魔虫は嫌いか?」

「そ、そんなことありませんよぉ〜? ただ、昔キッチンにあれ……黒くてツヤツヤしたかさかさ動き回る奴が出てぇ〜、それでちょっと、ほんのちょび〜いっとだけ見たくないというか気持ちわるいというか」

「苦手なのだな」


 黒い虫(ゴキブリ)とはアリアから聞いたリコとミラニューロテナガザルがやらかした例の事だろうとエンリケは推測する。確かにあれに良い感情を抱くものは少ないだろう。


「だが魔虫というものは案外優れたものが多い。見た目で判断しては損だぞ?」

「むむむ、難しいですねぇ。理性では分かっていても心では……」

「できればで良いが頼む。そうだな。例えば"飛翔百足(ひしょうむかで)"の甲殻の乾燥物や"黒星テントウ虫"の体液があれば肉体の治癒能力の活性化を図る事を出来るのだがな」

「それはぁ、例え手に入っても言わない方がいいですねぇ。薬にそんなのが入っているって知ったら気絶しますよぉ。(ワタシとか)そして、二度と来なくなるでしょうねぇ」

「残念だ。効果はあるのだがな」


 そんな会話をしながら二人は着々と準備を進めていく。医務室はなるべく多く患者が入れるようにと広いが道具が置いてある箇所自体は少ない。

 植物の煮沸(しゃふつ)する為の鍋で茹でつつ、使う植物を査定する。長い間一人で船医としても務めたオリビアにとっては難しいことではない。


 エンリケは、オリビアの用意した薬草の調合を請け負い、途中「効能がどうこう、調合の配分が」と呟きながら様々な薬品を混ぜ、一切無駄がない動きで作っていった。

 あっという間になくなった分は補充される。


 更にエンリケは新たな薬を作っていた。

 今作っているのは《天からの福音》と呼ばれる薬である。作れば光り輝くことからそう名付けられた。

 効果は疲労回復に、体の治癒能力アップ。更には僅かだが身体機能もアップする優れものだ。


 素材自体は比較的容易に手に入るが見極めが難しく、時間や配分が僅かにでも狂うと一気に効能を失ってしまうのため、難易度が高いのだがエンリケにとってはさほど難しいことではない。

 丁寧に作り、瓶の中に入れ最後に《雫鹿の涙》と呼ばれるものを数滴。すると中に入った薬草が光り輝く。これで完成である。


「……わぁ!」


 その様子をキラキラした目でティノが見つめていた。


 初めはオリビアの手伝いをしながらチラチラと見る程度だったが次第に近付き、自分でも気付いてないのかかなり近くまで接近している。

 エンリケもその事に気付いていたが黙認していた。というより邪魔にならなければどうでも良いと思っていた。


「あらあら、ティノちゃん随分と熱心に見てますねぇ」

「ぁっ」

「そんなに珍しいことなのか?」

「私の場合おそぼそとして中々進まなかったのでぇ、こんなにさっと作れるのを見るのは初めてだったから、きっと感動したんでしょうね」


 オリビアの言葉になるほどと頷いていると


「ご、ごめん……な……さい」


 蚊が鳴くようなか細い声だったが確かにそれは謝罪だった。オリビアは驚いたように垂れ目がちな目を見開いた。

 エンリケは初めてティノの言葉を聞いた。普段は喋ることはないからだ。


「じゃま……だった……よね?」

「邪魔ではない。見たければ見れば良い。それでお前がどうするかは俺の知ることではない。だが、もし俺の技術を盗めれば俺もオリビアも楽になるだろうな。すまないがこれを棚に置いてくれ」

「ぅ……ん……」


 胸元にぎゅっと大切そうに抱え棚に向かう。


「ぁ……!」

 が、途中コケて瓶が割れてしまう。そして顔を蒼褪(あおざ)めジワリと瞳に涙が溜まる。


「ぅ、ぅぅ……」

「泣くな。それより大丈夫か」

「で……も……薬が……わた、し……」

「薬など材料があればいくらでも作れる。それより膝を擦りむいたな。見せてみろ」


 ぐすぐすと鼻を啜るティノを診察椅子に座らせ血が出ている膝を治療する。丁寧に血を拭き、薬を塗った後絆創膏を貼る。


「失敗は誰にでもある。失敗を恐れてるな。次同じ事をしないようにすれば良い。……もう大丈夫だ」

「ぅん……、あの……。ぇと……あり……がと……」

「船医ならば負傷者を治療するのは当たり前だ。一々礼などいらん。罪悪感があるならば割れた瓶を片付けてくれ。それくらいなら出来るだろう?」

「ぅん……!」


 たったっと掃除用具を取りに走る。揺れる亜麻色の髪を見ているとオリビアが礼を言ってきた。


「ありがとうございます」

「何がだ」

「あの子、実は他の海賊船に乗っていて奴隷として働いていたんですよ。そこで怖い目にあったのか何をするにしても怯えてしまって……。コロちゃんが助け出した後も他人の顔色を窺うようになってしまって話すことも殆どなくなってしまったんですよ。エンリケさんが怒らないでいてくれたからあの子、声には出しませんが安心していました」

「……そうか」


 重い過去だがエンリケの中での動揺は少ない。大航海時代真っ只中の今、そのような事情を持つ者はそれこそ星の数ほどいるだろう。この船だって《悪辣なる船》に敗北すれば同じような未来が待っていただろうから。ただ、これからは多少目にかけても良いだろうとは思った。


「あら」

「どうかしたか」

「ちょっと材料が切れてしまって。在庫なら三階層の305号室にあるんですけど」

「なら俺が行こう」

「良いんですかぁ?」

「あぁ。……子どもは寝る時間だ。その子を寝室まで運んでやれ」


 見ればティノがうとうととしながらも一生懸命に掃除をしようとしていた。キチンと掃除しようと頑張っているがあれではまた怪我をしかねない。


「そうですねぇ。ならはい。これが三階層の鍵です。後で返してくださいね〜?」

「わかった」


 鍵を受け取り部屋を出た。









「失礼するぞ」

「あらぁ、ビアンカさん」


 ガチャリとエンリケと入れ替わりに入って来たのはビアンカだった。服装は曲刀(ショーテル)こそ腰に装備しているが何時もの鎧姿ではなく短いズボンに割れたお腹がでるほど短いシャツを着ていた。格好はラフだが立ち振る舞いには隙がない。

 因みにオリビアの方が僅かに年上だが、ビアンカをさん付けするのは同じ女性でありながらも強いビアンカに敬意を払っているからである。

 ビアンカはキョロキョロと部屋の中を確認する。


「あいつはいないのか」

「エンリケさんですかぁ? 先ほどなくなった在庫を取りに行ってもらいましたよ」

「そうか」


 その言葉に警戒を解く。

 オリビアは掃除が終わった後、医務室のベットに寝かしつけたティノから離れ、ビアンカに近付く。


「会議は終わったんですかぁ?」

「あぁ、とっくの前にな。我々の船はこれより北にあるという港町に向かって舵をとる。明日にでも詳しい話はリリアンから聞かされるだろう」

「そうですかぁ、分かりましたありがとうございます。それにしても夜起きてるなんて珍しいですねぇ。今はもうノワールさんと交代の時間では?」

「あぁ、そうだ。既に外にはノワールが夜警している」

「なら何で起きてるんですかぁ? それに医務室に来るなんてビアンカさんは怪我をしてないはずじゃ?」

「むっ、それはだな」


 言い淀むビアンカに長年の付き合いから理由を察する。


「もしかしてぇ、私を心配してくれてたんですかぁ? 」

「っなぁ、違うぞ。私はただ眠れなくてオリビアに眠れる薬がないかだな」

「はいはい、そういう事にしておきますねぇ」


 クスクス笑いながら「ありがとうございますね」と言うと「違う、本当に眠れないだけだ」とぶつぶつ言って誤魔化そうとする。

 素直でないこの仲間は何かしら理由をつけないと来られないのだろう。そんな所も可愛いとオリビアは思う。


「それにしても何で武器を持ったままなんですかぁ?」

「……コロンの言っている事を疑うわけではないんだが、あいつ自体は信用できん。だから携帯していたのだ。ところでオリビア、あいつと一緒にいて何かされなかったか?」

「そうですねぇ、押し倒されましたよ。彼が」

「何っ!? やはり……今すぐにでも殺し……いや待て、なんて言った?」

「だからぁ、押し倒したんですよ。わたしが」

「は、えっ? あいつが襲ってきてじゃなくてか?」

「寧ろ私が襲おうとしてましたねぇ」

「いぃ!?」

「あんまり大声出すとティノちゃんが起きてしまいますよぉ? 」


 しぃーと口元でジェスチャーする。普段のクールな態度は何処へやら微かに頰を赤らめながら分かりやすくビアンカは動揺していたが、何とか動揺を抑える。


「お、おそっ。いや待て、だとしてもオリビアッ、何でそんなことを」

「それはぁ、ビアンカさんと同じですよぉ。わたしもぉ最初は全く信頼出来なかったので何が裏がないか聞き出そうとしたんですよぉ。まぁ、見透かされていましたけどぉ」


 オリビアの計画は失敗に終わった。

 エンリケはあの後も一度たりともオリビアに手を出してはこなかった。正体を暴こうと胸を当てたり、わざと誘惑染みた事もしてみたが一切反応がない。そう、全くである。あまり露骨にいやらしい目で見られても嫌だが、全く反応がないのも困る。

 それは暗に手を出すほどでもないと言われているような気がしてオリビアは女としての矜持が傷つけられたような気がした。


「……そう思うと少しムカついてきました」

「どうした突然」

「なんでもないですよぉ〜」


 いくらか落ち着いたビアンカがオリビアの変化に気づくがそれを誤魔化しながらもバケツに入れた割れた瓶と薬を見る。残念だが地面に落ちたから捨てるしかないものだ。


「何だ、この薬がどうかしたか。奴が作ったのか? もし役に立たないのであれば自分がコロンに進言しても良いが」

「そんなことありませんよ。ただ……余りにも()()()()()んですよぉ。それこそ何処かでお貴族様のお抱え医師としていても良いくらい〜。それがぁ、何で海に(ただよ)っていたのか分からなくて不思議なんですよぉ〜」


 彼は過去を語らない。

 語る気もないと雰囲気が物語っている。

 それは一種のタブーみたくなりあのリコでさえその事について口にすることはない。

 それでも何とか聞き出そうと先述の通り色気を使っているが反応は(かんば)しくない。


「ふんっ、どうだろうな。大方毒薬でも作って誰か殺したんじゃないのか?」

「そんなことはぁ、ないとは思いますけどぉ」


 ビアンカは困ったように眉を顰めた。



 ビアンカはどうにもエンリケを毛嫌いしている節がある。それを言えばリリアンもだが彼女の場合、仲間の安全の為に男を乗せるのに反対という感じである。


 それに対してビアンカは兎に角気に入らないという感じである。過去には都合から商船の護衛した時もあったがその時も相手を毛嫌いしていた。好き嫌いのはっきりしているのは彼女の良い所でもある。何故なら何処何処が嫌いとはっきりと物申すからだ。

 だが今までとはほんの少しばかり違うようにオリビアは感じた。

 それが何なのか言葉に表すことは出来ないが。


「折角来てくれたんですしぃ、紅茶でも入れますねぇ」

「あぁ、すまない」

「良いんですよぉ、これくらい」


 しかしそれは今考えることではない。いつか知れるといいなと思いながら紅茶を用意する。

 お湯を沸かしている最中に、ふと思い出す。




「そういえばぁ、途中クーちゃんの部屋があったけど大丈夫ですよねぇ?」





 それは不幸な偶然だった。積み荷を取りに来たエンリケだったが途中微かに水の音が聞こえたのだ。

 船において浸水とは極めて重要で重大な事である。何せ船の存亡そのものに直結するのだ。穴が空いていれば沈没してしまう。そうでなくとも、木が痛んでいたり、水の入れた樽が漏れていたら大事だ。床が腐るし何より勿体無い。

 そう判断したエンリケは勝手に他の部屋に入ることに多少葛藤しつつも、水の事が聞こえる部屋に入った。





 そして目を見開く。





 部屋は他のと比べて明らかに異質だった。まず最初に部屋の中に海水があった。浸水している訳でもなく、あえて(・・・)中に入れているのだ。更には砂場もあり、それらを木で四角に覆って漏れないようにしている。それはさながら海辺をそのまま持ってきたような風景だった。

 部屋の四隅にある淡く青や黄色に光る灯りは全て見たことない巻き貝から発光され、医務室よりも明るい。此処が一番下の階層であるのを忘れるほどだ。



「ん〜?」


 ちゃぷっ。

 もう一度エンリケが聞いた水の音が聞こえた。それは浸水の音でなく水が跳ねた音だった。

 扉の音に気付いたのか中央のピンク色の貝に座っていた女が振り返る。


「あはっ、こんな時間にこんな所にお客さんなんて珍しいかな」



 鈴が鳴るような楽しげな声だった。

 コロンの髪を深い海の青だとすれば、こちらは湖や水たまりなどの透明な水色。髪飾りとして星や貝、真珠などをつけ、美しさに拍車をかける。目は青く、耳の位置からは魚のヒレのようなものが生えている。

 大きすぎず小さすぎない胸には星型のブラをつけ、しなやかで、くびれた腰は途中からヒレのついた鱗に変わり、透けるほどの布を纏う。



 エンリケの目の前にいる笑う女。

 それは海に生き、海に愛された種族。数多の船乗り達が恋に落ちたと言われる伝承の生き物。



 人魚(マーメイド)であった。

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